ライカレンズの美学

SUMMILUX-M F1.4/21mm ASPH.

超広角なのにボケを楽しめる贅沢レンズ

M型ライカ用現行レンズの魅力を探る本連載の8回目は、SUMMILUX-M F1.4/21mm ASPH.を取り上げつつ、超大口径な広角レンズの意義について検証していこう。

まずはレンジファインダーライカにおける21mmレンズの歴史を簡単に振り返っておくと、1958年に登場したSUPER-ANGULON(スーパーアンギュロン)21mm F4がライカとして初の21mmレンズとなる。カメラの歴史に詳しい人ならレンズ名称から察しが付くとおり、このレンズはシュナイダー社の設計によるもので、対称性の強いレンズ構成を採用し、当時としては非常の高い描写性能を持ったレンズであった。

5年後の1963年になると開放F値を少し明るくしたSUPER-ANGULON 21mm F3.4へと進化する。このF3.4のSUPER-ANGULONは描写性能がさらに向上していたことに加え、鏡胴の中央が細くクビれたメリハリのあるデザインも相まって、現在でも非常に人気の高い1本だ。

その後、1980年になるとELMARIT 21mm F2.8が登場。シュナイダー社ではなく、ライカ自身が設計した初の21mmレンズとして話題になった。また、それまでのSUPER-ANGULONはどちらも対称型の光学系だったため、後玉がフィルム面近くまで張り出しており、それが原因でカメラのTTL測光が働かないという問題を抱えていたが、ELMARIT 21mmでは対称型ではなくレトロフォーカス式の光学系を採用することで、ライカM5や後のライカM6でもTTL測光が可能な初の21mmレンズとなった。

1997年には非球面レンズを採用したELMARIT-M 21mm F2.8 ASPH.が登場。そして現在はSUMMILUX-M F1.4/21mm ASPH.とSUPER-ELMAR-M f3.4/21mm ASPH.という2本の21mmレンズがラインナップされている。

SUMMILUX-M F1.4/21mm ASPH.が発表されたのは2008年9月のことで、同年12月に販売が開始された。21mmで開放F値がF1.4というのは他社を含めてそれまで例がなく、35mm判用21mmレンズとしては世界初のF1.4大口径レンズとして、当時ライカフリークの間ではかなり話題になったと記憶している。

レンズ構成は8群10枚で、そのうち2面に非球面を採用。異常部分分散ガラスも5枚使われている上に、ピント位置に応じてバリアブルに収差補正を行うフローティング機構も搭載された、まるで満漢全席のような非常にデラックスな設計だ。M型ライカ用交換レンズの中ではやや大きめだが、それでも21mm F1.4というハイスペックを実現している割には小型軽量と言えるサイズである。

描写は、焦点距離が異なる他の現行SUMMILUXシリーズと似た印象で、絞り開放での超繊細なピントの立ち上がり方がとっても印象的。オールドレンズの開放描写によく見られるような芯を感じさせないスローな結像ではなく、しっかりと芯はあるのだが、決して硬くなりすぎない、得も言われぬ絶妙な結像が気持ちいい。また、広角レンズは絞り込んで使うことも必然的に多くなると思われるが、絞り込んで行っても線が太くなってしまうような傾向は皆無で、絞り開放時と同じように線の細い描写のまま、被写界深度だけが深くなっていく印象である。

絞り込んでも線が太くならず、繊細な描写が得られる。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F11 / 1/500秒 / WB:オート
コントラストがしっかりしていることもあって、こういうザラッとしたテクスチャーの再現は相当に素晴らしい。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F5.6 / 1/350秒 / WB:オート
細部まで執拗なほど精密な描写で、ライカMのフルサイズ24メガではまだまだ余裕がある。おそらくもっと高画素なモデルが出ても全然大丈夫だろう。LEICA M(Typ240)/ ISO640 / F1.4 / 1/45秒 / WB:晴天
パブリックスペースに置かれたオブジェ越しに撮影。昔は21mmというと「すごい広角」という気がしたが、今となってはそれほど広角すぎる印象はない。時代が変わったのか、あるいは自分が変わったのか。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F8 / 1/350秒 / WB:オート

