キヤノン「EOS 7D」で撮影の劇場映画「歓待」のロケ現場を訪ねる

~特注リグの製作で長編撮影を可能に

劇場映画「歓待」の撮影に使用したカメラセット

 これまで「EOSムービー」(キヤノンEOSシリーズの動画撮影機能)は、ドラマ、CM、短編映画、プロモーションションビデオ、紀行、ドキュメンタリーといったさまざまな業務分野の動画製作ツールとして実績を重ねてきたが、いずれも比較的短時間の作品が多かった。

 そうした中、「EOS 7D」で90分に及ぶ全編の撮影に挑戦した劇場用映画「歓待」の制作が進んでいる。翌日にクランクアップを控え、撮影も佳境を迎えたロケ現場を訪ねた。

 「歓待」は、劇作家で演出家の平田オリザ氏が主宰する劇団「青年団」の俳優が出演するハイビジョンの商業映画。平田氏も本作の芸術監督を務めている。撮影はすでに完了し、10月の完成を目指して編集作業に入っている。完成後は各国の映画祭への出品を経て、2011年春に一般公開する予定だ。

 都内で印刷店を営む一見平凡な家族が、かつてこの印刷所に資金援助をした地元名士の息子というふれ込みの男の訪問によって大きく狂い始め崩壊していく様子を描いたストーリー。古くからの印刷所が多くあるという東京都墨田区を舞台にしており、ロケもすべて墨田区で行なった。制作に当たっては墨田区観光協会が協力し、東京都墨田区印刷工業組合墨田支部が協力している。


撮影風景。取材日は、主人公が営む印刷店でのパーティーシーンなどを収録していた劇中に登場する印刷店も、実在の店が好意で自宅兼作業場を提供している

低予算の映画制作を支えるデジタル一眼レフカメラ

 デジタル一眼レフカメラでの撮影を最初に希望したのは、監督の深田晃司氏だ。「インディーズ映画界隈ではデジタル一眼レフカメラで撮影することが話題になっていた。被写界深度を利用した表現ができるので使ってみたかったが、ピント合わせなどが難しくこれまで採用を迷っていた。歓待では新しい映像の実験をしたいという思いもあり、撮影監督に相談した」(深田氏)。

監督の深田晃司氏作品全体をキヤノン「EOS 7D」で撮影した

 深田監督から希望を聞いた撮影監督の根岸憲一氏は、35mmフィルムの画角と近く、レンズの計算が容易で絵が作りやすいとの理由から、業務分野の動画撮影用デジタル一眼レフカメラとしては採用例の多い「EOS 5D Mark II」ではなく敢えてEOS 7Dを選んだ。映画の35mmフィルムは、APS-Cサイズの撮像素子を16:9で使用した場合に画角が近くなるためだ。

撮影監督の根岸憲一氏

 今回の撮影で使用しているEOS 7Dはキヤノンからの機材協力ではなく、一般の機材レンタル会社からのレンタル品だ。予備のボディは用意せず1台のみで撮影に当たった。「クォリティを考えるとEOS 7Dで十分いける。ニコンもあるが、今回は動画機能に力を入れているキヤノンにした」(根岸氏)。

 しかし、35mmフィルム相当のいわゆる「スーパー35サイズ」と呼ばれる撮像素子を持つカメラであれば、むしろ映画撮影に特化した「デジタルシネマカメラ」が数機種存在する。レンズなどが同じ条件なら被写界深度もEOS 7Dと同等であるが、今回そうしたデジタルシネマカメラを使わずにEOS 7Dを選択した背景には“制作費の低予算化”という業界の現状が見え隠れする。

 「邦画の制作費は、これまでも2億円以上か5,000万円以下に二極化しつつあった。それが最近では邦画バブルもありテレビ局が主導するような3億~4億円以上といった大作がある一方、1,000~2,000万円の低予算で制作するものがほとんどになっている。500万円以下で制作している作品も増えている」と話すのは、歓待のエグゼクティブプロデューサー小野光輔氏(和エンタテインメント代表取締役)だ。


