コラム

第120回:歴代「50mm F2」ニッコールレンズ4本の撮り味を楽しむ

カメラコレクターさんに共通する悩みの多くは、手元にたくさんある標準50mmレンズをどう始末するか、じゃない、今後の表現のためにどう役立てるかということではないでしょうか。

その昔、レンズ交換式の35mmカメラは50mmレンズをつけて売られていたのが普通でした。中古市場でも50mmレンズつきのまま売られていることが多くて、カメラを購入すると当然のように集まってしまうことになります。

単体の50mmレンズを売り飛ばしても、特別な仕様でもないかぎり大したお金にはなりませんから、手元に置くことになるわけですね。当然、カメラが増えるのと比例し50mmレンズも増殖してゆきます。

そういえば、以前のことですが、ニコンFブラックのシリアル番号650万台のボディに、Aiニッコール50mm F1.4Sをつけたものを肩から下げて、カメラ好き仲間の宴会に出席したら、「カメラボディとレンズの製造時代が合わない」と糾弾されたことがありました。もう人格を否定されるくらいの勢いでしたね。怖いです。

コレクターさんはカメラボディとレンズの製造年代が合致していないと、夜も眠れなくなったりするらしく、カメラの製造年代に合わせた同時代製造の50mmレンズを用意するというのは、人生を賭ける意味があるようなのです。これはこれで研究者として意義はあるのかもしれません。ご苦労さまです。

製造年代などに筆者は無頓着で、それらを覚える気もありませんが、それでも同じスペックの標準50mmレンズでも、レンズ構成とかコーティングなどの違いで描写の差について、愉しむことに意味があるんじゃないかと考えています。

だって、ニコンは「不変のFマウント」なんですから、新旧相互互換がウリですよね。だから、新旧のカメラ・レンズが入り乱れても問題ないはずです。こうみえても筆者は実用派なのであります。信じてください。まあでも、これも大した問題ではありませんね。

インフの性能を見てみます。ものすごくシャープという印象ではありませんが、画面平均的によい感じです。
ニコン Df/ニッコールH・Cオート50mm F2/F8

時代を経て、いまのデジタルカメラ時代を迎えてからは、カメラとレンズの年代の整合性よりも、逆に新型カメラにお古レンズをつけ、レンズの味わいとやらを表現に生かそうという試みが、今もなお活発に行われています。

このほうがお古レンズ集めよりも健全にみえます。時代の整合性を超えることで生まれた創作行為が、意識の上で強く絡むからでありましょう。

ただ、お古レンズ話の時に毎度申し上げているのですが、レンズの描写、その特性が写真表現の根幹にまで大きな影響を及ぼすことは、そう多くはないということです。もっとも読者のみなさまはそんなことは承知の上で、日々創作に打ち込まれていると思うので、こんな話も逆に野暮な言い方になってしまうかもしれません。

街で見かけた不思議な光景をどう料理するかというのを楽しめるのが50mmかもしれませんね。
ニコン Df/ニッコールHオート50mm F2/F2.8

いつもの通り、前置きが長くなりましたが、何を言いたいかといえば、はい、今回はニッコール50mm F2レンズについての戯言であります。いま、カメラを最初に購入する場合は標準ズームレンズつきを選ぶことが多くなり、単焦点50mm標準レンズは交換レンズの1本としての認識のほうが強くなりました。いわゆるズームでは得られない“大口径レンズ” 特有の描写をするということで見直されているようですね。そうでもしないと格好がつきません。

とはいえ、筆者も気づいたら老害じゃない本格的高齢者秒読み段階でありますゆえ、終活に向けまして、ゆるゆると機材整理中であります。

先に述べたように、機材ロッカーや防湿庫を開けると、このニッコール50mm F2レンズが目につくようになったわけです。しかも時代ごとの50mm F2が出てきたりするのです。もちろんコレクションをしているつもりはありません(笑)。

はい、こんなもの(という言い方は失礼ですね)は時代にかかわらず、標準50mmレンズは1本あれば済む、いや、予備として、もう1本くらいあっても許されるかもしれません。ただ、意識したわけではないのですが、この50mmに限ったことではなくて、同じスペックのレンズでもなぜか出動回数が異なることがあります。

