ライカM9【第1回】

うるさいM型ユーザー納得の使い心地

Reported by藤井智弘


 ライカファンほど保守的で、フィーリングにこだわる人たちはいないのではないか。そんなことを思ったことがある。1971年に初めて露出計を内蔵させたM5を発売した時、それまでのM3、M2、M4のデザインから大きく外れ、ボディも大型化したことに批判が集中。ライツ社はM5を諦め、再びM4を製造したことがあった。

 またカナダライツ製のM4-2、M4-Pは「作りが悪い」、「カナダ製なんて」と、評判は良くない。ドイツ製に戻り、トラディショナルなM型のデザインで露出計を入れたM6も、「シャッター音の静かさはM3に遠く及ばない」、「巻き上げが滑らかではない」、「距離計が見づらい」、「トップカバーに筆記体の『Leica』のロゴがなく、のっぺりしてカッコ悪い」などの声が聞かれた。しまいには「M6はライカと呼べるのか?」とまで言われたほど。ただ実用に優れたM6は、徐々に受け入れられ、結局は後継機のM6TTLも含めてM型ライカのベストセラーになった。

 その後は、電子制御になったM7や機械式を継承するMPに対しては大きな批判の声はなく、現在に至っている(M7やMPが発売された時は、90年代後半のライカブームがほぼ終わっていたからかもしれない)。それでもデジタルのM8にM8.2も加わったのは、シャッター音が大きいことやシボ革の感触などに不満を持つ人が多かったからだろう(M8もM8.2に近づける改造も可能)。ライカファンは今も保守的で、フィーリングにこだわる姿がうかがえる。

 なお私もライカが好きでよく使うが、M8やM8.2は買わなかった。やはりAPS-H相当の撮像素子が気になった。またM8が最初に登場した時、触った感触が好みではなかったのもある。自分では意識していないが、私もライカに対しては保守的なのかもしれない。そのせいか、ライカ判になったM9にはすぐ飛びついてしまった。ではM9の使い勝手はどうだろうか。

M3やM4ではセルフタイマーが、M6、M7、MPでは電池室がある正面向かって左だが、M9はレンズロック解除ボタンがあるだけ。当然ながら巻き戻しレバーもない。フィルムのM型よりシンプルだ。また向かって右上にM8にはなかった段差ができて、デザインのアクセントになった。フィルムのM型を踏襲する正面とは異なり、背面はデジタルカメラらしい。とはいえ、ボタン類は多くなく、やはりシンプルだ。EOSのサブ電子ダイヤルを思わせるダイヤルは使いやすい。
デジタルになっても、底ブタは継承された。しかしフィルムのM型とデジタルのM型では、なぜか開閉キーの位置が逆。急いでいる時に違和感を感じたことがある。わざわざ底ブタを受け継がなくても、とも思うのだが、電池交換やメモリーカードの交換などで底ブタを外すと、ライカを使っている実感が沸く。M5の一件以来、M型はデザインの大きな変更はせず、この形を伝統にした。
上がM6、下がM9。M9は厚みがある。また巻き上げレバーがないので、見慣れるまで物足りなさがあった。シャッターダイヤルは大きく、回しやすい。ただM3やM6と回転方向が逆なので、たまに間違える。筆記体のLeicaのロゴがなく、のっぺりしたトップカバーはM9も同じ。不満に思う人もいるだろうが、私は気にしていない。

 手に持った第一印象は「厚い」というものだった。デジタルになってもM型のデザインを見事に継承しているが、ある程度の大型化は仕方がない。M8から巻き上げレバーがなくなったので、軍艦部は寂しいくらいにシンプル。はじめは物足りなさがあったものの、慣れてくると違和感はなくなった。また私はブラックボディを選んだのだが、黒のペイントはとても綺麗だ。シボ革はM3~M4に近く、感触も上々。ただ個人的には、ライカのロゴは赤ではなく、M8.2と同じ黒にしてほしかった。

 ファインダーのブライトフレームは、M6やM7、MPの0.72倍と同じ、35/135mm、50/75mm、28/90mmmの3種類。構造そのものはM7と同じらしいが、ボディが厚くなった分、倍率は0.68倍とやや低い。135mmで絞り解放時はピント精度が落ちるため、ライカカメラ社では2段絞ることを推奨している。それでもM6と同時に使用しても、特別違和感はない。クリアな視認はさすがライカだ。

 シャッター音はM8.2と共通。かなり静かだと思う。シャッター設定の「標準」ではシャッターが切れた後にすぐチャージがされ、「分離チャージ」にするとシャッターを切った後、シャッターボタンから指を離すとチャージ。「静音チャージ」と「分離静音」は、シャッターボタンの半押しがほぼなく、1段押しでシャッターが切れる。M9はシャッターボタン半押しでAEロックがかかるが、静音モードではAEロックができなくなる。私は「分離チャージ」に設定。街のスナップでは、これが最もさり気なく撮影できると判断したからだ。ただ気になったのはストローク。ギシギシした感触でスムーズさに欠けるのが残念。また半押しから全押しまでのタッチがややわかりづらい。この点は使い込んで、感覚をつかむ必要がありそうだ。

