写真を巡る、今日の読書

第120回:写真と現実の「隙間」を考える

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

写真と現実の隙間

「写真は現実を写す」。フレーミングや露出によって見え方は変わりますが、レンズの前にあった「現実」が写真には記録されることに異論はないでしょう。

しかし、現実が写っているからといって、画面の隅々まですべてを認識していたとは限りません。撮ろうと思ったものより、偶然画面に入ったものの方が、写真を眺めるうちに気になってくることもあります。写真は目の前の世界を確かめる道具であると同時に、その世界が思うほど自明ではないと知らせるものでもあります。

今回は、写真と現実の間に生じる、そのわずかな隙間を考えてみたいと思います。

『新装版 大辻清司 写真ノート』大辻清司 著(アルファ企画/2026年)

1冊目は、大辻清司『新装版 大辻清司 写真ノート』。1980年代に『アサヒカメラ』に連載されたテキストをまとめ、1989年に刊行された本の新装版です。

大辻は、私が勤める東京工芸大学の前身である東京写真専門学校で学び、戦後の前衛写真や「実験工房」に関わりました。この本は長らく、私にとって写真の教科書のような存在でした。学生たちにも折に触れてその考え方を紹介してきましたが、絶版のため、容易に手に入る状況ではありませんでした。こうして復刊され、本連載でも取り上げられることを嬉しく思います。

この本の出発点にあるのは、日常のささやかな出来事と写真芸術の接点です。「〈写真〉と〈肉眼〉の関係」「〈わからなくても面白い〉もの」「写真教育の実際」といった項目には、写真を撮るときに見過ごしている問いが並びます。

写真を教える場では、何を撮るのか、何を表現するのかという問いを繰り返します。けれども、「何か」を見つけてからシャッターを切るばかりではありません。写真になった後で、自分が何を見ていたのかに気づくこともある。その順序の逆転に、写真の面白さがあるのだと思います。

巻末には、16点のモノクロ写真からなる小作品集「Kiyoji Otsuji: Photographs 1948-1975」も収められています。大辻の言葉は今も色褪せず、読み返すたびに発見があります。

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『シュルレアリスム 越境する想像力: 『宣言』から100年後のアップデート』谷昌親 編(国書刊行会/2026年)

2冊目は、谷昌親編『シュルレアリスム 越境する想像力――『宣言』から100年後のアップデート』。ブルトンをめぐる議論から、詩、小説、美術、精神分析、身体、地域をまたぐ試みへと視野を広げる論集です。

写真に関心を持つ読者には、マン・レイを「シュルレアリスト写真家」という枠組みから考え直す論考もあります。シュルレアリスムというと、奇抜な造形や夢のような風景を思い浮かべるかもしれません。しかし、この運動を現実の習慣的な捉え方への疑いとして考えると、身近な写真の見方も変わります。

道路標識や人影、窓ガラスの反射といったありふれたものでも、ひとつの画面に置かれると、それまで見えなかった関係が立ち上がる。写真は日常を非日常に変えるためだけにあるのではなく、日常そのものが一通りには見えていなかったと気づかせることがあります。大辻のいう「わからなくても面白い」ものも、そこにつながるように思います。

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『呪われし者の書』チャールズ・H・フォート 著(国書刊行会/2026年)

3冊目は、チャールズ・H・フォート『呪われし者の書』。原著は1919年に刊行され、黒い雨や空から落ちる氷塊など、当時の科学の説明からこぼれ落ちた報告を集めています。

新聞や学術文献を調べ、まともに取り合われなかった記録を拾い続けたフォートの方法は、目の前にあるものを見落とさない写真家の姿勢とも、どこかで重なります。

ただし、奇妙な報告が集まったからといって、それらがすべて事実だと証明されるわけではありません。むしろ興味深いのは、何が「事実」として受け入れられ、何が退けられるのかという境界です。

写真家もまた、何を画面に収め、どの写真を人に見せるかを選びます。写真に何かが写っていることと、その写真が何を証明するかは別の問題です。記録することの力を信じるからこそ、選ぶことの力にも注意深くありたいと思います。

大辻は日常から、シュルレアリスムは習慣への問いから、フォートは知の周縁から、現実を見つめ直します。わからないものをすぐに説明したり、奇妙さだけを楽しんだりせず、まず見ること。その態度に立ち返ることで、写真にも身の回りの世界にも、まだ知らないものが見えてくるのではないでしょうか。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)、『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)等。最新刊に『Behind the Mask』(2023年/スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。