【フォトキナ】小型ボディにハイレベルのスペックを詰め込んだ「D7000」

〜ニコン映像カンパニー企画・開発陣に訊く

 フォトキナ2010におけるニコンへのインタビューとしては、ニコンフェローの後藤哲朗氏に、業界全体を俯瞰した話をすでに伺っているが、実際に製品を開発・販売している事業部の方々にも、別途取材させていただいていた。

 取材に応じていただいたのはニコン映像カンパニー マーケティング本部 第一マーケティング部 ゼネラルマネジャーの笹垣信明氏、開発本部第二設計部第二設計課マネジャーの泉水隆之氏、開発本部第一設計部第二設計課マネジャーの村上直之氏である。(インタビュアー:本田雅一)

左から開発本部第一設計部第二設計課マネジャーの村上直之氏、映像カンパニー マーケティング本部 第一マーケティング部 ゼネラルマネジャーの笹垣信明氏、開発本部第二設計部第二設計課マネジャーの泉水隆之氏

レンズのリニューアルを着々と進める

――今回のフォトキナ、ニコンとしてのトピックは何になりますか?

 今年はレンズに力を入れていきたいと話してきた通り、力の入った新レンズを中心に、カメラメーカー、光学機器メーカーとしてのニコンの良さを再認識してもらえるよう新商品を持ち込んでいます。

 高倍率ズームレンズと明るい単焦点レンズをやりたいと、外に向けても話してきた通り、AF-S NIKKOR 85mm F1.4 G、AF-S NIKKOR 24-120mm F4 G ED VR、AF-S NIKKOR 28-300mm F3.5-5.6 G ED VRといったレンズを揃えました。28-300mmはD700とのレンズキットもラインナップしています。

 あとはご存じの通り、D7000とD3100ですね。ミラーレス機がフォトキナでも大きな話題になっていますが、光学機器メーカーとしてのニコンが気合いを入れて開発した製品です。カメラメーカーとしての力を感じて欲しい自信作です。

――先にインタビューを受けていただいたキヤノン・真栄田雅也常務は、古い設計の単焦点レンズを含む大規模なレンズのリニューアル計画を話していました。単焦点レンズはモデル数も多く、流通の回転が遅い商品ですから、なかなかリニューアルには踏み切れないものです。ニコンも銀塩カメラ時代に設計されたレンズをシステムに多く抱えています。ニコンはシステムの世代交代をどのように進めるのでしょう?

 F1.4系の単焦点レンズの多くは80年代後半に設計されたもので、その後、モデルチェンジはしていませんでした。デジタルの時代になって主流のズーム系レンズのリニューアルやDXフォーマットへの対応を積極的に進めてきましたが、ご存じのように50mm、そして今回の85mmとF1.4の単焦点レンズをリニューアルしています。

 最新の技術で設計し直すことで、より優れた光学性能を引き出しているのはもちろんですが、オートフォーカスの速度も速く、キレのよい描写と動作感を実現しています。時代によって求められるレンズは常に変化していますから、従来のレンズを新設計で置き換えるパターンと、新たに追加するスペックのレンズ。両方について、今まで以上に積極的にやっていきますよ。

フォトキナ2010にあわせて、FXレンズの新製品を大量投入したニコン。写真はAF-S NIKKOR 35mm F1.4 GAF-S NIKKOR 85mm F1.4 G
AF-S NIKKOR 24-120mm F4 G ED VRAF-S NIKKOR 28-300mm F3.5-5.6 G ED VR
AF-S NIKKOR 200mm F2 ED VR II

――無論、それはレンズ交換式カメラのメーカーとして、当然のスタンスでしょうが、ユーザーとしては、もう少し具体的に将来の計画、ロードマップについて知りたいのではないでしょうか。ありきたりな言い方ですが、特定のプラットフォームに投資をするならば、何かしら信頼の拠り所となる言葉も欲しいものでは?

 実はニコンはこれまで、レンズのロードマップを外部に公開したことがありません。これからも公開することはないと思います。世の中のニーズは常に変化していますし、最適な設計を推し進めると目標よりもよいスペックのレンズができる場合もあります。よりよいレンズを顧客に届けるためにも、何か特定のスペックを約束するのではなく、その時点でベストと言えるスペックのレンズを提供したいと思います。

 とはいえ、動きが遅く見える単焦点のリニューアルはどうなるのだろう? という疑問は、当然にあるでしょうね。現在、超音波モーター化していない主な単焦点レンズに関しては、リニューアルを行ないたいとは思っています。既存のままのスペックでは、お客様に喜んでもらえないでしょうから、機能や性能を向上させた上でのリニューアルを行なうよう設計を進めていますよ。

――硝材の改良も進んで、描写力だけでなく、小型化や軽量化もやりやすくなっているようですよね。

 たとえば硝酸塩ガラスを使えば、大幅な軽量化ができます。さまざまな新しい硝材がありますから、それらを使いこなしてユーザーベネフィットになる要素を引き出し、Fマウントのレンズ群を次のステップ、ステージに引き上げたいですね。

