カシオが語る「超発想」デジカメの作り方(前編)

~コンパクトカメラの展望とEX-TR100のデザインストーリー

 カシオは7日、同社のデジタルカメラ新製品を中心とした説明会を実施。HDRアート機能搭載のフラッグシップ機「EXILIM EX-ZR100」、2軸のヒンジを備えた「EXILIM EX-TR100」(海外名:TRYX)、GPSと地図データを内蔵した「EXILIM EX-H20G」の成り立ちなどについて説明した。

 説明会では、同社デジタルカメラの製品カタログに書かれた「超発想 Amazing Gear」という言葉に触れ、「たまたま画像を扱っているからカメラの形状をしているが、結局は画像を通じてユーザーに幸せになってほしいという考えがあり、あえて『Gear』という言葉を使った」と説明。本稿では、その商品開発におけるカシオの“超発想”について取り上げる。

 なお、EX-ZR100や「HDRアート」の進化点、EX-H20Gが搭載する「ハイブリッドGPS」の詳細に関しては、後編として後日掲載する予定だ。

「EXILIMエンジンHS」の可能性

 QV事業部商品企画部の渋谷敦氏は、同社が特徴とするハイスピード技術や、デジタルカメラの市場動向予測などについて説明した。

 現在の同社デジタルカメラにおける一番の技術的なポイントとして、渋谷氏は2010年11月発売の「EX-ZR10」およびEX-H20Gから採用する「EXILIMエンジンHS」を挙げた。EXILIMエンジンHSは、以前から採用していたマルチCPUを“ハイスピード技術”と組み合わせ、様々な可能性を持たせたエンジンである点が大きな特徴という。

EXILIMエンジンHSの概要ハイスピード撮影を特徴としたEXILIM PRO EX-F1(2008年3月発売)

 同社は2008年3月発売の「EXILIM PRO EX-F1」以降“ハイスピード技術”による様々な提案を行なってきたとし、シャッターを押す前が撮れている「パスト連写」、見えない動きが見える「ハイスピードムービー」といった撮影機能に加え、手持ちでの夜景撮影に向けた「HS夜景」、「マルチフレーム超解像ズーム」など、連写合成と高速画像処理を用いた機能も搭載してきた。

 また、360度のパノラマ撮影が可能な「スライドパノラマ」、絵画調の写真が撮れる「HDRアート」、ハイビジョン動画の撮影中に静止画の連写が行なえる「スチルインムービー」もハイスピード技術の応用例として紹介。同社では、高速連写を特徴としながらも“ベストの1枚を選択する”以外の機能展開を意識してハイスピード技術を開発してきたという。

 これまでハイスピード技術による機能をひとつひとつユーザーに説明してこなかったという同社だが、EX-ZR100については「『HDR』と『HDRアート』に絞って訴求したことでイメージが浸透し始めているのでないか」(渋谷氏)と認識を語った。

ハイスピード技術が実現した撮影機能同社が2011年のフラッグシップに位置づけるEX-ZR100(3月2日発売)

ミラーレスの先は「高性能コンパクト」

 続いて渋谷氏は「カシオの目指すデジタルカメラ」について説明。これまでデジタル一眼レフカメラやコンパクトデジタルカメラは「どこまでフィルムの性能に近づけるか」という競争を行なってきたが、ここへきてデジタルの一眼レフカメラやコンパクトカメラが当たり前になってきており、さらには“ミラーレス機”と呼ばれる一眼レフカメラから派生した市場も生まれていると述べた。

 交換レンズの背景を持たず一眼レフカメラの市場にも参入しないという同社は、ミラーレス機を「一眼レフのコンパクトカメラ化の第一歩」と予測する。一眼レフカメラには“それでしか撮れない”という分野があるが、同じ綺麗な写真が撮れる前提であれば、いろいろな部分を割り切りつつも小型軽量なカメラのほうが便利だろうとし、そうした背景から現在はミラーレスの市場が大きく伸びているのではと分析する。

 同社はそうした市場動向も踏まえ、レンズ交換のいらない使いやすいカメラを作るべきと考えているという。渋谷氏は「誤解を恐れずに言えば」、と前置きした上で「ミラーレス化の先はコンパクトカメラの高性能化」だと語った。

カシオの目指すデジタルカメラデジタルカメラの進化を世代別に分類する

 これまで光学やメカを駆使していたことをデジタルに置き換え、以前ではできなかった性能、ありえなかった形状に追い込むことがカシオにはできるのでは、という渋谷氏。カメラの形状については2軸ヒンジのEX-TR100を例に挙げ、カメラを置いて撮影するなど、銀塩カメラでは成しえなかったようなスタイルの提案も行なっている。

