鏡のトンネルを写す「合わせ鏡イチガン」

Reported by糸崎公朗

一見、単なる卓上ミラーだが、中心部に穴が開けられ、その奥からiPhone 4のレンズが覗いている。実はこれ、別の鏡に向けるといわゆる“合わせ鏡”による鏡のトンネル映像が撮れる、画期的な「合わせ鏡イチガン」なのだ。

雑談から生まれた「新しい概念のカメラ」

 今年のフォトキナは各社からスゴイ新製品が目白押しで驚いてしまったが、この勢いに乗って、ぼくも実に画期的なカメラを開発したので紹介しよう。

 それがこの「合わせ鏡イチガン」なのだが、ミラーレス一眼が流行する時代に逆行するかのように、全身ミラーの実に斬新なスタイルだ(笑)。

 なぜこんなスタイルなのかと言えば、実はこのカメラを別の鏡に向けて撮影すると、いわゆる“合わせ鏡”によるトンネルが撮影できる、恐らく世界初? の新しい概念のカメラなのである。

 このカメラは美術家の彦阪尚嘉さんとの共同開発なのだが、発想のきっかけは雑談だった。このとき、ぼくらは精神分析医ジャック・ラカンが提唱する「鏡像理論」を元に、人間の心的領域は合わせ鏡のように、奥深くまで続いているのでは……? というような話をしてた。

 その際中、ぼくはふと実際の“合わせ鏡”をちゃんと見た記憶がなかったことに思い至り、そんな“合わせ鏡”を撮影するためのカメラの構想が、パッと頭の中に閃いたのである。そこで早速ホームセンターなどで材料を買いそろえ、アイデアの実現に取り組んだのだった。


―注意―

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“合わせ鏡”を撮影するには何と言っても鏡が必要で、まずホームセンターでご覧のテーブルミラーを買ってきた。カメラ部分はiPhone 4を使用することにした。iPhone 4の内蔵カメラはデジカメよりレンズ径が小さく、そこがミソである。テーブルミラーに穴を開けるための、ガラスドリルもホームセンターで購入した。iPhone 4のレンズ径に対し、少し大きめの6mm径をセレクトした。
ガラスドリルをボール盤に装着し、ミラーの中心部に穴を開ける。ドリルを低速回転に設定し、オイルを垂らしながら、ゆっくり時間を掛けて穴を開けてゆく。焦って力を掛けすぎるとミラーが割れるので、注意を要する。無事、ミラーの中心に穴を開けることができた。穴の内側は、乱反射防止のための黒塗装(コバ塗り)をする。
次にミラー裏面にiPhone 4を装着する作業をする。まず、ミラー裏面の固定アームの片側だけを取り外す。強力両面テープで接着してあったので、「ペイント薄め液」を流し込みながら、慎重に剥がす。ミラー固定アームの余計な部分を、カッターナイフと定規を使って切り取る。
iPhone 4は、市販の専用ケースを利用して、ミラー裏側に固定することにした。ケースに厚みがあるとケラレが生じる可能性があるので、極薄0.5mmの製品(x-doria Defense 360°)をセレクトした。取り外したミラー固定アームを、強力両面テープで再接着する。また、iPhone 4用ケースの表面にも両面テープを貼り付ける。
iPhone 4用ケースをミラー裏面に装着する。さらにiPhone 4用を装着して完成。
完成したカメラを前面から見たところ。本体そのものがミラーで、ミラーレス一眼ならぬ「合わせ鏡イチガン」と名づけてみた。「合わせ鏡イチガン」を路上のミラーに向けたところ。不思議な鏡のトンネルの世界を映し出すことができる。

実写作品(静止画)

