切り貼りデジカメ実験室
ニコンDfでアオリ撮影用「PC-Nikkor」新旧3本撮り比べ
Reported by 糸崎公朗(2014/1/23 08:00)
デジタル時代におけるアオリレンズの検証
ぼくは2004年4月から“完全デジタル”に切り替えたのだが、それ以前のフィルム時代はニコンの一眼レフシステムをメインに使っていた。中でも2本のアオリレンズ「PC-Nikkor 28mm F3.5」と「PC-Nikkor 35mm F2.8
レンズ名の「PC」とは「パースペクティブ・コントロール」の略で、レンズを平行移動させる“シフトアオリ”機能によって、建築物のパースペクティブを矯正する機能を備えている。建物を広角レンズで見上げて撮ると、パースペクティブによって上すぼまりに写ってしまうが、PC-Nikkorはそれを垂直に矯正できるのだ。
この機能、実はぼくの作品「フォトモ」の製作に、非常に重宝したのだ。フォトモは写真でありながら「模型」でもあるので、建物のパースは垂直に矯正した方が、リアルな仕上がりになる。
そして2004年4月に香港で個展「FOTOMO x City Multi-Perspective Sx Editions」を開催し、現地を訪れた際ニコンFマウントのデジタル一眼レフカメラ「FUJIFILM FinePix S2 Pro」を借用する機会に恵まれたのである。早速2本のPC-Nikkorを装着し撮影してみたのだが、どちらも今ひとつピントが甘くガッカリしてしまった。
そこでシグマの超広角ズーム「15-30mm F3.5-4.5 EX DG ASPHERICAL」で普通に撮った建物の画像を、試しにPhotoshopでパース矯正してみたところ、かなりシャープで正確な写真が得られ、驚いてしまった。これ以降、ぼくは“完全デジタル”に移行したのだ。
そんなわけでぼくは“デジタル時代のアオリレンズ”の実用性に疑いの目を持っていたのだが、しかし実際には、ニコンからもキヤノンからも、デジタル一眼レフ用のアオリレンズの新製品が発売されている。ぼくがデジカメでアオリレンズを試したのは10年も昔のことだし、最新のモデルと組みあわせればちゃんとした性能が出るのかも知れない。
そこで、話題のカメラ ニコンDfが発売されたということもあって、これを使ってデジタル時代のアオリレンズの性能を確認し、さらにフィルム時代のアオリレンズとの比較撮影をしてみたくなったのだ。
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テスト撮影
ビルを被写体に縦位置でカメラを三脚に固定し、各レンズを上方向に最大にシフトした状態で、絞りを1目盛りずつ変えて撮影した。だたし、PC-E NIKKOR 24mm F3.5 D EDはF3.5から1段ずつ変更したので、以後中途半端な絞り値になってしまった。その点はお詫びしたい。
シフト量は、PC-E NIKKOR 24mm F3.5 D EDが11.5mmで、PC-Nikkor 28mm F3.5とPC-Nikkor 35mm F2.8
レンズをシフトすると言うことは、理屈で言えば超広角レンズで撮影した写真の端をトリミングするのと同じである。そのためPCニッコールレンズはライカ判フルサイズを超えるイメージサークルを持つ。シフトしない状態の画像も掲載したのでその効果を見比べて欲しい。
- 作例のサムネイルをクリックすると、リサイズなし・補正なしの撮影画像をダウンロード後、800×600ピクセル前後の縮小画像を表示します。その後、クリックした箇所をピクセル等倍で表示します。
あらためてテストしてみると、どのレンズも思った以上に成績が良いのが意外だった。技術の進歩なのか? ライカ判フルサイズというフォーマットのせいなのか? 原因は定かではないが「シフトレンズはデジタルでは十分な性能が出ない」と言うぼくの思い込みは、改めなければならない。
もちろん、レンズをシフトすると画面端(上部)の画質は落ちるが、フィルムで撮影したときの画質もこんなものである。どのレンズも絞り開放付近では画面端のピントが悪く光量が落ちる。しかし絞り込むごとに改善し、f11あたりでもっとも良好な画質となる。さらに絞り込むと回折現象により画面全体のピントが悪くなる。