F1.4の大口径とはいえ、21mmの広角なのでボケ量はそれほど大きくはないが、それでもF2.8クラスの21mmと比べれば、その違いは一目瞭然なほど被写界深度は浅い。背景や前景にあるモノのかたちをそれほど崩さずに、しかしピントを合わせた被写体を確実に浮き上がらせてくれるのは、大口径広角レンズならではの描写特性だ。周囲の環境をある程度は見せつつも、主要被写体を自然と強調することができる。とくにインドアでの限られた光量下で行う静物撮影などでは、この特性が最大限に活かせると思う。

絞り開放時のアウトフォーカス描写は変なクセがまったくなく、いたってナチュラル。LEICA M(Typ240)/ ISO640 / F1.4 / 1/45秒 / WB:晴天
広角レンズながらも相当に浅い深度の撮影を楽しめる。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F1.4 / 1/30秒 / WB:オート
最短撮影距離はレンジファインダー用レンズとしては標準的な70cm。クローズアップはムリだけど、フローティング機構のおかげで最短でも描写力は確か。LEICA M(Typ240)/ ISO640 / F1.4 / 1/125秒 / WB:オート
レンズフードは最近のライカレンズに共通のネジ込み式。ネジ込み式なのに定位置でピタリと止まるのがすごい。フードを外すと赤いラインが現れるが、これはフード無しの状態でレンズを下向きに置くと、前玉が接触してしまうことに対するアラートだ。

ところで、M型ライカに内蔵されたファインダーフレームは最も広いものでも28mmの画角なので、21mmレンズを装着して使う場合には外付けの光学ビューファインダー、もしくは外付けの電子ビューファインダー「ライカEVF2」を装着する必要がある。もちろん、ライブビューの可能なTyp240系ボディ(ライカMやライカM-P)やTyp246のライカMモノクロームでは、液晶モニターでライブビュー表示を行えば外付けファインダーに頼らずともフレーミングは行えるが、個人的にはやはりM型ライカはなるべく接眼ファインダーで使いたい。

光学ビューファインダー「ライカ ビューファインダーM 21mm用」を装着
電子ビューファインダー「ライカEVF2」を装着

今回は光学ビューファインダーと外付けEVFの両方を代わる代わる使用してみたが、M型ライカの真骨頂であるスピード感やダイレクト感では外付け光学ビューファインダーがまさるし、取り付けたときのカメラとしてのルックスも個人的には圧倒的に光学ビューファインダーの方がカッコいいと思うものの、露出や正確なフレーミングを行いたい時はEVFが便利という、あまりに当たり前すぎる結論となった。特に今回のような超広角レンズの場合、撮影時に水平を正確に出したいシチュエーションが多く、ライブビュー上に電子水準器を表示させることができるEVFはその点で非常に役立った。

光学ビューファインダーも捨てがたいが、水平を正確に出したい場合は電子水準器を表示できるEVFが便利。LEICA M(Typ240)/ ISO640 / F11 / 1/45秒 / WB:オート
外付け光学ビューファインダーを使う場合、一旦ボディ側のレンジファインダーでピントを合わせた後に外付けファインダーへ目を移すという手順になるが、ある程度絞り込んで撮影する場合は、目測でも充分イケる。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F5.6 / 1/500秒 / WB:オート
とにかくリアルでハイコントラストな描写は、現代の都市景観にもよくマッチする。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F8 / 1/750秒 / WB:オート
モロに逆光でも、ゴーストはかすかに出ているだけ。この耐逆光性能は最近の広角レンズの中でもかなりハイレベル。LEICA M(Typ240)/ ISO320 / F16 / 1/180秒 / WB:オート
M型ライカ用としては大きめなレンズではあるものの、それでもフルサイズ用F1.4レンズとしてはコンパクトでなかなか持ち出しやすい。LEICA M(Typ240)/ ISO320 / F8 / 1/1,000秒 / WB:オート
かつてのスーパーアンギュロン21mmは、対称型の光学系ということもあって当時としては相当にキレのいい描写を誇っていたわけだが、この最新のズミルックス21mmはそれらを遙かに上回るシャープさとコントラストの高さを備えている。LEICA M(Typ240)/ ISO200 / F8 / 1/500秒 / WB:オート

協力:ライカカメラジャパン

河田一規

(かわだ かずのり)1961年、神奈川県横浜市生まれ。結婚式場のスタッフカメラマン、写真家助手を経て1997年よりフリー。雑誌等での人物撮影の他、写真雑誌にハウツー記事、カメラ・レンズのレビュー記事を執筆中。クラカメからデジタルまでカメラなら何でも好き。ライカは80年代後半から愛用し、現在も銀塩・デジタルを問わず撮影に持ち出している。