竹沢うるま写真展「Tio's Island」~南の島のティオの世界~

――写真展リアルタイムレポート

(c)竹沢うるま

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 竹沢さんは世界をフィールドに活動する写真家だ。そんな彼が書店で偶然、一冊の本を手にしたことで、今回の写真展が誕生した。

「池澤夏樹さんの『南の島のティオ』を読んだ時、僕がいつも写真で表現しようと感じている世界があった。小説をなぞっていくのではなく、僕がこれまで撮ってきた写真の中から、僕なりの南の島の少年の物語を構成しました」

 竹沢さんはこれまでに100回以上の海外取材を行ない、訪れた国は60カ国・地域を超す。この小説の舞台となった島も、読んですぐに特定できたそうだが「あくまでも想像上の島なんです」と笑う。会場に並べられたのは、およそ10の国に属する10~15の島で撮影されたイメージだ。

 会期は2009年12月10日~21日。開場時間は10時30分~19時、最終日は15時まで。会期中無休。会場のコニカミノルタプラザは東京都新宿区新宿3-26-11 新宿高野ビル4F。問合せは03-3225-5001。

竹沢さんは2010年の4月か5月に世界一周に出かける。期間は1年か、1年半の予定だこのシリーズは2010年3月に写真集としてまとめられる
フレームは流木や廃材を使って制作した。(協力:ANABA PROJECT、廃材ラボ)

頭の中にあるもう一つの世界

 竹沢さんの中には、目の前に存在する現実のほかに、もう一つ、頭の中に別の世界があるという。

「写真で引っ張り出したいのは、そのもう一個の世界なんです」と竹沢さんは言う。人は日々の営みの中で、さまざまなものを蓄積していく。そうした経験を通して、目の前の世界は少しずつ変化して見え始めるが、世界の本質は変わらずに存在しているはずだ。

「そこに見出そうとしているのは自分自身です。風景を媒介にして、自分自身を見よう、記録しようとしているのだと思います」

沖縄に魅せられ写真を始める

 竹沢さんが写真を始めたのは18歳。夏に沖縄を旅行し、青い海と、まったく違う文化に衝撃を受けた。

「出会ったものを忘れたくなくて、写真をたくさん撮りまくりました」という。それは10日間の旅で、撮影フィルムは100本に上った。

(c)竹沢うるま

 その後も沖縄には通い続け、使用カメラも一眼レフに変わったが、その頃はまだ写真家になろうとは思っていなかったという。大学4年になり、大学を休学して1年間、アメリカに渡った。

「就職の氷河期で、志望した会社からは軒並み落とされ、行き詰っていたのです。このままどこかの会社に引っかかって入っても、それが自分のためにいいのかという迷いもあり、1年間、モラトリアムをもらおうと思いました」

 西海岸の海で水中写真を撮っていると、海面に犬が泳いでいるのが見えた。水面に上がり、写真を撮り始め、ふと岸辺を見ると飼い主が不安そうにこちらをみていた。

「彼はムービーのフォトディレクターで、撮った犬の写真をあげると、僕の写真も見てくれた。『写真家になるつもりはないのか』と聞かれ、彼の紹介で写真のワークショップを受講することになったんです」

 そこからまた紹介で、モノクロのラボで働きながら、別のワークショップに参加することになった。最初は奨められるまま受講していた竹沢さんだったが、いつしか写真家になろうと考え始めていた。

マリン企画のスタッフフォトグラファーに

 帰国後、海洋関連の雑誌マリン企画にフォトグラファーとして就職した。

「写真家の高砂淳二さんのプロフィールを見たら、『世界の2/3を旅しながら写真を撮っている』というようなことが書かれていて、出身がマリン企画となっていた。ここに行けば、こういう生活ができると思った」

 履歴書と、これまで撮影した写真を送ったところ、即、面接が決まり、採用された。仕事は竹沢さんの狙い通りで、月2回は海外に出かけられた。

「それまでとまったく違う生活で、最初の1年半ぐらいはかなりしんどかった。徹夜続きで、海外に出かけ撮影。帰ってきて、また徹夜。編集、ライティング、入稿作業すべてやっていましたから。その頃、ゆっくり寝られるのは飛行機の中だけでしたね」

水中はフィルムを使う。この低コントラストの青い世界は、フィルムが合っていると竹沢さんは言う (c)竹沢うるま

 しんどい時期を過ぎると、仕事が俄然楽しくなったという。3年半勤めて、2004年に独立した。

「社カメの頃は独立することだけが目標でした。フリーになってからはどうやって食べていくかを考え、今はもやもやっとですが、何を目指したいかが見えてきた。それは何かというと、60歳、70歳になっても、この仕事ができていたらいい、いつまでも自分の思っていることを撮り続けていたいという思いです」

もっともっと世界が見たい

 たくさんの国を旅してきた竹沢さんだが、まだまだ知らない国を見たいと話す。

「行けば行くほど世界が分からなくなるし、すごい発見があって、自分の小ささを思い知らされる」

 撮影する時、最も重視しているのは、自分が旅人だという自覚だという。旅人だからこそ、その土地の人が見えない風景に気づく。これまで数多くの外国人が、不思議の国日本を発見してきたのと同じだ。

「また僕自身、違う国に身を置くことで、自分のいる世界、日本人であることが明確に見えるようになります」

 世界は広く多様だという。ならば、その事実を実感したい。自分の目と身体でトレースしていきたい。それは竹沢さんにとって結局、自分自身を知ることにつながっていくのだ。

柔らかさ、にじんだ感じが欲しい時はデジタルを選ぶという。「僕的にはフィルムの方がシャープ。カチッと時を止めた感じが出る」 (c)竹沢うるま

その瞬間を撮るために

 海外での撮影は大概1週間から、長くて1カ月。初めての国に行く時、予備知識は仕入れるが、先入観は作らないようにする。その国で実際に感じたインスピレーションを生かしたいからだ。

 現地に着いたら、思いのままに歩き回り、美味しいものを探し、人と話す。

「着いた時が一番感度が高い。その高揚感は撮ることで落ち着けていく。その結果、その場所が分かるし、見えてくる」

 今回、会場に並んだ25点は、どれも鮮烈な色と光の美しさが印象的だ。こうして写真で見せられると、南の島に行けば、いつでもこの風景に出会えると思ってしまうが、そうではないと竹沢さんは言う。

「その瞬間に居合わせることが大事です。それは具体的な条件があるわけではなく、その日の雲の動きや、光の様子などを感じて動くだけ。セオリーなどまったくない、混沌とした中から見つけ出す作業です」

 そこに魅せられてしまったから、竹沢さんは次々と新たな場所へと気持ちが駆り立てられるのだろう。彼が見つけ出した世界の断片は、ただ美しいだけでなく、観る人に何かを語りかけるはず。帰りがけ、見慣れた新宿の街が、少し違って目に映るかもしれない。

(c)竹沢うるま


(いちいやすのぶ)1963年東京生まれ。4月某日、4回目になるギャラリーツアーを開催。老若男女の写真ファンと写真展を巡り、作品を鑑賞しつつ作家さんやキュレーターさんのお話を聞く会です。始めた頃、見慣れぬアート系の作品に戸惑っていた参加者も、今は自分の鑑賞眼をもって空間を楽しむようになりました。その進歩の程は驚嘆すべきものがあります。写真展めぐりの前には東京フォト散歩をご覧ください。開催情報もお気軽にどうぞ。

2009/12/15 13:45