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[2007/03/19]

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[2007/03/05]

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[2007/02/19]

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[2007/02/05]

【Case-37】佐藤恵子の場合
[2007/01/22]

【Case-36】足立浩美の場合
[2007/01/15]


2006年

【Case-36】足立浩美の場合



 東京は好きだけど、おそらく一生は過ごせないかなあ。未だに飲食店へは1人では入れないし。私の住んでるこの町の空は低くて、ごちゃごちゃしていて何でもあるけど何でもないのが愛おしくて離れられない、そんなとっても優しい優しい町だ。大学進学と同時に移り住んでもう5年も経った。実家で過ごしてきた18年間よりも、この5年間の方がちゃんと生きた実感がある。そりゃあドラマになるような悲劇を生きてきたわけじゃないけど、まるで泣いてる合間に馬鹿笑いしてるような人生で、できればこうやって笑ってる瞬間に死にたいことも何度か思ったこともあった。


 もともと写真は大嫌いだった。こんな私の姿が後世に残る事が耐えられないとか思っていたから。それなのに20歳になった時、ふと気が付くともしかしたら自分の遺影になる写真すら1枚も手元にないということに愕然とした。おととしの9月、私は大学4年生の時にカメラを貰った。ペンタックスMEスーパー、50mmのF1.4レンズ付きだった。それからは写真が好きになった。

 20歳の時から私が泣いてる時には必ず、写真は私に手を差し伸べてくれてきた。モラトリアムが終わる直前だけど、何をやったらいいのかわからない時だった。一応名前の知れた大学の法学部に通っていて、決して成績も悪くもなかった。何かを作る人になりたかったけど、コンサバティブな家庭で育った私には自分の殻を破る勇気が足りなかった。カメラは私に勇気をくれた。



 定期預金を崩してMacintoshを買った。それからは勢いとやる気でデザイン事務所に就職を決めた。委員会なら委員長になるよりは副委員長。お芝居をやるなら主役を演じるよりは裏方を選ぶといった根っからの「縁の下の力持ちタイプ」の私は、大好きな町で出会ったクリエイター友達の手伝いができるようになりたかった。世界が広がるとともに縁の下の力持ちになれる仕事が見つかって、未来に対してワクワクできるようになった。デザインという仕事はとても楽しかった。だけどそれでも私の人生はやっぱり泣くような運命なのだろうか。ある事情から「一身上の都合により退職」をしてしまった。

 人生を悪意に充たさないと気が済まない人達が、いろんな場所にたくさんいるんだという事を骨の髄まで思い知らされる度に逃げてしまい、そして立ち直って少し強くなって、の繰り返しだった。力がないのに下手に正義感が強くて頑固な私は、そんな人達から格好の妬みの対象になりやすかったんだなって、今振り返ってみてそう思う。


 今の私にとっての魔法は、やる気と根性だと思う。自ら動くってことかな。自分が動いた分だけ、まわりに助けてくれる人や情報を引き寄せるから愚痴なんか言ってる暇がなくなる。いつの間にか面倒くさい事から遠ざかっていたような気がする。昔は人との繋がりが希薄で、必要なければ関係を切れば良いと思っていたし、自分のいる世界が砂漠の砂のように感じて毎日を焦って過ごしていた。今は面倒くさい事を自ら好んでやっている。面倒くさい事にずぶずぶと足を突っ込んでみたくなった。そしたら急に砂が石ころになって重いなあって思ったけど、それはそれで気持ちのいい重さだったから頑張ってみても良いのかなあって。

 ただ今、2度目の就活中。これからはもっともっと強力な縁の下の力持ちになれるようになりたいって思っている。



 ボクが高校へ入ってすぐの頃だからずいぶん昔になるが、当時、野口五郎が歌って流行った“私鉄沿線”という古い歌謡曲があった。踏切の遮断機が鳴る音や線路をすべるように走る電車の音を聞いてると、遠い過去が蘇ってくるような気になさせられる。浩美ちゃんが好きだという彼女の“愛しい町”もまた、どこか今の東京都心ではない“過去に置き忘れて来た町”のように、一歩路地裏へ入ると時代の迷路のような場所だった。暮れも押し迫った真冬だというのに、彼女の部屋はポカポカ陽気だったので撮影中も何度か眠気を誘われてしまった。そんな暖かな部屋から外へ出ての撮影はかじかむ手を擦りながら頑張ってくれた。

使用機材
Canon EOS 5D
EF 24mm F1.4L USM
EF 35mm F1.4L USM
EF 50mm F1.4 USM
EF 85mm F1.8 USM
EF 135mm F2 L USM
EF 70~200mm F4 L IS USM
Sandisk Extreme III



URL
  バックナンバー
  http://dc.watch.impress.co.jp/cda/haruki_backnumber/



HARUKI
(はるき)1959年広島市生まれ。九州産業大学芸術学部写真学科卒業。広告、雑誌、音楽の媒体でポートレートを中心に活動。
1976年 個展「FIRST」を皮切りに、多数の個展、グループ展を開催。1987年朝日広告賞グループ入選、表現技術賞受賞。1991年パルコ期待される若手写真家展選出。コラボ作品がニューヨーク近代美術館に、「普通の人びと」シリーズ作品が神戸ファッション美術館に永久保存。
2005年に個展「Tokyo Girls♀彼女たちの居場所。」を東京 渋谷、2006年に京都で開催。
http://www.harukiphoto.com/

2007/01/15 00:00
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