これは光学性能の差というよりも、見た目のデザインとか、フォーカスリングの回転角の大きさ、指先に伝わる金属製のローレットとゴム巻きのフィーリングの違い、あるいは回転させた時のトルクの違いとか、いわば微妙な気持ちの問題が使用頻度の差となるわけであります。道具として考えれば当然のことでありますし、これはAFレンズだけを使用していたのでは理解されることはないでしょう。

ニッコールH5cm F2

それでは時代ごとにいくつかのニッコール50mm F2をみてみましょう。

ライカスクリューマウントのニッコールH5cm F2はゾナータイプのレンズ構成なのですが、これはこれで線に力があり、コントラストの高い描写だなあと思って、ライカレンズのたとえばズミクロン50mm F2とは異なる描写をするので愛用しています。

ライカM11-PにニッコールH5cm F2を装着。L-Mマウントアダプターを使用しています。本レンズは絞り環がブラックの通称「黒鉢巻」タイプです。もとはスクリューマウントライカや国産のライカコピー機用に企画されたものでしょうが、性能面では往時のライカやコンタックスの50mmに負けていません。
ニッコールH5cm F2の最短撮影距離は1.5feet。距離計に連動しませんが、今のM型ライカはライブビューやEVFを使うことができるのでフォーカシングに問題はありません。マウントアダプターで各種のミラーレス機に使用する場合も正確なフォーカシングが可能になります。
ゾナータイプのレンズは絞り込んでも、ガウスの優しさみたいな雰囲気はなくて、しっかりした像を形成してくる印象です。
ライカ M11-P/ニッコールH5cm F2/F2.0
最短撮影距離1.5feetで撮影。寄れるのはありがたいですが、少々ムリしてるんじゃね的な印象です。至近距離の合焦点の描写はコマフレアかがやや大きいようですが実用にはなります。ボケは重たいですがクセはないですね。
ライカ M11-P/ニッコールH5cm F2/F2.0
昼下がり。コントラストが高く、細部までしっかりとした写りで、とても気持ちいい再現性です。現代のレンズと比べても遜色ありません。
ライカ M11-P/ニッコールH5cm F2/F8

ライフのデビッド・ダグラス・ダンカンは、三木淳が撮影したニッコール8.5cm F2の描写に驚いて、ニッコールを愛用しはじめたという有名な逸話がありますが、実際にダンカンにこの話を確かめたインタビューワーによれば、ダンカンの記憶からは5cmだったかもしれないという証言を得ています。

三木淳もダンカンも鬼籍に入ってしまったいま、ウラのとりようもありません。ただ、重要なのはいずれの焦点距離にせよ、「ニッコール」の描写は高く評価されたということでこれは間違いありません。

ただ、ゾナータイプの5cm F2レンズは一眼レフ用の標準レンズには向かないとされたので、退場することになったようです。でも至近距離では性能があまり期待できないとされたゾナータイプですが、本レンズの最短撮影距離は1.5feetです。約50cmになりますから、距離計連動外にせよ、これはニコンF発売時の5cm F2レンズの0.6mよりも近寄れることになります。

ニッコールSオート5cm F2

ニコン最初の一眼レフ、1959年に登場するニコンFに用意された標準レンズはニッコールSオート5cm F2レンズ。4群7枚構成のものでした。

ニコンDfにニッコールSオート5cm F2を装着してみます。非Aiですから、Dfのマウントの13時方向にある、Ai連動ピンを跳ね上げないと装着はできません。レンズが小型なので、少しデザイン的なバランスは悪いですが使用にあたってストレスは少ないですね。
ニコンDfのAi連動ピンを跳ね上げた状態です。非Aiレンズ絞り環と接触しないように考えられています。
画面中央以外は捨てたという印象すらある描写で、ちょっと驚いてしまいました。
ニコン Df/ニッコールSオート5cm F2/F2
1段絞るとぐっと性能は上がりますが、まだ周辺はよくありません。もう1段絞らないとダメそうです。
ニコン Df/ニッコールSオート5cm F2/F2.8

