ペンタックス「O-GPS1」の“アストロトレーサー”を試す

Reported by 小倉雄一

 アストロトレーサーの開発者インタビューを担当した縁で、ペンタックスのGPSユニット「O-GPS1」のレビューをやらせていただくことになった。

O-GPS1。アストロトレーサーは、「K-5」と「K-r」でのみ利用できる。実勢価格は1万9,800円前後。6月下旬に発売された

 撮像素子シフト式手ブレ補正機構「SR」(Shake Reduction)を活かして星の動きを追尾し、天体撮影を容易に行なえるアストロトレーサーだが、ペンタックスの開発者たちの、1人でも多くの方々に、できるだけ気軽に天体撮影に挑戦していただきたい、という思いが込められた製品なのだと強く感じる。

 低感度で星を点に写すためには、地球の自転に合わせて動く「赤道儀」と呼ばれる装置が一般的には必要になってくる。赤道儀はセッティングなどが面倒なこともあって、星の撮影では敷居を高くする存在だった。今回のアストロトレーサーは、星の動きを自動で計算し、撮像素子を少しずつ動かすことで(制限はあるものの)赤道儀の代わりになるというものだ。

 プロの天体写真家が行なうような厳密な試用レポートとはまったくかけ離れた、天体撮影はまったく無縁の素人カメラマンによる試用レポートだと思って気軽に読んでいただけるとありがたい。きっと、自分にも使いこなせるかも、と思っていただけるはずだ。

機材届く。撮影に向けてイスなども用意

 関東地方が梅雨まっただなかの6月のある週末、機材一式が届いた。「K-5」と「O-GPS1」、レンズは「DA★ 16-50mm F2.8 ED AL(IF)SDM F2.8」、「DA 35mm F2.8 Macro Limited」、「D FA Macro 100mm F2.8 WR」の3本だ。

DA 35mm F2.8 Macro Limited装着時のK-5+O-GPS1(カメラに装着している写真のO-GPS1は上部の表面仕上げが製品版と異なります、以下同)

 機材が届いてからは、ニュースサイトで天気予報をにらむ日々。ずっと雨マークが続いていて気を揉む日が続いたが、どうやら翌週火曜日の夜は梅雨の合間の快晴が望めそうだ、ということで準備を進めた。

 カメラとレンズ以外に用意した機材を以下に簡単に記す。まずはクイックセットのハスキー3段三脚。天体撮影にはしっかりと安定した三脚が不可欠だ。そしてLEDライト。量販店やホームセンターで1,000円前後で購入できる。天体撮影は真っ暗な場所で行なうので小型軽量のLEDライトは絶対に欠かせない。

星の撮影にはしっかりした三脚が絶対に必要だ。折りたたみ式のイスがあると、立ったり座ったりがずいぶん楽になる

 それから、天体撮影では長時間露光を繰り返すことになるので、立ったり座ったりが頻繁になる。そのため、プラスチック製の折りたたみイスがあると重宝する。こちらも1,000円前後で購入できる簡単なものでOKだが、これがあるとないのでは撮影の快適さが大違いだ。まったくの余談だが、実際の撮影現場にはイスを持っていくのを忘れて、撮影後の数日間は太ももの筋肉がぱんぱんに腫れていた。

 あとは、写真用具店で手に入る紙テープのパーマセルも持っていきたい。レンズのピントリングを無限遠で固定したり、後述するがGPSユニットの背面LEDライトを隠したりするのに便利だ。ほかには、K-5の予備バッテリーと充電器、GPSユニット用の単4充電池エネループ、天体ソフトをインストールしたiPhone、iPhone用ACアダプター、クルマの直流12Vを100Vに変換するコンバーター、テーブルタップ、地図なども持っていった。それから、忘れてはならないのは虫除けスプレーとキンカンだ。

ピント合わせに四苦八苦

 てるてる坊主をいくつもつるして首を長くして待った火曜日の夜、奇跡的に雲ひとつない快晴だったので、高速道路を飛ばして、ネットで見つけた外房の撮影ポイント「東浪見海岸」(千葉県長生郡一宮町)に向かった。海沿いを走る県道から海岸に向かう細い道に入る。松林によってまわりの明かりが遮られる場所で撮影を行うことにした。

 “手軽に星を止めて写せる”のが売りのアストロトレーサーだが、ピント合わせにAFが使えるわけではないことは確認しておきたい。もちろん手動でピント合わせを行なうMFとなる。「撮影で星は無限遠の扱いだから、レンズの距離指標は∞に合わせればいい」というものでもない。AFレンズは機構上、∞より先に遊びが設けてあるからだ。また、MFでのピント合わせといってもファインダーを覗いてボケ具合を見ながらピントリングを左右に回せばOKというものではない。

