コラム
映像専門家からみた「CP+2025」雑感
動画制作者にも貴重なイベントへ成長
2025年3月11日 13:35
CP+はその成り立ちから、一般的に「スチルカメラの祭典」として知られてきた。しかし、実は筆者のような映像の専門家にも欠かせないコンベンションとなっている。
ここでは、30年弱の映像実制作経験を持つ筆者の目から見たCP+2025について、雑感的にお伝えできればと思う。
業務用カメラの参入と民生価格のシネマレンズの台頭
映像クリエイターにとって、実機を触ることのできる機会は稀少だ。スチルカメラであれば家電量販店などで比較的簡単に触れることができるが、映像機器、特に業務用カメラはそうした店にない。あったとしても量販店の展示機では、使われているメディアの速度や収録機器の不足などがあり、動画機能を試そうにもなかなかに難しい。
そうなると、年に数回の機器展がその稀少な機会となるのだが、これも最近は数が減っている。
映像向けのカメラ環境は、大きく分けてテレビ放送やリアルタイムネット配信をフィニッシュにした「放送系機器」と、映画やハイエンドネット配信をフィニッシュにした「制作系機器」に2分される。そのうち特に筆者の関わる制作系カメラ機材については、触れる機会が少なくなった。
毎年4月に米国ラスベガスで行われているNAB Show(全米放送事業者協会機器展)は、規模が大きく出展社も多い。ただしイベント名からわかるとおり、放送用のカメラが主体で、制作系の立場は弱い。
同様に日本の「InterBEE」や韓国の「KOBA」についても、基本的にはドキュメンタリーを撮影するようなカメラが主体。ミラーレスカメラやミドルレンジのシネマカメラなどのカバー率は低い印象だ。
比較的安価な制作機器であるラージセンサーのレンズ交換式カメラとなると、ドイツ・ケルン市で隔年行われていたPhotokinaがその盛り上げ役だった。例えば元祖ともいえるニコン「D90」とキヤノン「EOS 5D Mark II」も、Photokinaでの発表が思い出される。しかしPhotokinaは2020年に事実上終了している。
というわけで、今やパシフィコ横浜で開催される我らがCP+が、数少ない世界的なミドルレンジ制作系機器の展示会でもあるのだ。
RED製品やパワーズームレンズが注目されたニコンブース
CP+2025では、こうした本格的な映像機器を各社展示しており、例えばソニーでは「α」と共に「BURANO」「FX3」「FX30」など業務用シネマカメラを並べたシネマラインシリーズコーナーを作っていた。
また富士フイルムブースのステージ横には、ハリウッド映画に使われたフジノンシネマレンズを「GFX ETERNA シネマレンズ展示」コーナーで紹介。解説映像と共に実機展示し、多くの観客を集めていた。
そうした映像機材の中でも、特に注目を集めていたのがニコンブースだろう。
デジタル一眼レフカメラで最初に動画を搭載した2008年9月発売の「D90」以来、ニコンの映像向けカメラはその後あまり目立つところが無くここまで来てしまった、というのが率直なところだ。しかし2024年初頭、ニコンが新興業務用シネマカメラの大手「RED.com, LLC(以下RED)」を買収し、大きな話題となった。
ニコンブースでは「Z CINEMA」製品群として、ラージセンサーフォーマット機である「V-RAPTOR [X] Z Mount」とS35mm(APS-Cに近いセンサーサイズ)機である「KOMODO-X Z Mount」の2つのシネマカメラが展示されていた。
また、これらの「Z CINEMA」と同じ「ビデオクリエイターエリア」には高倍率新型パワーズームレンズ「NIKKOR Z 28-135mm f/4 PZ」も展示され、多くの人で賑わっていた。
特に「NIKKOR Z 28-135mm f/4 PZ」は、28~135mmという必要十分な望遠倍率幅を持ちながらも、ズーム全域でF4という必要十分な明るさを持つ。なめらかでブリージング(フォーカシングによる画角の変化)のないパワーズームを、広い焦点域で提供する。しかもインナーズーム設計のため、リグなどの変更も要らない。
