メーカー直撃インタビュー:伊達淳一の技術のフカボリ!
キヤノン EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM
進化を遂げたキヤノンの注目技術に迫る!
Reported by 伊達淳一(2015/1/21 08:00)
本誌でも既報のとおり、キヤノンの人気望遠ズームレンズが久々にEF100-400mm F4.5-5.6L IS II USMとしてリニューアルした。最新の光学設計はもちろん、鏡筒設計や手ブレ補正機構など、注目トピックが満載だ。今回はこれらをより深くマニアックに掘り下げて話を伺った。(聞き手:伊達淳一、本文中敬称略)
キヤノンEF100-400mm F4.5-5.6L IS II USMって何?
16年ぶりにリニューアルされたフルサイズ対応超望遠ズームで、飛行機やモータースポーツ撮影で絶大な人気を誇る。最新の光学技術の投入で、ズーム全域で従来よりも光学性能が大幅にアップし、手ブレ補正効果も1.5段から4段に向上。トルク調整可能な回転式ズームや開閉窓付きレンズフード、カメラに装着したままレンズを着脱できる新・三脚座など、操作性の向上も図られている伊達淳一的EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USMの気になるポイント
- ・最新光学技術投入でEF70-200mm F2.8L ・型と同等の高画質を実現
- ・超望遠ズームとしては驚異的な最短撮影距離0.98m
- ・ナノサイズの空気の球を含ませた新コーティングASCを初採用
- ・ズーム方式は直進式から回転式に。独立構造の新三脚座も装備
◇ ◇
リニューアルに16年を要した理由とは?
――まず、開発コンセプトから教えてください。
山口:このレンズの前機種にあたる「EF100-400mm F4.5-5.6L IS USM(I型)」は、発売から16年という長い年月が経過し、これまで多くのお客さまにご愛顧いただいています。しかし、時代はフィルムからデジタルへと移り変わり、カメラの画素数も多くなってきたことで、もっと光学性能を高めてほしいという要望が高まってきました。
そういった要望に応え、最新の光学設計と機構設計で、高画質と小型軽量化の両立を図ったのが今回の「EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM(II型)」です。
――僕にとっても待ちに待ったリニューアルです。でも、なぜここまでリニューアルに時間がかかったのでしょうか? 飛行機や鉄道、野鳥撮影に非常に人気の高いレンズだけに、もっと開発の優先順位を高くしてほしかったところです。
山口:決して、開発の優先順位が低かったというわけではありません。このレンズを使われる方というのはハイアマチュアやプロの方で、やはり非常に高い性能を求められます。それだけに、従来製品と比べ、圧倒的に性能がアップしたと感じていただけるレベルまで持っていくのに時間がかかってしまいました。
――キヤノンの望遠ズームというと、EF70-200mm F2.8L IS II USMはちょっと焦点距離が短いので違うかもしれませんが、EF200-400mm F4L IS USM エクステンダー 1.4×やEF70-300mm F4-5.6L IS USMなどが先に発売されました。これらのレンズに比べ、今回のII型は開発難易度が高かったのでしょうか?
杉田:テレ端の焦点距離が長ければ長いほど、ズーム倍率が高ければ高いほど設計は難しくなってきます。EF70-200mm F2.8L IS II USMやEF200-400mm F4L IS USM エクステンダー 1.4×のようにズーム比が小さく、インナーズーム方式を採用できるレンズは、ズームによって鏡筒が伸縮しないので、構成レンズを高精度に保持するのに有利です。
一方、ズームで鏡筒が繰り出されるタイプのレンズは、前玉の重みで鏡筒のガタやたわみが生じてしまうと、設計値どおりの画質を維持できません。そのため、技術的な難易度がかなり高くなりますが、EF70-300mm F4-5.6L IS USMを開発した際に、ズームで全長が伸びるレンズでワンランク上の高画質を達成する手法をある程度確立でき、それが今回のII型の開発にもつながっています。
ただ、テレ端の焦点距離がさらに伸びているので、それをクリアするのに少々時間が必要でした。
――従来のI型はフィルム全盛期に企画・設計された超望遠ズームですよね? しかし、時代はデジタルになり、APS-Cというデジタルならではの新しいフォーマットも登場してきました。
特に、APS-Cモデル最強の高速AF連写を誇るEOS 7D Mark IIと組み合わせて使われるケースも多いと思われますが、APS-Cだとワイド端が160mm相当になってしまうのは、フィールドスポーツ等の撮影を考えると、ちょっと画角が狭すぎるような気がします。
そういったことを考えると、ワイド端の焦点距離を70mmか80mmに広げるという選択肢もあったと思いますが、なぜI型のスペックをそのまま踏襲したのでしょうか?