 星は被写体としては非常に暗いため、ファインダーを覗いても何も見えない。かくなるうえはと、K-5背面のLVボタンを押してライブビューモードに入り、INFOボタンを何度か押して部分拡大してみるものの、背面モニターには数えるほどしか星は見当たらず。やはり星の明るさは暗すぎるため、ライブビューでは拾いきれないのだ。

 ではどうやってピントを合わせるかというと、レンズの距離指標を見ながらピントリングをだいたい無限遠に合わせ、アストロトレーサーの機能を使って1枚シャッターを切る(この場合、シャッター速度を早くするため、感度は高めに設定しておくといい)。撮れた画像を確認して、ピントリングを遠近(左右)どちらかにごくわずかにズラして、またシャッターを切る。撮影画像を再生し、拡大再生したまま前ダイヤルで前後のカットを見比べ、どちらがピントがより合ってるか確認する。以下、これを繰り返す。

 まあ、頭ではわかる。ライブビューでのMFピント合わせをものすごい隔靴掻痒状態でひたすら繰り返し、最良なピントを探し出す、というイメージだ。

星を撮るときに一番気にしなければいけないのは、無限遠にピントを合わせること。レンズごとに無限遠の位置は異なるので、あらかじめ確認しておく

 現場で苦しまないように、昼間明るいところで使用するレンズの無限遠のピント位置を確認しておくのは大切だといっておこう。ただ、温度などによりレンズの無限遠の位置は微妙に変化するので、現場での最終確認はどうしても欠くことはできないのだが……。

 この日はいちおうテスト撮影という位置づけで撮影に臨んだので、南の空に広がる天の川などをあるていど撮ってみて、22時30分ごろに月が昇ってきたので、撮影を終えて帰路についた(星の撮影は月が出ていない暗い夜空であることが望ましい)。

電源を入れて数十秒。GPS衛星からの電波をキャッチすると背面LEDが点灯する電池切れが近くなると横のオレンジのランプが点滅を始める。なにを忘れても単4電池の替えは絶対に忘れてはならない。星が追えなくなる
とはいえ、撮影中に青やオレンジのランプが光っていると星が見えなくなるので、写真用具の紙テープ(パーマセル)で背面のLEDを覆ってしまうといい

 帰宅して撮影した画像を確認してみたところ、現場ではしっかりと合わせたつもりだったのだが、とにかくピントの精度が悪すぎだった!! それと、あるていど情報を仕入れ、撮影現場でも再生画像のヒストグラムを確認したつもりだったが、あまりにも露出のバラツキがあって、ダメすぎる。

天体撮影時でもヒストグラムを表示できる

 天体撮影では、最良の結果を得るために、あらゆる画像処理を駆使して鮮明な星像を作り出すことを追求するが、今回の撮影は撮ったままを掲載するのが基本のデジカメWatchなので、撮影後にトーンカーブをキュッといじってコントラストを調整するなんてことは許されない。おのずと撮影時の露出設定が重要になってくるのだ。

 そしてもう1つ。ハッキリいって星の撮影は、撮影ポイントと撮影日時の選定がほぼすべてといってよい。東浪見海岸はまわりの光害の少なさでは申し分ないのだが、そばの県道をバイクを連ねて走る若者がいたり、アベックのクルマが2人だけの場所を求めて出たり入ったりとなかなか落ち着かない。天体撮影は、まわりに必要以上に気を遣わずに済み、静かに落ち着いて撮影が行なえる場所を見つけることが勝因だと心の底から思い知った。帰宅してからは、またニュースサイトの天気予報と首っ引きの毎日が始まった。

いざ、本番撮影――

 またどんよりとした梅雨空が続き、2回目の撮影は翌週の火曜日となった。目的地は房総丘陵の鹿野山山頂付近。マザー牧場のあたりといえばご存じの方も多いだろう。まだ陽の高いうちからロケハンに出かけ、信号や街灯の影響のない撮影ポイントを見定めておく。日が暮れて残照も消えたら、撮影開始。クルマを道端に止めて、南から南西のほうに広がる森の上の空にカメラを向ける。

