特別企画
35mmフルサイズで探る「カール ツァイスレンズ」の実力
第2回:広角〜望遠レンズ編(キヤノンEOS 5D Mark III)
(2013/4/11 00:00)
「35mmフルサイズで探るカール ツァイスレンズの実力」第2回は、広角35mmレンズから100mmレンズを取り上げる。
(第1回:超広角〜広角レンズ編はこちら)
比較的オーソドックスな焦点距離ばかりなので、愛用されている方も多いと思うが、今回は使用カメラをキヤノンEOS 5D Mark IIIに替え、2009年からリリースされているZEシリーズ(キヤノンEFマウント互換)を使用することにした。EOS 5D Mark IIIの画素数は約2,230万画素。前回のニコンD800の3,630万画素には及ばないが、必要十分の高精細画質を得ることができるのは言うまでもなく、その評価は定着している。
フォーカシングはMF(マニュアルフォーカス)になるが、CPUを内蔵しておりマウント基部には電子接点があるから露出モードはすべて使用可能、フォーカスエイドも利用できる。Exifには、撮影レンズの焦点距離が記載される。
EOSシステムは言うまでもなくAFを前提として用意されたシステムだ。TS-Eレンズなど特殊なものを除けば、純正レンズはすべてAFである。EOS 5D Mark IIIのファインダーはこれに合わせて明るい。私の加齢による目の衰えもあるけれどピントの頂点の見極めがたいへん難しい。とくに大口径の広角レンズで絞り開放値近辺で撮影する場合にはリスクが大きくなる。また背景のボケは実際の画像と比較するとファインダー上では小さくみえる。したがって今回も光学ファインダーを主に使用しているものの、撮影条件に応じてライブビューを使いフォーカシングを行なっている。
これも前回と同様、撮影時の設定はRAWだが、画像の調整は整合をつけるためのレベル補正と、ホワイトバランス補正のみの最低限にとどめJPEG出力している。
なお、これは余談だが、EOS 5D Mark IIIはフォーカシングスクリーンの交換ができない。下位機種の35mmフルサイズ機EOS 6DでF2.8より明るい交換レンズを使用する場合、ピントのヤマが見極めやすくなる専用のフォーカシングスクリーン「Eg-S」が用意されている。大口径のツァイスレンズは、こちらのほうが光学ファインダーでのフォーカシングの合焦の精度は向上するはずである。これからカール ツァイスレンズの使用を前提として考えている人はEOS 6Dを選択するという手もあるだろう。
Distagon(ディスタゴン)T* 1,4/35 ZE
F1.4の明るさをもつツァイス一眼レフ交換レンズシリーズの中でも広角レンズを代表する存在となっている。レンズ構成は9群11枚、非球面レンズ1枚を使用している。
開放時の合焦点のシャープさは見事で、線にまとわりつくようなハロの発生は認められず完全な実用性能を誇る。フレアをほとんど感じないしコントラストも優秀である。
さらに特筆すべきなのはボケ味が自然でクセがないこと。見た目では50mmクラスのレンズのボケの大きさとさほど変わりがないようにみえる。ヤシカコンタックス時代にも同スペックレンズはあったが、こちらは条件によって二線ボケになって、あれあれと思うことがあるが、本レンズとは性格のまったく異なる描写をする。
EOS 5D Mark IIIでは、周辺域に被写体があると光学ファインダーでのフォーカシングが厳しくなる。開放絞りの完全な性能を引き出すにはライブビューによるフォーカシングが必須になるだろう。
Distagon(ディスタゴン)T* 2/35 ZE
球面レンズのみで構成されたオーソドックスなスペックの35mmレンズである。不思議なことにヤシカコンタックスマウントでは同スペックレンズは用意されていなかったので独自の存在感をみせている。レンズ構成は7群9枚と贅沢なものだ。
開放からコントラストの高いレンズのため、描写に力強さがあるのが特徴といえる。開放時には周辺に若干の光量低下が認められるが、品よく焼き込みを行なった感じで、これも好印象である。主要被写体を浮き上がらせる効果として使うことができるだろう。
絞り込むと合焦点はさらに繊細さが増し、画面全体の画質の均質性も向上する。絞りによる描写特性は若干変化する設計のようだ。ボケ味にもとくにクセは認めらないので、スナップショットからポートレートまで万能レンズとして使用することができる。
明るさが適宜なためか、EOS 5D Mark IIIでの光学ファインダーのピント合わせもとくに問題は感じなかった。
Planar(プラナー)T* 1,4/50 ZE
ツァイスを代表する標準レンズである。ヤシカコンタックス時代と基本設計は同様のようだが、性能面では明らかに向上している。
驚くのは開放時のコントラストの高さだ。このため開放絞りからの完全な実用性能を誇る。国産の同スペックのレンズと比較すると、明らかにコントラストは高くみえる。
合焦点の線はF1.4のレンズとは思えないほど細いのが特徴のひとつ。この時にはわずかなハロが認められるが、ポートレートにはよい味つけとなるだろう。
一段絞り込んだだけでさらにシャープネスは向上、2段絞り込むと全画面の均質性が高くなり、もう描写性能は飽和したのではないかと思わせるほどの完璧な描写をみせる。
