特別企画

35mmフルサイズで探る「カール ツァイスレンズ」の実力

第1回:超広角〜広角レンズ編(ニコンD800)

D700とカール ツァイス/フォクレンダーレンズを試す」というタイトルでツァイス一眼レフ用交換レンズのレビューを本誌で行なったのは2008年のこと。

 この5年の間にツァイスレンズの種類は拡充され、2013年3月末時点で35mmフルサイズ用一眼レフ交換レンズは15mmから100mmまで計12本を用意。さらに今後新製品も登場する予定がある。マウントはZF(ニコンF Ai-S)、ZF.2(CPU内蔵Ai-S)、ZE(キヤノンEF)、ZS(M42)に増えた(Kマウントも一時存在したがいまは製造中止。焦点距離によっては用意のないマウントもある)。また、一眼レフ用のレンズよりも先に登場したライカMマウント互換のZM交換レンズシリーズも変わらぬ人気がある。

 今回から数回に分け、現行の主要なカール ツァイス交換レンズを最新の高画素のデジタルカメラを使用し、描写性能をもういちど検証してみることにした。

カール ツァイスとコシナの関係

 あらためて説明する必要もないだろうが、カール ツァイスは1846年に誕生したドイツの老舗光学メーカーである。1889年にカール ツァイス財団となり、傘下にいくつもの光学メーカーが存在する特異な形態を今も続けている。1974年には日本のカメラメーカー、ヤシカと提携。カール ツァイスのブランドであるコンタックス一眼レフとYC(ヤシカコンタックス)マウントの各種交換レンズの発売が開始され、大きな話題となった。ところがヤシカは経営難となり1983年に京セラに吸収合併される。京セラの事業となったことでコンタックスブランドは盤石の体勢となったかにみえたが、京セラは2005年にカメラ事業を大幅に縮小、2007年にはカメラ事業から完全撤退、ツァイスの写真用のカメラとレンズは宙に浮いたかのようにみえた。

 ところがツァイスに新しいパートナーが現れた。コシナだ。ツァイスと同社の提携発表は2004年のこと。コシナはカメラ、レンズ、液晶プロジェクター用のデバイスなどのOEMで名を馳せる長野県の光学メーカーだが、1999年ドイツの光学メーカー「フォクトレンダー」ブランドのカメラとレンズを自社で開発、販売するに至り、今やとくにライカ互換マウントのカメラ、レンズにおいて世界でも認められた存在となったのは周知のとおり。カール ツァイスとの協業で最初に登場したのは、ツァイス イコンカメラとライカマウントのツァイスのZMレンズで、後に一眼レフ用のツァイス交換レンズ製造を手がけるに至る。これまでの高精度光学精密デバイスの技術力を生かしツァイスの誇るT*コーティングにも対応しているのは凄い。コシナはその光学性能の優秀さのみならず、デザインや外装の作り込みなど、大手メーカーには真似できない趣味性の高い製品を作ることができる会社である。多品種少量生産の技術的基盤があるからこそカール ツァイスとの協業は大きな成功を収めたのであろう。

 さて、初回は15mmから28mmまでの6本のツァイスZF.2レンズをとりあげる。使用ボディはニコンD800。ZF.2はすべてMFレンズだが、金属外装の凝った仕上げ、フォーカスリングの滑らかなロータリーフィーリングが楽しめるのが特徴だ。レンズ内にはCPUを内蔵し、電子接点が設けられている。以前のZFマウントのようにボディ側にレンズ情報を入力しなくても使用することができ、測光、フォーカスエイドもそのまま使用できる。そして、このZF.2レンズで忘れてはならないのは、レンズに絞りリングが残されていることだ。純正のニッコールレンズは絞りリングを省略したGタイプ化がすすみ、旧ニコンカメラボディとの互換性が失われつつあるが、このZF.2なら初代ニコンFから最新のD4まで基本的にFマウントボディなら制約がなく使用することができる。