 O-GPS1の背面ボタンを1秒間長押しして電源を入れると青色LEDが点滅を始める。衛星からの電波をキャッチし、GPS測位ができる状態になると点灯に変わる。レンズとO-GPS1を装着したK-5を三脚に固定する前には、絶対に欠くことのできない儀式がある。そう「精密キャリブレーション」だ。アストロトレーサーで正確に星を追尾するためには、位置情報に加え、正確な方位の検出が絶対に必要となる。

精密キャリブレーションでは、カメラを3軸それぞれで回転させる

 この精密キャリブレーションを行なうことによって、周囲の磁場の影響をキャンセルできるのだという。具体的には写真にあるとおり、カメラを3軸で180度以上回転させる。ひたすら回転させる。この作業を行わないとアストロトレーサーが正確に機能しないとあって、こちらも必死だ。手首が痛くなりそうなくらい何度もぐるんぐるんO-GPS1付きのK-5を振るが、なかなかOKが出てくれない。3軸での回転をひたすら繰り返すが、いったいどの方向の動きが足りないのだろうとヤケになりかけた頃、ようやくOKマークが出た。

 カメラを三脚に取り付け、ズーム位置を決めたあと、前回の失敗を繰り返さないように、ピント合わせを慎重に行なう。撮影準備にかかる時間の大半が、この正確なピント合わせにあるといっても過言ではないだろう。

 アストロトレーサーを使う場合、モードダイヤルはB(バルブ)に合わせ、[撮影メニュー4]-[GPS]-[アストロトレーサー(Bulb)]を選ぶ。露光時間(シャッター速度)の設定にはタイマー機能が使えるので、とくにこだわるのでなければ、こちらを使うといいだろう。

アストロトレーサー使用時は、撮影モードをバルブに設定するアストロトレーサーのメニューは[GPS]のページ内にある
O-GPS1が算出した追尾可能時間をもとに、タイマーで露光できるタイマー露出の時間は任意に設定可能だ

 アストロトレーサーによって星を追える“追尾可能時間”は最大5分(300秒)までの範囲で、撮影方向や装着レンズの焦点距離によって変わってくる。たとえば北極星のまわりの星の動くスピードと、南の高い空を移動する星のスピードはまったく異なるし、レンズの焦点距離によっても画面内を横切る星の見かけ上のスピードが変わってくるからだ。追尾可能時間はカメラが自動的に算出してくれ、タイマーはその範囲で設定できるので、ISO感度や絞り値とのバランスで追尾時間(露光時間)を設定するとよいだろう。

露出時間をセットしたら撮影を開始する

 K-5の場合、感度は800~1600あたりまでが許容範囲だと思う。それ以上に上げると、ノイズが増えてきて、星が埋もれてしまう。適切なレンズの絞り値はレンズごとに異なるが、開放から少し絞ったあたりに設定するのがよいだろう。絞りすぎると、すぐにアストロトレーサーの追尾可能時間の限界(5分=300秒)を超えてしまう。

 長秒時NRと高感度NRのON/OFFも多少試してみたが、今回の撮影ではあまり効果が感じられなかった。とくに長秒時ノイズは撮影後に一定の処理時間がかかるため、星の撮影ではオフでもよいのではないかと感じた。

 今回はRAW撮影は行わず、撮って出しのJPEGオンリーとした。ただし画質は初期設定の★★★ではなく、最高画質の★★★★にした。WBはオートに設定。あとから太陽光固定でもよかったと反省。

アストロトレーサーの威力に感服

 南から南西方向に向けて、シチュエーションをいろいろ変えて、星を撮ってみた。星の動きは天球上の場所によって異なるので一概にはいえないが、追尾時間が150秒、300秒のカットでは星が微妙にブレて写ってるカットもやや目についた。もちろん焦点距離にもよる。広角16mm(35mm判換算24mm相当)だと、300秒でもまったくブレは気にならない。

 メーカーのFAQページにもあるが、撮影する方向を変えたり、レンズを換えたりするごとに精密キャリブレーションはやり直したほうがいいようだ。カメラを三脚から外してブルンブルン振るのは面倒だが、そのほうが間違いなくいい結果が得られる。

 D FA Macro 100mm F2.8 WRを使って、縦位置で天の川を撮った。光害の影響が少なく空気の澄んだ場所に立つと、都市部での生活ではお目にかかることができない天の川を肉眼で見られて、気軽に写真に写せてしまうということに率直に感動する。都市部では、光害の多さに、空を見上げても夏の大三角(ベガ、アルタイル、デネブ)が申し訳ていどに見えるくらいだが、ここではたくさんの星に埋もれて、どれが大三角だかわからないほどだ。さそり座もごくふつうに見えて、うれしい限り。

