写真展レポート
荒木経惟企画展「写狂老人A」レポート
1,000点以上のほぼすべてが新作 生と死をより鮮明に
2017年7月11日 07:00
まずは日常があり、その上でいろいろなコトが起こっている。2011年以降、発表してきた写狂老人日記を中心に、人妻ヌード、半世紀ぶりに公開される電通勤務時代の「八百屋のおじさん」など、荒木経惟の世界が展開する。
「写真ということ、結婚ということ、生きることはセンチメンタルな旅である。それがずっと続いている」と荒木さんは言う。
1,000点を超す展示写真のほとんどが新作であり印画紙に焼かれたものだ。77歳になった今なお枯れることを拒むアラーキーの今がある。
人妻エロスが巨大プリントに
「江戸のころのおかしみ、俳句でいう軽み。今はその方向に行っている。それには白い壁に高い天井のこの空間が合っているね」
展覧会場を巡りながら、荒木さんは実に上機嫌だ。
最初の部屋、「大光画」はさまざまな年代の人妻のヌードを撮ったもの。『週刊大衆』で1998年にスタートした連載「人妻エロス」は今なお人気の企画だ。
「これが私が思っている写真にいちばん近いんだ」
昨今のグラビア写真は上辺だけの可愛さに終始し「みんなAKBになってる」と評する。それに対し、この写真には女性のさまざまな面が写し込まれている。
モデルの彼女たちは本当の人妻だ。偽名を使い、撮影前には新しい下着を買って、帰りに途中で捨てていくらしい。脱ぐ時には少し気になるお腹をへこめてみる。
「旦那に問われた時、名前が違う、こんな下着を私は持っていないって言うんだって」
エロであり、娯楽であり、ドキュメンタリーであり、何よりもこれが写真なのだ。
「センチメンタルな旅」(私家版)を世に出した1971年には、複写集団ゲリバラ5の名前で「水着のヤングレディたち」も出版している。海水浴場で海から上がってきた水着の女性たちを手当たり次第、撮った。
「その頃から美醜は問わない(笑)。写真と一緒に電話番号や住所を載せたんだけど、寺山修司は嘘だろうと思って電話したらしい。半分は本当だったらしいよ」
次の間に並ぶ「空百景」と「花百景」は「空と花は老けていくことの一番の特権で、そこに到達した」と荒木さん。空は見ていて飽きず、花は朽ち、消えていくのを見続けるのが好い。つい撮り続けてしまうがそればかりしていると悟ってしまいかねないので、そうならないよう心掛けているそうだ。
「天からもらった才能を死ぬまでに使い切れるかどうか。だから焦っている」
初期のスクラップブック作品も
「写狂老人A日記 2017.7.7」は約700点が並ぶ。昨年、移動中の車中から撮ったものだが、プリントに印字された日付はすべて2017.7.7だ。
7月7日は陽子さんとの結婚記念日であり、彼女とは7歳違い。織姫と彦星が年に一度会う七夕の日であり、彼女と別れてもこの日には会おうと約束したという。
「センチでいい。最近はファインダー越しに見る風景がすべて楽園に見えるんだ」
写狂老人日記を始めたのは東日本大震災がきっかけの一つだ。会場半ばのスペースでは2011年以来、出版したこのシリーズの写真集を並べたほか、初期のスクラップブック「八百屋のおじさん」のレプリカも見られる。
「天才も努力していたんだ(笑)。20代の頃、会社の近く、銀座の裏通りにリアカーを引いた八百屋のおじさんを撮り続けた時期があった。月光荘でスクラップブックを買ってプリントを貼った」
ここには3つの映像ルームを用意し、「八百屋のおじさん」、「非日記」、現在も続くポラロイドによるシリーズ「ポラノグラフィー」の全カットを上映する。
「アンチデジタルと言っているけど、新しいものには何か新しいことが混ざっている」
非日記はデジタルカメラで朝食の食卓など、身近な断片を捉えたものだ。2014年から始めたこのシリーズもそうだが、展示されたシリーズは今も撮影が続けられている。
最後の部屋「切実」はプリントを切って、ギャラリーのスタッフが任意に組合せた写真だ。
「写真は真実でも、現実でも、事実でもない。切実なんだ。切ないってことだよ。ここにゴミ箱なんかを置くと、今流行の下り坂な現代アートになるからやらない」
こうした実験的な写真を見た後は、写真の基本に戻りたくなるのが人の常であり、来場者が再度、最初の「大光画」に戻ることを荒木氏は見込んでいる。そうして何周回ればアラーキーの世界から抜け出せるだろうか。
「いいね。良い線行っているよ」
展示を見終わった荒木氏のひと言だ。
未だ頂点には達してない。次がある。そんな決意表明だろう。
荒木経惟 写狂老人A
会場
東京オペラシティ アートギャラリー
東京都新宿区西新宿3-20-2
開催期間
2017年7月8日(土)〜9月3日(日)
開催時間
11時〜19時
金・土は20時まで、最終入場は閉館30分前まで
休館
月曜(祝日の場合は翌火曜)、8月6日
入場料
一般1,200円、大・高生800円、中学生以下無料