 言わずもがな、ニコンD800の画素数は問答無用の3,630万画素。前回使用したD700は1,210万画素だったから、約3倍の画素数となったわけで、より緻密な描写をすることから、識者の間ではたとえ純正のニッコールレンズであっても使用するレンズを選ぶとまで言われている。

 はたしてカール ツァイスレンズはD800の性能をフルに引き出すことができるのか。これが今回の最大のテーマである。作例写真は、開放絞りと1〜2段ほど絞り込んだ2パターンを撮影している。撮影条件に合わせて若干のレベル補正とホワイトバランスをマニュアルで設定しているが、基本的にRAWからそのままJPEG変換したのみである。

Distagon(ディスタゴン)T* 2,8/15 ZF.2

Distagon T* 2,8/15 ZF.2

 現在ラインアップされているカール ツァイス一眼レフ用交換レンズ12本の中で最新のもので、3月10日に発売された。

 内蔵された花形のレンズフードが大迫力で、大きなレンズだ。フィルター径は95mm。ところが重量は730g (ZF.2)と意外に軽くD800とのバランスもよい。12群15枚構成で2枚の非球面レンズ、異常分散、高屈折率ガラスを採用。フローティング(近距離収差補正)機構を採用。

 絞り開放の画面中央部のシャープネスは見事。超広角レンズにありがちな四隅が引っ張られるような違和感がない。ボケ味を語るレンズではないが絞り羽根が9枚あり、近接撮影で絞りを開けばボケ効果も楽しめる。周辺減光もこのクラスのレンズとしては軽微。また、ハイライト部分の色滲みが抑えられていることも特徴だ。歪曲収差はわずかなタル型だが、室内や建築物撮影に活かせるレベル。少し絞り込むと画面全体の画質の均質性は増す。被写界深度が深いためファインダーではパンフォーカスにみえるが、とくに開放絞りでレンズ性能を最大限に引き出したい場合は、ライブビューでの拡大ピント合わせを活用し、厳密なピント合わせを行ないたい。

絞り開放、被写体までの撮影距離は30cm程度。合焦点はシャープな描写をみせる。思い切った日の丸構図にしてみたが、パースペクティブを抑制できる。コントラストも十分高く実用性が高い。背景の光源の形もよく素直なボケ味。F2.8 / 1/50秒 / ISO100
手持ち撮影だが、強いパースペクティブを抑制するためにカメラ位置に気を遣った。わずかにタル型の歪曲収差は認められるが、各種の収差補正が行き届いているためか素直な描写になった。F5.6 / 1/50秒 / ISO400

Distagon(ディスタゴン)T* 3,5/18 ZF.2

Distagon T* 3,5/18 ZF.2

 18mm F4という焦点距離の超広角レンズはカール ツァイスでは長い歴史をもった定番レンズだった。このレンズは最新設計で構成は11群13枚。開放F値も0.5段ほど明るくなり、フローティング機構も内蔵されている。第一面レンズの大きさにびっくりするが、重量は460gほどで、撮影時には大きさや重量は気にならない。

 絞り開放から実用性能を誇る。線が力強くシャープで、凄みすら感じさせるのはこのレンズの大きな描写的特徴だろう。コントラストも高い。また、周辺まで均質化のとれた画像は超広角であることを忘れさせるほどである。歪曲収差の補正もよく建築物撮影でも違和感はない。絞り込むと少し線が細くなる感じだが、基本的に描写性能を向上させるための絞り込みは必要ないと結論づけてよいと思う。特に大口径ではないが、近接撮影時のボケも素直。各種収差が整っているためか、カメラを水平、垂直レベルに構えると超広角らしさを消すこともできる。

ローアングルからカメラを構えて、レンズを覗き込むようにしてもらった。超広角らしい特有の写真になった。合焦点は見事なシャープネス。前に垂れ下がった髪の毛のボケをみると意外に自然である。周辺域も申し分ない。F3.5 / 1/200秒 / ISO400
カメラを水平に構えてパースペクティブを抑制。合焦点のシャープネスはさらに向上。印象的な雰囲気の写真になった。カメラアングルで自在な使いこなしが可能なレンズである。F5.6 / 1/125秒 / ISO400

