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PMAを終えて~2強に垣間みた今後への自信
[2009/03/13]

景気後退が促す原点回帰
[2009/02/12]


2008年

景気後退が促す原点回帰


 ご存知の方もいらっしゃるだろうが、筆者はカメラ業界を専門としていない。フォトグラファーでもなければ、カメラ業界とつながる接点も持ち合わせない。しかし、それ故にカメラ業界を一歩下がった位置から、常に見ているつもりだ。

 そうした筆者の視点から見て常に気になっていたのが、スペックや機能ばかりが少々先行しすぎているのではないか、あるいは市場が加熱しすぎて、新たにデジタルカメラを買おうという人がついてこれなくなっているのではないか? という点だった。

 市場が飽和したと言われて久しいコンパクト機はもちろん、一眼レフカメラに関しても(マイクロフォーサーズの登場を除けば)新たなアプローチもなく、軽い閉塞感を感じていたからである。

 これまで何度か続けてきた業界キーマンへのインタビューでも、繰り返し業界の加熱や市場飽和後の着地点について話を訊いてきた。その答えはいつも決まっていた。「まだまだデジタルカメラ市場は伸び続ける」というものだが、着地点に関しては誰も明確な答えを見つけられずにいたように思う。

 それはまだ遠い日の未来だと、多くの業界関係者が考えていたからだろう。


金融危機の影響を受けるデジカメ市場

営業損失2,600億円の下方修正を告げたソニーのハワード・ストリンガーCEO。ソニーだけでなく、金融危機でほぼすべてのカメラ関連メーカーが下方修正を余儀なくされた
 あまり後ろ向きな発言は控えたいが、昨年9月以降に始まった景気後退の波は、おそらく、今こうして決算期の数字が続出している時にあっても、直接、経営に関わっていない我々からは想像できないほどの異常事態が進行中だ。

 具体的な数字は各社の業績発表やCIPAなどによる市場報告にまかせたいが、年秋から今年にかけて、筆者の手元には信じがたい売上下落の報が届いてきていた。

 本連載は経済動向を報告するものではないので、直接の論評は行わないが、世界中の主要な市場が同時に大幅縮小したというのが、今回の金融危機の大きな特徴になっている。その結果、特に嗜好品に分類される製品の売上が落ち込み、デジタルカメラ市場に大きな打撃を与えた。

 商品企画やラインナップ構成に関しても、急変した市場環境に対して製品ラインナップを整理するにも、動きが急すぎて間に合っていないというのが現状だ。内部的に発売する予定だった製品を延期することは可能でも、製品を新たに作り直すには時間がなさ過ぎた。

 しかし一方で、この世界的な景気後退は、カメラメーカーにとって商品開発の方向を考え直すよい機会にもなる。

 このところのデジタルカメラは、「画素数」、「高感度」、「手ブレ補正」の三要素に頼り切りだった。この三要素の性能はこれ以上必要ないというつもりは、もちろん全くない。レンズ性能にも依存するが、センサーの画素数向上による高画質化の余地はまだ残されているし、そうなればS/N比に対する要求、手ブレ補正に対する要求も厳しくなる。

 ただ、あまりにも一本調子だと飽きてきて、“あぁ、またちょっと良くなったのが出たのね”で終わってしまう。特にコンパクト機ではそうした印象は強いのではないだろうか。

 もちろん、世代を重ねていくことで操作性や機能の面で洗練はされてきている。しかし、あまりにカメラの機能が増えすぎて、常にデジタルカメラに対してアンテナを高くしている人にしか、各機種の本当の良さが伝わらない。結局、前述の三要素(+外観やサイズ)で押し切るしかなかったというのが本音だろう。


使いこなしはユーザーに任せる

 市場が好調な時期、製品のスペックはどんどん向上していくものだ。業界が右肩上がりであれば、新たな投資のリスクも少なくなるので、企業は経営資源を集中して新しい技術が次々に導入されていく。かつて数100万円だったデジタル一眼が数10万、数万円にまで下がり、さらに夢のようだった35mmフルサイズのセンサーが手の届く価格帯に落ちて画素数は2,000万画素を突破した。

 しかし好調期には置き去りにされがちな要素もある。増えゆくユーザーたちを大きな塊のように認識しがちになり、個々のカメラがどんな魅力をもってユーザーを惹き付けたのか? といった、過去を振り返る機会が失われがちになる。

 加えて好景気が続いていく中では、どうしても“製品を売る(営業する)側”と“製品を開発する側”の力関係が、前者に偏りがちなものだ。結果、新しい提案で市場を拡大するよりも、判りやすい(売りやすい)スペックの製品が増えていく。ユーザーからの視点で見ていると、“あのメーカーはこうだ”、“このメーカーはなってない”とメーカー単位で評価しがちだが、実際には社内(あるいは販売会社を含む)力学が製品ラインナップの傾向を決めていることが少なくない。

 これらはカメラ業界に限らず、コンシューマエレクトロニクス製品全般に言えることで、当事者たちも充分に理解しているのだが、好景気が続いていると、なかなか違う方向に向かうきっかけが掴めない。

