中井精也のエンジョイ鉄道ライフ「ジョイテツ!」
新緑の東北てつたび⑤
常磐線の今を撮る
2019年8月25日 12:23
東北てつたび最終回は、常磐線をライカSLとともに旅しました。常磐線は東日本大震災による津波の被害のほか、福島第一原発事故により、現在も不通状態が続いています。
震災直後は数十年は復旧しないだろうといわれていた常磐線ですが、現在は工事が順調に進み、2020年には全線復旧することが予定されています。復旧を約1年後に控えた今年の5月末に撮影した常磐線の作品を、ぜひごらんください。
まず最初に訪ねたのは、常磐線の新地〜坂元のこの場所。東日本大震災の前にはたくさんの建物が建っていたこの場所も、左側に写る建物以外はすべて更地や農地になっています。この建物は宮城県山元町にある旧中浜小学校の校舎で、津波で大きな被害を受けた当時の状態のまま、震災遺構として残されています。
この山元町では津波により600名以上の方が亡くなられ、中浜小学校の校舎も津波による被害で使えなくなってしまいました。そしてそのすぐ横には、黄色いハンカチを使ったモニュメントが飾られています。これは山元町の住民が、復興に向けて元気に頑張る姿を全国に発信したいと「やまもと幸せの黄色いハンカチプロジェクト」として設置したもので、ハンカチの一枚一枚には全国の人による応援メッセージが書き込まれています。
かつてこのすぐ横を走っていた常磐線は山側に移設され、新しい高架のうえを颯爽と走る姿をハンカチ越しに撮影することができました。
続いて撮影したのはこの作品。津波被害によって新たに建設された新線は防音壁のない高架なので、空をバックにすると列車を美しいシルエットにすることができます。思い切ってかなり列車を小さくして、水田を使った幻想的な構図にしてみました。ちょうど風もなく、静寂感のある作品にすることができました。
実はこの作品を撮影した場所は、車でウロウロしながら見つけた場所なので、どこで撮影したかをなかなか思い出せず焦りました。でもライカSLにはGPSが内蔵されているので、Exifにはしっかりと撮影地点が記録されており、Adobe Lightroom Classicのマップ機能を使ったら、簡単に撮影場所を特定できました。最新のミラーレスカメラにも、なぜかなかなか内蔵されないGPS機能。一度これを味わってしまうと、搭載されていないカメラを使うのがストレスに感じてしまいますね。
水鏡を撮影したあと土手に行くと、かわいい赤い花が! これはアザミに違いないとTwitterでつぶやいたら「アカツメクサ」では?と総ツッコミ(汗)を受けました。お花の名前って、ホントむずかしいですよねぇ。土手一面に咲くお花の美しさに乙女ゴコロ全開になった僕は、お花をメインに列車を撮影することにします。
ここでは思い切って花にピントをあわせて、ハイキーな露出にしてみました。その前の水鏡のローキー作品と比べると、ほぼ同じ場所で撮ったとは思えないほど、優しい雰囲気の作品になっているのがわかると思います。このように露出によって写真は大きく変わるので、カメラ任せで漫然と撮るのではなく、意図にあわせてキーをコントロールすることが大切です。
ここでは2本の列車を撮影しましたが、1枚目のカットはまさかの7両編成が来て構図的に余裕のないカットになっため、4両編成の列車が来るまで粘って撮影しました。7両編成の作品でも列車は全部収まっているのですが、列車の前後に余裕がないため、全体的に窮屈な印象の構図になってしまっています。
いっぽうの4両編成では列車の前後に余裕があるため、全体的に息苦しさを感じない構図になりました。このような「ゆる鉄」作品では、画面全体の「余裕」や「間」がとても大切。イメージ通りの作品が撮れるまで粘ることも、乙女のたしなみです(笑)
続いて見つけたのは、広々とした水田のなかに新しい高架が横切るこの場所。よく見ると奥には太平洋が広がっています。高台を見つけて撮影しましたが、ステンレス製の車体が背景の色に溶け込んでしまいました。これは海側から朝日が昇る早朝に撮ったらさぞや美しいのでは?と思い、翌朝再チャレンジすることに。
そして翌朝、訪ねてみると実にいい感じ! ただ撮影日の日の出は4時18分だったので、始発列車が通過する5時40分には、かなり太陽が高い位置になっていました。
ここは構図に悩みました。日の出を入れる狙いだと、日中のカットよりも右側方向を撮ることになりますが、ちょうど画面左下に電柱が入ってしまいます。最初は1枚目のように下の電柱をいれない構図で撮ろうと思いましたが、電柱がないことでスッキリした構図になるのはよいものの、背景と列車が重なり存在感が薄くなってしまっています。さらに一番の見せどころだった水田の広大な感じが伝わらなくなってしまうのはツライ!というわけで、苦渋の選択として電柱を入れて176mmで撮影しました。
結果としては、列車の背景が水田になり存在感もアップしたと思います。本当は構図に入れたくないけど、主題である「水田の広がり」を弱めないように苦渋の選択で入れたこの電柱は、言うなれば「必要悪」。この選択については意見が分かれると思いますが、自分の意図を写真に反映するため、僕は常にこういう判断を繰り返しています。そう考えると、日本の風景の撮影って、ほんと電柱との戦いだよなぁ。