風景などにも最適なレンズである。50mm標準レンズの王道的な存在であるといってもおかしくはない。ズーム時代のいまだからこそ、50mm標準レンズは見直され、かつ交換レンズのひとつとして再び注目を集めているのである。
Makro-Planar(マクロプラナー)T* 2/50 ZE
焦点距離50mm近辺のマクロレンズの開放F値はおおむねF2.8-3.5くらいのものが多いが、本レンズはマクロながら開放F値を2としており、いわば大口径マクロレンズともいえる存在である。マクロレンズは数値的な描写性能が重視され、球面収差の増大や近接撮影時の性能を確保しようという考えだろうが、あえてF値を抑え気味にしているのだと思う。
本レンズの最大撮影倍率は1/2倍となっている。描写性能はマクロだけあって素晴らしいもの。開放絞りも安心して使える。どちらかといえば線の強いピシッとした線の再現で、後で紹介するMakro-Planar T* 2/100 ZEとも少し異なる。ディストーションの補正も見事で建築物撮影にも向いていると思う。またマクロ領域や至近距離ではなくても緻密な再現を求めたい風景写真にも向いている。
ピントの立ち方はEOS 5D Mark IIIの明るい光学ファインダーでも認識できるほどで、これだけでも性能の高さを実感することができるはずだ。
絞りは光量調整と被写界深度コントロールのためだけに存在しているといっても過言ではない。Planar T* 1.4/50 ZEとはまた異なる描写特性であり、万能標準レンズとして使えると思う。
Planar T* 1,4/85 ZE
このレンズがあるためツァイスを選ぶという人も多い。それだけ歴史あるもので、一眼レフ用交換レンズの85mm F1.4レンズとして代表格ともなるものだ。
基本設計はヤシカコンタックスマウントのものと大きな差異はないようだが、開放時の描写特性は少し異なる。フレア、ハロの発生は多少認められるものの、明らかにその量はヤシカコンタックスマウントのレンズよりも少なく実用的である。軟らかい描写と大きなボケ味を望む人にはたまらないレンズであろう。
ただし、至近距離撮影での被写界深度は極端に浅く、紙のような深度である。被写体やカメラのわずかな動きでもフォーカスはすぐに外れてしまうので細心の注意が必要だ。
少し絞り込んだだけでハロやフレアは極端に減少する。明確になる芯のあるピントと軟らかな調子の二面性を楽しむことができる。同スペックレンズの中には他にさらにシャープで数値性能が高いものがあると思うが、プラナーはこの独自のクラシックな味わいを楽しむレンズであり、極端な高性能化を意図的に避けた印象を受ける。
Makro-Planar(マクロプラナー)T* 2/100 ZE
開放絞りの画像を思わず見入ってしまうほどの超高性能中望遠マクロレンズだ。最大撮影倍率は1/2倍。開放F値はマクロレンズながらF2と大口径。とにかく高性能で、スペックは違うけど、Planar T* 1,4/85とまるで性格が異なる描写だ。おそらくPlanar 85mmでは意図的に残存収差を生かす方向の光学設計を行ない、本レンズでは逆にツァイスの最新技術の実力を天下に誇示し収差を除去するという考え方なのではないか。
特筆したいのはマクロレンズなのに、シャープネスとボケ味の良さを両立させていることで、さらにマクロレンズによくある“硬い”というイメージを微塵も感じさせないことだ。シャープネスを求めるポートレート写真が好きな人にはPlanar 85mmよりもこちらをおすすめしたいと思う。
少し絞り込むとコントラストも少し変化するようだが、絞りによる描写性能の変化を感じることはほとんどない。まさに現代の名玉であろう。
結論
2回にわたってカール ツァイスの一眼レフ交換レンズの特性をみてきたが、いずれも好印象のレンズばかりである。メーカー純正レンズではないから、カメラ内の画像処理による収差補正の手助けは望むべくもなく、レンズの素の特性がそのまま出てくる印象を受けるが、さすがのツァイスは高画素のデジタル一眼レフでも十分に描写性能を楽しむことができる。
MFでのピント合わせは、時間のない撮影には慣れないと厳しいこともあるが、フォーカスの頂点位置を自分で見極めるのだ、という意識を持って使うことは、撮影者のモチベーションを必ず上げるはずである。
ツァイスがMFにこだわり続けるのは、なによりも“AFのため”に光学設計を変えたくないからという話をエンジニアから直接聞いたことがあるが、たしかに特定のシステムの専用レンズならともかく、数種類のマウントを用意せねばならないのだからうなづける話でもある。頑固なこだわりもいかにもツァイスらしい。
もっとも高画素化によって、最新のAF一眼レフの位相差AFの精度もかなり厳しさを増していて、広角大口径レンズを開放絞りで使用する場合など、条件によってはAF撮影であっても思いのとおりにならないこともある。あくまでもレンズ性能本位で考える撮影や、完全なフォーカスポイントを得たい場合は純正AFレンズでもコントラストAFやMF+ライブビューを使うことがあるくらいだ。MFだからといって不利になるとは一概には言えないものだ。
記憶によれば、ヤシカコンタックス時代のツァイスのキャッチフレーズは「確かに違う。世界のカール ツァイス」というものだったけど、これは今でも通用するキャッチであると強く感じた次第だ。
モデル:横山可奈子(PKP)
(協力:株式会社コシナ)