フィルムM型はすべて布幕横走りシャッターなので、M9のメタル製縦走りシャッターは新鮮に感じる。中央の羽根はM8と同じく測光用に白くなっている。マウントには6bitコードの読み取りセンサーを持つ。ただし私は、まだ6bitコード付きレンズは所有していないシャッター設定は4種類。静音モードはAEロックができないので、マニュアル露出で使う人向き。私は分離チャージをメインに使用している。静音モードでなくても十分静かだ。シャッターボタンの感触の違いで選ぶといいだろう。

 M9はシンプルなデジタルカメラなので、背面の操作はすぐ慣れた。液晶モニターの視認は決して優れているとはいえないが、私自身は気にしていない。オートレビュー(アフタービュー)は設定せず、時々構図やピント、露出の確認を再生画面でする程度。M3やM6で馴染んだ使い方と同じにするためだ。

左がズミクロン50mm F2を装着したM9。右がズミクロン35mm F2を装着したM6。デジタルになっても、M型ライカはM型ライカだ。M型ライカユーザーは、違和感なく使えるはず。

 今回はM9を持って下町に出かけてスナップしてみた。狭い路地でも、静かなシャッター音のおかげで撮りやすい。レンズはズミクロン50mm F2とズミクロン35mm F2の2本。どちらも1970年代のレンズだ。6bitコード改造はしていないので、マニュアル設定で使用している。

 もともと私は、M9はモノクロ作品用として購入した。RAWで撮影し、LightroomでTIFFに現像。Photoshop CS4で調整し、プラグインソフトのSilver Efex Proでモノクロ化、それをプリントするのが私のワークフローだ。そのため色調再現やAWBの精度などはあまり気にしたことがなかったのだが、今回はじめてカラーを意識した。

 撮影はRAWで記録し、Lightroomでストレート現像。調整はゴミ消しだけ(M9はゴミがとても付きやすい)。WBはすべてオート。屋外で撮影した限りでは、ごく自然な仕上がりだ。人工光源に関しては、いずれ夜のスナップなどで試してみたい。ローパスフィルターなしの1,800万画素は、やはり高精細。被写体の質感再現も良好だ。また1970年代のレンズでも、かなりしっかりした写りなのが好印象だった。

 なにはともあれ、M9はやはりライカらしい使い心地を持っている。撮っていてとても楽しい。画質云々の前に、それだけでも満足感が高い。

  • 作例のサムネイルをクリックすると、RAWデータを現像したリサイズなしの撮影画像を別ウィンドウで表示します。
・ズミクロン35mm F2
M9 / ズミクロン35mm F2 / 約11.8MB / 5,212×3,468 / 1/180秒 / 0EV / ISO160 / WB:オートM9 / ズミクロン35mm F2 / 約7.9MB / 5,212×3,468 / 1/90秒 / -1EV / ISO160 / WB:オート
M9 / ズミクロン35mm F2 / 約9.4MB / 5,212×3,468 / 1/710秒 / +0.3EV / ISO160 / WB:オートM9 / ズミクロン35mm F2 / 約11.9MB / 5,212×3,468 / 1/250秒 / 0EV / ISO160 / WB:オート
M9 / ズミクロン35mm F2 / 約9.9MB / 3,468×5,212 / 1/40秒 / 0EV / ISO160 / WB:オートM9 / ズミクロン35mm F2 / 約8.4MB / 5,212×3,468 / 1/40秒 / -0.3EV / ISO160 / WB:オート
M9 / ズミクロン35mm F2 / 約6.6MB / 5,212×3,468 / 1/40秒 / -0.7EV / ISO160 / WB:オートM9 / ズミクロン35mm F2 / 約9.8MB / 5,212×3,468 / 1/40秒 / -0.7EV / ISO400 / WB:オート
・ズミクロン50mm F2
M9 / ズミクロン50mm F2 / 約6.8MB / 5,212×3,468 / 1/1000秒 / -1EV / ISO160 / WB:オートM9 / ズミクロン50mm F2 / 約6.9MB / 5,212×3,468 / 1/500秒 / 0EV / ISO160 / WB:オート
M9 / ズミクロン50mm F2 / 約5.8MB / 5,212×3,468 / 1/250秒 / 0EV / ISO160 / WB:オートM9 / ズミクロン50mm F2 / 約11.0MB / 3,468×5,212 / 1/250秒 / -0.7EV / ISO160 / WB:オート
M9 / ズミクロン50mm F2 / 約6.0MB / 5,212×3,468 / 1/250秒 / 0EV / ISO160 / WB:オートM9 / ズミクロン50mm F2 / 約6.4MB / 5,212×3,468 / 1/90秒 / 0EV / ISO160 / WB:オート
M9 / ズミクロン50mm F2 / 約9.9MB / 5,212×3,468 / 1/20秒 / 0EV / ISO160 / WB:オートM9 / ズミクロン50mm F2 / 約8.2MB / 5,212×3,468 / 1/20秒 / -0.3EV / ISO160 / WB:オート

【2010年1月22日】すべての作例画像をリサイズなしの正しいものに差し替えました





(ふじいともひろ)1968年、東京生まれ。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒業。1996年、コニカプラザで写真展「PEOPLE」を開催後フリー写真家になる。現在はカメラ雑誌での撮影、執筆を中心に、国内や海外の街のスナップを撮影。公益社団法人日本写真家協会会員。

2010/1/6 13:38