ライカレンズの美学

APO-TELYT-M F3.4/135mm

シャープだがシルキーで味わい深い描写の望遠レンズ

ライカレンズの魅力を探る本連載。今回はレンジファインダー用レンズとしてはやや異色の望遠系、APO-TELYT-M F3.4/135mmを取り上げてみたい。

現行のM型ライカ用レンズとして、もっとも焦点距離の長い望遠レンズがこのAPO-TELYT-M F3.4/135mmである。本連載で望遠系レンズを取り上げる際に毎回書いているとおり、M型ライカではレンズの焦点距離に関係なく、ファインダー倍率が常に一定のため、望遠になればなるほど視野枠が小さくなってしまいフレーミングしにくくなるという現実がある。また、ファインダー倍率が一定ということはピント精度もレンズの焦点距離に関係なく常に一定ということなので、広角レンズでは過剰なほど高精度なピントが得られるM型ライカであっても、90mm以上の望遠レンズでは徐々にピントが頼りなくなってくる。中~遠距離撮影であれば問題はないが、近距離&絞り開放気味の場合は目を「カッ!」と見開いて相当に真剣にフォーカシングする必要があった。さらに付け加えるならば、被写界深度が浅くなる望遠レンズでは、ボケ部分がアウトフォーカスしていく様子がまったく確認できないことも、レンジファインダー機で望遠レンズを使うときに感じる不満点であろう。

とまあ、レンジファインダーカメラに望遠レンズという組み合わせは使用面においていくつかの難しさがあるわけだ。しかし、そうした要素がある割にライカ用の135mmレンズは昔からかなり充実していて、常にカタログにラインナップされ続けてきたのはちょっと不思議な気もする。レンジファインダーカメラが35mm判カメラの王道かつ主流だった1950年代以前ならともかく、一眼レフが完全に主流となった1970年代以降は、レンジファインダーと望遠レンズの組み合わせは一眼レフカメラでのそれに比べて相当に難しいものであることは広く認知されていたはず。にもかかわらず、現在に至るまでライカのレンジファインダーカメラ用135mmレンズが途切れることなく製造され続けているのは、非常に興味深いことだ。

同じ135mmでも一眼レフ用に比べるとM型ライカ用は細身で携帯性がいいということもあるのだろうが、やはりライカが作ったレンズということで、他にはない描写的魅力があったからこそ、多少使いにくくてもM型用の135mmを使う人が、いつの時代にもそれなりにいたということかもしれない。

135mmは望遠レンズとしては短めだが、それでも明確な圧縮効果がある。LEICA M10 / ISO200 / F5.6 / 1/500秒 / WB:オート
先代のエルマリート135mmはファインダーの倍率を上げるメガネ付きだったので嵩張ったが、本レンズはスリムでライカレンズらしい携帯性。LEICA M10 / ISO200 / F5.6 / 1/1,500秒 / WB:オート
APO-TELYT-M F3.4/135mm + ライカM10
フードはスライド式。伸ばしたときにも135mmのブライトフレームがぎりぎりケラれない長さになっている。
フィルター径はE49

実際、APO-TELYT-M F3.4/135mmの写りは非常にいい。キチンと解像が出ていながら硬くなりすぎない描写は、昨今の解像力最優先思想のレンズにはなかなか求められない特性であり、これぞライカらしいディテールの出し方だと思う。F3.4という開放値は135mmの単焦点レンズとしては決して大口径と言えず、どちらかというと"小口径"だけど、だからこそ4群5枚という超シンプルなレンズ構成が可能になり、それによって生み出されるシャープだがシルキーな描写はとっても魅力的だ。レンズ名から分かるとおり、アポクロマート補正の光学系で色収差もよく補正されている。

画面全体の均質さはマクロレンズ並みにプレーンで、周辺でもまったく乱れない。LEICA M10 / ISO200 / F5.6 / 1/1,500秒 / WB:オート
画面奥の遠方の船上にいる人もハッキリと認識できる高い解像感がすごい。LEICA M10 / ISO200 / F5.6 / 1/1,000秒 / WB:オート
光点部分にもイレギュラーな色付きはまったく発生しない。LEICA M10 / ISO200 / F3.4 / 1/1,500秒 / WB:4,500K
前玉径は小さいが、絞り開放でも周辺光量落ちはほとんどない。LEICA M10 / ISO200 / F3.4 / 1/1,500秒 / WB:4500K

レンジファインダー用望遠レンズとして難しい時代を乗り越えてきたM型用135mmレンズだが、ご存じの通りライカM(Typ240)の登場によりライブビュー撮影が可能になると、前述したレンジファインダー用望遠レンズが持つすべての難しさは一気に解決した。ライブビューのレスポンス向上やEVF(ライカは往年のアクセサリー名にならって「ビゾフレックス」と呼ぶ)の見え方が向上した最新のライカM10なら、さらに快適に撮影することができる。これも本連載で何度も書いたことだが、M型ライカでライブビューが可能になった今だからこそ望遠系を「実用的」なレンズとして再評価すべきだろう。

望遠レンズならではの圧縮効果はレンジファインダーだと撮影時に非常に把握しにくいが、ライブビューならそういう心配はない。LEICA M10 / ISO200 / F5.6 / 1/1,000秒 / WB:オート
135mmをライカで実用的に使うためにはEVF(ビゾフレックス)はやはり圧倒的に便利。
解像は出しながらも、決して硬すぎないので質感がとてもよく伝わってくる。LEICA M10 / ISO200 / F5.6 / 1/1,500秒 / WB:オート
このカットはほとんどノーレタッチだが、硬すぎないのでレタッチ耐性のある懐の深い像質だと思う。LEICA M10 / ISO200 / F5.6 / 1/750秒 / WB:晴天
光点ボケは輪郭がほとんど強調されない、ナチュラルで好ましい描写。LEICA M10 / ISO200 / F3.4 / 1/500秒 / WB:オート

協力:ライカカメラジャパン

河田一規

(かわだ かずのり)1961年、神奈川県横浜市生まれ。結婚式場のスタッフカメラマン、写真家助手を経て1997年よりフリー。雑誌等での人物撮影の他、写真雑誌にハウツー記事、カメラ・レンズのレビュー記事を執筆中。クラカメからデジタルまでカメラなら何でも好き。ライカは80年代後半から愛用し、現在も銀塩・デジタルを問わず撮影に持ち出している。