山口:企画検討の段階では、確かにワイド端の焦点距離を70mmや80mmまで広げる案もありましたが、ワイド端の焦点距離を広げつつ、なおかつ画質も妥協しないとなると、レンズが大きく重くなり、携帯性や機動性を損なってしまいます。
今回のII型は、400mmまでカバーする超望遠ズームとして、極力サイズアップを抑え、画質のアップを図るということを最重視しました。
――最近はレンズメーカーから600mmまでカバーする超望遠ズームが手頃な価格で発売されています。最近のEOSは開放F8でもAFが効くので、II型に1.4倍のエクステンダーを装着すれば、テレ端の焦点距離を560mmまで伸ばせます。
しかし、選択できるAFフレームは中央1点のみになり、AFスピードも低下してしまうので、やはりレンズそのものの焦点距離が長い方が有利です。もっとテレ端の焦点距離を伸ばした超高倍率ズームという案はなかったのですか?
山口:もちろん検討はしましたが、先ほどの回答と同じで、サイズと画質のバランスを考えました。
他のEFレンズと共通の回転式ズームに
――直進式ズーム採用のI型に対し、II型は回転式になりました。これはなぜですか?
山口:企画段階では直進式と回転式の両方の可能性を検討しました。直進式のメリットは、ワイドからテレまですばやく画角を変更できる点です。一方、画角の微調整のしやすさという点では回転式が有利です。それぞれにメリットがありますが、ユーザーからの意見や要望をヒアリング調査した結果、今回は回転式を採用することにしました。
――直進式だと鏡筒のガタツキを抑えるのが難しく、画質を維持するのに不利ということではないのですか?
長尾:それは違います。直進式ズームでも安定した画質を維持できる機構設計は可能です。ズームの操作方式で画質に対する有利、不利ということはなく、あくまで、純粋に操作性の面から検討した結果、多くの現行EFレンズと共通した操作である回転式ズームを採用しました。
――個人的には、超望遠ズームは直進式が好きなので、II型で回転式になったのはちょっと残念だったりします。ちなみに、調整リングでズームリングのトルクを一番軽くすれば、左手でフードをつまみ、そのままフードを前後に動かすことで直進式ズーム的に使用できますが、こうした使い方はレンズに対して悪影響がありますか?