パワーズームレンズといえば、10年前にソニーEマウント用「FE PZ 28-135mm F4 G OSS」が知られている。このレンズが使いたいがため、カメラをαに入れ替えた映像クリエイターは多かったので、今回もシステムをニコン系に切り替える層がおそらく多いだろうと思われる。大変な価値のある、映像制作には欠かせない1本であるといえるだろう。
この「NIKKOR Z 28-135mm f/4 PZ」はおそらくRED Zカメラ用に開発されたものではあるが、もちろん既存のニコンのミラーレスカメラに装着できる。例えば「Z9」や「Z8」で4K動画を撮影する際、本体内デジタルズームである「ハイレゾズーム」を使用することで、270mm相当の望遠撮影が可能になる。高価なREDのカメラだけで無く、ニコンのミラーレスカメラによる映像撮影も一気に進むことだろう。
シネマレンズで業界の一翼を担う中国系企業
また、今回は中国系企業ブースの増加が目立っており、そのブースに訪れる来場者にもおそらくは中国からの来客であろう人たちが多かった。これは、PhotokinaやNAB Showの日系ブースと日本人来場者にも見られる関係といえる。世界のトップコンベンションに出すことにより、参加国内での知名度が高まるという現象が起きているものと推察される。CP+がスチルカメラやシネマレンズにおいて、世界最高レベルのコンベンションとなった指標と言えるだろう。
そうした中国系ブースでは、シネマレンズが主力商品として展示されていたのも特徴的だ。1本60万円前後、セットで100~200万円前後というそれらのレンズ群は、従来の中華製のもつ「安かろう悪かろう」というイメージを大きく超え、その高い画質と共に来場者の度肝を抜いていた。
コーティングに甘いところが見られ、ズームレンズではなくまだ単焦点レンズが中心ではあるものの、業務用ミドルレンジの単焦点レンズ群としては、必要十分な性能を誇っていた。大スクリーンや高精細スクリーンなど一部の例外を除いたほとんどのスクリーン環境で問題無く使えるだろう。
大規模ネットワークサービスとの連携と機材の小型化
映像制作を考えたとき欠かせないのは、ネットワークサービスなど後処理に対するフォローアップだ。とにかくデータ量が大きいため、こうした後処理のフォローがないとなかなかに制作進行が上手くいかない。
例えばBlackmagic Designのシネマカメラシリーズが2010年代に爆発的にブレークしたのも、同社のカメラを買うとフルスペックの編集エフェクトカラーグレーディングソフト「DaVinci Resolve」がおまけで付いてくる、という点は大きかった。
これは業務用のハイエンドカメラの話だけではない。特にスチルカメラは筐体が小さいため、本体内に収められるデータ量も必然的に小さくなり、後処理のフォローアップの必要性は高い。
この点、一歩先を行っているのがソニーの「Creators' Cloud」だ。従来からあるこの支援ソフトウェア機能は、カメラとクラウドを繋げる「Creators' App」、カメラのログ・メタデータを活用して映像補正・編集ができる「Catalyst Prepare」「Catalyst Prepare Plugin」など多岐にわたっており、今回の5展示においては、特にCatalystによる「DaVinci Resolve」や「Adobe Premiere Pro」との連携について大きく展示を行っていた。
「Creators' Cloud」を用いると、撮影をした時点で次々にクラウド上にサムネイルやメタデータが上がるため、多くのカメラマンがいる現場であっても、監督や管理クリエイターはPCの前に座ってその撮影状態を見ながら指示が出せるようになっている。
それが今回からはDaVinci Resolveなどにプラグインするため、各カメラがフルデータを持って物理的に拠点に帰ってくるのを待つこと無く(あるいは重たい本番データをサーバーにアップするのを待つこと無く)、どんどん編集作業を先行させることができる。