Distagon(ディスタゴン)T* 2,8/21 ZF.2

Distagon T* 2,8/21 ZF.2

 これはまぎれもない名玉である。ファインダーを覗いて像の立ち上がりを見ただけでそう感じさせるレンズは多くはない。レンズ構成は13群16枚構成と贅沢なもの。異常低分散ガラスを使用している。最短撮影距離は0.22mと短く、しかもフローティング機構も内蔵しているため安心である。

 冒頭の感想のとおり、開放からの合焦点の線の細い描写は感激ものである。開放F値が明るいことと、フレアを感じさせない像のため、光学ファインダーでのピント合わせも問題を感じない。画面周辺部でもピント合わせをしやすいのはいい。絞り込みによる画質向上は大きくないが、さらに繊細な描写になることは間違いない。ボケ味は素直。超広角レンズだが、どういうわけか深度が浅く感じられるのは不思議で、ポートレート撮影にも適する。先のDistagon T* 3,5/18 ZF.2が男性的なら、本レンズは女性的な描写をする。

たいへん素直なレンズで開放でもすばらしい描写である。合焦点の繊細な描写は同クラスのレンズの中ではトップクラスだと思う。明暗差が大きいが階調の繋がりもいい。F2.8 / 1/500秒 / ISO400
少し絞り込むとさらに均質性が高くなる。緻密な風景写真にも向いているレンズである。歪曲収差は周辺域で糸巻き型に戻すタイプだろうか。素直である。F4 / 1/500秒 / ISO400

Distagon(ディスタゴン)T* 2/25 ZF.2

Distagon T* 2/25 ZF.2

 カール ツァイスレンズ群の中では新しいスペックのレンズであるが、24mmではなく25mmという焦点距離がいかにもツァイス独自のものと感じさせる。レンズ構成は10群11枚構成。最短撮影距離は0.25m。フローティング機構を採用している。

 絞り開放時には、少し軟らかみを感じさせる優しめの描写で、ポートレートにも最適である。近距離ではボケ効果も十分に楽しむことができるが、このボケが広角らしからぬというか素直さで、まるで標準レンズのボケ描写を見ているかのようである。開放絞り時の周辺光量低下は軽く焼き込んだという程度で中央付近にある被写体を際立たせることができるはずだ。

 少し絞り込むと、描写性能はさらに向上、コントラストもいちだんと高くなる。レンズの明るさからみて、万能性の高いレンズで、被写体を選ばず使うことができる使いやすい広角レンズである。

開放絞りは全体に軟らかさを感じる描写だ。ボケ味が素直なことも特筆すべき点。画面周囲に被写体を配置する場合は慎重にピント合わせを行ないたい。F2 / 1/400秒 / ISO400
屋外はあいにくの雨で撮影条件がいまひとつだけど、光の乏しい中でも階調を繋ぐのがツァイスの特性のひとつであろう。画面四隅にも流れは見られない。F4 / 1/250秒 / ISO400

Distagon(ディスタゴン)T* 2,8/25 ZF.2

Distagon T* 2,8/25 ZF.2

 ツァイスの中では歴史のあるスペックのレンズである。レンズ構成は8群10枚。最短撮影距離は0.17mと短く、いわゆる広角マクロ的な撮影も可能にしている。

 描写特性としてはDistagon T* 3,5/18 ZF.2と似ている印象をうける。線の描写はやや太めで強い描写である。このためモノクロにも適しているだろう。

 開放での性能もコントラストが高く十分な実用性能を誇る。フローティング機構は内蔵されていないため、理論的には近距離ではとくに周辺域に描写性能が低下するはずだが、本レンズではそうした印象はもたない。ボケ味はやや個性的な印象を受ける。周辺光量は開放時に少し低下が認められるが、主題を引き立たせるのに役立つ。

