ライカレンズの美学

プロローグ:ライカに惚れ込む“3つの魅力”

「なぜ高い?」素朴な疑問にもお答え

皆さんは「ライカ」に対してどんなイメージをお持ちだろうか。

ライカはどこのカメラ店でも扱っているわけじゃないので手に取れる機会がそもそもあまりないだろうし、価格的にも日本のカメラに比べるととても高価だったりする。

しかもライカの中でも最もライカらしいと言われている「M型ライカ」はピント合わせがAFじゃないとか、ほとんどのレンズの最短撮影距離が70cmまでしか寄れない等々、制限事項がいろいろあったりして、決して「機能的にスゴイ!」というカメラではない。

そうした「特に高スペックというわけじゃないのにすごく高い」という事象だけを見て「コスパが悪いから不要」とか「自分には無縁なカメラ」と決めつけてしまっている人も多いのではないだろうか。

しかし、フィルムが全盛だった時代はもちろん、デジタルが主流になった今でもライカを愛してやまない人が常に一定数いるのも事実。その中には世界的に活躍する著名なカメラマンももちろん大勢いるし、デザイナーやアパレル関係など写真以外のクリエーターやミュージシャンの愛用者も多い。

もし、ライカがただ高価なだけの時代遅れなカメラだとしたら、ここまで幅広い支持は得られないだろうし、とっくの昔に消えてしまっているはずだ。

現在のM型ライカを代表するデジタル機「ライカM」

というわけでライカの良さ、特にライカレンズの良さを検証していこうというのが本項の趣旨である。これから何回かに分けて現行ライカMレンズの魅力をお伝えしていく予定だが、今回はプロローグ編として、ライカレンズにまつわる素朴な疑問やあれこれを記してみたい。

ライカについては熱狂的なマニアな方もたくさんいらっしゃるわけだが、本項ではなるべくマニアックな話題は避け(どうしても避けられない部分もありますが)、今まであまりライカに興味を持っていなかった人や、興味はあるけれど今一歩踏み込めなかったという人に、少しでもライカを知ってもらうキッカケになればいいなと思う。

どうしてあんなに高いのか

ライカについて多くの人がまず思うであろう疑問や関心は、おそらく性能云々といった機能面ではなく「どうしてこんなに高いの?」ということだろう。

看板レンズのひとつ、ズミルックスM f1.4/35mm ASPH.(税込62万6,400円)

価格の記されていない寿司屋さんに何の不安もなくツカツカ入っていけるようなリッチな人はともかくとして、一般的な金銭感覚からするとライカやライカレンズは事実、かなり高価だと思う。

もちろん、高価なのにはいくつかの理由がある。

そのひとつは、ロット当たりの製造本数の違いだ。日本メーカーの製品の場合、ある程度出荷数が見込める(ようするに、数が出そうな)レンズに関しては、当然ながら最初から大量に製造する。同じ製品であれば、数を多く作れば作るほど“個あたり単価”が安くなるのは工業製品の常識である。

ところがライカレンズの場合は大量生産といった概念ではなく、手作業工程の多い少量生産なのでどうしても高くなってしまう。日本メーカーのレンズであっても、あまり数が出そうもない超大口径単焦点レンズなどは、それなりに高価だったりするが、これも同じ理由である。

ライカレンズが高価な理由の2つめは、構造的、すなわち“レンズの作り込み”的なことだ。日本メーカーのレンズの多くはAF機構に対応しているが、最近ではこれに加え、撮影距離によって変動する収差を抑えるためにフローティング機構(フォーカスレンズとは別のレンズ群を、ピント位置に合わせて最適な位置に動かす機構)が組み込まれたレンズも珍しくない。

この場合、フォーカスレンズとフローティング機構のどちらもモーターを使って動かすので、設計は大変だが製造は比較的容易に行える。

ところがM型ライカ用レンズのような純粋なMF(マニュアルフォーカス)レンズでフローティング機構を組み込むとなると、ピントの繰り出しに合わせてフローティング群が独自に動く複雑なメカを作らなければならず、設計はもちろんだが、製造も精密機械時計並みに手間がかかることになる。

他にもM型ライカ用レンズに関しては、そのほとんどが他国にアウトソーシングされることなくドイツの自社内で製造されている(いうまでもなくドイツの人件費は安くない。かつてはカナダライツでもレンズを製造していたが、そちらも人件費は高い)ことによるコスト的なことなどが、高価になってしまう理由としてあげられる。

