レンズマウント物語

第8話 電子マウントの系譜

電子マウントの元祖は東ドイツのプラクチカ

 繰り返し書いているように、レンズマウントの重要な機能としてボディとレンズの間での情報やエネルギーのやりとりがある。現在ではこの機能はボディとレンズとの間に設けた電気接点を介して行なう、いわゆる「電子マウント」が当たり前になっている。しかし、以前は自動絞りの絞り込み信号や、レンズ側で設定した絞り値の情報はレバーやピンなどの機械的な手段で伝達していたのは、これまでに述べた通りである。

 では、電子的な情報/エネルギーのやりとりはどの辺から始まったのだろうか? おそらく東独ペンタコン人民公社のプラクチカLLCが最初のものであろう。1969年に出たこのカメラはM42マウントで、TTL開放測光のためのレンズで設定した絞り値の伝達に、電気的な方法を用いている。

 当時はまだマイクロエレクトロニクスが十分に発達していなかったので露出制御もトランジスタやICは使われておらず、受光素子の出力で電流計を振らせるだけのものだった。そしてそこに撮影レンズの設定絞りの情報を加えるには、絞り値によって電流計本体や追針とよばれる指針を回転させる機械的な方法か、可変抵抗器の抵抗値を変えて、電流計に流れる電流を制御する電気的な方法のいずれかが用いられていたのだ。

 プラクチカは後者の方法だが、絞りリングの位置情報をボディ側に受け取ってボディに内蔵された可変抵抗を動かすのではなく、撮影レンズの中に可変抵抗を内蔵し、その端子をレンズマウントの接点を介してボディ側に接続する方法を採った。

 これはM42マウントならではの事情によるものである。以前にも述べたようにスクリューマウントであるM42マウントでは装着時の角度方向の位置が一定していないため、バヨネットマウントのように単純なやり方で設定絞り値の伝達ができない。そこで開放測光のために、フジカなどのロック付きのM42マウントだとかペンタックスの追いかけ方式のような工夫がなされたわけだが、プラクチカは電気接点でこの問題を解決した。

 電気接点なら電気的な接続さえ確保されていればよいので、接点の一方を帯状に細長くしておけば互いの位置にばらつきがあっても吸収できるのである。

 ペンタコン人民公社はこの方法による開放測光が気に入ったらしく、その後のプラクチカVLC3に至る一連のM42マウント機にこの方式を採用したばかりか、バヨネットマウントに変更したプラクチカB200エレクトロニック(1979年)やその後継機にも電気接点による連動方式を用いている。

プラクチカVLC3のレンズマウントはプラクチカLLCのM42マウントを引き継いでいる。開放測光のためのレンズ側設定絞り情報を電気接点を介して電気的に伝達しているが、M42マウントのため装着時の角度方向の位置のばらつきを吸収するために、ボディ側は矢印のように円周方向に長い接点となっている。
プラクチカB200エレクトロニックではM42マウントからバヨネットマウントに変更されたが、設定絞り値を伝えるために電気接点を用いる形式は継承された。しかしバヨネットマウントのため長い接点とする必要はなく、通常のような円形の接点となっている(矢印)。

全電子式の元祖はローライフレックスSLX

 プラクチカでは電気接点でやりとりしているのはレンズ側の設定絞り値のみで、自動絞りの連動はM42マウントの作法通り、光軸方向のピンの押し込みで行っている。バヨネットマウントになったB200にしてもKマウントと同じようなレバーの動作で絞り込みを機械的に行っているのだ。

 このような機械的な情報のやりとりを廃し、電気接点のみですべてをまかなったのは意外と古く、1974年のローライフレックスSLXが最初である。

ローライフレックスSLXは、交換レンズ内に2個のリニアモーターを内蔵し、絞り羽根とレンズシャッターの羽根をそれぞれ駆動している。このようにして、1974年に純電子マウントを実現していた。

 二眼レフで有名なローライだが、それ以外でもいろいろと独創的なカメラを多く出している。コンパクトカメラの元祖とも言えるローライ35が良く知られているが、一眼レフの分野でも6×6判のティルトあおりが可能なローライフレックスSL66や中判一眼レフのような形態の35mm判一眼レフ、ローライフレックスSL2000などがあるが、このSLXもそれらに劣らずユニークな存在である。

