伊藤大輔個展「LOSOLMO GYM」

――写真展リアルタイムレポート

(c)伊藤大輔

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 伊藤大輔さんは大学を卒業する時、初めて写真家を志した。ブラジルへの憧れがあったことで、スペイン語の習得も兼ねて、スペイン・バルセロナの写真学校IDEPに進んだ。卒業後はメキシコに渡り、中南米を2年8カ月ほどかけて旅し、晴れてブラジルに落ち着いた。その国で最も気に入って住んだのはリオ・デ・ジャネイロのファヴェーラ(スラム街)、シャペウ・マンゲイラだ。

 今回、モチーフにしたLosolmo gymはキューバ・サンティアゴにあるボクシングジムのひとつ。粗末な設備の中で、7歳から13~14歳の少年たちが日々汗を流す。言葉にすれば、貧しい国のハングリーな若者たちだが、作者の写真は、そんな表現を超えた力強さと共感がある。

 会期は2010年8月18日~9月1日。開館時間は12時~19時(土、日曜は~17時)。月曜、火曜、祝日休廊。入場無料。会場のZen Fotoギャラリーは東京都渋谷区渋谷2-17-3 渋谷アイビスビルB1。

伊藤さんは1976年、宮城県仙台市生まれ。大学まで運動部に所属していた会場の様子

ジムを見て、面白さを直感

 伊藤さんはビザの関係で、ブラジルを時折、出国しなければならない。その時の行き先のひとつがキューバで、この国も滞在日数は延べ1年を越す。

 ここはボクシングが盛んな国で、各地にジムがいくつも存在する。伊藤さんは一つのテーマで何かを撮りたいとの思いを抱いてキューバを訪れた時、この題材に行き着いた。

 さまざまなジムを回っている時に、ハバナのジムで外国人カメラマンに出会って、Losolmo gymのことを聞いた。

「いくつか教えられたところに行ったけど、ここが一番良かった」

 リングのロープは擦り切れて、たるんでいるし、トレーニングする少年たちは一様に裸足だ。ただ聞くところによると、世界チャンピオンを4人出していて、実績のあるコーチがいるという。

(c)伊藤大輔

撮影はおよそ1カ月半

 早速、このジムの近くに宿を借りて、およそ1カ月半、毎日のように通った。最初は感じるままに撮り続け、練習の段取りが分かってくると、なるべく夕刻を選んで撮り始めた。

「その時刻の光が、彼らの肌を美しく黒く光らせる。ブレたり、ピントが甘くなっても構わない。それより、そこで生まれる黒が強いイメージを生むと感じていたんだ」

 カメラはニコンFM2で、フィルムはトライX。サンドバッグを叩くような動きのあるシーンも、光の少ない中で1/30、1/15秒といったシャッタースピードを選んだ。

「それぐらいの暗さで撮っておけば、面白いことになると直感していたからね」

(c)伊藤大輔

 そんなキューバには、もうブラジルにもない魅力があると伊藤さんは言う。

「この国の給料は月8ドル程度。WBCに出た野球選手だって、高くて25ドル程度だっていうからね。そのほか家や肉の補助がつくけど、それにしてもだよね。だけどここにはつまらない悩みや精神病はない。ここから見ると、日本人は暗すぎると思うよ」

この個展は偶然の出会いから

 このシリーズから選んだ10点が、ソニー・ワールド・フォトグラフィ・アワード2010でプロフェッショナルスポーツ部門の最終選考10人に残った。惜しくも入賞は果たせなかったが、日本人では唯一のノミネートだ。また、このことが今回の個展に大きく関わっている。

「後藤由美さんという方からお祝いのメールをいただき、彼女からこのギャラリーのオーナーであるマーク・ピアソンさんを紹介されたんです」

 後藤さんはバンコクを拠点に、フォトドキュメンタリーを配信するリマインダーズ・プロジェクトを運営している。ちなみにマークさんは付き合いのある外国人写真家から後藤さんを紹介されたといい、さらに後藤さんとマークさん、後藤さんと伊藤さんともがメールでのやり取りでコミュニケートし、直接会ったことはないそうだ。