カメラの感度向上で、比較的少ない照明で撮影できたという

 小野氏によれば、歓待も比較的低予算の作品だという。

 「デジタルシネマカメラをレンタルする予算があれば、EOS 7DやEOS 5D Mark IIなら買えてしまうほど。そうした低価格のカメラをレンタルすることで費用を抑えている。長編映画、特にアート作品をデジタル一眼レフカメラの動画機能で撮るのは世界的な流れになっている」(小野氏)。デジタルシネマカメラは一式数百万円から数千万円程度するため、レンタル費用も1日当たり数万円~数十万円とそれなりに高価になる。

 以上はカメラ本体の価格からくるコスト低減だが、他方ではデジタル一眼レフカメラの性能向上がもたらしたコスト低減もある。根岸氏は、高感度での撮影が可能になったことで、照明を少なくでき(=セッティングが早くなった)、ひいては撮影時間の短縮に繋がったという例も挙げていた。

 デジタル一眼レフカメラの採用について予算面の理由があったのも確かだが、EOS 7Dの画質については深田監督も納得の様子だ。「ボケもナチュラルで見栄えが格段に良くなった。『これは面白い』と手応えを感じている。私が映画を撮り始めたときは、すでにビデオカメラでの撮影が主流になっていた。フィルムの絵に強い憧れはあったが、今まで“ビデオでフィルムっぽさを追求したところでどうなるというのか”と諦めていた部分があった。それがEOS 7Dで一気にフィルムに近くなった」と話す。


長編制作のために撮影リグを特注

低予算作品とのことだが、現場のスタッフは30人ほどで賑やかだった。実在の印刷店とあって年季の入った印刷機も見える

 根岸氏は、以前にEOS 7Dで短編映画を撮影した経験があったためカメラの感覚は掴んでいた。だが、今回のような長時間にわたる作品を“そのままのEOS 7D”で撮影するのは困難と予想していた。

 というのも、撮影監督が行なう映画の厳密な絵作りには、高性能なビューファインダーが不可欠だからだ。また、ピントのコントロールを専門に行なう「フォーカスマン」と呼ばれるスタッフへのモニター表示もしなければならない。監督などがその場で絵をチェックするためのピクチャーモニターへの出力も必須だ。そうなると、各機器への電源供給も必要になってくる。角形フィルターが使えるマットボックスも使いたい――。

 今回はこうした映画の撮影スタイルでEOS 7Dを運用するため、業務用映像機器を扱うテクニカルファームに撮影リグの改造を依頼。根岸氏もアイデアを出しながらオリジナルの撮影リグが完成した。これはテクニカルファームが扱っている独KINOMATIKのデジタル一眼レフカメラ用撮影リグ「MOVIEtube PR Production」をベースに、ハイビジョン対応ビューファインダーなどを装着可能にしたものだ。現在テクニカルファームでは、「MOVIEtube PR Production HD [TFスペシャル]」として販売およびレンタルをしている。


今回の撮影のために根岸氏とテクニカルファームが共同で作った撮影リグカメラ本体から見てわかるとおり、リグ全体ではかなり大きくなる

 この撮影リグの大きな特徴は、デジタルシネマカメラや放送用カメラで使われているビューファインダーが装着できる点だ。対応するのはソニー製のHDビューファインダーで、カラーまたはモノクロタイプのいずれかが装着可能になっている。今回のロケでは1080p、24fpsの入力に対応しているモノクロタイプの「HDVF-20A」を装着していた。根岸氏によると、「液晶モニターよりも見やすく役者の表情までよく見える」という。

ファインダーには、ソニー製のハイビジョン対応タイプ(2型ブラウン管式)を搭載。中心の水平解像度は500TV本だファインダーを覗いて構図を確かめる根岸氏

 上部にフォーカスマン用液晶モニター、前部にマットボックス、後部にバッテリーマウントを備えるほか、電源分配機(HDMIの2分配機能付き)、HDMI→HD-SDI変換器、ビューファインダー用信号変換器を搭載している。HD-SDIは、業務用ハイビジョン機器が標準的に採用している信号規格だ。ちなみに、この撮影リグは先端の下部にグリップを装着すると肩載せ撮影も可能。肩に当たる部分が曲線になっているのがわかる。