 同じ6×6判のSL66ではハッセルブラッドのような前後に長いまくわうり型であったが、このSLXはフジタ66のような箱型のデザインで、しかも当時としては珍しい電動モーターによる自動巻き上げとなっている。そしてこのカメラのすごいところはフィルム巻き上げにとどまらず、動くところは可能な限りすべて電動にしてしまったことだ。

 交換レンズには2つのリニアモーターが組み込まれており、それぞれシャッター羽根と絞り羽根を駆動している。駆動はボディ側から信号と電力を、レンズマウントの接点を介してレンズ側に伝えることによって行なう。レンズマウントに機械的な伝達機構は一切ない。レンズシャッター式の一眼レフなので撮影の際にシャッターや絞りを開いたり閉じたり、複雑な動きをさせる必要があるのだが、これも電子制御でなんなく解決されているのだ。

 このSLXのシステムはその後ローライフレックス6000シリーズに受け継がれ、最新の6008AFではオートフォーカスも組み込まれている。

ローライフレックスSLXの交換レンズ内には、2つのリニアモーターが設けられ、それぞれ絞り羽根とレンズシャッターの羽根を駆動している。
ローライフレックス6000シリーズの現行機種である6008AFにもローライフレックスSLXのリニアモーターによる制御と純電子マウントは継承されており、更にオートフォーカスも実現されている。

きっかけはオートフォーカス

 このように、電子マウントというべき電気接点付きのレンズマウントはかなり古くから散見されたが、本格的な普及のきっかけとなったのは、一眼レフのオートフォーカス化であろう。ボディ内モーターにしてもレンズ内モーターにしても、AFのセンサーはボディ内にあるので少なくともレンズのフォーカシングの現在位置がどうなっているかの情報がほしい。またできればレンズの焦点距離、ズーミングの位置、射出ひとみの位置などの情報もあった方がよい。いずれにしても一眼レフのオートフォーカス化には、電気接点付きのレンズマウントが必須アイテムだったのだ。

 実際にAF一眼レフ普及前夜の機種であるペンタックスME-F、ニコンF3AFなどでも既存のKマウントやニコンFマウントに接点を追加してこれらの情報を伝えていたのだが、本格的なものは新規格のレンズマウントを採用したミノルタα-7000(1985年)からのこととみてよいだろう。以前にも述べたようにオートフォーカス化は一眼レフのレンズマウント変更の絶好のチャンスであったわけで、ミノルタはこの機会に電気接点を設けた電子マウントにしてしまったということなのだ。そして、折から電子回路がアナログからデジタルに大きく変わる時代であったので、情報のやりとりもデジタルにしてしまった。

 ただ、ミノルタの場合はボディ内モーターとしたためフォーカシング用のモーターの回転を伝えるカップリングが機械的な伝達として残り、また絞り制御も機械的なレバーの動きで伝えていた。それを更に進めて機械的な信号のやりとりを全く廃し、完全な電子マウントとしたのが、1987年のキヤノンEOS 650/620と共に登場したキヤノンEFマウントである。

ミノルタのαマウントは、デジタルの電子マウントのさきがけ的存在だが、電気接点(黄色の矢印)の他にAFや絞り制御のところで機械的な伝達が残っている(緑色の矢印)。これは現在もソニーのAマウントに受け継がれている。
キヤノンのEFマウントは、全く機械的な伝達手段のない、純電子マウントを実現した。ローライフレックスSLXのものに比べて、ずっと進歩したものになっている。

 思想的にはローライフレックスSLXと同じものだが、ローライのリニアモーターがかなり大型でスペースを食うため中判以上のカメラでないと実現できなかったのに対し、キヤノンは超音波モーターを開発して35mm判の一眼レフで実用化したことと、ローライのアナログに対してキヤノンのデジタルというところが新しく、純電子マウントの真の意味での実用化がここから始まったとしても差支えないだろう。

アナログからデジタルへ

 プラクチカの設定絞り値伝達や、ローライフレックスSLXの絞り、シャッター制御はいずれもアナログ信号を伝えたり、アナログで制御したりしたものだった。それをミノルタαマウントやキヤノンのEFマウントではデジタル化したわけだが、そのことはレンズマウントにとって大きな革新となった。時計や計算機、テレビ放送に携帯電話など、他の分野でもデジタル化は大きなメリットをもたらしたが、レンズマウントの場合でも例外ではない。