 既存レンズのリニューアルは、F1.4シリーズの50mm、24mm、35mm、85mmとリニューアルしてきて、さらに24-120mmのF4通しまで進んできました。まだまだリニューアルは続きます。ニコンは年に何本リニューアルするといったことを宣言したりはしませんが、ユーザーが必要なレンズを毎年きちんとリリースしていきます。そのラインナップは、当然ながらライバルに劣るものではありません。

――後藤哲朗氏との話では、もう少しレンズ遊び的要素があってもいいのに、なんて話が出ていました。プレビューを即、背面液晶で確認できるデジタルカメラは、レンズ遊びが銀塩時代よりも楽しめる、とも言えるのでは?ニコンにはそうした趣味性も求められているような気がします。

 光学的な遊びは、やろうと思えばいくらでもできます。ほんの少しある種の収差を残しておき、絞りによる描写の変化をユーザーに使いこなしてもらうとかね。しかし、ビジネスとして成り立つかどうかというと、そこはハッキリとした答えは出ていないと思います。

 とはいえ、ニコンがカリカリ解像度の優等生レンズばかり作っているわけではなく、DCニッコールなんて遊び心のあるレンズも過去に送り出しています。まずは、優等生的に必要なレンズを揃えて層を厚くしていきますが、解像度を無理に追わずにレンズ描写の味、雰囲気を重視したレンズも作っていきますよ。


画素数で売ろうという意図はない。上質なカメラの味を訴求

――ところでD40以来、ニコンはマーケットリーダーでありながら、プライスリーダーでもあり続けていますよね。D3100も新製品というのに、すでに驚くほど低価格になってきています。これはD40と同じように、下がりすぎているのではなく、意図的に低価格化を狙っていると考えていいのでしょうか?

 一眼レフカメラを買う方々が重視する要素はサイズ、重さ、価格、(画素数や連写速度など)スペックです。これらを比較して購入する方が多く、特に価格は重要な購入時の要件になっています。一眼レフカメラの世界に来ていただくには、この価格帯の製品が必要だということで、当初から狙ってあの価格帯に投入しています。

 D40もコストダウンは相当に頑張りましたが、今回はそれに輪をかけて値段を安くしています。安くなった分、新たな領域に売りやすくなっていますし、D3100があるからと言って、D700などの価値が落ちるわけではありません。開発はもう無理と思っているかもしれませんが、一眼レフカメラの普及を進めるという立ち位置からすると、これでもまだ高いと思っています。

――低価格を実現するポイントはどこにあるのでしょう?

 まず、デジタル機器の価格は常に下がっていくというトレンドがありますよね。使っている電子部品が安くなっている、という側面もありますから、それを見越して商品企画の段階で枠を決めておきます。D40から、安く一眼レフカメラを作るためのノウハウを積み上げてきましたので、それらを集約して初期設計の段階から、コスト高になる要素を徹底的に排除しました。またD3100は自社のセンサー(正確には自社設計、他社製造委託)なので、他社センサーを購入するよりも安く済んだという側面もあります。決してシェア獲得のために安売りしているわけではなく、当初から計画して安くしています。

――一方のD7000は、D300Sに近いスペックをD90のサイズで実現していますが、実際に手に触れるとD300系とは若干テイストが違いますね。

 スペックの数値だけを見るとD300に近く見えますが、ラインナップとしてはD90とD300Sの間で、いずれもD7000投入後に継続販売します。ご存じのように、D70、D80、D90は、それぞれ出荷台数を大きく伸ばしてきた人気商品です。これらの製品を使っているユーザーの調査をしてみると、ここ数年で買い換えを望むお客様が増えていたんです。そこでD90クラスのユーザーが、手軽にワンステップ上の機能を持つカメラを入手できるように、という意図でD7000を企画・開発しました。

 D300SはD90クラスのユーザーから見ると、スペックや機能に魅力はあるものの、大きさや重さが問題だと感じています。上のモデルが欲しいけれども、大きさや重さ、それに価格の面でも手が届かない。しかし、ワンクラス上の製品は欲しい。そんな人に向けて開発しました。

D7000D3100

――安くて高性能で軽量コンパクトなら、誰でも欲しいと思いますよね。しかし、製品開発とはそんなに簡単なものではないでしょう。特に重視したのはどんな点ですか?