言葉ができると安く旅ができる

 伊藤さんがスペインに留学した時、その言葉は1からのスタートだったという。

「1年目、課外実習があって、その待ち合わせ場所がどこかすら分からなかった」と笑う。だからこそ、必死で言葉を習得した。2年目のコース選択ではフォトジャーナリズムを専攻した。

「卒業後はとりあえずフィルムを買って、メキシコから旅をしながら写真を撮って、スペインで個展をやろうと考えたんです。自分のテリトリーを探すため、まずは中南米のスペイン語圏を回ろうと考えたら、写真よりも1周することにこだわりを持ってしまった」

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 最初の旅は貯金を使いながら行ない、ブラジルに住み始めてからは日本食のレストランなどでアルバイトもした。

「言葉ができると、すぐに友だちになれ、泊めてもらえる。だから安く旅ができる。言葉が違うフランス人やイタリア人も旅しているけど、彼らはそれなりに会話が成り立つ。どの国の言語とも離れている日本語は、こういうところで厳しいね」

ファヴェーラでカメラはタブー

 ファヴェーラにはギャングがいるから、カメラは基本的にタブーだ。銃を持ったギャングの顔を撮り、警察に売るジャーナリストがいるので、今や街の仲間になった伊藤さんですら、むき出してカメラを持ち歩かない。

「友だちにギャングがいるルイスに出会い、彼に多くを教わった。料理や水泳といったことから、ギャングを撮る時、どこまでなら大丈夫かまでね。彼は親や兄みたいな存在だよ」

 それでも時折、伊藤さんはギャング相手に一線を越えてしまう。

「時々、すごく退屈になるんだよね。それでちょっとかいくぐって撮ろうかって思ってしまう。ブラジル人からは『おとなしいより好い』って言われるけど、自分でも趣味が悪いのかなって反省したりもするんだ。先日もギャングにフィルムを取り上げられたし、銃を突きつけられたことは何度かある。ただカメラマンは撮った写真がすべてであって、『武勇伝は話してはいけない』とスペインの学校で教えられた」

(c)伊藤大輔

ブラジルのリアルを伝えたい

 伊藤さんのウェブサイトには、2本の動画のドキュメントがアップされている。もっとも親密な友人のルイスの日常を紹介したものだ。

「ずっと強いイメージの写真が撮りたいという思いから、ブラジルやそこに住む人を一面的にしか見ていなかった。ある時、それに気づいて写真を撮らなくなった時期があったんだ」

 貧困や暴力、言い知れない怖い部分もあるが、その多くは幸せで、この国なりの豊かさがある。

「それでも動画を撮っていると、一瞬を切り取る写真がまた良くなってくるんですよ」

 この動画がきっかけで、NHKから番組の撮影と協力依頼が入った。ファヴェーラのサッカー少年を取り上げる番組で、この地域の撮影が不可欠だからだ。

 2014年にはブラジルワールドカップ、2016年にはリオ・デ・ジャネイロでオリンピックが開催される。伊藤さんにとっては追い風だ。この個性的な写真家が、これからどんな世界を見せてくれるのか。いろいろな意味で、この個展は見逃せない。

(c)伊藤大輔

【2010年8月25日】Losolmo gymに関して、チャンピオンを輩出している部分の記述を改めました。



(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。4月某日、4回目になるギャラリーツアーを開催。老若男女の写真ファンと写真展を巡り、作品を鑑賞しつつ作家さんやキュレーターさんのお話を聞く会です。始めた頃、見慣れぬアート系の作品に戸惑っていた参加者も、今は自分の鑑賞眼をもって空間を楽しむようになりました。その進歩の程は驚嘆すべきものがあります。写真展めぐりの前には東京フォト散歩をご覧ください。開催情報もお気軽にどうぞ。

2010/8/25 00:00