続いてやってきたのは、不通区間の南端となる浪江駅の隣の桃内駅付近。この場所は津波の被害はありませんでしたが、福島第一原発から約12kmという距離であることから、列車の運行再開は東日本大震災から約6年後の2017年4月まで待たなければなりませんでした。原発事故の際には風向きによってかなり線量が上がった場所になりますが、こうして立ってみると、何事もなかったかのように思えてしまいます。被害がわかりやすい津波とは違い、目に見えない被害である原発事故の怖さを、しみじみと感じました。小高い位置にある桃内駅に向けて線路は築堤の上を走っており、夕方の空をバックにシルエットで撮影できそうです。
列車が来るタイミングで空を見上げると、見事な日暈が! 幻想的な風景に、惚れ惚れしながらパチリ。こんなとき、いつもはホワイトバランスを日陰にして撮るのですが、ここでは目で見た美しさをそのまま残したいと思い、太陽光のまま撮影しています。
太陽が傾くと日暈は薄くなったので、水田の写る列車のシルエットを主題にすることに。水田と言っても地面が見えている部分が多く、キレイな水鏡になりません。1枚目は水鏡重視で場所を決めましたが、列車が半分森に重なってしまうので、存在感が薄まってしまいました。
2枚目は水鏡の美しさは劣るものの、列車の編成全体がキッチリと収まるので、存在感はバッチリです。1枚目の位置で編成全体が入ればバッチリなのですが、なかなかうまくいかないものですね。
ただこうしてみると、あれだけこだわって水鏡の見え方にこだわったのに、あんまり変わらないように見えてしまうから不思議です。やはり主題の見え方を優先するのがベストなのかもしれません。鉄道写真を撮り続けてはや40年以上の月日が経ちますが、今でもこうしてクヨクヨと悩んでいる自分が、けっこう好きです(笑)
最後に訪ねたのは磐城太田駅付近の麦畑。まだ5月下旬でしたが、まるで初秋のような風景が広がっていました。とても豊かな風景のこの場所も、福島第一原発からは約20kmという近さ。背後の塀の向こうの広大なスペースには、処理を待つ汚染土が並んでいました。
地震の揺れによる被害も、津波による被害もまったくなかったこの場所は、蒸気機関車が走っていた常磐線の黄金時代と変わらない風景のように思えてしまいます。でも実際には、何もかもが変わってしまっている風景。せめて国鉄時代の面影が感じられるように、駅の跨線橋を入れて撮影してみました。1枚目の列車が大きめのカットより、駅の奥に現れた列車を捉えた作品のほうが、じんとくる風景に思えました。写真は目に見える風景しか写りませんが、僕には現在のこの場所の重い雰囲気が写りこんだような気がしています。
こちらは福島第一原発から約7kmしか離れていない夜ノ森駅の復旧工事。来年の常磐線の全線復旧に向けて、復旧工事が急ピッチで行われていました。今も不通となっている浪江駅から富岡駅にかけての区間は、そのほとんどが震災から8年経った今も「帰還困難区域」に指定されており、この夜ノ森駅の山側以外は駅を含めて近づくことすらできないのが現状です。
すでに国道6号と常磐自動車道は開通しており、同区域のなかで作業する作業員の方々もマスクなどを着用していないいっぽう、国道沿いの店舗などはバリケードで閉鎖され、分岐する道路の入口は物々しいゲートとともに警備されている状況に、僕自身とても混乱しました。その理由は、「安全なのか、安全でないのかわからない」という不安からくるもの。三陸鉄道をはじめとして、津波の被災地を走る鉄道を撮影してきましたが、このような不安を感じることはありませんでした。あらためて放射能の目に見えないとらえどころのない怖さを、身にしみて感じる旅となりました。
最後にお見せしたいのは、震災の1年前の2010年5月に撮影した夜ノ森駅の風景。駅全体が息を飲むほど美しいつつじに囲まれた、それはそれは美しい駅でした。僕はその美しさに感動しながら、夢中で撮影したのを今でも鮮明に覚えています。
来年、いよいよ常磐線が全線復旧し、上野と仙台を結ぶ特急も走り出します。そのとき、現在「帰還困難区域」になっている駅の風景がどう変わるのか、またカメラとともに旅をして記録していきたいと思っています。
そしていつか、この美しい風景が戻ってくることを、心から願ってやみません。
中井精也からのお知らせ
ご好評いただいている「せいや流!ハンドブック 入門編」がAmazonでの販売を開始しました。この本は僕の作品を展示しているギャラリー&ショップの「ゆる鉄画廊」で開催している写真教室のテキストを一般に向けて販売しているもの。内容はカメラを買ったばかりの超初心者向けのものですが、それ以外の方も復習のためにぜひ読んでみてくださいね。「カメラバッグにいれておきたい本」がコンセプトなので、実際に撮影現場でこの本を見ながら、カメラのいろいろな機能を試してもらえればと思います。
写真教室の教材ということもあり、不要な情報を減らして、調整のコツをわかりやすく表示するように心がけています。もちろんゆる鉄画廊店舗、ゆる鉄画廊オンラインショップでも販売しています。
書籍名
せいや流!撮影ハンドブック[入門編]
ページ数
48ページ[本文46p、表紙2p]
サイズ
A5判
カラー
全ページフルカラー
販売数
限定1,000部
著者
中井精也
出版
株式会社フォートナカイ
発売日
2019年7月26日