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天体撮影の始め方:初心者が知っておきたい機材と技術

「鏡筒」とは? 「架台」とは? 専用機材について聞いてみた

アンドロメダ座のエッジオン銀河「NGC891」(撮影:k.watanabe/株式会社サイトロンジャパン)

星空の撮影は、星雲や星々を被写体とする「天体写真」と、地上の風景を組み合わせた「星景写真」に分けられる。

昨今の撮影機材の高性能化によって、キレイな星景写真が多く見られるようになったが、専門的な知識に加え、ある程度専用の機材が必要な天体写真は、いまだ手軽とはいえない。

ということで、天体望遠鏡など関連製品を扱う株式会社サイロトンジャパンに伺い、天体写真について初心者目線で質問してみた。

株式会社サイロトンジャパン 渡邉耕平氏(以下、渡邉)

天体写真とはどんなもの?

天体写真には様々な種類があります。オリオン大星雲やバラ星雲、アンドロメダ銀河などの大きな天体から、馬頭星雲のような特徴的な形状を持つ天体まで、撮影対象は多岐にわたります。

馬頭星雲(撮影:k.watanabe/株式会社サイトロンジャパン)

重要なのは、天体写真では宇宙は単に真っ黒な空間ではないということです。星雲と呼ばれていない領域にも、実は星間分子雲といったガスの濃淡が存在します。長時間露光と専用機材を使うことで、そういった肉眼では見えない宇宙の姿を捉えることができるのです。

天体写真を撮るには長時間露光と複数枚の画像合成を必要となります。30秒から数分程度のシャッタースピードで何十枚も撮影し、それらを合成処理するのが一般的です。これにより、肉眼では捉えられない淡い天体や詳細な色彩を記録することができます。

しかし、地球の自転に伴って星は動いて見えますので、撮影する間は星を追い続けなければならない。撮影自体はシビアになりますね。

天体撮影を始めるには?

作品としてきれいな天体写真を撮るためには、数時間の正確な追尾が必要です。通常は1枚あたり3分や5分の露出時間で複数枚撮影し、合計で数時間分のデータを取得します。このため、架台の精度が非常に重要となります。

天体撮影を始めるならば、以下の流れがおすすめです。

  1. まずは架台を購入し、手持ちの望遠レンズで撮影を試みる
  2. より高画質を求めるようになったら、天体撮影用途に設計された天体望遠鏡(鏡筒)の導入を検討する
  3. 経験を積んだ後、より長い焦点距離の機材にステップアップする

この順序で進めれば、初期投資を抑えつつ、段階的に天体撮影の技術と機材を向上させることができるでしょう。

天体撮影に必要なもの:カメラ用超望遠レンズでも代用できる?

天体撮影に必要な機材は、主に「架台」と「鏡筒」(または望遠レンズ)です。

カメラ用の望遠レンズでも天体撮影は可能です。実際、安価に天体撮影を始めたいなら、すでに持っている望遠レンズと新たに購入する「架台」だけで始められます。

天の川の中心部
EOS RP/SIGMA 105mm F1.4 DG HSM | Art(撮影:k.watanabe/株式会社サイトロンジャパン)

ただし、カメラ用レンズには注意点もあります。一般的なカメラレンズはオートフォーカスユニットや手ぶれ補正ユニットなど、天体撮影には不要な機能も多く高価です。重量も増えるため、三脚座つきのレンズでも、その三脚座自体のグラつきが天体撮影では大きく影響します。そのため、ちゃんと追尾できていても、星がきれいな点ではなく線になってしまったり、ブレてしまったりすることがあります。

まずは手持ちのカメラ用レンズで撮影してみて、「描写が甘い」「もっときれいに撮りたい」といった欲求が出てきたら、専用の鏡筒を検討するというステップアップも良いでしょう。

