写真展
写真新世紀2013のグランプリが決定
東京都写真美術館で11月17日まで展示中
Reported by市井康延(2013/11/12 16:56)
東京都写真美術館で11月8日、キヤノン主催「写真新世紀2013」の公開審査会が行なわれた。グランプリは鈴木育郎さん(受賞作品「鳶・CONSTREQUIEM」)に決定。東京都写真美術館では11月17日まで、「写真新世紀東京展2013」が開かれている。入場無料。
36回目の公募となる今回は1,114名から応募があり、展示会場には優秀賞5名と佳作19 名の作品が並ぶ。公開審査会は、優秀賞受賞者が自作について語り、審査員から質疑を受ける形式。
作品と展示方法、さらに作者自身がいかに写真と向き合っているか、総合的に判断した上でグランプリが選ばれる。
トップバッターは高校3年生の安藤すみれさんだ。
「ESCAPE」は学生である自分を被写体に、自らの存在を見つめようとした作品だ。カメラを三脚に据え、遠隔操作でシャッターを切る。
「学校という枠に守られ、居心地の良さを感じながらも、そこから逃げ出したい自分もいる。自分の気持ちを隠しているうちに、自分が分からなくなってきた。他人事のように、深く考えず、自分を撮ることで、違う面に気づかされる」
今いる場所、今の自分から逃げ出す試みであり、その先に新しい特別な自分がいるのではと彼女は期待する。
写真では出口のない惑い、悩みが表現されていたが、プレゼンでは作者自身の演出の要素を印象付ける結果にもなった。
選者の美術批評家・椹木野衣氏はこの日、彼女が制服を着て登壇したこと、叫んだり、身もだえするような自己演出するシーンを撮った理由について質した。安藤さんは少し言葉に窮しながらも「制作はいつもの自分を見てほしいと思い、演出は分かりやすく伝えたいと考えた結果です」と答えた。
次いで「記念写真」を制作した海老原祥子さんが登壇。この作品は全国の観光地に出向き、現地の撮影業者に撮ってもらった記念写真で構成したものだ。一人旅で、記念写真が撮りたくなり、その場にいた人に撮影を依頼した時、この発想が生まれたという。
観光地を調べ、その場所の写真店、市の観光課に電話し、集合写真を撮るサービスがあるかを聞く。必ず団体を撮る時に使う椅子や踏み台を出してもらい、そこに1人で立つ。大概は業者から怪訝そうな顔を向けられるが、時折、面白がる人もいたとか。
「全国で撮ったら、新しい日本の風景が見られるかもしれないと思う。およそ5年で、28県47枚が集まり、今も継続中です。日本地図が全て塗りつぶされた時、私はそこで何を見ることができるのか、楽しみです」
選者の写真評論家・清水穣氏は、背景の多くが鄙びていて、「命を失ったものをコレクションしている感じ。彼女のバスガイドのほほえみを浮かべたパターン化が面白い」と指摘。椹木氏は「ベンチを撮っているのかと思うほど、その存在が印象的だ」と言うと、海老原さんも最初から、それを入れることは絶対条件と考えていたそうだ。
鈴木育郎さんは鳶として働きながら、写真を撮り続けている。彼らは自らの技術を誇示するため、命綱を付けず、高所で作業する。その職業、人間たちに「カッコいい存在だ」と惹かれながらも、そこに入りきれない自分がいる。
この「鳶・CONSTREQUIEM」は、鳶そのものでなく、鳶であり、今を模索する自身の日常を描いたものだ。私写真と作者は言う。
「その矛盾が良い」と選者の写真家・大森克己氏は指摘する。ただ展示では、大森氏がブックの中で良いと思った写真があまり選ばれていなかったとも話す。鈴木さんに、鳶であるための最低条件は何かと問うと「やる気だと思う」と彼は答えた。
水野真さんは4年ほど前から写真を始めた。なぜ撮るのかを考えることもなく、ただ日常にカメラを向けた。近所を撮っていると、「よそからきたのかい?」と声をかけられた。ふと生まれ育った場所が、見知らぬ土地に感じられた。
「50mmという画角は撮っていると近いけど、写った写真は少し離れて見える。すぐに分かるモノより、後から分かる方が自然かもしれない」
水野さんの「よそからきた」を選者の写真家・佐内正史氏は「写真しかない感じが良い。四隅が緩くなく、かっちりしているんだよね」と評価する。
作者の実家は福島で、原発事故の影響を被った。もちろん彼にとって大きな衝撃ではあったが、この作品に表だって、そこは現れてこない。その淡々とした視点が写真に力を与える。
藪口雄也さんの「コンテナの中の瞳」は、4年間、捨て犬を保護する施設で撮影した。自分自身、そんな犬を警察に届けた経験があり、飼い犬と、その犬の瞳が交差した。
撮影は、施設を訪れ、犬と対面したその時に行なうという。犬は自由にしたまま、心を通わせることで、撮影者を見つめてくる。
ヒロミックス氏もこの問題に関心を持っていて、今後の活動について問いかけると、「里親に行った犬と、里親とのつながりを撮影していきたい」と答えた。
その後、別室での審議を経て、鈴木育郎さんのグランプリ決定が発表された。審査員のコメントから、最後まで紛糾していた事がありありとうかがえた。
「撮影者と被写体の矛盾を受け止め、撮影している点を評価した。それは職場が変わろうが解消される事はなく、その覚悟に期待する」と大森氏はエールを贈る。
対して、椹木氏は最後まで安藤さんを推した事を述べ「彼女の鋭利な感性に期待する。悔しさをバネにして、今後の写真に新風を起こしてほしい」と語った。
鈴木さんは、この賞は今後、自分が写真を追求していく上で大きな励みになると喜びを語った。
「もっと日本を旅して、その土地の空気、人を見たい。賞金をもらえたから、来年は職場を変えて、違う場所で撮り始めます」
会場では昨年のグランプリ受賞者である原田要介氏の新作個展「見るになる」も開催中。佳作も含め、目を惹く作品が散見されるので、自身の眼で作品の可能性を評価しに行こう。