インタビュー

ニコンAPS-Cコンパクト「COOLPIX A」のレンズに迫る

一眼レフと同じ画質を小型ボディに凝縮

 ニコンが3月21日に発売した「COOLPIX A」は、ニコンDXフォーマット(APS-Cサイズ)の撮像素子に35mm判換算で28mm相当F2.8の単焦点レンズを組み合わせた高級コンパクトデジタルカメラだ。今回は新開発したレンズに焦点を当て、高画質化の工夫などを同社開発陣に伺った。(本文中敬称略)

話を伺ったメンバー。左から後藤孝夫氏、橋昌也氏、鈴木篤氏、小宮山桂氏。

 お話を伺ったのは、ニコン映像カンパニー マーケティング本部 第一マーケティング部 第二マーケティング課 主幹の小宮山桂氏(商品企画担当)、同開発本部 第三設計部 第四設計課の鈴木篤氏(光学設計・鏡筒担当)、同開発本部 第一開発部 第二開発課の橋昌也氏(画像処理全般担当)、同開発本部 第三設計部 第二設計課 主任研究員の後藤孝夫氏(ボディ機構設計担当)。

COOLPIX A(オプションのフードとファインダーを装着)

――まず、COOLPIX Aの企画意図とターゲットユーザーを教えてください。

小宮山:特に、一眼レフカメラユーザーが普段使って頂けるようなコンパクトデジタルカメラとして企画しました。一眼レフカメラユーザーは画質へのこだわりが強く、これまでのコンパクトデジタルカメラの画質には満足していないというお客様が多くいらっしゃいます。そうしたお客様に一眼レフカメラと同じ画質をいつでも持ち運んでもらい、今まで撮り逃していたすべてのシーンをこのカメラでカバーしてもらおうという意図があります。

――撮像素子はAPS-Cサイズを採用していますね。

小宮山:これまでのコンパクトデジタルカメラでは出せない画質を狙ってのことです。FXフォーマット(35mmフルサイズ)も検討しましたが、常に持ち運べる大きさを確保するためのトータルのデザインの中でDXフォーマットに決めました。DXフォーマットは、デジタル一眼レフカメラユーザーになじみのあるセンサーサイズという面もあります。今回は、一眼レフカメラユーザーが使ったときに違和感のない画質や操作性を考慮して作り込みをしています。

――今回はズームレンズではなく単焦点レンズを搭載しています。

小宮山:やはりレンズの大きさという面が支配的になります。DXセンサーのカメラをいかに小型化できるかという観点で見ますと、このカメラにおいては単焦点ということになります。

鈴木:仮にズームレンズにした場合、少なくとも本機のコンセプトには合わない大きさになってしまいます。

小型化に苦心したというレンズユニット

――焦点距離は35mm判換算で28mm相当です。

小宮山:「どの画角が適切か?」にはいろいろな考え方がありますし、おそらく正解もないのでしょうが、このカメラでは一眼レフ交換レンズの実績から需要の高い焦点距離であり、また撮影の多様性を考えて28mm相当を選択しました。

――最近は35mm相当の単焦点レンズを搭載した高級コンパクトデジタルカメラも見かけますが、35mm相当を選ばなかったのはなぜでしょうか。

小宮山:最終的には、より広い画角という点で28mm相当を採用しました。撮影機会がより広がることを想定しています。例えば、ダイナミックな風景撮影をする際にはもちろん、いつもより半歩踏み込んで迫力あるポートレートの撮影にも大変有利な画角です。

――COOLPIX Aのレンズは、これまでのニッコール交換レンズとの技術的な関連はあるのですか?

鈴木:COOLPIX Aに限らず、COOLPIXレンズと交換レンズは、土台となる光学技術が共通であり、COOLPIX Aもニッコールレンズの技術のもと開発されています。社内には膨大なレンズデータがあり、技術と経験が蓄積されています。それらをベンチマークし、参考とすることでCOOLPIX Aの光学設計を行ないました。

――レンズ一体型ならではのメリットは何でしょうか。

鈴木:ミラーやマウントの制約がないため、レンズ設計の自由度が高くなります。そのひとつとして、バックフォーカス(レンズの後端から撮像面までの距離)を短くできることが、レンズの小型化に大きく寄与しています。バックフォーカスが短くなると、イメージセンサー周辺部に入射する光線の角度が大きくなりますが、COOLPIX Aのレンズに特化した新規イメージセンサーを開発したことで対応しています。また、レンズ一体型のため、フォーカルプレーンシャッターではなくレンズシャッターを搭載することができ、小型化に加え、駆動音や振動が小さくブレが少ないメリットがあります。

橋:さまざまなレンズに対応しなければならないレンズ交換式カメラに比べると、1つのレンズに最適化した画像処理の設計ができるのも1つのメリットになります。

後藤:メカ設計ではマウントに縛られることがないので、限られたボディのスペースの中で最適な位置にレンズを配置して、デッドスペースの無い高密度設計を実現できます。

橋昌也氏(画像処理全般担当)

――レンズ設計のポイントは?