この「Creators' Cloud」ソフトウェア機能は業務用機器だけで無く、例えば同社の「VLOGCAM」シリーズにおいても大きな恩恵がある。小型軽量な同シリーズでは複雑なカメラ内機能は搭載が困難だが、それを「Creators' Cloud」に出すことで、高度な編集・投稿環境を維持できる。
また、今回のCP+では、これまでソニーの独壇場だったスチルカメラも含めたネットワーク撮影支援サービスに、パナソニックがついに参入したことも特筆したい。「LUMIX Lab App」「LUMIX Flow」と名付けた2つのアプリを、新製品の「LUMIX S1R II」向けに紹介していた。
「LUMIX Lab App」はカメラのメタデータを活用することによって、映像制作に不可欠なカラーグレーディング情報である「LUT」を、タブレットやスマートフォンで作ることができるアプリだ。これにより、事実上カメラ内現像のようなことができるため、シネマカメラのような使い勝手でLUMIXスチルカメラでの映像撮影が可能となっている。また、「DaVinci Resolve」や「Adobe Premiere Pro」などとの連携も簡単にできるようになる。
「LUMIX Flow」は学生や個人クリエイター向けの支援機能であり、絵コンテからその撮影管理までをアプリ上で行うことが可能で、常にLUMIXカメラと同時に使うことで、複数のカメラの連携を行うことができ、撮影や編集も絵コンテの仮画像を入れ替える形で能率的に行うことができる。おそらく、こうした手順を教えることが必須な大学教育の場などではキラーソフトになり得るだろう。
これらのアプリは「LUMIX S1R II」だけでなく、「LUMIX GH7」など比較的最近発売された製品にも対応予定という事で、大いに期待したい。
これに対し、キヤノンはネット活用による大規模な支援システムこそ未整備なものの、カメラ内Log撮影機能やPC接続での配信機能などを盛り込んだ1.4型センサー搭載のレンズ一体型カメラ「PowerShot V1」を展示。こちらはこちらで、カメラ単体でできることを極限まで高め、カメラを撮影デバイスと位置づけることで、ソニーやパナソニックの攻勢に対抗をしてきた感がある。特に、カメラが複数台存在しない個人制作環境においては有意だろう。
このように、カメラを小型化し、そこから必然的にはみ出た機能をアプリやPCに預けて大きく機能アップしたのが、今年のCP+2025での大きな流れの一つと言える。
「運動会カメラ」から「趣味・クリエイティブな制作」へ
今回のCP+2025を一言でいうと、各メーカーとも「運動会カメラ」から「趣味・クリエイティブな制作カメラ」への転換を果たしたタイミングのイベントだったと思える。
思えば日本の人口、特に子供人口は激減し、かつてカメラ購買を支えてきた「運動会」などのイベント需要は、そこまでの市場を持たなくなりつつある。その中で、子供を撮影し記録するという目的ではない、個人の趣味的な目的、あるいはそもそも高度なクリエイティブ活動を行う目的でのカメラ市場の発展が、注目されつつあるのではないだろうか。
その際には映像記録自体に価値がある子供の撮影とは異なり、ある程度誰の目にも価値のある映像であることが求められてしまう。そこから、必然的に高度な動画機能が求められ、シネマカメラの民生市場への登場や、ネットワーク支援によるクリエイティビティの向上が求められているのではないだろうか。友人間で動画を見せ合うにしても、撮りっぱなしでは無くSNS経由である程度「バズる」作品であることが求められている。
そうした高度な目的を持つ人々にとり、スマートフォン単体で映像制作を完結させるのは困難であり、そうした「スマホ以上」の機能がカメラに求められている。必然的に数年前の高度な機能がカメラ動画の一部として市場に降りて来ているとが感じられる、そうしたCP+2025であった。