O-GPS1は非常にコンパクトで、デザインもカメラボディと一体感がある

 アストロトレーサーというのは、超スローシャッターで流し撮りをしているようなものだから、セオリーとしては地上の風景を写し込まず、星だけを撮る、ということになるのだが、通常の流し撮りと同じく、まわりの風景を少し写し込んでもおもしろい結果が得られる。

 と、いろいろ書いてみたが、アストロトレーサーのON/OFFの比較作例をご覧いただければ、威力は理解していただけると思う。ピントや露出を合わせたり、撮影場所を選んだりと苦労も多いが、美しい星空が写せたときの感動は、そうした苦労をすべて吹き飛ばしてしまうほどだ。

 もう1つ。先ほども記したように、天体撮影のプロフェッショナル達はいかに鮮明で美しい星空を写真に収めるか、写真として成立させるかということに、われわれ素人が驚くほどの努力を積み重ねている。そのことについてはアストロトレーサーの主たるユーザーから離れてしまうので触れないが、アストロトレーサーで撮影した星空の写真、撮影後にレタッチソフトで軽くコントラストを調整する(空が明るく写ってしまった場合、空の明るさを下げる)だけでも、さらに星空の美しさが増すことは覚えておいてよい。

“星を撮る意味”を考えさせてくれる

 このあいだの開発者インタビューで聞くのを忘れたが、“星を撮る意味”についてペンタックスの人たちに聞きたかった。アストロトレーサーの発明によって、いままで星を撮ったことがない、自分に星が撮れるなんて考えたこともない大勢の人たちが、こぞって星撮りにチャレンジするだろう。デジタル一眼レフカメラで星が気軽に撮れ、写真として残せることももちろんすばらしいのだが、多くの人が星を撮るために美しい星空と向き合うことのほうが、もっとすばらしいことのように思う。

 月並みな言い方だが、夜空に点に光ってる星たちは、太陽と同じかもっと大きな恒星が何千光年のかなたから、ものすごい年月をかけてようやく地球に届いた光なのであり。アストロトレーサーで星を追尾しながら、夜空に浮かぶ満天の星を見ていると、自分がここにこうして立って星空を見つめている意味というのを、じんわりと考えないわけにはいかない。そういう意味では、アストロトレーサーをこの世に送り出してくださったペンタックスの開発者の方々には、幾重もの思いを込めて感謝の気持ちを伝えたい。

実写サンプル

  • 作例のサムネイルをクリックすると、リサイズなし・補正なしの撮影画像をダウンロード後、800×600ピクセル前後の縮小画像を表示します。その後、クリックした箇所をピクセル等倍で表示します。
  • 縦位置の画像は、非破壊で回転させています。
  • 特記無き作例の高感度NRはOFFです。

アストロトレーサーの有無

※共通設定:K-5 / D FA Macro 100mm F2.8 WR / 3,264×4,928 / 30秒 / F4 / 0EV / ISO1600 / バルブ / WB:オート / 100mm

アストロトレーサー使用アストロトレーサー未使用

アストロトレーサーを使用したサンプル

K-5 / DA★ 16-50mm F2.8 ED AL(IF)SDM F2.8 / 4,928×3,264 / 75秒 / F2.8 / 0EV / ISO800 / バルブ / WB:オート / 43mmK-5 / D FA Macro 100mm F2.8 WR / 4,928×3,264 / 60秒 / F5.6 / 0EV / ISO1600 / バルブ / WB:オート / 100mm
マザー牧場の駐車場をへだてて森を写し込んでみたが、いい感じで木が流れて、幻想的な雰囲気が出せたように思う。K-5 / DA 35mm F2.8 Macro Limited / 4,928×3,264 / 300秒 / F11 / 0EV / ISO1600 / バルブ / WB:オート / 35mm

高感度NRの有無(参考)

※共通設定:K-5 / DA★ 16-50mm F2.8 ED AL(IF)SDM F2.8 / 4,928×3,264 / 60秒 / F2.8 / 0EV / ISO1600 / バルブ / WB:オート / 39mm

高感度NR OFF高感度NR ON(強)





小倉雄一
(おぐらゆういち)フリーランスの編集者&ライター&カメラマン+塾講師。デジカメ関連の媒体を中心に活動中。新聞社の写真記者、雑誌編集者を経てフリーに。1967年、東京・築地生まれ。血液型B型。http://jagabata.net/

2011/7/8 00:00