2軸ヒンジを採用するEX-TR100(4月発売予定)

 約1億3,000万台でピークを迎えたというデジタルカメラ市場においても、新しい技術を用いることで、これまでにない用途やユーザーターゲットに向けた新しいカメラを生み出していきたいとする同社。それにより、市場を拡大しつつ、改善・改革の提案ができるのではないかと渋谷氏は話す。

 EX-ZR10で初搭載したHDRアートもひとつの新しい提案とし、「“これまでの写真とこれからの写真は違う”といった提案もカシオならできるのでは」と考えを語る。今後も新しいものを創造し、振り返るといつの日か“写真の当たり前”になっていく姿を描いていきたいと締めくくった。

HDRアートを初搭載したEX-ZR10(2010年11月発売)カシオの経営理念に基づく

デザイナーの提案から生まれた“フレーム”

 続いて、同社デザインセンタープロダクトデザイン部の長山洋介氏がEX-TR100のデザインについて説明した。

 同社では、デザイナーのモチベーション向上や表現の機会として“デザイナーが考える商品企画の提案活動”を半年に1度行なっているという。そこではデジタルカメラや携帯電話といった担当製品ごとのチームを取り払い、企画・提案を行なうそうだ。

 EX-TR100のアイデアはその提案活動から出てきたもので、デジタルカメラに対する「デジタルなのに静止画しか撮っていない」、「銀塩カメラからやることは変わっていない」といった疑問が発想の原点だったという。コンパクトデジタルカメラからムービーに歩み寄った製品もいくつか発売されていたが、実際の認知や売り上げには繋がらず、壁は壊せていなかったと長山氏は話す。

発想の原点

 そこで「デザインに責任があるのではないか」と考えたチームは、デジタルカメラの要素を分解・再構築し、デザインの方面から静止画と動画の垣根を取り払うことを目指した。ボタンを押すと5~10秒の動画を記録し、気に入ったポイントを静止画として切り出すようなイメージだったという。日常を動画で記録していれば、残したいポイントをトリミングできるという発想だ。しかし、その形状やデザインの可能性を検討するも、結果的にはかつて存在した製品のようなスタイリングになってしまったそうだ。

 一度は検討を中断したが、「レンズと液晶モニターさえあれば成り立っている」と気づいたチームは、持ち手としてレンズと液晶モニターにフレームをつけたひな形を作成。「軸が動けばいろんな形になりそうだ」というアイデアもあり、のちにEX-TR100を生み出すヒントになったという。

分解・再構築のイメージ。すでにEX-TR100を思わせるスタイリングになっている

 説明会では、チームで一番最初に作ったというモックアップを提示。ヒンジ部の動きは製品版のEX-TR100とほぼ同じで、サイズ感は同社のスリムなコンパクトデジタルカメラのイメージとして「EXILIM EX-S1」(2002年6月発売)を意識したという。この提案が社内で「面白そう」という評価を得たことにより、ほぼそのままのコンセプトで製品になったという。

EX-TR100のコンセプトモック
EX-TR100(上)と比較。コンセプトモックは一回り小さく薄い
サイズ感の目標としたEXILIM EX-S1(2002年6月発売)

 デザインチームは「初期アイデアソースの発端として活用されている面もある」と話す長山氏。同社デジタルカメラでは、EX-TR100以外にも2010年1月発売の「EXILIM G EX-G1」がデザイン提案の場から生まれた製品といえるそうだ。今後もデザイナーのモチベーションを高める中で「0から1を生み出す」同社らしい商品開発の可能性を探っていきたいとしていた。

EXILIM G EX-G1(2010年1月発売)

“三角形”から飛び出た製品を

 長山氏は、この企画提案を行なっていた2008年の終わりごろに直面していた“撮像”を取り巻く市場環境についても語った。当時は静止画を撮影する「一眼レフカメラ」、動画を担う「カムコーダー」、通信を担う「携帯電話」の3要素を“三大巨頭”と呼んでおり、コンパクトデジタルカメラは三大巨頭の作る三角形の中をはじかれながら悪戦苦闘していたという。

“三角形”について説明する長山氏コンパクトデジタルカメラはその中で悪戦苦闘していたという

 「なんとか三角形から飛び出るんだ! という思いで日夜試行錯誤していた」と当時を振り返る長山氏は、スマートフォンの普及により三角形はさらに小さくなりつつあると現在の状況を分析。その中にあっても、変わらず「外に飛び出ること」への意識を強調していた(3月11日掲載の後編に続く)。



(本誌:鈴木誠)

2011/3/10 00:00