 なんだかんだとマニアやデジカメ購入リピーターから批判を受けながら、それでもつい最近まできちんと売れていたのだ。しかし、景気後退期を迎えた今なら、自己批判による自浄作用も生まれやすい。デジタルカメラ市場が変化する、できる、最適のタイミングは今しかない。


プリンター一体型のタカラトミー「シャオ」。カメラとしては低機能だが、その場でプリントできる付加価値が女性層に受けている

無線LANを内蔵したSDメモリーカード「Eye-Fi」。画像の自動アップロードを強く意識した製品だ


 例えばコンパクト機に関しては、用途ごとにもっと最適化できるのではないだろうか。カメラの本質的な楽しみを追求する機種もあれば、高スペックを低価格に……といったコンセプトの製品もあるが、不思議と用途に特化することで新しい価値を見いだそうという製品は少ない。○○向けに最適な~と謳われていても、その用途に特化するのではなく、多少なりとも八方美人なスペックを持つのが普通だ。

 なぜだろう? と尋ねた時の答えはいつも同じ。「そうしないと売れないから」だという。本当にそうなのだろうか?

 ユーザーがデジタルカメラを使いたい用途は、ある程度固まってきている。昔から言われていることだが、ブログやWebページに挿入する写真を撮るためという人は意外に多い。彼らが求めているのは手軽さだ。写真撮影のテクニックを極めることではない。

 各メーカーがフォトストレージサービスを自社で提供し、自社製ユーティリティでアップロード可能にしたり、あるいは無線LANカメラから直接アップロードするといった機能は珍しくないが、ユーザーがやりたいのは自分が使っているブログやフォトストレージサービスとの連携だ。

 それはそれで便利だが、世の中にはデファクトスタンダードと言われるサービスが別に存在するのだから、ユーザーの満足度を上げることを考えるなら、自社ユーザー向けのクローズドなサービスに誘導するのではなく、インターネットならではのダイナミズムを存分に味わえるメジャーなWebサービスと連携する必要がある。

 本体を高機能にして高価にするのではなく、カメラ側はシンプルに使いやすく、使い捨てカメラのようにイージーに使い、それをパソコンに接続すると画像を保存するだけでなく、ほとんどのメジャーなブログ、SNS、フォトストレージに自由自在にアップロードできる。目的がハッキリしているなら、メーカーは方向だけをしっかりと定め、最後の使いこなしはユーザーに任せる方がいい。


求められるのは“新たな発見”

高速連写とハイスピードムービーに価値を見いだしたカシオの新製品「HIGH SPEED EXILIM EX-FC100」。一般的な薄型デジカメの見た目ながら、30コマ/秒の連写や1,000fpsの動画記録に対応する
 もうひとつ、カメラメーカーがこの時期に見直すべきなのは、“新たな発見”をユーザーに与えることだ。それは必ずしも、最新の技術に基づくものでなくてもいい。“この機能、凄いだろ”といって与えるのではなく、ユーザー自身が新たな発見に驚きを感じ、自ら積極的に楽しむよう自力での発見へと導く工夫だ。

 この手法が最も得意なのはカシオだろう。カシオはデジタルカメラ黎明期から一貫してユニークな製品を作り続けてきた。現在は高速撮影カメラに注力しているところだが、まずはマニア層に新しい発見を導き、その後、低価格化やソフトウェアの改良などで、すこしづつ新たに楽しみを発見してくれるユーザー層を拡大している。

 またビデオカムコーダから搭載が開始された背面照射式CMOSセンサーは、もくろみ通りにローライト時の高S/Nを獲得してカムコーダに革命的とも言える変化を起こそうとしている。まずはサイズの小さなセンサーを搭載するデジタルカメラや携帯電話用カメラなどから、スチルカメラの世界でも使われるようになるはずだ。

 ここで新しい要素を“機能”として提案するだけでは、使い方は広がらない。進歩的な使い方をするユーザーなら、自分で使い方を積極的に探せるが、自ら楽しさを発見できるところまで、ソフトウェアなりサービスを駆使して導くことが大切になる。

 これはほかの分野でも書いていることなので、あるいは“聞いたことがある”という人もいるだろうが、ハードウェアの機能にソフトウェアとサービスを組み合わせ、新たな体験をユーザーに導く方法をメーカーは考えなければならなくなるだろう。

 高スペックなカメラを作れば、ユーザーが買ってくれるという時代は終わる。かけ声だけでなく、本当の意味でハードウェアとソフトウェア、サービスを融合できたメーカーこそが、次の時代に飛躍するきっかけを掴むことになるはずだ。

 それは決して新しいアプローチではない。“どんな事がしたいのか”というシンプルな原点回帰だ。“どんな製品がよいのか”という視点は、どんな事がしたいのかを発見した後についてくるものでしかない。行き詰まりを感じたならば、またスタート地点へと戻るべきだと思う。



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本田雅一
PC、IT、AV、カメラ、プリンタに関連した取材記事、コラム、評論をWebニュースサイト、専門誌、新聞、ビジネス誌に執筆中。カメラとのファーストコンタクトは10歳の時に親からお下がりでもらったコニカEE Matic。デジタルカメラとはリコーDC-1を仕事に導入して以来の付き合い。

2009/02/12 08:56
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