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キヤノン「GRAPHGATE」第2回グランプリは山口えり花氏が受賞。"狂喜的"世界観で多様性の在り方を問う
2024年12月4日 16:36
キヤノンマーケティングジャパン株式会社は11月30日(土)、写真・映像作家発掘オーディション「GRAPHGATE(グラフゲート)」のグランプリ選考会を東京・品川のキヤノンSタワーで開催した。
2023年より「作品を"伝える力"を重視した写真・映像作家の登竜門」として実施する文化支援活動の一環。第2回となる今回は、2024年4月8日~6月5日にかけて募集した作品の中から、優秀賞および佳作を選出。選考会において最後のプレゼンテーションを行ない、優秀賞の中からグランプリ1名を決める。
グランプリ受賞者には賞金100万円とキヤノンギャラリーSでの個展開催権、優秀賞には賞金30万円とキヤノンギャラリー(銀座・大阪)での巡回展開催の権利、佳作には賞金5万円がそれぞれ授与される。また、グランプリおよび優秀賞の受賞者には3年分の機材サポートとプリンタ+消耗品セットが贈られるほか、佳作を含むすべての入賞者に対してキヤノンスタッフによるテクニカルサポートを提供する。
写真作品と映像作品を選考対象としており、2024年は1~3次選考を通過した写真作品11名、映像作品4名を優入賞作品として選出した。
選考委員は第1回と同じで、梶川由紀氏(キュレーター/何必館・京都現代美術館)、品川一治氏(映像プロデューサー/(株)トボガン代表)、千原徹也氏(アートディレクター/(株)れもんらいふ代表)、長野智子氏(キャスター/ジャーナリスト)、藤森三奈氏(編集者・チーフプロデューサー/(株)文藝春秋『Sports Graphic Number』)の5名。
優秀賞受賞者は、遠藤励氏、玉昇沅氏、篠田岬輝氏、長谷川尚子氏、山口えり花氏。持ち時間は1人あたり20分(プレゼン10分+質疑応答10分)。プレゼンの内容や形式は自由だが、持ち時間の中で「応募作品」「今後の作家活動」「1年後のキヤノンギャラリーSでの展覧会構想について」の各テーマについては必ず言及する必要がある。
キヤノンではGRAPHGATEを「コンテスト」ではなく、今後キヤノンとして展示/機材面で支援するクリエイターを選ぶ「オーディション」であると位置付けている。このことから、選考会においては壇上に上がった受賞者に選考委員が正対する形を採っており、クリエイターとして自身の作品、ひいては将来のビジョンを自分の言葉で伝える力も評価の対象として重要になる。
グランプリ受賞受賞者は、"調整"された多様性に疑問を投げかけた映像作品「CANDY STORE」を制作した山口えり花氏。プレゼンでは今後の作家活動と展示イメージの構想を中心に具体的なプランを説明した。
山口氏は自らの作風を「可愛らしくポップな中に、ダークでシニカルな要素がある作風」と説明する。社会に対して「大事なことこそ、可愛くポップに」エンタメ性と愛情をもって表現することが、自分なりの想いの伝え方なのだという。
応募作品はキャンディを袋詰めにして売るキャンディストアの店頭を映した30秒の映像。"どれでも10個 詰め放題"を謳い文句に、色とりどりのキャンディを詰めた袋がレジスターを通過する。ところが単色のキャンディだけを入れた袋はハンマーで潰され、代わりにカラフルなキャンディを入れた袋が手渡される。最後に「DIVERSITY」「FORCED-DIVERSITY」「押し付けたら"多様性"は消えます」と表示して映像は終わる。
現在、商業作品を世に出すにあたり多様性への配慮は欠かせないものだが、顔の見える誰かの意思や在り方を否定してまで"お出しされる"多様性は、はたして多様性と呼べるものなのか。CANDY STOREではやや面食らうほど直球の表現で疑問を投げかける。本作は企画/演出/撮影/編集/制作/美術/スタイリング/ミックスなどの作業をすべて山口氏自身で行なったという。
今後の方針としては、現在メインとなっている広告から活動の領域を拡げていきたいこと、そして自分の得意とする作風をより極めていきたいと話した。
1年後の展示構想については、山口氏の"奇妙で可愛い世界観"や人生観を一言で表現した「狂喜的ラブリー」をテーマに定めた。展示には既存の作品を使わず新規に撮影するため、プレゼン内容を説明するビジュアルにはすべて山口氏直筆のイラストを使用していた。
