写真展

トーマス・ルフ展 記者発表会レポート

初期作品から新作までの回顧展

《Porträt (P. Stadtbäumer)》1988年 210×165cm ©Thomas Ruff / VG Bild-Kunst, Bonn 2016

写真は作者がカメラを使って撮ったものだと多くの人は思っているはずだ。本展で、あっさりとその常識は覆される。展示作品の多くは作者自身が撮影したものではなく、制作過程にカメラすら介在しない作品もある。

「この展覧会で写真の歴史、全容が見られるはずだ。時代はアナログからデジタルへと移り、写真のテクノロジーはこれからも飛躍し、発展していく」とトーマス・ルフ氏は言う。

会場には18のシリーズから成る約125点が並ぶが、まずは予備知識なく作品の前に立つことをおススメする。多分、そのほうが作者の企みを、より感覚的に受け止められるはずだ。

・会場:東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
・住所:東京都千代田区北の丸公園3-1
・会期:2016年8月30日火曜日〜11月13日日曜日(月曜休館)
・入館料:一般1,600円、大学生1200円、高校生800円
・時間:10時〜17時(金曜は20時まで、入館は閉館時間の30分前まで)

まずアイディアありき

「写真は発明された時から、操作される存在だった。黎明期は質の足りない部分を補うために行われ、1900年頃からは政治などの場で意図的に使われ始めた。世の中にある広告や宣伝は全てに虚構が入り込んでいる」

写真の虚実について問われた時のルフ氏の回答だ。

トーマス・ルフ氏

ルフ氏は1977年からトータルで約9年間、デュッセルドルフ芸術アカデミーでベッヒャー夫妻のクラスで学んだ。そこで被写体を客観的にとらえることからスタートした。

最初の作品「Interieurs(室内)」は、友人や家族、親戚の部屋をありのままに撮ったものだ。友人のポートレート、近所にあるありふれた建物を被写体にし、それと並行して制作した「Sterne(星)」が一つの転機になった。

少年時代から天体に興味を持っていた彼だが、手持ちの撮影機材では望むクオリティは得られない。そこで天文台の写真アーカイブを使い、自らがイメージする星空を作品化した。

「私の場合、ツールに刺激されて作品を作ることはない。アイディアが生まれ、それを実現するための手段を探す。新しいやり方は必要に迫られて身に付けたものだ」

《cassini 10》2009年 98.5×108.5cm ©Thomas Ruff / VG Bild-Kunst, Bonn 2016

作品に美は不可欠な要素

インターネット上から画像を取り込み「nudes(ヌード)」や「Substrate(基層)」、「jpeg」といった作品も生み出してきた。先入観なく、会場でその1枚に向き合った時、どんな印象を受けるか。

「私が写真に取り組み始めた頃、写真はアートの傍流でしかなかった。その中でベストを尽くし、最高に美しいと思える写真を作り上げてきた」

《jpeg ny01》2004年 256×188cm ©Thomas Ruff / VG Bild-Kunst, Bonn 2016

またこうも指摘する。

「インスタグラムやSNSは私の写真とは真逆の存在だ。それらにアップされた写真はクリックした瞬間、記憶から消え去るが、私は人の記憶に深く刻まれるものを作ろうとしている」

写真家は目の前の現実を切り取りながら、自分と社会の関わり合い方を通して、自らの存在をもそこに写し込もうとしているのかもしれない。その意味からいえば、客観的なスタンスで現実を捉えることからスタートしたルフ氏が、カメラを手放したのは当然の流れともいえる。

2015年から取り組む最新作「press++」は報道機関から入手した写真原稿の画像面と裏面を重ねた作品だ。

「欧州、アメリカの素材はネットオークションに出回っているが、日本からのモノはない。今回は展覧会の主催者である読売新聞の協力を得て、制作できた。今後、日本のプレス関係者にぜひ協力をお願いしたい」とメッセージを送った。

ルフ展へ、ちくと凝り固まった常識を解きほぐしに行こう。