写真展

「そこにある、時間―ドイツ銀行コレクションの現代写真」展レポート

露光・過去・未来……写真ならではの時間表現を考察

写真は時代の痕跡を捉えることで、観る者に画面の背後に広がる時間、空間の存在を想起させる。一見、ただの場面だったものが、そこにある意味を知ることで、見え方が一変する。

原美術館で開催中の「そこにある、時間―ドイツ銀行コレクションの現代写真」は、そんな見応えのある60点が並ぶ。テーマは時間。世界各国から選び抜かれた作家による作品は、さまざまな時間、現代の形を見せてくれる。

展示する作品は、ドイツ銀行がこれまでに収集した約6万点からセレクトしたものだ。

  • ・会場:原美術館
  • ・住所:東京都品川区北品川4-7-25
  • ・会期:2015年9月12日土曜日〜2016年1月11日日曜日
  • ・入館料:一般1,100円、大高生700円、小中生500円
  • ・時間:11時〜17時(水曜は20時まで、入館は閉館時間の30分前まで)

「時間」を切り口に写真表現の妙味を紹介

写真は目の前にある現実を記録することに長けたメディアだ。写真の前に立つと、往々にして、その前提で写し出された風景を見てしまう。

本展ではまず杉本博司氏の劇場シリーズからの1点と、佐藤時啓氏の光―呼吸シリーズからの作品などを置いた。いずれも長時間露光を使い、経過した時間の流れを一枚の写真に封じ込めたものだ。

劇場シリーズは映画の上映中、スクリーンに向けたカメラのシャッターを開いておく。スクリーンは真っ白で何も写っていないように見えるが、そこには映画が放った光が全て取り込まれている。

杉本博司「ローズクラン ドライブインシアター、パラマウント」1993年/42×54cm/ゼラチンシルバープリント
©Hiroshi Sugimoto / Deutsche Bank Collection

光―呼吸シリーズは暗い自然の中で、作者が鏡を反射させて撮影した。絞り込んだレンズは動く被写体を露光させないため、作者の姿は消え、光だけが痕跡として残る。

来館者は、視認できないモノが確かにあること、その存在の妙に気づくことだろう。

展示は4つのチャプターで構成されている。一つはこの時間を露光させること(Time Exposed)だ。

2階にはデジタル技術を駆使した作品がある。マルティン・リープシャーによるFamily Pictureシリーズの1枚だ。

演奏会場をパノラマで捉えた写真かと思えるが、よくよく見ると、観客、演者など、登場人物全てが同じ顔を持つ。展示作品はサントリーホールで撮影されたものだが、このほかにも彼はパリのオペラ座やカジノなど、さまざまなシチュエーションで撮影している。

「じっくり見ていくと、一人だけ違う人が混じっているそうです」とは原美術館の学芸員・安田篤生氏。

もう一つは過去を題材にしたもの(Today is the Past)だ。ここにはベッヒャーが戦前の建築物を撮ったシリーズなども展示されているが、「帰郷」はそれらとは違うアプローチになる。

作者のエイドリアン・パチ氏はアルバニア出身の移民で、現在はイタリア・ミラノに住む。失われた祖国の典型的な家の書割を背景に、移民の家族を撮影した。

エイドリアン・パチ氏の作品を前に解説する原美術館の学芸員・安田篤生氏。内覧会での一コマ。

その背景はチープであるが故に、前に立つ人々との隔たりがより鮮明に浮き彫りとなる。移民(故郷の喪失)は遠い対岸のことのようにも思えるが、さて、そうだろうか。

日本人作家でもう一人、選ばれているのは、やなぎみわ氏だ。未来を扱った作品も数多くあり、この章はMy Future is Not a Dream(私の未来は夢にあらず)としてくくった。

展示された2点、My Grandmothersシリーズは、半世紀後の自分をイメージしたプランを公募し、その姿を映像化する試みだ。応募者に実際会い、インタビューを行ない、作るべき人物像、シーンを具体化していく。

「最初は女性に限定していなかったそうですが、男性からのアイディアは退屈なものばかりで、結局、グランドマザーになったそうです」とヒュッテ氏は話す。

その作品にはプロフィールがテキストで添えられている。会場には、思いつきで飛行機に乗りイビサ島にいる友人を訪ねるSACHIKOと、自ら航空機を操りインド洋上のフライトを楽しむMINEKOが展示されている。

やなぎみわ「My Grandmothers: MINEKO」2002年/87.5×120cm/Cプリント
©Loock Galerie / Deutsche Bank Collection

似た手法だが、中国の曹斐(ツァオ・フェイ)による「自分の未来は夢にあらず」は、ある電球工場で働く労働者を対象にしたプロジェクトから生まれたものだ。ただ、そこで作品を制作するだけでなく、そこで働く人たちも巻き込んでいく。

曹斐(ツァオ フェイ)「自分の未来は夢にあらず 02」2006年/120×150cm/Cプリント
©Cao Fei / Deutsche Bank Collection

現実と夢の対比は、見る人にどんなメッセージを投げかけるか。そのベクトルが指し示す方向は、人によってさまざまかもしれない。

現実を捉えた写真というメディアが持つ強さを示す章(極限まで集中した瞬間 A Moment of Intense Concentration)では、グルスキーの「シンガポール証券取引所」や、ディコルシアのスナップショットなどが並ぶ。

世界各国の中から、若手と著名な作家を網羅することが今回の眼目の一つでもあった。

さまざまな国籍を持つ作家(その活動拠点はオーストラリアを除く4大陸に及ぶ)が、多岐に渡る場所で撮影した作品が並ぶが、そこに国の違いや違和感は全く感じられないはずだ。写真が共通の言語であると同時に、少なからずアートによるコミュニケーションが進んだ成果であるに違いない。

ドイツ銀行グローバル ヘッド オブ アートのフリードヘルム・ヒュッテ氏(右)

ドイツ銀行がこれら現代美術作品のコレクションを始めたのは、1979年から。奇しくも原美術館の開館した年でもある。「Art Works(アートを活かす)」のコンセプトで始まった活動は、社内だけでなく、地域との交流にも広がった。6万点を超す作品の中で、写真は5千点ほどに上るという。

階段の途中に、作品を違う視点から見られるスペースも用意。作品はクラウス・リンケの「瞬時の移動」。シャッターを切るごとに15mずつカメラから離れて撮影された。

(市井康延)