鈴木:高い光学性能でありながら、小型化を達成することです。画質に妥協しないレンズにするため、非球面の配置や構成を最適化することで5群7枚と少ないレンズ枚数で、抜けが良く、ゴーストやフレアの少ないレンズになっています。色収差も十分に小さいため、色にじみの少ない高品質な画像を実現できます。特に軸上色収差は小さく、ボケ像の周辺に発生する色にじみも少なく良好です。歪曲収差もレンズ側で性能を確保しています。また、量産工程では全数MTF検査を行ない、球面収差や像面湾曲、片ボケなども徹底管理されています。

――コーティングはどうでしょうか? 今回は「ナノクリスタルコート」は採用していません。

鈴木:ナノクリスタルコートはゴーストやフレアを大きく改善することが可能ですが、大切なことは、光学設計でゴーストを発生させない構成にすることです。弊社では、光学シミュレーションソフトにより、ゴーストやフレアを考慮しながらレンズ設計をしています。今回のレンズは、5群7枚の必要最小限の構成と、レンズ形状を最適化したことで、ナノクリスタルコートは必要ないと判断しました。ゴーストやフレアの少ないレンズです。

――公式の作例を見たところボケが綺麗だと思いました。その辺りもこだわったのでしょうか。

鈴木:球面収差や非点収差のバランスを考慮し、ピント面の性能に加えて、きれいなボケ形状になるように設計しています。広角レンズでは口径食によるボケ像の変形が目立ちやすいですが、口径食による変形も少なく、絞り羽根7枚の虹彩絞りを採用したことで、絞り込み撮影時も円形に近いボケを得ることができます。このCOOLPIX AレンズとDXフォーマットセンサーによって、被写体を立体的に浮き上がらせる美しいボケ味を楽しめます。

――絞り羽根はシャッター幕を兼ねるタイプでしょうか? その場合、絞りを開放側にすると最高シャッター速度が落ちるカメラもあります。

後藤:部品としては同じ位置にありますが、絞り羽根とシャッター羽根は別々になっています。制御も別々に行なっているので、絞り開放でも最高シャッター速度1/2,000秒が使えます。また、レンズシャッターカメラならではの最速1/2,000秒でのストロボ全速同調が可能ですので、一眼レフカメラでは実現が難しい日中での高速シンクロなど新しい写真世界を身近にしています。

――COOLPIX Aはセンサーがローパスフィルターレスになっていますが、レンズもそれに合わせた設計になっているのでしょうか?

鈴木:特にローパスフィルターレスに合わせた設計は行なっていません。あくまでも高い光学性能を目指して設計を行っています

鈴木篤氏(光学設計・鏡筒担当)

――一方で、ローパスフィルターがないとモアレが発生する心配がありますね。

橋:原理的には、「D800E」でDXクロップをした場合とほぼ同じ量のモアレが出る計算になります。ただ発生はその程度の頻度なので、撮り方を変えるといった工夫である程度回避できると思います。また現像ソフトの「Capture NX2」に入っているモアレ低減機能を使って頂くこともできます。これらによるモアレ対策が可能なこともあり、今回は解像力重視でローパスフィルターレスセンサーを採用しています。

――歪曲収差や周辺減光の補正などはカメラで行なっているのでしょうか?

橋:レンズが優秀ですので画像処理補正は極めて限定的なものしか行なっていません。ほとんどやっていないと言えるほどです。そのため、カメラ設定としては各種補正のON/OFF切り替え機能は必要ないと判断し搭載していません。

 周辺減光については広角レンズのため、原理的に発生します。サンプル写真を見て気になっている方もいらっしゃるようですが、これはこれで1つのレンズの味として楽しんで頂ければと思います。「Capture NX2」で撮影後の画像の周辺減光を補正することも可能です。

――DXフォーマットのデジタル一眼レフカメラと比較してどちらが高画質なのか気になります。

小宮山:決してデジタル一眼レフカメラに負けているとは思っていません。交換レンズ同等の画質性能を確保しています。それくらい良い画質であることは間違いありません。もちろんCOOLPIX史上では最高の画質です。

小宮山桂氏(商品企画担当)

――ところで、最短撮影距離がレンズ前10cmでAPS-Cサイズの撮像素子を搭載したモデルとしては比較的短くなっています。

小宮山:コンパクトデジタルカメラをお使いのお客様はかなり近い距離で撮影されることも多く、接写性能に期待している方も多いと考えています。一方、(マクロレンズを除けば)デジタル一眼レフカメラではずいぶん離れた位置からしか撮れませんので、今回ぎりぎりまで近づけようということで10cmに設定しました。

鈴木:一般的には、近距離撮影時は球面収差が大きく発生し、フレアや絞り込んだ際の焦点移動が起きることがありますが、COOLPIX Aのレンズはマクロ時も球面収差の発生がないため、開放F2.8から高画質なマクロ撮影が可能です。マクロ時の軸上色収差も小さいため、マクロでの色にじみも少なく良好です。また、10cmマクロではボケ量も大きくなるため、立体的で大きく美しいボケを得ることができます。

