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川島小鳥写真展「未来ちゃん」

――写真展リアルタイムレポート

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 カタキを食い散らかすような形相で食事をする、この子は……。誰もが、このメインビジュアルを眼にすれば、興味をそそられるはずだ。

 可愛いんだけど、その一言では済まない不思議な何かがある。だって、いかにも「余所行き」な赤い服を着ているけど、髪は少し乱れているし、後ろには布団が敷きっ放し。白い洋皿で食べているのはベーコンエッグか? 右手の後ろに見えるちょっとレトロ(!?)な台所と、この取り合わせは妙にアンバランスだ。よくよく見ると、ふすまも左右の色が違い、引き手だってちょっと変だぞ……。

 改めて「未来ちゃん」を眺めると、この子が実在しているのか、確信がもてなくなってくる。どこか奈良美智氏が描く少女みたいだ。

 川島小鳥さんは言う。

「これは『未来ちゃん』という作品なんです」。

 会期は2011年4月8日〜4月24日。開館時間は10時〜21時(最終日は18時まで)。入場料は一般300円、学生200円(税込)、小学生以下無料。会場のパルコファクトリーは東京都渋谷区宇田川町15-1 渋谷パルコ パート1/6F。

 なお本展は大阪・HEP HALLでも5月10日〜17日に開催予定。

川島小鳥さん 展示風景

「未来ちゃん」は実在しない!?

 被写体となった少女はもちろん実在するが、「未来」という名前ではない。川島さんが「未来ちゃん」というコンセプトで制作したものなのだ。

 会場には、3月に刊行した写真集『未来ちゃん』(ナナロク社)の掲載写真に、未収録写真を加え、約250点が展示されている。およそ1年をかけて撮影した中には、ヨーロッパで撮った写真も並ぶ。

 会場に入ると、一瞬、写真の枚数の多さに圧倒されるが、すぐに優しく眼になじんでくる。どこか家族のアルバムを見ているような懐かしさが漂っているからだ。

「使っているのはカラーネガで、普通のプリントを目指しました。今回はラボで処理してもらいましたが、自分で焼く時も普通が好きです」

 未来ちゃんの一瞬の表情をとらえたアップと、味のある田舎の街、自然風景の中で広角、点景として切り取ったカット、そして彼女のユニークな仕草を連続して撮影した組写真が絶妙なバランスで配置されている。色かぶりしたようなカットが数点混じり、それがまた家族アルバム的な雰囲気を醸し出す。

「1枚は、そういう色が入ったガラス越しに撮ったもので、虹色の光が顔に射した写真は偶然でした。連続した写真は、僕自身、意識して撮っているわけではありません。写真集では使っていないカットですが、監修の祖父江慎さんが、たくさん見せる写真展にしたら面白いって選んでくれたんです」

ドキュメンタリーではない

 川島さんの作品を見ていくと、被写体だけでなく、周囲の風景にも相当、目配りを利かせていることに気づく。その両方が響き合うことで深みのある世界が出来上がっているのだ。

 街の四つ角を走り抜ける未来ちゃんの向こうには、古びた木造2階建ての家があり、その壁には、素人っぽいレタリングで「ファッションハウス ノンノン」。障子越しのシルエットや、桜の大木の根元にできた洞に身を潜める未来ちゃんなど、家族写真の体裁をとりながら、1枚1枚に物語の余韻がぎっしり詰まっている。

「人を撮る時も、周囲はかなり意識して見ています。撮りたい場所を事前に見つけておく場合もあるし、偶然、出会ったところで撮っていくこともあります」

 カメラはニコンF6で、レンズは35mm一本。仕事の時でも50mmが加わるぐらいだという。

 藁を身体にまとい遊んでいる1枚は、彼女が勝手に遊んでいたのを見つけ、落ち葉に埋もれているシーンは、川島さんが葉っぱをかけた。

「僕の写真はドキュメンタリーじゃないんです」

 実在の少女をモチーフにして、作者がイメージする「未来ちゃん」の世界が創り出されている。「未来ちゃん」と名づけた少女の日常をありのままに写し取っているわけではないという意味だ。

(c)kawashima kotori

写真は高校時代から

 川島さんは高校時代から、写真を撮り始めたそうだ。1980年生まれで、当時は佐内正史さんの『生きている』などが注目されていた頃だ。

「写真が流行っていました。写真は、撮ったイメージがモノになる感じ。プリントになったビジュアルそのものが好きでしたね。撮った写真は自分で楽しんでいて、人に見せたりはしませんでした」

 誰かと写真論を語ったり、強制的な撮影会に出るのがいやで、大学では写真部には入らず、自由に写真を撮っていた。20歳ぐらいから4年間かけて撮影したのが「BABY BABY」だ。

 「BABY BABY」は、2006年に第10回新風舎平間至写真賞大賞を受賞し、2007年に写真集を刊行。今年3月に学研教育出版より復刊された。

「写真を勉強中で、ただ良い写真が撮りたくてやっていた。時間がいっぱいあったから、友だちの女の子をモデルに、散歩したり、お茶したりしながら撮っていました」

 ここでもローティーンの女の子の日常、現実を切り取るのではなく、街のいろいろな場所を使って、被写体の女の子そのものを撮ろうとしている。巻末には師である沼田元氣さんの文章も掲載され、「これを含めて一つの作品なんです」と川島さんは言う。

 それって沼田さんとの共同作業という意味なのか、すべてが川島さんの手になるものなのか。謎と興味は広がるばかりだ。

現実の向こう側へ

 「未来ちゃん」を撮り始めるきっかけは、写真家の松岡一哲さんから二人展の開催を誘われたことだ。それぞれに、自分の作品を並べる二人展はつまらないと思い、「松岡君は子どもを撮っていたから、似たような感じにした方が"二人展"の意味がある」と考えて、子どもを撮ろうと決めた。

 それまで子どもを自分が撮るなんていう発想は「ゼロ」。さらに最初の思惑では、小学生ぐらいの年齢を考えていたそうだ。

「前々から、佐渡島に住む友人から『佐渡には良い子がいっぱいいるよ』って誘われていたのを思い出して、行ったら『未来ちゃん』がいた。2009年の12月でしたね。素のままが素敵だと思ったのと、写真を撮る時に、カメラを無視している感じが楽しい」と感じた。それから月に一度ぐらいのペースで佐渡に渡り、1週間前後、友人宅に住み込んで撮り始めた。

 どんな時にシャッターを切るか、川島さんに問うと「『未来ちゃん』という作品設定だから、彼女が未来ちゃんになったと思った時です」。

この撮影を通して、川島さん自身、「未来ちゃんと一緒に過ごして、生き方とか、多くを学んだ。自由さとか、激しさとかですね」と話す。『未来ちゃん』の作品を見ていくと、その言葉が自然に納得できる。

 決定的瞬間を逃さず捉える、眼と反射神経の良さとともに、現実を切り取りつつ、すっと別の次元の物語へと組み替えてしまう。そこが川島小鳥世界の大きな魅力になっている。1枚1枚の作品が共鳴しあう。そんな滅多にない写真体験ができる場だ。



(いちいやすのぶ)1963年、東京生まれ。ここ数年で、新しいギャラリーが随分と増えてきた。若手写真家の自主ギャラリー、アート志向の画廊系ギャラリーなど、そのカラーもさまざまだ。必見の写真展を見落とさないように、東京フォト散歩でギャラリー情報の確認を。写真展の開催情報もお気軽にお寄せください。

2011/4/14 00:00