 さて、でき上がった「合わせ鏡イチガン」だが、まずは自宅の鏡に向けてみると……なるほど! まさに無限に続く鏡のトンネルが見えて、感動してしまう。次いで外に出て、いろいろな鏡を見付けては撮影してみたのだが、これもまた面白い! 路上にある鏡はカーブミラーやバイクのミラーなどの凸面鏡なのだが、平面鏡とは違った感じの“鏡のトンネル”が見えるのだ。

iPhone 4 / 約1.8MB / 1,936×2,592 / 1/17秒 / F2.8 / ISO80 / WB:オート / 3.8mmiPhone 4 / 約1.9MB / 1,936×2,592 / 1/100秒 / F2.8 / ISO125 / WB:オート / 3.8mm
iPhone 4 / 約1.6MB / 1,936×2,592 / 1/299秒 / F2.8 / ISO80 / WB:オート / 3.8mmiPhone 4 / 約1.5MB / 1,936×2,592 / 1/628秒 / F2.8 / ISO80 / WB:オート / 3.8mm
iPhone 4 / 約1.8MB / 1,936×2,592 / 1/464秒 / F2.8 / ISO80 / WB:オート / 3.8mmiPhone 4 / 約1.4MB / 1,936×2,592 / 1/736秒 / F2.8 / ISO80 / WB:オート / 3.8mm

実写作品(動画)

 今回は動画作品もぜひ覧いただきたいのだが、静止画にも増して不思議な世界が立ち現れている。“合わせ鏡”の動く様子が観察できるのも、この「合わせ鏡イチガン」ならではの特徴だと言えるだろう。

 

 

 

 

鏡のトンネルが心の深さを映し出す

 この「合わせ鏡イチガン」で撮った写真には、必然的に鏡を持った自分の姿が写り込む。しかし肝心の顔がなく、そこにはぽっかり穴が空いている。そのように不思議な「セルフポートレート」が撮れるカメラだとも言えるだろう。

 実は、人間は自分の顔を直接見ることが出来ず、鏡に映った像を見て、初めて自分がどんな顔なのかを認識する。というのがフランスの精神分析医ジャック・ラカンによる「鏡像理論」なのである。

 人間は色や形のあるものなら何でも見えると思っているが、しかし肝心の自分の顔だけは直接見ることができない。これはあらためて考えると、何とも不思議で理不尽な話だ。

 人間は四六時中鏡を見ているわけではないから、普段は自分の顔が見えない状態のまま、他人の顔だけを見て生活している。そしてその他人は、自分の姿や行動に対し様々な反応を示し、その言葉や態度によって“あなたはこういう人間ですよ”という情報を常に与えてくれる。

 つまり自分にとっての他人とは、“自分とは何者か”を映し出す鏡のような存在なのである。人間は、鏡の反射がなければ自分の顔を知ることができないように、他者という鏡の反射がなければ“自分とは何者か”を知ることができないのだ。

 そして自分もまた、他人にとっての鏡の役目を果たしている。つまり人間と人間が向き合うということは、鏡と鏡が向き合うことと同じなのである。

 自分が他人と向き合うとき、実はその“相手”だけを見ているようでいて、その実相手が映し出す“自分”を見ているのである。しかし相手が映し出す“自分”とは、自分が映し出した相手の姿なのであり、そのような“合わせ鏡”のような深い世界を、実は見ていると言えるのだ。

 以上は必ずしも事実と言うわけではなく、あくまで仮説であり概念でしかないのだが、それを視覚化する装置が今回の「合わせ鏡イチガン」なのである。“写真とは何か?”の追求は“認識とは何か?”の追求でもあり、その過程で今回のような新しい写真表現は生まれるのだ。


告知

・糸崎公朗作品展「盆栽×写真vol.2」(大宮盆栽美術館)

 盆栽をモチーフとする写真作品展。期間は10月5日~11月28日。ワークショップやギャラリートークも開催するほか、会場で作品集を先行販売する。詳細はこちら







糸崎公朗
1965年生まれ。東京造形大学卒業。美術家・写真家。主な受賞にキリンアートアワード1999優秀賞、2000年度コニカ フォト・プレミオ大賞、第19回東川賞新人作家賞など。主な著作に「フォトモの街角」「東京昆虫デジワイド」(共にアートン)など。毎週土曜日、新宿三丁目の竹林閣にて「糸崎公朗主宰:非人称芸術博士課程」の講師を務める。メインブログはhttp://kimioitosaki.hatenablog.com/Twitterは@itozaki

2012/10/5 14:37