レンジファインダー用のゾナー構成とは異なり、第1面に凹レンズを配置する構成ですが、これでバックフォーカスを稼ぎ、ミラーの稼働距離に余裕がとれたということになるようです。

ぱっと見はガウスタイプですが、第1面のレンズの存在がキモでしょう。当時の一眼レフ用の標準レンズは、ミラー稼働距離を稼ぎ、バックフォーカスに余裕を持たせるために焦点距離が50mmより延びて、52-58mmくらいのものが多くなります。

ニコンFマウントのF1.4の大口径標準レンズも、当初は5.8cmとなったのはご存知のとおり。でも50mm F2というスペックならば、伝統の50mmという焦点距離を維持するために少し工夫を凝らした設計で可能になったということでしょうか。先に述べたように、最短撮影距離は0.6mに抑えられています。惜しいのは純正のAi改造が不可能な仕様になっていることです。でもニコンDfや、FTZのマウントアダプターへの装着はできますので、さほど問題はないと思います。

ニッコールHオート50mm F2/ニッコールH・Cオート50mm F2

1964年に登場する改良型のニッコールHオート50mm F2は4群6枚構成のオーソドックスな構成。

これを元祖として、1972年に多層膜コーティングしたニッコールH・Cオート50mm F2に進化、1974年に登場するNew ニッコール50mm F2では、フォーカスリングがゴム巻きになり、最短撮影距離を0.45mとなります。

ニッコールHオート50mm F2(右)とニッコールH・Cオート50mm F2。前者はホワイトリムで後者はブラックリムになり、さらに多層膜コーティングされていますが、描写の違いは大きくないように思います。
街角で。東京の下町だと、引きのとれる場所は限られることが多いのですが、50mmの画角がハマるとよい感じに撮れます。湿度のためか、レンズの特性か、少しヌケが悪いですね。
ニコン Df/ニッコールHオート50mm F2/F8
硝材なのかコーティング特性なのか、わずかに温調な描写ですが、質感描写はなかなかのものがあります。
ニコン Df/ニッコールHオート50mm F2/F8
この条件ではわずかなタル型の歪曲収差を感じます。中央の描写はすばらしくシャープです。
ニコン Z5II/ニッコールHオート50mm F2/F4
50mmレンズは絞り込むことで広角ふうに描写することもできます。50mm 1本ですべてをこなさねばならない時代もあったわけです。
ニコン Z5II/ニッコールH・Cオート50mm F2/F11
最短撮影距離0.6mに見合った大ぶりな紫陽花を選んで撮影してみました。この条件ではボケにクセは出ませんでした。合焦点は少し線の太い描写です。
ニコン Df/ニッコールH・Cオート50mm F2/F2.8
ウィンドウのリフレクションもボカしてしまうと気にならなくなりますね。絞りの効果を考えながら設定したくなります。
ニコン Df/ニッコールH・Cオート50mm F2/F2.8
明暗の差が大きな条件ですが、デフォルトでもバランスのよい描写です。カメラの性能とレンズの性能の共同作業のような。
ニコン Z5II/ニッコールH・Cオート50mm F2/F8
昭和感のあふれる薬屋さんの店頭。Z5IIではフォーカシングで画像を拡大したあと、シャッターボタン半押しで拡大解除の設定ができるのでとても使いやすくなりました。
ニコン Df/ニッコールH・Cオート50mm F2/F2.8
目視ではクモリはないように見える個体ですが、この条件ではヌケがいまひとつ。50mmって意外に深度浅いなあという印象です。
ニコン Df/ニッコールH・Cオート50mm F2/F8

Aiニッコール50mm F2

1977年にはAi化対応したAiニッコール50mm F2が発売されます。基本構成はNew ニッコール50mm F2と同じままのようです。翌年にAiニッコール50mm F1.8が登場し、50mm F2は引退しますので、短命に終わったようですね。したがって最後までAF化はされなかったことになります。