PC-E NIKKOR 24mm F3.5 D EDは最新のレンズだけあって高画質だが、シフトを最大付近にすると画面端がケラレ、絞り込むごとにそれが円弧状にクッキリと写り込む。これは欠点と言うよりレンズの特性と理解して、作画の際に考慮するのが良いだろう。
ちなみにかつてオリンパスから発売されていたOMマウントのアオリレンズ「Zuiko Shift 24mm F3.5」は長辺方向のシフト量が8mmまでしかなかったが、性能の限界を超えるシフト量を持つPC-E NIKKOR 24mm F3.5 D EDの方が、ユーザーの選択肢を増やしてくれる意味で好感が持てる。
PC-Nikkor 28mm F3.5とPC-Nikkor 35mm F2.8
まとめと実写作品
今回の撮影は正月に帰省した長野市で行なった。どのレンズも絞りはF11に固定し、露出Mモードで、単体露出計で測りながら撮影した。
Dfはファインダーも見やすく、また接眼部の大きなハイアイポイント仕様のため、アオリレンズとの相性が良い。また、光学ファインダーにもライブビュー画面にも、水平垂直を確認するための格子線を表示することができる。
フィルムカメラをイメージしたDfのスタイルは賛否両論あるものの、操作性に限っては良好だと思えた。フィルムカメラで親しんだダイヤル式は数値が読み取りやすく、やはり操作しやすい。また、軍艦部のダイヤル式だと1段刻みのシャッター速度調整も、簡単操作で1/3刻みの電子ダイヤル式に切り替えられるなど、新旧の操作性の融合が合理的に考えられている。
レンズについてだが、PC-E NIKKOR 24mm F3.5 D EDはアオリレンズであるにもかかわらず、Dfとの組み合わせでは自動絞りが効くので非常に使いやすい。旧製品の28mmと35mmは手動プリセット式で、ときどき絞り込むのを忘れてしまったりして、慣れないと苦労する。
ピントは3本のレンズともマニュアルで合わせなければならいが、焦点距離が短いため絞り込んだ風景撮影の場合、距離目盛りによる目測で十分だろう。だた、PC-E NIKKOR 24mm F3.5 D EDはピントリングがMFレンズにしてはちょっと軽めなのが気になった。
シフト操作は、PC-E NIKKOR 24mm F3.5 D EDはノブが小さめで、シフトするにも回転操作するにもストッパーを解除する必要があり、ちょっとスムーズさに欠けるように思えた。この点は旧製品の方が優れていて、シフトも回転もすばやくスムーズに行なえる。なぜに新製品は操作性が後退したのか? もしかすると、光軸を傾けるティルト機能が付加したことのしわ寄せかも知れない。
・PC-E NIKKOR 24mm F3.5 D ED
・PC-Nikkor 28mm F3.5
・PC-Nikkor 35mm F2.8
いずれにしろ、シフトレンズを使った撮影はなかなか快適だと今回改めて感じることができた。もちろん、イマドキはシフトレンズを使わずとも、Photoshopなどのソフトを使えば撮影後にいくらでもパースの矯正はできる。しかしレンズをシフトし、パースを正常に矯正したファインダー画面を見ながらの撮影の方が、理屈にかなって気持ちが良いと言える。
そもそも写真の歴史は絵画の歴史の延長だが、伝統的な西洋絵画を見るとどれも建物の垂直は補正されて描かれている。遠近画法の理論に従えば、見上げた建物は上すぼまりのパースに従って描かれるべきだが、それは心理的効果としては間違っている、とパウル・クレーの著書「教育スケッチブック」(中央公論美術出版)で読んだことがある。
そう思って黎明期の写真を見ると、ニエプスもダゲールも建物の階上から撮影しているのか、建物がきちんと垂直に写されている。時代が少し下ると(起源は定かではないが)カメラにはレンズをシフトしパースを矯正するための蛇腹が標準装備となった。しかし1925年に発売されたライカAに端を発する小型カメラが主流になると、いつの間にか「見上げた建物のパースは上すぼまりに写っても良い」という風潮になったようで、それが現在にまで至っている。
だからニコンのPCニッコールシリーズは、アートの長い歴史に鑑みると実に正統派のレンズだと言えるのだ。価値観が多様化したデジタル時代だけに、現行品はもちろん旧製品を含めたアオリレンズはもっと見直されて良いだろう。