中道順詩写真展「Beginning...」
(c)中道順詩 |
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中道順詩さんは1976年から、フリーランスカメラマンとして雑誌、広告の撮影を行なってきた。その氏がカメラマンを志すきっかけになったのが、1970年から1年10カ月間かけた欧州とアメリカの旅だ。
小田実が著した世界放浪記「何でも見てやろう」に影響され、大学3年次に休学して旅立った。ニコンFとトライ-Xの100フィート缶を携えていたが、中道さんの中で写真は二の次。未知の世界への憧れが大半だった。それが旅の途中から写真の面白さに気づき始める。
この旅での撮影枚数は2,000カット以上。中道さんが海外の街の中で出会った「何かを感じた光景」だ。モノクローム30点が並ぶ空間は、観る人を「今ではないどこか」へ連れ出してくれる。
会期は2010年10月20日~11月7日。開館時間は12時~19時。月曜、火曜休館。入場無料。会場のGallery E&M nishiazabuの所在地は東京都港区西麻布4-17-10。
中道さんは1948年生まれ | 会場の様子 |
■働きながら旅を続けた
横浜から船でナホトカに行き、モスクワ経由で鉄道、飛行機を乗り継ぎ、シベリアを横断してヨーロッパに渡る。それが当時、時間はかかるが最も安く欧州に行けるコースだったという。
中道さんが滞在した都市は、ヘルシンキ、ストックホルム、パリ、ロンドン、マドリード、そしてニューヨークだ。宿泊先は部屋を借りたり、知人のアパートに住まわせてもらった。1ドル365円の固定相場の時代で、持ち出せる外貨も限られていたので、ストックホルムではレストランで皿洗いのバイトをして、旅の資金を貯めた。
「無許可での労働だけど、そこで働けることは事前に知っていた。当時はそれが当たり前だった。旅の間、まずは日銭を稼ぐ。それがいつも頭にあったね。ニューヨークでは、日本の商社が入ったオフィスに弁当を売りに行くバイトをしていた。写真を撮るのはその合い間だよ」
旅を始めた頃の夜は英会話の習得を兼ねて、ディスコに通った。
「言葉は現地の人と話すのが一番。ブロークンでいいから、話しかけるんだ。ロンドンの下宿では、ある日、そこの娘が『今夜、fireworkがある』と言うんだ。最初は分からなかったけど、花火のことなんだよね。そうやって覚えていったんだ」
ディスコで中道さんがどんな人を先生役に選んでいたのかは、言うまでもないだろう。
(c)中道順詩 |
■映画とロックで感性を磨いた
「旅に出る前夜、有楽町のスバル座で映画『イージー・ライダー』を見た。凄く面白くて、なぜ行き先を欧州にしたんだって、少し悔やんだよ」と笑う。
中道さんは写真を撮る感性について、映画やロックからの影響が強いという。映画で好きなのがベルイマン、ベルトリッチの作品で「いろいろな映画のフレーミングが勉強になった。居眠りしそうなタルコフスキーの映画でも、手のアップとか、良いシーンがあるんだよ」
ストックホルムに滞在中の1970年8月31日には、チボリ公園で行なわれたジミ・ヘンドリックスの公演を見に行った。彼が亡くなる直前のコンサートだ。
「写真を見直していると、いろいろな記憶が蘇ってくる。キャロル・キングの歌だったり、ニューヨークで食べた25セントのカットピザの旨さとかね」
(c)中道順詩 |
ニューヨークは、長期化したベトナム戦争の影響で街はすさんだ雰囲気が漂っていた。そんな町々の空気を肌で感じながら、カメラを手に気になる街へ出かけ、ひたすら歩き回って、衝動のおもむくままにシャッターを切っていった。もっともたくさん撮った日でフィルム10本。
「モータードライブなんてないから、手巻きで1カットずつ撮る。その日は何も考えられないぐらい疲れたよ」
街を歩いてスナップすることの大切さは、この旅で学んだ。その後、雑誌や広告の仕事をしながらも、プライベートでのスナップショットは撮り続けている。
■今も残っている旅するリズム感
パリにいた時、日本デザインセンターの写真家とデザイナーに会い、彼らに「プロ写真家になる方法」を聞くと、「広告がやりたければスタジオに入ればいい」と教えられた。帰国後、六本木にあったアートセンターで働き始めた。
雑誌の仕事のスタートは「ビックリハウス」で、モノクロームでポートレートを数多く撮った。80年代から広告の仕事を始め、静物を中心に撮影している。
「アーヴィング・ペンが静物を捉える時の崩し方がいい。最初は真似からだよ。その始まりがどこだったかで、その人の流れが決まってくると思うんだ」
この「Beginning...」の旅で、中道さんが意識していたのは、ロバート・フランクの「アメリカンズ」だ。スイス生まれのフランクが、外国人の目でアメリカを捉えたように、中道さんはヨーロッパとアメリカを撮影した。
「その後も仕事で旅に出ることは多かったけど、最初の旅で身体の中にできたリズム感が、どこかに残っているんだよね」
(c)中道順詩 |
■新たなスタートへ
この旅の写真は、これまでに一部プリントしたことはあったが、まとめて見直したのは今回が初めてだという。
「海外のアートマーケットで自分のプリントを販売していきたくて、今、その準備を始めている。それで自分の原点を探ろうという気持ちもあった」
40年前の自分の写真はとても刺激的で、もっと撮りたい、もっと旅をしなければという思いを掻き立てられたという。
「海外に1年10カ月出ていたけど、それぞれの街で生活をしていたので、本当の旅といえるのかという思いもあるんだ」
この旅の写真に文章を添えて形にすることと、もう一度、新しい旅に出ることが今、中道さんの胸の中にある。Beginningには写真が持つピュアな力と楽しみが込められている。
(c)中道順詩 |
2010/10/27 00:00