Aiニッコール50mm F2。基本構成はニッコールHオート50mm F2から変更はないようですが、細かな改良は重ねられていると思います。最短撮影距離を0.45mにしたことで、より使いやすくなりました。
ニコンZ5IIにFTZアダプターを使用して、Aiニッコール50mm F2を装着。ゴム巻きのモダンなデザインになりましたが、これは好みが分かれるところですね。
日常をもっとも自然に相手にする画角が50mmかもしれません。モチーフを選ばないわけです。
ニコン Z5II/Aiニッコール50mm F2/F2.8
最短撮影距離だと条件にもよりますが、ハイライトにわずかなハロを感じますね。2段ほど絞ると消失するようです。
ニコン Df/Aiニッコール50mm F2/F2.8
最短撮影距離0.45mで開放絞り。やはり少しユルい描写です。合焦点を明確にするには1段ほど絞り込みたいところ。ボケはよい感じでした。
ニコン Z5II/Aiニッコール50mm F2/F2.0
少し距離を置くと、描写は整いますね。コントラストも高くよい感じです。
ニコン Df/Aiニッコール50mm F2/F2.8

あなたのお気に入りのニッコール50mm F2は?

今回、一眼レフ時代になって登場したニッコールSオート5cm F2を久しぶりにあれこれ試してみたんですが、至近距離0.6mではぐずぐずで、正直評価できない描写性能です。しかし、輪郭にフレアが纏うような独自の描写をすることがわかりました。

ニッコールSオート50mm F2(左)とニッコールHオート50mm F2。外観はよく似ていますが、第1面のレンズの形状が違います。レンズの最終面の大きさも違います。
その昔はレンズの構成枚数が多いほうがエラいという認識はあったのですが、このぐずぐずな描写に驚きます。点光源はバブルボケでしょうか。表現に応用できるのかな。
ニコン Df/ニッコールSオート5cm F2/F2.0

とくに至近距離撮影だと、像が立ち上がってくるのはF4あたりですかねえ。おいおい、開放FナンバーがF2なのに像を落ち着かせるのに2段も絞るのかよって、感じもします。

筆者は絞って使うことはまったく気にならないほうなので、遠慮なく絞り込んだ写真も使わせていただきましたが、本レンズは使いこなし甲斐があるなあと思いましたよ。最近はこれだけ絞りによる性能変化が大きい標準レンズはあまりないからです。

少し乱暴にいえば、ニッコールHオート50mm F2からAiニッコール50mm F2までは同じようなレンズ設計ですから、細かい改良は行われているとは思いますが、写りのニュアンスは当然酷似しています。

開放F2というFナンバーなら描写性能は余裕ありそうですが、筆者の印象では、改良型となっても絞り設定による描写の変化はそこそこにあるようにみえます。

至近距離での開放F2では、球面収差の影響でしょうか、すこし軟らかい感じです。最短撮影距離を0.6mとしたのもこのあたりに理由があるのでしょうか。

でもAiニッコールになり、0.45mとなって、その距離で試してみても、描写の特性はよく保っているんじゃないかと思います。軟らかい描写がどうしてもイヤならば、絞りをサクっと絞ってしまえば実用上は済みになるでしょう。

最短撮影距離が0.45mとなると、テーブルフォトや料理でも撮影しようかという気持ちになります。1絞り絞ると、ぐっと性能が上がります。
ニコン Df/Aiニッコール50mm F2/F2.8

結論からすればその万能性、安定性を認めて書くなら、ニッコールの50mm F2は、Aiニッコールを買っておけば間違いないということになるのですが……。

なに? デザインが気に入らない? ええ、わかります、わかります。だから、どうぞ、お好きなニッコール50mm F2レンズをお使いくださいませ。

幸いにして、ニッコール50mm F2レンズの市場価値はさほど高くはなく入手しやすいことです。お古レンズの入門としても向いており、ビギナーの方はズームレンズとの描写との違いに興味を持たれるのではないでしょうか。

赤城耕一

1961年東京生まれ。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒。一般雑誌や広告、PR誌の撮影をするかたわら、ライターとしてデジカメ Watchをはじめとする各種カメラ雑誌へ、メカニズムの論評、写真評、書評を寄稿している。またワークショップ講師、芸術系大学、専門学校などの講師を務める。日本作例写真家協会(JSPA)会長。著書に「アカギカメラ—偏愛だって、いいじゃない。」(インプレス)「フィルムカメラ放蕩記」(ホビージャパン)「赤城写真機診療所 MarkII」(玄光社)など多数。