写真を巡る、今日の読書

第88回:言葉が育む写真表現の種

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

言葉が育む想像力と表現技術

言葉や文章から得られる想像力は、写真表現にも大きな影響を与えます。たとえば、詩や俳句の中には、目の前の風景や出来事を言葉で鮮やかに描き出し、まるで文章によるスナップショットのような役割を果たしているものもあります。また、小説やエッセイも、私たちが現実をどのように見るかという視点を変化させ、世界の捉え方を広げてくれる存在だと言えるでしょう。

もちろん、読書は単に時間を過ごすための娯楽である場合もあります。しかし、私自身は何かを読むとき、そこから新たな情報や知見、発想力、あるいは表現技術を得たいと常に考えています。今回は、そうした観点から、最近読んだ本の中からいくつかを紹介したいと思います。

『午後の最後の芝生』村上春樹(著)、安西水丸(イラスト)(スイッチ・パブリッシング/2024年)

1冊目は、『午後の最後の芝生』です。これは村上春樹の初期短編集に収録された同名小説に、安西水丸のイラストを加えて再構成された一冊です。物語は、大学生時代の「僕」が芝生を刈るアルバイトをしていた頃を回想し、過去の自分と静かに向き合っていくという、「喪失」と「記憶」をテーマに進んでいきます。読後には深い余韻が残る、印象的な作品の1つです。

また、初期の村上春樹らしい独特の文体も味わうことができます。会話文と地の文がリズミカルに交錯し、淡々とした語り口や、暗くはないのにどこか閉じた世界観など、文章が醸し出す「雰囲気」が存分に感じられるのではないかと思います。さらに、安西水丸のイラストが随所に挟まれることで、物語への没入感が一層高められています。

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『虎の夜食』中村安伸 (著)(邑書林/2017年)

2冊目は、『虎の夜食』です。これは俳人・中村安伸が、初期からその後20年間にわたり詠んだ俳句と短文をまとめた1冊です。冒頭でも述べましたが、私は俳句と写真は、メディアとして非常に近い性質を持っていると考えています。本連載の読者の多くは写真に興味のある方だと思いますので、それぞれの俳句から見えてくる景色や光を想像しながら読むことで、より深く本作を味わえるのではないでしょうか。

また、俳句の合間に挟まれた短文も、本書の世界観をより豊かにしています。日常の中にふと現れる非日常や、現実と幻想の境界線といったテーマは、写真表現を考えるうえでも大いに参考になるはずです。

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『ものの見方が変わる 座右の寓話 (ディスカヴァー携書) 』 戸田 智弘(著)(ディスカヴァー・トゥエンティワン/2022年)

最後にご紹介したいのが、『ものの見方が変わる 座右の寓話』です。イソップ物語や中国の古典、仏教の説話、聖書、国内外の民話など、77の寓話と著者・戸田智弘による解説が収録されています。寓話を通して、多様な「ものの見方」に触れることができる構成になっています。

取り上げられている寓話には、それぞれ人生や社会についての示唆や教訓が込められており、解説ではその解釈が丁寧に記されています。私が特に印象に残ったのは、63番目に紹介されている「三年寝太郎」です。怠け者の若者が、ある日思い立って大きな石を動かし、水を引いて村の干ばつを救うという話です。

私自身、少年時代はゲームや漫画、音楽ばかりで勉強に身が入らず、母に「あんたは寝太郎ね」とよく言われたことを思い出します。しかし、写真に出会い、村を救うほどではないにしても、今は研究や教育に自分なりに努力していることを考えると、母の言葉は非難ではなく期待だったのかもしれないと、この文を読んで改めて感じられたように思います。読者の皆さんも、この77の寓話から何か大切なことを思い出すきっかけが得られるかもしれません。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。