 EOS 7DのHDMI出力は一度2つに分岐した後、一方はブラックマジックデザイン製のHDMI→HD-SDI変換器(HD-SDIは2系統を出力できる)を通りフォーカスマン用液晶モニターとピクチャーモニターに出力する。分岐したもう一方のHDMI信号は、信号変換器を経由してHDビューファインダーに導いている。

最も後方にバッテリーを装備。その前(白い容器で覆われている部分の奥)がHDMI→HD-SDI信号変換器。白い容器から出ているベージュとブルーの電線はHD-SDIケーブルで、それぞれ上部のモニターとブラウン管のピクチャーモニターに接続している。リグの湾曲した部分の上の箱が電源分配機。さらにその上にあるのは、HDMI信号をビューファインダーに接続するための信号変換装置だこの撮影リグは肩載せ使用に対応させるため底部が湾曲している。そのため、三脚に装着する際にはENGカメラと同様に三脚アタッチメント(フネ)を利用する。三脚は英Vintenの「Vision 10」。垂れ下がっているのは、ピクチャーモニター行きのHD-SDIケーブル
撮影モードはマニュアル露出。EOS 7Dはモードダイヤルにロック機能がないため、不用意に動かないようテープで固定している撮影時にカメラから取り出すのは、モニター用のHDMI信号のみ

 電源は、カメラ本体以外はリグ後方のバッテリーからすべての装置に供給可能になっている。バッテリーはENGカメラなどと同じVマウントのバッテリーが使用可能。電源分配機でそれぞれの機器に合わせた電圧に変換して供給する。また、今回の撮影リグにはEOS 7D用のバッテリーカプラーも準備してあり、Vマウントバッテリーからカメラの電源を供給することも可能になっている。ただし、通常はVマウントバッテリーを長持ちさせるためにカメラは純正バッテリーで運用しているとのこと。

撮影リグのバッテリーは、ENGカメラなどと同様のタイプだ後方のバッテリーからEOS 7Dに電源が供給できるようにカプラーも用意してある。ただし普段は使わない
ピントリングを回しやすくするフォローフォーカスも装着可能リハーサルと本番中は、監督などがピクチャーモニターで絵をチェックする

 EOS 7Dで使用するCFはすべてサンディスク製を採用している。今回は、撮影部側からサンディスクに打診する形でCFの機材協力を受けた。

撮影ではすべてサンディスクのCFを使用。撮影スタッフから高い信頼を得ている

 根岸氏は、「ここ3~4年“CFはサンディスク”という認識が出ている。『Extreme Pro』シリーズは、EOS 7Dに最適化していると聞いていたので協力をお願いした。今のところトラブルは一切出ていない」と話す。

 サンディスクからは、容量16~32GBのExtreme Proを中心に30枚ほどのCFを貸出した。今回の撮影は9日間だが、十分な量のCFがあったためデータをPCに移してもオリジナルのCFはバックアップとして消さずに置くことができるのだという。

 歓待の広報を担当している廣田孝氏(金青黒プロデューサー)によると、「以前の作品では、ある業務用記録フォーマットを使っていたが、トラブルが少なくなかった。その点CFは、非常に安心して使える」とする。小野氏も「メモリーカードがこれまでのテープに完全に取って代わっている」とファイルベース収録の普及を指摘していた。

意外に高感度で撮影。粒状感を活かす絵作り

 根岸氏は、EOS 7Dによる撮影をどのように感じているのだろうか。「まず、色の幅が広い。そして暗部から明部まで十分な情報がある」とする。撮影時に気をつけているのはモアレだという。「解像度が良いので被写体によっては発生することがある。その場合は、モアレを軽減するフィルターを使うなど工夫している」(根岸氏)。

 カメラの設定については、フレームレートは24fps固定。シャッター速度は1/50~1/100秒。レンズの絞りはほとんど開放(F1.4かF2.8のレンズが多い)で撮影しているという。シャッター速度、絞り、感度をある範囲に固定しているため、露出の調整にNDフィルターは欠かせない。かなりの枚数を用意して、どのような明るさにも対応できるようにした。屋外の撮影では、NDフィルターで露出を10絞り以も落とすことがあるそうだ。

