写真展レポート

「荒木経惟 センチメンタルな旅 1971-2017-」レポート

電通時代から死後まで 亡き妻をめぐる作品展

内覧会で作品について語る荒木経惟氏

荒木経惟さんは1971年、私家版「センチメンタルな旅」を出版して、写真家としての決意を表明した。そこで私小説こそもっとも写真に近く、ずっと私小説を続けるとも明言している。

本展は1990年に亡くなった妻、陽子さんとの日々、その関係性から生まれた写真で構成している。その写真は極めて個人的な内容だが、見る人はそこに自分の人生を重ね、秘めていた感情を刺激されることになる。

被写体になっているのは誰もが目にしたことのある身近な日常であり、その条件だけを考えれば、一人一人がこうした物語を語ることができるのだ。

「時が続いていないと写真は面白くない。1971年から2017年まで、連続している。この展示はそれのことだね」

71年から17年まで。語呂合わせ、ダジャレの好きな荒木さんにとっては、してやったりのタイミングでもある。

「センチメンタルな旅」全プリントを展示

最初の1枚は、荒木さんが初めて青木陽子さんに会った時のものだ。電通の新入社員として、社内報用に各部署の撮影を命じられた。

「和文タイプ室の女性たちで、無意識だけど中央に陽子を置いた。内緒だけど、二股かけていてね。もう一人は見ればわかるよ」

一つ情報が加わるだけで、写真は見え方を変える。その言葉は真実の告白か、荒木さんの遊び心の為せる技かもしれない。

今回の展示の企画は、すべてキュレーターの北澤ひろみ氏が行なった。荒木邸に埋もれていた写真から探し出されたものもあり、このポジも荒木さんが全く忘れていたものだという。「スライドにして、喋ったりしていたんじゃないかな」。美術館では世界初公開となる。

福岡県柳川への新婚旅行を撮った「センチメンタルな旅」は108点全てのプリントを展示した。「何でもない時がいい」と荒木さんは呟く。

この時、ある庭に置かれていた石造りの椅子を撮った。彼女が亡くなった後、その写真は石棺に見えてくる。クロアゲハが舞う写真も様相を変える。写真は連なりの中で、語り始める言葉もある。

陽子さんが木船の上で眠る有名な1枚は、多くの人が死を連想した。荒木さんは胎児派らしい。

センチメンタルな旅 1971年 より 東京都写真美術館蔵

「写真には俗が写っていないとつまらない。彼女は化粧品の紙袋を枕にしているし、眠ってしまったのは前の晩、疲れ切ったからだよね。解釈がいろいろあるから、名作になっている」

写真集には前夜の行為を暗示させるカットがいくつか入っている。ただこの旅は20mmレンズ一本で撮ったため、近接撮影になると歪みがひどく現れる。

「そうした写真が載っているんだけど、陽子は堂々と当時の上司に売りに行ったからね。惚れ直したよ」

同じスタンスでカメラを構えシャッターを切る

その翌年、荒木さんは電通を退社する。街のラーメン店で、過激なヌード写真展を開き、それがメンズ雑誌で紹介され、会社の知るところとなったからだ。退職金で購入したペンタックス67と55mmレンズを三脚に据え、街を撮ったのが「東京は、秋」だ。

「始まりはアッジェなんだ。『東京の秋』ではなく、自分の気持ちのことをタイトルにしている。強がっていたけど、気持ちは秋だったんじゃないかな」

これまで自分が撮った写真のベストを繰り返し問われてきた。その時々で選ぶ写真は変わり、今、陽子さんを撮った写真はこの1枚(写真右下)だという。

テレビを見ながら2人、並んでソファに座り、膝の上には愛猫のチロがいる。ふと現れた彼女の表情はどこか虚ろで、ただ一人でそこに存在していた。

「これが彼女、女、人間が出ていると思ってしまう。人生、写真はセンチメンタルなんだよ」

空は荒木さんが継続して撮る被写体の一つだ。医師から陽子さんの余命を告げられ、最後の手術に向かった時、荒木さんは一人で病室に残った。

「後悔しながら、窓から見える空を撮った。その時から空を撮っているとこじつけている」

愛のバルコニー 1985年 より

手術室の前まで着いて行き、彼女の姿を撮り続けるべきだったと荒木さんは言う。空はその時の想いを思い起こさせる。

荒木さんは父の葬儀や、母の遺体にもカメラを向けた。ただ母の葬儀は喪主だったため、カメラを持たずに式を執り行い、そのことを悔いている。ただ人々はハレの時と異なり、忌の時を残すことに不寛容だ。

いかなる時でも荒木さんは同じスタンスでカメラを構えシャッターを切る。少なくとも、その視線にセンチメンタルさは入り込んでいない。そう思うのだが。

陽子さんの死後、撮られた「近景」は、自宅のバルコニーで彼女と縁の深いモノをモチーフに選んだ。

「写真家としての実力を惜しみなく見せようと思った(笑)。光と影、構図を計算して、出来上がった写真は名作過ぎて照れてしまうけどね」

写真に個人的な想い出は一切写るはずはなく、モノの形が二次元に変換されて再現される。人はそこから何を読み取っているのだろうか。

総合開館20周年記念 荒木経惟 センチメンタルな旅 1971-2017-

会場

東京都写真美術館

住所

東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内

開催期間

2017年7月25日(火)〜9月24日(日)

開館時間

10時〜18時(木・金曜は20時までだが7月20日〜8月25日の期間内、木・金曜は21時まで開館。入館は閉館時間の30分前まで)

休館日

月曜(祝日の場合は翌火曜)

入場料

一般900円、学生800円、中高生・65歳以上700円

市井康延

(いちいやすのぶ)1963年、東京生まれ。ここ数年で、新しいギャラリーが随分と増えてきた。若手写真家の自主ギャラリー、アート志向の画廊系ギャラリーなど、そのカラーもさまざまだ。必見の写真展を見落とさないように、東京フォト散歩でギャラリー情報の確認を。写真展の開催情報もお気軽にお寄せください。