写真を巡る、今日の読書

第57回:自分が撮るべきもの、撮ってみたいものを探し出す

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

資料的役割を果たしている書籍

多くの写真家は、仕事にしろ作品制作にしろ、常に何かしらのモチーフやテーマを探しています。撮るものがなければ、写真を撮る必要がなくなってしまうからです。

もちろん、犬と子供が仲良さそうにソファで寝ている姿であるとか、風に桜が舞う公園の風景といった日常は、日々撮影するでしょう。ただそれは、特に目的もなく撮っていますから、美術としての写真制作や、写真雑誌に発表するような作品制作に繋げるには多くの時間が必要となります。

写真家のスタンスにもよりますが、私の場合、毎年新たなテーマで新作を発表する機会があります。ですから、常に少なくとも3つか4つ、あるいはそれ以上のテーマに関わりながらリサーチや撮影を進める必要があるわけです。そこで大切なのが、自分の内側にあるものではなく、今までに触れたことがないものであるとか、今まで考えたことがなかったようなものに目を向ける作業です。

要は色々な情報や資料を漁ることで、自分が撮るべきもの、撮ってみたいものを探し出す行為ですね。そこにはもちろん、この連載で続けているような広範囲のジャンルに渡る読書も含まれます。今回は、そんな資料的役割を果たしている書籍を紹介したいと思います。

『定点写真で見る 東京今昔』鷹野 晃 著(光文社・2024年)

1冊目は、『定点写真で見る 東京今昔』です。古写真に残されている昔の東京の写真と、同じ位置で撮影された現在の東京の姿を比べながらその発展の記録や、場所にまつわる歴史に触れた一冊です。

実際、携帯性に優れたカメラ1台を携えて東京各所を撮り歩くということは、私に限らず多くの方が行なっているものだと思います。そのようなときに、どこに撮りに行くか、どうしてその場所を選ぶのかを考える資料として本書のような資料は非常に役立ちます。

類書としては、善本喜一郎『東京タイムスリップ』なんかもここ数年非常に話題になり、手に取られた方もいらっしゃるかもしれません。昔の風景を重ね合わせることで、都市の躍動や名残というのはさらに鮮やかに目に映るようになります。私にとって、本書やそれに類する書籍は、都市写真をさらに魅力的に、より深掘りするための資料だと言えます。

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『はじめて読む! 海外文学ブックガイド : 人気翻訳家が勧める、世界が広がる48冊(14歳の世渡り術)』(河出書房新社・2022年)

2冊目は、『はじめて読む! 海外文学ブックガイド : 人気翻訳家が勧める、世界が広がる48冊(14歳の世渡り術)』です。この連載もそうですが、ブックガイドというのは、面白そうな本を効率的に、しかも自分自身では触れる機会が得られなそうなところにアクセスするために非常に有効な手段になります。

本書は様々な翻訳家によって推薦された様々な作品を、簡単な解説付きで知ることができるものになっています。原著を読み込んで言葉を当ててきた翻訳者だからこその解説だと思える部分も多くあり、既に読んだことがある作品についても新鮮な気持ちでレビューを読むことができます。

特に、それぞれの作品の一部が、英語と日本語訳で抜粋されている点が私にとっては非常に興味深く、この文をこう訳すのか、自分だったらどう訳すだろうか、と考えさせられます。NHKラジオ基礎英語2の人気連載を書籍化したものでもありますので、英語に興味がある方にもおすすめです。48冊の本のレビューを、いつもとは少し違う角度から読むことができるでしょう。

映画では見たものの、文字では読んでいない「スタンド・バイ・ミー」や「思い出のマーニー」などにも改めて興味をもちましたし、チャールズ・ディケンズやアルチュール・ランボーなども、もう1度読んでみたいところです。ちなみに、「華氏451度」のレイ・ブラッドベリのロサンゼルスの自宅に取材に行き、本人と話し撮影した経験は、私の忘れられない思い出のひとつです。

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『ウェス・アンダーソン 旅する優雅な空想家』イアン・ネイサン 著(フィルムアート社・2022年)

最後は、『ウェス・アンダーソン 旅する優雅な空想家』。ウェス・アンダーソンという映画監督はご存知でしょうか。「ザ・ロイヤルテネンバウムズ」や「グランド・ブダペスト・ホテル」などはずいぶん話題になり、その世界観の熱狂的なファンも多いことが知られていますので、どこかでその映像そのものは見たことがあるかもしれません。

インスタグラムには「ウェス・アンダーソンの世界っぽい風景」を投稿し続けているアカウントなどもありますし、昨年2023年には渋谷のヒカリエで「ウェス・アンダーソンすぎる風景見つけたコンテスト」の受賞展なども開かれました。

それほど、独特かつ確固たる世界観を描いた映像を生み出すことで知られる映画監督ですが、本書はその発想の原点やコンセプト、描き出されるまでの過程が紐解かれた1冊になっています。

色使いや構成だけでなく、そこに至るまでのウェス・アンダーソンの思考の源を探ることができる構成になっていますので、ファンだけでなく写真家にとっても良い資料となることは間違いないと思います。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。