架台:天体撮影の要となる追尾装置

シュミット(サイトロンジャパンのショールーム)には多くの架台が並ぶ

地球の自転に沿って星は動くため、自転に併せて追従する「架台」(望遠鏡と三脚の間に挟むユニット)が必要となります。長時間シャッターを開けることが多い天体撮影では、正確な追尾が重要です。通常のカメラ三脚と雲台だけでは対応が難しいでしょう。

「自動導入」や「オートガイド」など、長時間の撮影に便利な機能が使用できるので、コンピューターやスマートフォンでの制御に対応した自動導入の架台をオススメします。

架台には主に次の2種類があります

  • 赤道儀:地球の回転軸と同期して弧を描くように動く
  • 経緯台:上下・水平の動きで鏡筒を動かす
【経緯台】AZ-GTiX

赤道儀は構造上正確な追尾をおこないやすいですが、「極軸合わせ」と呼ばれる、地球の回転軸と赤道儀の回転軸をあわせる作業が必要です。構造も複雑で高価なモデルが多いです。経緯台は上下左右の軸が直感的に動き、構造もシンプルで安価なモデルが多いですが、長時間の追尾はあまり得意ではないため、天体写真にはあまり向いていません。

小型の架台は小さい望遠鏡やカメラレンズの搭載に適しており、持ち運びも簡単です。一方で大型の架台は安定性が高く、より大きい望遠鏡を搭載できますが、大きく重く高価です。

まずは小型の架台+カメラレンズという組み合わせがおすすめです。

初心者におすすめなのは、赤道儀の「Star Adventurer GTiマウント」です。自動導入機能を備えつつ、8万円前後と比較的安価です。三脚を含めても9万円前後で購入できます。

【赤道儀】Star Adventurer GTiマウント三脚セット

鏡筒:天体を捉える光学装置

【鏡筒】レンズの役割を果たす

「鏡筒」は一般的なカメラシステムでいうレンズの役割を果たし、天体からの光を集めて像を結ぶ重要な装置です。

初心者には焦点距離が短めの鏡筒がおすすめです。その理由は、焦点距離が長くなるほど、架台の追尾精度への要求が厳しくなるからです。

例えば、焦点距離が1,000mmを超えるような長焦点の鏡筒では、星を点像として撮影するために必要な追尾精度は1秒角(3,600分の1度)以下という非常に高い精度が要求されます。この精度を1時間以上維持するには、高価な機材と適切な設定・調整技術が必要になり、初心者にとっては大きな障壁となります。

比較的短い焦点距離(200〜500mm程度)の鏡筒であれば、多少の追尾誤差があっても許容範囲内に収まるため、撮影の成功率が高くなります。技術と経験を積みながら、徐々に長焦点の鏡筒にステップアップしていくのが理想的なアプローチです。

焦点距離の選び方

一般的な天体写真は、35mmフルサイズカメラで400〜600mm程度の焦点距離で撮影されることが多いです。ただし、これは天体撮影の経験を積んだ中級者向けの考え方です。

初めて天体写真に取り組む場合は、35mmフルサイズカメラで200〜300mm程度の焦点距離がおすすめです。フォーサーズなら2倍、APS-Cなら約1.5倍・1.6倍の焦点距離になるので、それを考慮して選びましょう。

カメラの解像度にもよりますが、焦点距離200mm程度の鏡筒でも、後加工でトリミングすれば、実質600mmで撮影したような天体写真が作れます。例えば、小型の鏡筒で焦点距離180mmの「FMA180 Pro」や、焦点距離135mmの「FMA135」などは、オリオン大星雲やバラ星雲、アンドロメダ銀河などの撮影に対応できます。