マットボックスは、角形フィルターのホルダーとしての役目も大きいフィルターを交換しているところ

 感度は主にISO640~1000で撮影しているとのこと。かなりの高感度なので驚いたが、リアルさを出すために高感度に設定したのだという。「ざらつきを良い方向に持って行きたい。EOS 7Dの場合、低感度では綺麗すぎる」(根岸氏)。適度な粒状感を活かした絵作りを目指したそうだ。

 画質の設定は「シャープネス」を-1~-2に、「色の濃さ」は一番下まで落としているとのこと。「デフォルトでは色が濃すぎますから」(根岸氏)。

 レンズは、ニコンのマニュアルレンズ(Fマウント)を中心に、カールツァイス、キヤノン、タムロンといったラインナップを加えている。AFレンズではなくMFレンズをメインに選んだのは“ピントが送りやすい”というフォーカスマンの希望があってのことだ。また、キヤノンのレンズ(EFマウント)はピントリングがどこまでも回転してしまうため、最短と無限の位置でピントリングが停止する改造を施しているという。

レンズは多くの場面をニコンのマニュアル単焦点レンズで撮影している。ピントリングが最短と無限の位置で停止するのもメリットという現場にあったレンズのバッグ。ラインナップが見て取れる

 ニコンのレンズは、28mm F2、35mm F1.4、45mm F2.8、50mm F1.4、55mm F1.2、85mm F1.4、105mm F2.5、135mm F2.8、180mm F2.8を用意。このうち、28mm、50mm、85mm、135mmでほとんどのシーンを撮影しているという。タムロンのレンズは17-50mm F2.8。「タムロンは、明るくて安価なズームレンズとして使っています」(根岸氏)。AF対応のレンズでもMFにして使用している。

撮影時は、フォーカスマンが上部の液晶モニターを見ながらピントを追い込む音声は基本的に同録(同時録音)だが、カメラでは録らず音声マンがマイクとレコーダーで収録する。リグ上部の液晶モニターは、音声マンがマイクが映り込まないかを確認するためにも使われる

“日本の真の国際化”を問う深いテーマ

歓待の主演女優を務める杉野希妃さん

 歓待の主演女優を務める杉野希妃さん(富岡夏希役)は、日本、韓国、マレーシアで主演経験のある国際派女優。作品の共同プロデューサーも担当している。

 「舞台の役者さんなのに演技が自然。今は、映画の役者を育てようということが無くなってしまったが、日本でこんな映画ができるんだと驚いた。20代や30代も楽しめるわかりやすさがありながら、“日本がこれからどう本当の意味で国際的になっていくか”という深いテーマになってる。いい監督や演出家と組ませてもらえた。映画祭にも必ず出る作品なので、期待して欲しい」(杉野さん)と本作を紹介。撮影した映像はテストで少し見ただけというが、「奥行があって色が好きです」と気に入ったようだった。

 小野氏は歓待について、「古き良き映画を現代にシフトさせた作品になる」とする。映画のキャスティングではとかく人気やキャリアが優先されるきらいがあるが、今回は本当に役のイメージにあった俳優を選ぶという理想に近い映画作りを目指したのだという。

 そのため、キャストもきちんと演技ができる青年団の舞台俳優を採用した。深田監督自信も青年団で演出の経験がある。「深田氏はヌーベルバーグを勉強した監督で、日本よりもフランスで評価が高い。今回の作品は、そうしたフランス映画の作風を日本に合った映画として再構築するもの」(小野氏)。小野氏はまた、今回の作品を通してカメラなど日本の技術を世界に発信して行きたいとも話した。

 歓待は10月に韓国で開催される釜山国際映画祭を始め、ローマ国際映画祭、ナント三大陸映画祭、ロッテルダム国際映画祭、香港映画祭に出品する予定だ。その後2011年春に東京テアトル系を旗館に全国30スクリーンでの順次公開を想定している。また、劇場公開とは別に墨田区内での先行上映(動員2,000人)も行なう予定となっている。




(本誌:武石修)

2010/8/16 00:00