描写力と堅牢性、そして古びない個性

ライカが高価な理由をいろいろ書いてみたが、これを読んで「なるほど、じゃ高くてもしょうがないね」とすんなり納得する人は少ないだろう。どれだけ作るのに手がかかっていようと、製品そのものにずば抜けた魅力がなければ売れるわけがない。ライカレンズの場合、その魅力があるからこそ、この値付けが成立するのだ。

ではライカレンズの魅力とは何か。まず、レンズの基本である描写力が素晴らしいということ。「描写力」というと、どうしても“ミリ当たり何本まで解像しているのか”という話になりがちだが、レンズの描写力はとてもそれだけで語ることは出来ない。この点に関しては次回以降、レンズごとにもう少し突っ込んで検証していきたい。

ズミルックスM f1.4/35mm ASPH.(F8)

ライカレンズの魅力、その2は「堅牢性」だ。M型ライカ用レンズに関しては、鏡胴はアルミや真鍮がふんだんに使われており、非常に堅牢性が高い。今は樹脂成型の技術も高くなっているので、プラ製の鏡胴だから耐久性が低いなんてことはないけれど、例えばオーバーホールなどでレンズを分解清掃する場合など、金属製鏡胴なら繰り返しの分解にも耐えうるが、そういった点でプラ製は不利だ。

実際に80年前のライカレンズでもメンテナンスさえちゃんと行っていれば、今でも十分実用になるという事実がライカレンズのライフの長さを証明しているといえよう。確かにライカレンズは高価だが、相当長きにわたって使用できることを考えると、納得せざるを得ない部分もある。また、かなり古いレンズでも修理できてしまうメンテナンス体制が整っていることもライカレンズの強みである。

スーパー エルマーM f3.4/21mm ASPH.(F5.6)

ライカレンズの魅力その3は、いつまでも古びないということ。一般的にカメラもレンズもモデルチェンジしてしまうと、それまでの製品は旧型として扱われ、価値が下がったような扱いになりがちだが、ライカレンズの場合はそうではない。

もちろん、ライカレンズにもモデルチェンジはある。しかし、たとえモデルチェンジして旧型化したとしても魅力は下がることは無く、そのレンズ固有の価値観がいつまでも残るのだ。

例えば現行のズミルックスM f1.4/50mm ASPH.は色々な点で完成度の高いレンズだが、だからといってひとつ前の非球面化されていないズミルックスM f1.4/50mmの人気や価値(ゲスな話だが、買い取り価格とかも)は別に下がったりしないばかりか、むしろ上がったりするほどなのだ。

ライカM(Typ240)+ズミルックスM f1.4/50mm ASPH.

これはライカレンズそれぞれの個性がしっかりと認められているということなのだが、他のブランドではなかなかそういうわけにはいかない。先に堅牢性の話をしたが、モデルチェンジしても古びないということも、長く使っていく要素として重要だ。

ズミルックスM f1.4/50mm ASPH.(F1.4)

撮りたい気持ちを高めてくれる機材

いろいろ書いてきたが、個人的に「いいカメラ」「いいレンズ」たり得る最大の条件というか要素は「それで写真を撮りたくなる」ということだと考えている。どれだけスペックが高いカメラであっても、使ってみたい、撮ってみたいと積極的に思わせてくれないと、自然に使う機会が少なくなってしまうもの。

その点、ライカのカメラやレンズは「撮りたい」というモチベーションを強力に押し上げてくれる希有な機材だと思う。しかも、ライカにはいろいろなストーリー性もあるので、深く知れば知るほど面白さや持つ喜びが増していくという副次効果も期待できる。

こういうカメラやレンズって、他にはありません。

アポ ズミクロンM f2/75mm ASPH.(F2)

協力:ライカカメラジャパン

河田一規

(かわだ かずのり)1961年、神奈川県横浜市生まれ。結婚式場のスタッフカメラマン、写真家助手を経て1997年よりフリー。雑誌等での人物撮影の他、写真雑誌にハウツー記事、カメラ・レンズのレビュー記事を執筆中。クラカメからデジタルまでカメラなら何でも好き。ライカは80年代後半から愛用し、現在も銀塩・デジタルを問わず撮影に持ち出している。