トピック
COSINA NOKTON WORLD:内田ユキオ×NOKTON 35mm F0.9 Aspherical
富士フイルムX専用設計の超大口径レンズ
2023年8月21日 07:00
月刊誌「デジタルカメラマガジン」と連動した本記事は、コシナ・フォクトレンダーの富士フイルムXマウント用大口径レンズ「NOKTON 35mm F0.9 Aspherical」を、内田ユキオさんの作品とインプレッションで紹介します。(編集部)
主題だけでなく状況や背景も取り込むことができるのがAPS-Cフォーマットにおける35mmレンズ(35mm判換算53mm相当)の魅力だけれど、肉眼に近いとされている画角と遠近感は平凡でつまらない絵になりがち。せっかく機材が進化しているのだから、写真も令和バージョンにアップデートしたい。海外からの観光客やアニメの聖地としての人気で、変貌しつつある浅草を選んだのはそんな理由。
ちなみに筆者は30年ほど前に仕事でミュージシャンを撮っていたとき、ここでライカを盗まれた苦い思い出がある。どれだけ撮れ高があっても収支はプラスにならないが傷を癒したかった。
大口径レンズの恩恵は、時代と共に変化した。マジックアワーの美しい記録でもある名作映画『天国の日々』(1978年)の撮影監督によると、まずはF1.4のレンズをF1.1に買い替え、85B(色補正)のフィルターを外し、最後に増感をして20分しかないマジックアワーを25分に伸ばしたそうだ。暗いシーンでの撮影が大口径レンズの本来の役割で、大きなボケのために生まれたわけではない。
高感度に強いデジタルカメラでは開放F値が明るいことの恩恵は感じにくく、Xシリーズの場合はISO 400からダイナミックレンジが拡大できるので高感度を選ぶ理由がある。そのため晴れた日中では絞り開放が使いづらくなるが、ND8(3段分)のフィルターを使うことでメカニカルシャッターのみで撮り切った。フィルター径が62mmに抑えられていることで、レンズフィルターも安価で選択肢が多いのが嬉しい。
スナップで標準域のレンズを使うとき、寄り過ぎると背景の情報がなくなってしまい、自然さがウリの画角や距離感が活かせなくなる。かといって距離を空けると主題を小さく扱うことになるため写真が弱くなりがち。
そこで桁外れの開放F0.9というスペックがいきる。日常で見たことがないボケ具合によって、ピントと距離の感覚に“脳がバグる”わけだ。こんなに離れているのにこんなにピントが浅いわけがない、と心が揺れる。
中間距離で撮って、ピントは右の人物の指に合わせているのに、身体はもうボケている。背景とも完全に分離され、ボケのなかに二人が浮かんでいるよう。
描写は、味わいがあって懐かしい、というタイプのレンズではない。いつか見た夢のようであっても細部は現代のレンズだ。非常にクリアで逆光でもハレることなく、絞り開放からしっかり解像して、絞り込んでも硬くなりすぎない。
「満月」の文字にはピリッとした解像感があり、左右はもうボケていて、わずかな距離の違いを描き分け、立体感をもって自然に繋がっている。解像感があってこそボケとの対比が生きることがよくわかるだろう。
前ボケは、レンズによっては強く滲んだり、形が崩れたりしやすいため、早めに見極めておきたいポイントのひとつ。スナップだと被写体優先になってしまうことも多いので静的な被写体で試してみた。
このレンズのボケは、形が崩れることもなく、輪郭を保ったまま周辺から滲んで溶けていく美しいボケで、色収差による濁りも最小限に抑えられているのは立派だ。
大口径を使いこなすためのアイデアについても話したい。映像の世界で「分離」と呼ばれるが、色のコントラストや明るさの違いなどを利用して背景と主題を分けることで、馴染むことなく主題が引き立つようにする。ただ、映画やポートレートなどとは違ってスナップ写真の場合、チャンスが訪れたら余裕がない。
そこで大口径レンズの浅い被写界深度が役に立つ。背景と主題を切り分け、写真のなかの優先順位をコントロールできるため、主役、準主役、脇役、背景……といったストーリーがあるスナップにも対応できる。
フォクトレンダーの富士フイルムXマウント用レンズは、X-Pro3のパララックス補正にも対応しているとのこと。X-Proシリーズの特徴であるハイブリッドビューファインダーを使ってみた。EVF部分のフォーカスアシストでピント確認をしながら、光学ファインダー像に重なるブライトフレームを使ってフレーミングできる。これだけ距離に差があってもボケることなく双方を確認できるのは、レンジファインダーカメラのようで気分がいい。
AFでの撮影に慣れ切っているため、これだけ薄いピントをMFで使うことに不安があった。ましてや動く金魚。近距離で動く魚は、バスケットコートを駆ける選手を撮るくらいの厳しさがある。
ところがフォーカスアシストに対応していてピーキングが使えることと、しっかりトルクがあって滑らかな動きのピントリングの扱いやすさから、苦労がなかった。どちらも動いている状態で、ピントを合わせるのを右にするか左にするか迷って、さらに構図と色のバランスまで気にする余裕があったのは驚き。フォーカスは対話のようなものなので楽しい。
大口径レンズの宿命でもある周辺減光。最もわかりやすい青空で、フィルムシミュレーションはVelvia、カラークローム ブルーを強にしてみた。
Xマウント専用設計ならではの補正も相まってのことだろう、ケラれているように四隅だけ極端に暗くなるのではなく、自然にシェーディングしているため、条件によってはこのほうが視線が中央に集まってプラスなのではと感じるくらい。左右で落ち具合に差が見えることもない。今回の作例は全て絞り開放で撮っているが、周辺減光はこうした青空でなければ気にならなかった。
このレンズで最初に感心したのは、絞りリングの確かなクリック感だ。というのも、F0.9クラスのレンズはF1.0とのクリックの間隔が狭くなりがちで、いつの間にか滑るようにF1.0に動いてしまうレンズが多い。これほどの大口径レンズを絞り込んで使うために買う人はいないだろう。絞り開放で撮っていたつもりがいつの間にか絞り込まれていては勿体ないから、F0.9のポジションにもしっかりクリック感があるのは素晴らしいと思った。
また、ステンシルの細い文字、ピントリングの均一で心地よいトルク、金属鏡筒の質感と手触りなど、「扱う楽しさ」に敏感なXユーザーなら喜ぶポイントがたくさんある。手ブレ補正やフォーカスアシストが完全に機能するのもありがたい。1/2秒のスローシャッターでもブレずに撮ることができた。
今回はフィルムシミュレーションのカスタマイズを駆使して、35mm一本でいかにバリエーション豊かな写真が撮れるか挑戦してみたのだが、個性はあってもクセのない描写のおかげでX-Trans CMOSセンサーを搭載するカメラのポテンシャルも発揮できたと思う。
まずF0.9の明るさに驚き、ボケに感心したあとで、このレンズをフィールドに持ち出して常用できるかの大切なポイントは重量にある。マニュアルフォーカスとはいえ金属鏡胴で492g。X-Pro3との組み合わせであれば1kgを切る。35mmは常用できてこそ価値があるのだ。
制作協力:株式会社コシナ