橋::寄れるレンズなので、一歩踏み込んで撮影すれば広角レンズでもしっかり被写体にフォーカスして大きく撮れるのもメリットになります。また、一眼レフのマクロレンズには無い、28mm画角の広角マクロを楽しんでいただけます。

後藤:メカの部分では、レンズとボディが一体という利点を生かし、フォーカシングで動くレンズのストロークを十分確保する工夫をしています。本体側面のスイッチでAF/マクロ/MFの切り替えが可能ですが、通常撮影時にマクロを選択するとAF範囲がマクロ域まで広がるため、AFが若干遅くなることがあります。マクロ撮影を行なわない場合はAFに設定して頂くことをお勧めします。

――COOLPIX Aはコンパクトなサイズにこだわったとのことですが、レンズの小型化について教えてください。

後藤:いままでのCOOLPIXの技術を生かし、DXフォーマットに対応できる鏡筒設計を行なっています。鏡筒駆動用モーターの搭載数を必要最低限の構成とすることで、モーターに必要なスペースを無くし小型化を図っています。また、一般的には鏡筒の外装部品と、それぞれのレンズを保持する部品は別部品であることが多いですが、すべててのレンズをひとつの外装部品で保持することにより部品点数を削減し小型化するとともに、部品の精度を高め、高い光学性能を達成しています。

鈴木:光学設計では、先ほど申し上げたレンズ一体型ならではのメリットを活かしています。

後藤孝夫氏(ボディ機構設計担当)

――今回レンズの明るさはF2.8ですが、どのように決定したのでしょうか。

小宮山:これもサイズによるところが大きいですね。何種類ものレンズならびにボディサイズのシミュレーションを重ね、このカメラのコンセプトであるいつでも持ち運べる大きさを実現できる明るさということでF2.8に決まりました。

――例えば開放でF2といったレンズにした場合、かなり大きくなってしまうのでしょうか?

鈴木:レンズのサイズアップにより、カメラ全体の小型化が困難になります。もちろんそういったスペックも検討しましたが、本機のコンセプトに合ったF2.8を採用しています。

――COOLPIX Aには手ブレ補正機構が採用されていません。欲しかったユーザーも多いと思いますが……。

小宮山:手ブレ補正があった方が良いというお客様がいらっしゃるのは承知しておりますが、このカメラはサイズを優先したことやレンズがワイドであること、また高感度画質が良いことなどから採用を見送っています。

――今回レンズの根元にマニュアルのフォーカスリングを搭載していますね。

後藤:こうした高級コンパクトカメラですと、アナログ的な操作を好まれるユーザーの方も多いと考え採用しました。回したときの感触にもこだわって仕上げています。

MFのリングを装備している

――COOLPIX AではAPS-Cセンサーのコンパクトとしては珍しくレンズバリアを採用しており、使い勝手が良さそうです。

後藤:やはりコンパクトカメラとして提供する場合、キャップ式ですとどうしても利便性が損なわれてしまいます。今回は、日常的にお使い頂けるというコンセプトに合うよう、レンズバリアを採用しました。レンズバリアを含めて新規開発要素が多く苦労しましたが、レンズ性能を十分に引き出せる、納得できるレンズができたと思います。

レンズキャップが不要なレンズバリアを採用した

――オプションのフードでこだわった部分はありますか?

後藤:装着したときの一体感といいますか、世界観の一致という部分を重視しました。付けたときに違和感があっては使っていて楽しくありませんから。材質もカメラ本体の前後カバーと同じアルミ合金を採用しています。同じくオプションで光学ファインダーも用意していますが、こうしたアクセサリーを使用するお客様は見たときの風格というものを気にされると思います。光学ファインダーの外装もアルミ合金で、高級感のある作りにしました。

質感にこだわったというレンズフードは角形を採用

 フードは角形にすることで、効果が最大限に発揮されるようにしました。さらにフードの内部に鏡筒の外装による反射を防ぐためのリング型マスクを備えました。鏡筒の外装はブラックのボディといえども光沢があるので、ここを覆うようになっています。また、外付けファインダーの視界がフードでケラレることが無いようにサイズなども工夫しています。

フード内部にリング状のマスクを装備している
撮影時にはマスクが鏡胴を覆って反射を低減させる

――その他こだわった点はありますか?

小宮山:持ち物として品位の高さもこのカメラの大切なポイントです。美しくかつ実用的な外観は、機能にふさわしい素材選択と仕上げを施し、持つことに誇りと満足を感じられるよう作りこみました。また、操作系は、ニコン一眼レフカメラのユーザーがスムーズに使用できるよう、ボタンの配置やメニュー内容などに工夫をしています。

――最後の質問になりますが、COOLPIX Aの焦点距離を変えたモデルなども登場するのでしょうか?

小宮山:将来の計画を具体的にはお話しできませんが、お客様の期待も大きい商品ですので、技術の進化以上に強いメッセージを感じていただけるよう、大切に育ててまいります。

インタビューはニコン大井町ウエストビル(東京都品川区)で行なった。

(本誌:武石修/インタビュー撮影:國見周作)