気になるデジカメ長期リアルタイムレポート
PENTAX K-5 IIs【第2回】
ライブ撮影で発揮する静粛性とTAvモードの威力
(2013/2/27 00:00)
ペンタックスのK-5系はおそらく現在市場にあるデジタル一眼レフカメラの中でトップクラスの静粛性をもつカメラの1つだ。他社のプロ用デジタル一眼レフカメラには静粛性を優先した「サイレントモード」が備えられている。K-5にそれがないのは何故かと言えば、標準モードの動作音がすでにライバルのサイレントモード並みに静かだからだ。
そんなアホなと思う方のために逸話を1つ紹介しよう。昨年の夏、横浜の老舗ライブハウスに演奏を聴きに行った際、先代のK-5を構えて写真を撮ったときのことだ。一眼レフはそれなりに大きなシャッター音がするものなので、背後にこちらを注視する人の気配がした時には咎められるものと覚悟した。しかし、実際には制止されることもなく100を越えるショットをものにした。
終演後、後ろから見ていたオーナーの方に「いま撮ってたよね?」話しかけられたので「はい。うるさくして申し訳ありません」とお詫びしたところ「いやいや! 全然問題なかったよ」「一眼を構えたやつがいるんで聞き耳を立ててたんだけど、いつまでもシャッター音がしなくて。でもときどき液晶が点いてるから、え!? これで撮ってるんだと思ってびっくりしたんだけど、それなんてカメラ?」と訊ねられた。
K-5系ボディの抜きん出た静粛性にはいくつかの理由がちゃんとある。まず挙げられるのは防塵防滴構造であること。すべての作動部分がシールされており音漏れの原因になる隙間がない。次に動作部品の質量が小さいこと。APS-Cサイズのミラーおよびシャッターは軽く、フルサイズ機のそれに較べ、そもそもの動作音が小さい。ダイカストボディとマグネシウム合金カバーによる剛性の高いボディも貢献している。同じ防塵防滴仕様であってもプラスチック外装のK-30はシャッター音が大きく、演奏中にシャッターを切る気には到底ならない。
最後に挙げるとしたら、ペンタックスがこのボディと主要メカニズムをK-7の頃から使い続けているという単純な事実がある。K-7に搭載された当初はこのメカも今ほど静かなものではなかったが、製造を通じて得られたノウハウをフィードバックして細部に改良を加え、後にK-5に引き継いでもなお熟成を続けてきたことが、スペックには現れない完成度に結びついたのだろう。
暗所高感度性能もなかなかのもので、主観では先代のK-5よりも向上した印象を受ける。理由を付けるとすればローパスレスの恩恵で標準のシャープ処理が弱いもので済み、結果として高感度ノイズがあまり強調されないため、そのように感じるのではないかと考えている。
その実力は実写作例を見て頂きたいが、ISO1600ではノイズは見えるものの荒れた感じやトーンの崩れはまったくなく、弦の1本1本がシャープに解像しているばかりか弦そのものの質感までありありと感じられる。楽器に詳しいヒトならばおよそどのような弦が張ってあるかも読み取ることができそうだ。
- 作例のサムネイルをクリックすると、リサイズなし・補正なしの撮影画像をダウンロード後、800×600ピクセル前後の縮小画像を表示します。その後、クリックした箇所をピクセル等倍で表示します。
- 縦位置で撮影した写真のみ、無劣化での回転処理を施しています。
- 作例はノイズリダクションはメーカー初期設定のまま、シャドウ補正は「弱」で撮影しています。
暗所高感度性能ではフルサイズが有利と言われているが、フルサイズ用センサーも高画素競争の果てに画素ピッチがAPS-Cセンサーに近づき、フルサイズ1,200万画素とAPS-C 1,000万画素を比較していた頃ほどの原理的な優位性はなくなっている。暗部のディテール描写には当然レンズ性能の影響も大きく、デジタル専用設計レンズを持つAPS-C機の暗所性能もそう侮れないものであることは、この作例で感じて頂けるかと思う。
「TAvモード」もライブステージの撮影では有利な機能だ。TAvモードでは絞りとシャッタースピードをユーザーが決め、それに対して感度が自動的に変化して適正露出を得る。一般的な言い方をすればマニュアル露出と感度オートを組み合わせたものだ。