上が「FMA180 Pro」、下が「FMA135」

もちろん被写体を大きく写すことは難しいですが、高解像度カメラ(例:「α7R V」約6,100万画素)でトリミングを前提とすれば、十分対応できます。

機材購入の優先順位としては、まず焦点距離、次に鏡筒の口径です。カメラ用レンズでいえば、F値と焦点距離が重要になります。

鏡筒選びのポイント

星雲全体を撮影する場合、写真全体で星が点として写ること、そして画面中央と周辺部で星の大きさに違いがないことが重要です。

入門用の安価な鏡筒では、色収差が目立つことがあります。EDレンズを使用していない鏡筒や、レンズ枚数が少ない鏡筒では、不要な色収差が残ってしまったり、センサー周辺の星の形が崩れてしまったりします。天体写真の鏡筒を選ぶ際は、天体写真に対応した高性能な光学系を搭載したものを選ぶとよいでしょう。

カメラユーザー向けという意味では、「SQA55 鏡筒」(2024年9月発売)が注目に値します。カメラ用レンズに近い感覚で使えながら、光学性能は本格的な鏡筒レベルです。2024年発売のモデルですが、ほかのすべての鏡筒の中でもトップクラスの性能を持っています。

SQA55 鏡筒(ニコンZ9への装着例)
SQA55で撮影した網状星雲(撮影:k.watanabe/株式会社サイトロンジャパン)

鏡筒とカメラ用レンズの中間的な製品で、外観や操作性はカメラ用レンズに近いものになっています。焦点距離264mm、F4.8の望遠レンズとして考えると普通かもしれませんが、この鏡筒の性能をフルに発揮できるカメラは存在しないと言えるほどの高性能です。価格も16万円強で、カメラ用レンズとしても比較的手頃です。

また、光学設計が無限遠に特化していることで、極めてシャープで高解像度の画像が得られます。多少ピントがずれて星が大きく写ってしまっても、シャープに感じられるでしょう。

従来の天体望遠鏡では、ピント調整に「フォーカサー」と呼ばれるノブを回転させる機構を使用するのが一般的ですが、「SQA55 鏡筒」ではカメラレンズのように「ヘリコイド」方式を採用しています。これにより、カメラユーザーは望遠レンズを操作する感覚で直感的にピント調整ができます。

カメラ接続用アダプターの選び方

鏡筒は光学機器業界の中でもニッチな分野であるため、カメラ用レンズのように各カメラメーカー(キヤノン、ニコン、ソニー、富士フイルムなど)向けのマウントごとのバリエーションをすべて用意するのは難しいのが現状です。

しかし、アストログラフなど撮影向けとされる鏡筒の多くには、例えば「Askar M54カメラアダプター ML」のように、キヤノンRF、ソニーE、ニコンZ用など各種ミラーレスカメラ向けのマウントアダプターが用意されています。基本的には、こうした製品を選ぶことで、調整なしでカメラを使用できるようになります。

調整が必要になるのは、撮影向けとなっていない安価な鏡筒・天体望遠鏡を使う場合です。初心者向けの製品は、「収差を極限まで補正する」「カメラ撮影時に最高性能が出るよう調整する」といった設計ではなく、肉眼での観察が主な用途となっています。

望遠鏡の対物レンズは凸レンズで出来ているので、そのレンズで結ばれる焦点の像も中心部と周辺部では像のできる位置がずれる現象が起こります(像面湾曲)。カメラのセンサーは平坦な板状なので、湾曲した像を平坦化する補正レンズ(フラットナー)が必要です。

安価な鏡筒・天体望遠鏡には、こうした補正レンズは含まれていません。また、撮影向けに設計されていないため、バックフォーカスが適切に設定されていないことがほとんどです。そのため、初心者向けの安価な鏡筒・天体望遠鏡にマウントアダプターを取り付けても、ピントが合う保証はありません。写真撮影を考えるなら、初めから撮影用途で使える鏡筒を選ぶのが安心です。

飯塚直

パソコン誌&カメラ誌を中心に編集者として活動後、2008年からフリーに転向したフリーランスエディター。商業の大判プリンターから家庭用のインクジェット複合機、スキャナー、デジタルカメラなどのイメージング機器が得意。現在、1児の父。子供を撮影する望遠レンズと、高倍率コンパクトデジタルカメラの可能性を探っている。