展示のテーマとして挙げたキーワードは「死んだ私に花束を。」「狂鬼的ラブリー」「29」の3つ。
「死んだ私に花束を。」は、死者を讃えるお葬式というコンセプトの展示。実父の死をきっかけに考えたことを発想の起源としている。「亡くなった人に会えなくなる事自体は悲しいことだけれど、人生という一大プロジェクトを終えたことは悲しむことではない」との発想から、人生を終えた打ち上げとして、亡くなったことを悲しむのではなく、生きてきたことを称える価値観を提案する作品にしたいと話した。
作品は遺影をモチーフとしながらもピンクをドレスコードとし「いろんな死に方をした人たちが怖く可愛く『お疲れ様』と打ち上げをしているイメージ」になるとのこと。
「狂鬼的ラブリー」は、現代における映像そのものが持つ性質を表現した映像作品。映像はただ「観る」だけのものではなく、観る対象を想定し、調査し、ある意味で人々の生活を覗き見て、商業的に操る道具でもある側面に注目した。「ただ動画を見ているつもりでも、それは自分で自分に対して"覗き穴"を向けているだけにすぎないのではないか」との考えを元にしたという。
展示の中央に立った鑑賞者を取り囲むようにモニターを配置し、展示エリアと似せた場所で撮影した映像を流す予定だ。
「29」は、30歳を目前に控えた山口氏自身の恐怖を表現した作品。様々なシチュエーションにある女性の背後、顔に「30」と書かれた女性の幽霊が佇んでいる……。という内容。
世間で女性が30歳までにやらなければいけないとされる「結婚」「出産」「キャリア確立」「スキル習得」「貯金」「健康的な習慣づくり」など、言うのは簡単でも実現は難しい、30歳に追われながら生きている人の様子をコミカルに楽しくポップに描きたいという。
「実は、年齢や数字を気にするようになったのはごく最近のことです。ずっと仕事をしているのに無名だし、達成すべきことを達成しておらず、何1つ達成できないうちに父親はいなくなってしまった。そういった出来事に触れて、やはり人生には制限時間があるのだと実感しました。今は時間や人生を恐れながら、がむしゃらに生きている自覚があります。でも人生が怖いのは、自分にとって大切な人や物事があるから。愛があるから人生が恐ろしいのだと思います。そして愛しいものがあるから頑張れる。愛と恐怖は人生の原動力なのではないか。そういう見方をすれば人生は『狂喜的』で最高です。そういったことを可愛らしく、楽しく描けたらいいなと思います」(山口氏)
こうした考えから展覧会の副題を「この世は愛と恐怖で回っている」とし、来場者に対しては「価値観や人生観を振り返るきっかけになれば」と話した。
グランプリの選出はかなり僅差だったとのことで、審査も所定の時間を10分超過するほど難航していた。選考委員による総評の中でも甲乙つけがたい旨が語られたが、長野智子氏によれば、最終的に山口氏を選出した決め手は「非常に個性的であること」そして「面白いことが起きることへの期待」だったという。
「山口さんの作品は『多様性』もそうですが、『死』とか『29歳』であるとか、内省的に、目に見えないものを表現する点で個性的でした。選考委員の中でもGRAPHGATEがどういうものであるべきかという議論を改めてしましたが、キヤノンさんとの化学反応で何か面白いことが起こる可能性への期待という点で、本当に僅差で山口さんに決めた次第です」
また、選考委員の品川一治氏は後日、審査当日のエピソードをSNSで表明している。
山口えり花さん、
— Kaz Shinagawa🇯🇵🇺🇸🇳🇱🇸🇬 (@kawaharu)December 1, 2024
Canon 写真家オーデイション
「Graphgate」グランプリおめでとうございます!
前回選んだ優秀賞5人の中からグランプリを決める最終選考、いやぁ、、、揉めました。…https://t.co/D5psjTl5zM
入賞者のプレゼンターをつとめたキヤノンマーケティングジャパン株式会社カメラ統括本部長の吉田雅彦氏は閉会挨拶の中で入賞者に向けて「今回も素晴らしい才能に出会うことができた」と話し、キヤノンとして作品制作のサポートを行なうことを改めて表明。「社会や文化に影響を与えるスケールの大きな作家になっていただきたい」とエールを送った。
キヤノンSタワーではこのほか、2023年のグランプリ受賞者である逸見祥希氏の個展「光さす杜の声を聴く」も開催している。