旅ライターが挑戦した「皆既日食」撮影顛末記


 7月22日午前11時前、日本国内で皆既日食や部分日食が見られた。皆既日食が見られる範囲は南の島々に限られていたものの、部分日食は日本全国で見られる可能性があった。このページを閲覧している読者の多くはそれぞれの形で日食を体験したことと思う。

 筆者はトカラ列島の諏訪之瀬島を目指した。6分21秒と陸上では2番目に長く皆既日食が見られる島だ。現地にたどり着き、撮影することができたのか。顛末を披露する(文章・写真:西牟田靖)。

ボディ2台体制で出発

 出発日までに数回、自宅の前で日食撮影の練習をした。その結果から持って行く機材と撮影の予測データを以下の通り、決めた。

  • A:D700、AF-S NIKKOR 24-70mm F2.8 G ED、一脚、GP-1(GPSユニット)
  • B:D90、AT-X 840 D、PRO ND10000、PRO 1DプロND4、三脚、MC-DC2(リモートコード)

 Aは広角用。皆既日食を観測している人たちのリアクションや、日食時の景色を撮影するためのセット。レンズはニコン純正。皆既日食に入るとかなり暗くなるはずなので、一脚を装着することにした。

 後者は望遠用。欠けゆく太陽やダイヤモンドリング、皆既中の太陽を撮影するためのセット。AT-X 840 Dはトキナー製。焦点距離は80mmから400mmまで、開放F値はF4.5〜5.6、フィルター径は72mmという持ち運びしやすい望遠レンズだ。D90はDXフォーマットなので、最大600mm換算での撮影が可能となる。

D90、AT-X 840 D、PRO ND10000の組み合わせた機材Bの例。写真は編集部で撮影したもので、実際に使用した雲台とは異なる実際に使用した機材Bの状態。出発前に撮影した
動画も押さえるため、ビデオカメラと一緒に固定することにした

 PRO 1DプロND4はレンズ前枠にねじ込んで装着する。PRO ND10000はそのままではレンズに装着できない。そこで、マルチホルダー100とアダプターリングを使って装着した。

 三脚にカメラを装着する方法にも工夫がいった。午前11時前の太陽が地上と直角に近い位置にあるからだ。通常の方法で3ウェイ雲台にカメラを装着しても仰角が足りないため、太陽をとらえることはできない。そこで雲台を前後反対にすることで、地上から直角の角度での撮影が可能となる。リモートコードはブレ防止のために欠かせない。

 これらの機材に加え、コンパクトデジタルカメラのLUMIX DMC-LX3と家庭用ビデオカメラを用意した。これらはビデオ撮影用である。

 Aの撮影設定は特に決めていなかった。臨機応変に撮るだけである。一方、Bは以下に設定して撮影に臨んだ。

 マニュアル露出、ISO200、F11、シャッタースピードは1段ずつずらす(部分日食時は1/4,000〜1/125秒、ダイヤモンドリング時は1/250〜1/60秒、皆既日食時は1/125〜2秒)。画質はRAW+FINE。

諏訪之瀬島を目指す

 皆既日食の前後の期間、諏訪之瀬島を含むトカラ列島への上陸は近畿日本ツーリストのツアーのみに原則限られていた。筆者はそれ以外の方法で島を目指した。

 鹿児島県南部の港、枕崎をベースにしている釣り船(19t、12人乗り)を昨年秋に仮予約し、今年春に本契約を結んだ。料金は1人あたり10万円。そこに鹿児島までの飛行機代が加わった。当日のフライトはとても込んでいて、予約は少し大変だった。

 釣り船の船長にも数カ月前から動いてもらった。ツアー以外での方法で島に上陸することを認めてもらうためだ。現場の海を守っている第十管区海上保安本部に諏訪之瀬島に上陸する旨を含めスケジュールを事前に伝え、許可をもらった。諏訪之瀬島に住んでいる人たちには当日午前9時から12時半まで上陸する旨を伝え、これも認めてもらった。

 釣り船が出航する枕崎港には7月20日に入った。そして7月21日の午前9時に出航した。この季節、通常であれば梅雨は明けている。海はべた凪のはず。5時間ほどで到着するはず。船上で一泊して、翌朝、防波堤あたりに上陸する予定になっていた。ところが、実際の航海は予想と大きく違っていた。3m以上の高さはあろうかという波に抗って進むからか、水面に浮かぶ木の葉のように船は揺れに揺れた。

