佐藤謙吾写真展「サイレント・フィクション」
水没する都市。小説や映画などでは、幾度となく扱われてきたモチーフだ。そんなことから、ふと、ありがちな題材と思ってしまうが、意外と写真では見たことがないはず。単純な構図だが、実際に目の当たりにすると、そこに広がるイメージは実に新鮮だ。
澄んだ空の下、都会の街並みが静けさをたたえたまま、水に飲まれていく。災害や戦争などで破壊されるわけではなく、ただ無音の中で事は進行する。さまざまな方向に思考が広がりながら、じわじわと怖さがこみ上げてくる。
会期は2009年11月10日(火)~23日(月)。開場時間は10時~19時(最終日は16時まで)。会期中無休。会場の新宿ニコンサロンは東京都新宿区西新宿1-6-1 新宿エルタワー28F。問合せは03-3344-0565。
佐藤謙吾氏 | 液晶モニターとプリントでは、やはり見え方が異なる |
次回は写真集を制作し、iPhone用アプリから購入画面につなげられるように……。今からいろいろとアイデアが浮かぶ |
■どう撮ったらいいか分からない
10年ほど前、「都市が水没するイメージ」がふいに佐藤さんの頭に浮かんだという。そのほかにもいくつか自分の作品プランとして、アイデアは思いついていたが、このイメージはずっと消えずに残った。
「どう撮ればいいかが思い浮かばなかったんです。ようやく糸口がつかめ、6年ほど前から制作を始めました」
撮影方法を悩んでいたのは、画像合成ではなく、ワンショットの撮影で「水没した都市」を撮りたかったからだ。
そして見つけた方法とは、実際の都市の光景を撮影してA1ノビサイズのプリントを制作する。そのプリントの前に、平滑で光を反射する天板を置き、再度、撮影するのだ。天板には、プリントが再現した街の光景が映り込み、それは静かな水面へと変化する。展示された作品をよく見ると、ビルとビルの間にも水が入り込んでいるかに見え、街が立体的に感じられることだろう。
「写真的なリアルさ、虚構としての存在感なども、実際のプリントから、どう見えるのか、確かめたかったことの一つです」
(c)佐藤謙吾 |
■1枚の写真の力
佐藤さんは父親がカメラマニアだったことで、小学生のころから写真は撮影していた。が、高校時代は動画に関心があって、CMディレクター志望だったそうだ。
「大学の授業で、アンセル・アダムス、エドワード・ウェストンのファインプリントを初めて眼にして、その表現力のすごさに圧倒されました」
1枚の写真の力をインプットされたのだ。
その後、フォトグラファーとしてサントリーに入り、スタジオワークを現場で覚えていった。
「自動車以外、何でも撮りましたね。サントリーミュージアムの立ち上げでは、約4,000枚に上るポスターコレクションを複写したので、平面物に光をきれいにまわすのは得意です」
ワンショットで作品を作ることへのこだわりと、撮影方法の着眼は、こうしたキャリアの中から生まれてきたのだ。
(c)佐藤謙吾 |
■街は6×7判で撮影
街の撮影は、抜けるような空の下で撮りたかったため、空気が澄んだ11月から2月に集中して行なった。6×7判のカメラを使い、順光で、クリアに街の姿を描く。休日になると、都内を歩き、ビルに登り、街がどう見えるかを確かめていった。
「ある程度、高い位置から街を俯瞰した視点が必要ですから、ただ街を歩いただけではわからない。何ヵ所で撮影したかは覚えていませんが、撮影したよりも使えなかった場所のほうが多かったですね」
水は自然の象徴であり、母なる存在、生命の根源。それに対して画一的な都市を配置することで、どう見えてくるか。
「撮影エリアは23区内です。そのなかで、匿名性のある場所を選んでいきました」
(c)佐藤謙吾 |
夕景、夜景で撮影しなかったのは、街の風景に人間の存在を消したかったからだ。
「都市機能が停止した後、夜は闇で、撮影はできないはずですから」と佐藤さんは笑う。
■複写のスキルは仕事で磨かれた
街の風景の出力はインクジェットで行ない、そのまま平滑になるように貼り付ける。プリントの複写のポイントは、丁寧に垂直を出して、きれいに貼り付け、丁寧に光を回すことだからだ。
二回目の撮影は、デジタルカメラで行なった。天板(水面)への映り込み具合をチェックしながら、完成させる。
「下町や昭和レトロのブームは、そういったウェットさが今の時代に欠けているからですよね。皆んなが危うい方向に歩みながら、気づかないふりをしている。終焉が、もうのど元まで近づいているような不安を感じます」
(c)佐藤謙吾 |
■写真のリアリティとは?
また佐藤さんは、今回の写真展に際しては、告知方法としてiPhone/iPod touch用の無料写真集アプリケーションを使用している。無料ダウンロード可能だ。
「そのとき、iPhoneは使っていませんでしたが、自然と思いつきました。写真展の審査が通って、アプリの登録をし、9月下旬から10月下旬の1ヵ月間で約3,100回ダウンロードされました。2,600回が日本なので、海外でもこのイメージに500人は関心を持ってくれたのです」
今後はさらに街の細部に入り込んだ光景や、郊外の住宅地、カラフルな街のイメージなどを撮影し、「水の中に沈めていきたい」と話す。写真のリアリティとは何か、見る人一人一人にこの問題をささやきかけてくることだろう。
(c)佐藤謙吾 |
2009/11/13 00:00