ペンタックスがなぜ他社のような「感度オートのMモード」と呼ばず、わざわざ“TAvモード”などという言葉を作ったか。
例えばAv、Tvというなじみ深いモードは「絞り優先オート」「シャッター速度優先オート」と称されるものだが、意味の上ではAvは「撮影者が絞りを決める」、Tvは「撮影者がシャッター速度を決める」AEモードのことだ。それに対してMモード(マニュアル露出)とは「撮影者が露光量をフィルム感度に合わせるためにシャッター速度と絞りの組み合せを操作する」というモードだ。AEではないし、厳密にはシャッター速度か絞りのどちらかは感度との兼ね合いで成り行きで決まってしまい、撮影者の自由にはならない。
ではTAvモードとはなにかと言えば「TvもAvも撮影者が決め、それに従ってカメラが他のパラメータ(感度)を自動制御する」というAEモード。つまり「絞りとシャッター速度というのは露出をあわせるためにあるものではなく、表現要素としての撮影者の意思できっちり決めろ。露出制御はカメラに任せろ」という、ペンタックスの思想を表現した呼び名なのだと考えている。
上の作例では、F4開放、適度な被写体ブレを狙ってシャッター速度を1/100秒にセット。暗めのトーンを狙って露出補正を-1.3EVにセットした。フレーミングを変えると被写体の明るさが変わるが、カメラが感度を自動制御して一定のトーンを保つ。絞りとシャッタースピードが変化しないので描写は一定で、撮影中は構図やフォーカス、シャッターチャンスといった作画要素に集中できる。これがTAvモードの威力だ。
TAvモードの実用性は高感度性能によって決まる。実用的な画質が得られる感度範囲が狭ければその範囲に収めるように結局絞りやシャッター速度を変更しなければならないからだ。TAvモードを最初に搭載したK10Dは高感度側がISO1600でも実用に難しい画質であり、ISO100/200/400/800の4段分の輝度変化にしか対応できず、TAvのコンセプトを活かせるものではなかった。K-5 IIsではISO3200でも問題なく使え、ISO6400でのディテールの崩れを許すなら7段分の輝度変化に対応できる。これはシャッター速度の上限を1/1,000秒、下限を1/15秒と考えた場合のシャッターによる調節幅と同等であり、露出制御の手段として充分実用レベルだ。
感度別作例
私はテスト以外の普段の撮影でTAvを使う時、感度の調整範囲をISO100からISO4000の間にセットし、「ISO1600ならだいたいこれくらい」と勘で決めた値に絞りとシャッターをセットしてフレーミングし、感度がその前後になっていればあとはカメラ任せにして撮影するというような使い方をしている。
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ライブ撮影は屋外や一般室内と違う要求が多く、設定の間違いは観客や演奏者の迷惑になり、場合によっては一発退場となり撮影のチャンスを永遠に失う。つまらない設定ミスを避けるため私はライブ撮影用のセットをUSERポジションに登録し、現場に入る前に主な設定を一括で済ませられるようにしている。
「SAFOX X」により暗所性能が向上したAFは照明の暗いライブステージでも機敏に反応し、超音波モーター採用レンズなら音も気にならないので遠慮なくAFで撮影できる。MFで使う場合にもフォーカスエイドの反応が鋭敏になっているので、従来機よりもはるかに撮影しやすい。
ライブ撮影限らずシャッター音の大きいカメラが嫌われる状況は少なくない。例えば仕事でインタビューの撮影をする時にもカメラマンのシャッター音のせいで録音の肝心なところが聞き取れないというクレームもあるように聞くし、緊張感のある対談の最中にうるさくシャッターを切ったカメラマンが退場を命じられたという実例もある。静粛性とはそれくらい重要な性能だ。
先のライブハウスオーナーの質問には、「ペンタックスのK-5という世界一静かな一眼レフカメラです。もうすぐK-5 IIsっていうのが発売されます。それはもっと静かできれいに写りますよ」と売り込んでおいたから、たぶんあのライブハウスの出入りのカメラマンはK-5 IIsを買うように強く勧められたのではないだろうか。来月またお邪魔する予定があるので、後日談を楽しみにしている。