 畳を縦に6枚並べたような細長い船室やデッキに乗客は雑魚寝。船室に寝ていたが、クーラーが効いていないので、周りの誰しもが汗だくになる。筆者を含め乗客たちは次々と嘔吐する。汗と胃液が混じった臭いが船室に漂う。

チャーターした釣り船狭い船内に折り重なるように横になった
枕崎港を出航口永良部島の湯向(ゆむき)港に着岸する

 様子を見かねた船長は出港して約3時間後、船を口永良部島(くちのえらぶじま)に着岸させる。この島は屋久島の西12kmに位置する活火山と温泉が名物。人口は約150人しかいない。諏訪之瀬島の3分の1以下となる約2分だが、皆既日食が見られる。

「今までは序の口。目的地まではあと半分。この先はもっと揺れる。進むかどうかは休憩してから考えましょう」と船長。

 2分間ではなく6分間の皆既日食を見たい。しかしこれ以上、船に乗りたくない。行くかとどまるか。気持ちは揺れた。

ついに始まった皆既日食……しかし

 翌朝になっても結局、船は停泊したままだった。波は前日よりもさらに高い。晴れときどき曇りだった前日と違って、空は厚い雲に覆われている。やはり行かないのだろうか。筆者が先行きを心配していると追い討ちをかけるように、空から土砂降りが降ったり、突風が吹き荒れたりする。かすかに抱いていたトカラ行きの望みは気まぐれな島の天気に打ち砕かれた。

 日食が始まる9時半すぎ、撮影機材を手に岸壁の上によじ登り、岸壁の突端で機材を組み立てる。三脚にD90とビデオカメラをセットする。D90にはAT-X 840 D、MC-DC2、PRO ND10000とPRO 1DプロND4を装着している。ビデオカメラにはレンズカバーを装着している。ダイヤモンドリングが見える直前にレンズカバーをはずし、録画ボタンを押すつもりだった。

 二重三重の厚い雲が覆っている。上部は白くて薄い雲だが、一番下は鉛色の厚い雲だ。風は相変わらず強い。背丈の高さ以上ある三脚が飛ばされそうなほどだ。

 船が停泊する岸壁に、約30人が皆既日食を見にきていた。ほぼ島外の人。太陽がどこにあるのかわからないためか観測者の視線はバラバラ。日食グラス着用の人は2、3人しかいない。

 太陽はまったく見えないが、それでもD90で鉛色の空を撮影する。プレビューしてみると案の定、漆黒の闇しか写っていない。

 10時50分すぎ、急激に暗くなり始める。厚い雲に覆われているため太陽は見えない。

 10時56分ごろ空は日没直後のような暗さになる。風はピタリと止む。水平線は夕焼け状態なのに足元は真っ暗。皆既の状態に入ったらしい。ダイヤモンドリングが見えるわけではないので視覚的には実感に欠ける。雷雲が立ちこめているだけじゃないのかと一瞬疑う。しかしやはり皆既日食らしい。先ほどまで盛大に鳴いていた蝉の声が聞こえないのだ。温度計はずっと30度のままだったが、体感気温は2〜3度低い。もっと暗くなるのかと期待していたが、それ以上は暗くならなかった。

観測する筆者皆既日食に入ると手元は真っ暗になった
皆既日食時の岸壁皆既日食が明けた後の岸壁

 11時を過ぎると空は急激に明るくなる。夕方と勘違いしたのかトンボが大発生、蝉は再び盛大に鳴き始めた。ダイヤモンドリングが見られなかったことに加え、撮影に半分気をとられていたせいもあって感動はいまひとつだった。

 三脚などすべての機材を片付け終わったのは午前11時半。そのころ、岸壁には数人を残すだけとなっていた。そのとき、同じ船に乗っていたカメラマンが叫んだ。

「太陽が見えたぞ」

 鉛色の雲が途切れる。空全体を覆っている白くて薄い雲ごしに4、5割欠けた太陽が見える。雲によって太陽光がかなり遮られている。肉眼で見ることが十分に可能だったし、撮影に関しても同様だった。PRO ND10000とPRO 1DプロND4を外した状態で部分日食を撮影することができた。日食の撮影に成功し、じわじわと感動が襲ってきた。

部分日食はかろうじて見えた(PRO 1DプロND4装着)

 12時半枕崎へ向けて出航する。僕らが島を離れるのを待っていたかのように晴れ間が船の窓から差し始めた。皮肉な天候に呆れた。

 自然に振り回されっぱなしだったが、その分、人間という存在の小ささを実感させられた。



(西牟田靖)

2009/7/29 10:00