 絞り込むと画質の均質性がとれてゆき、全体のシャープネスも向上する。全体の印象からすれば、少しクラシックな描写だが、逆にこれが本レンズの独自の存在感をみせている。

背面の壁のボケにはややクセを感じるがこれも個性だろう。合焦点は力強いピント。コントラストの高さも魅力である。男性ポートレートにもいいかもしれない。F2.8 / 1/160秒 / ISO400
路地裏にて、どことなくクラシックな描写をするのが本レンズの持ち味だろうか。歪曲収差もよく補正されていて、自然な描写。撮影距離が1m程度なので背景もそれなりにボケる。F4 / 1/250秒 / ISO400

Distagon(ディスタゴン)T* 2/28 ZF.2

Distagon T* 2/28 ZF.2

 ビギナーの方におすすめのツァイス広角レンズ一本を選べと言われたら、私は迷わず本レンズを推薦するだろう。

 とてもバランスのとれた高性能の広角レンズだからだ。構成は8群10枚。最短撮影距離0.24m。フローティング機構を採用している。歪曲収差の補正も十分で、建築物撮影にもおすすめである。カメラを水平レベルに構えると、広角臭さを抑制することができる。

 絞り開放時の描写は少し軟らかく、品格があり、オトナのレンズという印象をうける。実用性能としても十分なシャープネスである。近距離撮影で絞りを開放にすると、かなり被写界深度は浅くなり、主題を浮き上がらせることが可能になる。ボケ味がたいへん美しいことも特徴のひとつであろう。絞り込むと画質の均質性は増し、安定した描写特性をみせるが、本レンズの特性を考えるとあまり絞り込んで使いたくないレンズでもある。

絞り開放で撮影すると中判フィルムカメラで撮影したような写真になる。きめ細やかな描写をするレンズで、くわえて軟らかみも感じる。背景のボケの素直さ、歪曲収差もよく補正されている。F2 / 1/160秒 / ISO400
雨天なのでトップからの光のみが頼りだが、シャドー部までの階調の繋がりの良さを感じる。風景からポートレート、ドキュメントまで幅広く使えるレンズであり、モチーフを選ばないレンズである。F4 / 1/500秒 / ISO400

結論

 開放絞りから実用性能を発揮するのがカール ツァイスであると長年言われてきたが、今回はそれを十分に証明することができたように思うし、ニコンD800の3,630万画素という高画素にも問題なく対応する。高画素機とツァイスの光学性能のマッチングによって、新しい世界を演出できる可能性がある。

 MFでのフォーカシングは慣れないと一見、不便そうにみえるが、撮影していて楽しい。しかし、超広角レンズであってもF2〜2.8級の大口径レンズでは私たちが想像する以上に浅い被写界深度になる。D800のような高画素機になるとわずかなピンぼけやブレも気になるものだ。また、近距離ではさほど問題はないが、2〜3mの撮影距離ではピントを外しやすくなる。D800内蔵のフォーカスエイドももちろん使用することができるが、合焦位置に若干の幅があるので完全な精度は見込めない。マット面を使ってのピント合わせには練習をして慣れておこう。今回は条件に応じてライブビューを使い画像を拡大してピント合わせを行なっているが、こうすれば厳密なフォーカシングが可能になる。条件が許せば大いに使用したい撮影方法だ。

 次回は35mmから100mmまでのカール ツァイスレンズ群をキヤノンEOS 5D Mark IIIとの組み合わせでレビューする予定だ。

モデル:横山可奈子(PKP)

(協力:株式会社コシナ)

赤城耕一

写真家。東京生まれ。エディトリアル、広告撮影では人物撮影がメイン。プライベートでは東京の路地裏を探検撮影中。カメラ雑誌各誌にて、最新デジタルカメラから戦前のライカまでを論評。ハウツー記事も執筆。著書に「定番カメラの名品レンズ」(小学館)、「レンズ至上主義!」(平凡社)など。最新刊は「ズームレンズは捨てなさい!」(玄光社)。