 やはりサイズと重さですね。一眼レフカメラを使うお客様が、まず一番に求めるのがこの2つです。D90クラスのユーザーは、画素やスペックが倍々で増えてきて、それに伴って同じクラスの製品を買い換えてきましたが、やはり最近は倍々に増えるというわけにはいかなくなってきています。D7000も1,600万画素のセンサーを搭載していますが、画素数で売ろうという意図はありません。D90に対して、カメラとしての基本性能を上げ、より上質なカメラの味を知って欲しいと思って開発しました。

 まずは軽量・コンパクトにすることで、上位モデルへ移行する際のハードルを取り払い、そのうえで上級クラスらしい使用感も実現したというわけです。

――各社ともエントリークラスからミドルクラスへのステップアップをなかなかしてくれないという悩みを持っているようです。カメラのメカ部分の性能を求めなければ、エントリークラスが画素数や映像処理エンジンの世代などで、最新技術が投入されたものをより安価に使えると割り切った考えを持つ人もいるようですね。

 ところがニコンのカメラからエントリーしたユーザーの方々は、上位モデルにステップアップする人が多いというデータが出ています。理由をいろいろ考えてみたのですが、それはサイズが原因ではないかと考えました。たとえば、D40からD90にステップアップするユーザーは、想像以上に大きかったのです。ところが、そのうえとなると一気にD300Sになってしまう。大きく重く選択肢に入らないので、ステップアップしたくともできません。そうした意味ではD40でエントリーして、順調にD90を使いこなすようになったのに、その次が無かった。

 D7000は、そうしたユーザーに対して100%ファインダー、金属ボディ、2,016分割RGBセンサーによるシーン認識システム、39点のAFセンサーなど、最高レベルのスペックや機能を詰め込んで、趣味としてワンランク上の楽しみ方をサポートできる製品に仕上げました。


ニコンらしく新しい価値のある新ジャンルを

――ところでお話できないと後藤氏から伺ってはいますが、念のため“どこも作っていないような新しいカメラ”について何かありませんか?

 それはもちろん話せませんが、ひとつ言えるのはニコンらしく、しかも新しい価値のある製品を作りたいと考えています。ミラーレス機をニコンが……と書いている新聞も見かけますが、実際にはミラーレスという発言はしていません。そもそもミラーレスは手段であって、ミラーレスで作りたいから開発するというものではないでしょう。ソニーが透過ミラーでEVFカメラを作ったように、やり方、手段はひとつではなく、さまざまな可能性があります。具体的にどうするかは話せませんが、期待に添えるような商品にします。

――レンズ交換式カメラにとって、サイズを小さくすることが普及させる上で重要だとおっしゃいました。ミラーレス機への流れは、EVFという仕組みへの期待と、システム全体の小型・軽量化への欲求の2つが組み合わさったものですよね。EVF化が目的でなくとも、小型・軽量を目的にした時、Fマウントとは別のシステムを持つ必要があると思いますか?

 小型化だけでなく、どういう絵が撮れるかも重要です。単に小型化するだけなら、ミラーレス化して新しいシステムを作りましょう、となりますが、それだけではニコンらしさを引き出せるわけではありません。

――後藤研究室設立の当初、後藤氏は上下一直線のラインナップは味気ないとおっしゃっていました。これだけ販売数が増えてきたなら、プラットフォームを共通にした極端に趣味性の高いバリエーションモデルがあってもいいのでは。

 特定の用途向けのカメラや、趣味性の高いカメラをやってみたい、とは思います。ただ、ワールドワイドで見ると、今でも一眼レフカメラの市場は伸びており、市場ごとにさまざまなニーズが上がってきますから、まずは真ん中の柱となる製品を強くしていくことが優先されます。

――今回のフォトキナのトレンドとして、高級コンパクト機への注目度の高さがあると思います。以前よりCOOLPIX P5000から続く高級コンパクトカメラを持っていますが、コンパクトカメラとレンズ交換式カメラの間をつなぐ製品に対する興味は?

 将来は考えたいですね。ひとつは、コンパクトも一眼も、市場環境がかなり安定してきていることがあります。市場環境が安定していれば、主要ニーズの間にあるニッチを狙いやすくなりますから、より特徴ある製品で隙間を埋めていけます。

 もっともミラーレス機はどうしたとか、新しい価値を持つカメラを、といった話もありますし、一方で開発リソースは限られています。優先順位を決めて、順番に取り組んでいきたいと思います。

――ミラーレス、という意味ではなく、ソニーのトランスルーセント・ミラー・テクノロジーのように、EVFならではの価値を訴求する技術が登場するなど、OVFとEVFの議論も次の段階に入ってきました。ユーザーに与える情報という意味では、EVFが有利ですが、このあたりニコンはどう今後のトレンドが進むと予想していますか?

 高精細なEVFが今回のフォトキナでもを展示されていたり、徐々にEVFを巡る環境は改善しているのは確かですね。今後、どこまでEVFの品質が上がっていくかによるでしょう。ただOVFのユーザーに見せるインフォメーションの情報量が少ないという点は、まだまだこれから改良できます。オンスクリーン液晶でPN液晶を改良していき、より優れたインフォメーションをOVFにオーバーレイできるでしょう。

 とはいえ、ある程度以上の品質になってくれば、ひとつの回答としてEVFはアリだと思います。もちろん、社内でもEVFのは研究はやっています。どんな使い方ならEVFがいい、将来この問題はなおるだろうか? といった研究は怠っていません。




(本田雅一)

2010/10/1 15:44