 例えば絞り値を電子回路に導入する場合、アナログ制御の場合は可変抵抗を用いる。つまり絞りリングや連動レバーの位置の情報を電気抵抗値に変換して回路に取り込むわけだ。ところがこの可変抵抗が曲者なのである。普通は絶縁基板上にカーボンなどの抵抗体を塗布し、その上にブラシという板ばね状の接点を接触させ、抵抗体の上をこするような形で抵抗値を変えるのだが、このブラシと抵抗体の間で接触不良を起こしやすい。古い露出計連動のカメラで絞りを変更すると、そのたびにメーターの針がぴくぴく動くものがよくあるが、これはこの接触不良を起こしているのだ。

 デジタルの場合は可変抵抗の代わりにエンコーダという装置を使う。ちょうど可変抵抗の抵抗体の代わりに縞状に並んだ接点群をブラシに接触させ、動きに応じてブラシが何回オンオフを繰り返したかをカウントするのだ。あるいは黒白の縞模様が動くのを、光源とフォトセンサーの組み合わせでカウントして移動量をデジタル信号として取り込む。このようにすれば抵抗体とブラシの接触不良に悩まされることはない。

 更に、デジタルによる情報のやりとりの最大のメリットはシリアル通信が可能になることである。機械的な方法では伝達する情報が増えるたびにピンやレバーを追加する必要があった。例えばTTL測光の時代になると開放絞り値の情報のピンが加えられ、自動露出になると絞り制御用のレバーが追加され、そのたびにメーカーもユーザーもどのボディでどのレンズが使えるか使えないか、使えるにしても制限が付くかという互換性の問題に悩まされてきた。これはアナログの電子マウントでも同じことである。情報が追加されるたびに接点を追加しなくてはならない。

 各種の情報を同時に(パラレルに)取得するからこうなるのだが、デジタルの場合はこれを小分けにして順番に取得するというような芸当が可能になるのである。例えば電気接点を2つのグループに分け、片方で情報の種類を送りもう片方では実際の情報(データ)を送ることにする。ボディ側で設定絞り値の情報がほしければ、その信号をレンズ側に送ると、レンズからデータ側の接点を介して送られてくるという具合だ。

 最初のころはレンズ側にマイクロコンピュータのCPUが内蔵されておらず、ROM(リードオンリーメモリー)に書かれたデータを、ボディ側からアドレスを指定して読み取るような形であったが、その後レンズ側にもCPUが組み込まれ、CPU同士の通信でやり取りするようになった。予め定めたプロトコル(手順)に従って、例えばボディ側のCPUからこれこれこのような情報が欲しいという問い合わせのコマンドをレンズ側のCPUに発信し、レンズ側のCPUが指定されたデータをボディ側のCPUに返すというようにして、順次必要な情報を取り込む。複数の情報を時間差を設けて順次同じ経路から取得するのでシリアル通信と呼ばれており、一見その分時間がかかるように思えるが、カメラの制御のような用途では問題にならないほど速くできる。

 このシリアル通信のメリットは非常に柔軟性が高い点だ。やりとりする情報の種類や量が変わっても、ボディやレンズのCPUを動かすプログラムを変更すればよい。つまりファームウェアのバージョンアップで対応できるわけで、接点やピン、レバーなどを追加する必要がない(現実には事情があって接点を追加するケースもままあるが)。互換性や旧製品のサポートに頭を悩ませることなく、機能の追加や変更ができるので、メーカーにとってもユーザーにとっても非常にありがたいことなのだ。そんなことから現在ではレンズ交換可能なカメラのほとんどがこのような電子マウントとなっている。

豊田堅二

(とよだけんじ)元カメラメーカー勤務。現在は日本大学写真学科、武蔵野美術大学で教鞭をとる傍ら、カメラ雑誌などにカメラのメカニズムに関する記事を書いている。著書に「デジタル一眼レフがわかる」(技術評論社)、「カメラの雑学図鑑」(日本実業出版社)など。