山口:ズームリングを回すよりもメカ機構に負荷がかかり、鏡筒のガタツキが大きくなるなど劣化を早める可能性もあるので、メーカーとしては推奨していません。
――てっきり従来のI型ユーザーのことを考えて、直進式ズーム的にも使えるように工夫してくれたのかと思いました。超望遠レンズは、フードなどレンズの先端部分を左手で支えた方がフレーミングは安定するので、そのままフードを前後してズームできれば便利なんですけどね。
ところで、II型のカタログに“EF70-200mm F2.8L IS II USMと同等の高画質を獲得”との記載があり、公表されているMTFもI型に比べ、II型はコントラストも解像性能もかなり向上しています。このような高画質を実現できた技術的なポイントを教えてください。
杉田:蛍石レンズ、スーパーUDレンズといった特殊ガラスだけでなく、I型の開発時には存在しなかったような高屈折の硝材が使えるようになったことが、画質を高めるのに大いに役立っています。
また、机上の設計性能だけであれば、レンズの構成枚数を少し増やすことで、このサイズで画質を高めることは光学設計上は比較的容易にできるのですが、問題はそれをいかに作りやすく設計するか、という部分です。レンズの研磨からメカ機構、それを組み立てる際の精度、そして経年劣化など、現実のレンズには必ずある程度の誤差が伴いますが、そうした誤差があっても、性能劣化を抑制する設計手法が近年培われてきました。
レンズを小型化するには、パワーの強いレンズを使って光を大きく曲げれば良いのですが、一般的にパワーの強い(屈折力の高い)レンズは位置がずれたときの画質劣化が大きく、製造誤差や経年劣化に弱くなりやすい傾向があります。
このII型は、スーパーUDガラスや蛍石といった特殊硝材や、高屈折率材料を適切に使用することで、基本的な光学性能を高めつつ、さらに、誤差があっても画質に影響しにくい最適なバランスを追求した設計になっています。
製造誤差や経年変化に強い光学系を採用
――従来のI型とII型の光学系の違いについて教えてください。
杉田:基本的なレンズ構成は同じで、6群タイプのズームレンズですが、レンズの枚数は4枚増えていて、より効果的な部分にレンズを追加しています。
例えば、色収差補正に効果がある第2群やフォーカスレンズ周りにレンズを追加することで、レンズの基本性能を大幅に向上させています。さらに、誤差に対して強く、足した4枚分の性能、効果が最大限に生きるような設計にしています。
――多少の誤差があっても性能の変動が少ないようにすると、ピークの性能は低下しませんか?
杉田:そんなことはありません。立てたピーク性能を製造誤差でいかに崩さないか、という光学設計的な工夫をしています。
――最短撮影距離が1.8mから0.98mと大幅に短くなっているのもすごいですね。400mmをカバーする超望遠ズームで、ここまで最短撮影距離を短くするのは設計的にも容易ではなかったと思いますが、なぜここまで0.98mという最短撮影距離にこだわったのでしょうか?
山口:従来のI型に限らず、どのレンズに関しても、最短撮影距離はできるだけ短くしてほしいという声は各ジャンルから寄せられていました。最短撮影距離が短ければ、被写体が近くまで迫ってくる場合や、撮影者の後ろにスペースがない場合でもピントを合わせられます。また、花などを望遠マクロ的に撮影することもできます。
フォーカスリミッターもありますので、最短撮影距離が短くて困ることはありませんよね? 撮影領域の拡大を図るという意味でも、これまでにない最短撮影距離の短さにこだわりました。
――EF70-300mm F4-5.6L IS USMも最短撮影距離が1.2mと短いのが特徴ですが、最短撮影距離付近ではインナーフォーカスの特性で、(ズームリングの)焦点距離よりも実際には広い画角で写ります。このレンズも同じですか?
杉田:基本的な光学系はEF70-300mm F4-5.6L IS USMと同じですので、やはり近接撮影時には画角が広くなります。ただ、最短撮影距離が0.98mと圧倒的に寄れるので、最大撮影倍率はEF70-300mm F4-5.6L IS USMの0.21倍に対し、II型は0.31倍と高いため、よりアップで写せます。
ベアリングを活用して鏡筒のガタツキを防止
――画質を維持したまま最短撮影距離を短くするのは、光学的にも機構的にも非常に難しい課題だったと思いますが、それをどのようにクリアしたのか、技術的なポイントを教えてください。
杉田:おっしゃるとおり、ここは特にこだわったところですね。最短撮影距離を短くするには、フォーカスレンズ群のパワーを強くする方法と、フォーカスレンズ群の移動量を増やす方法がありますが、今回はその2つを併用しています。
先ほど説明したように、パワーが強くなると、少しでもレンズが傾いたときに、画質に影響するだけでなく、フォーカスの停止位置の少しのずれが、ピントのずれにつながってしまいます。機構設計と協力して、いかにそういった弊害を発生させずに成立させるかがポイントとなります。
また、第4群と第6群を個別に動かすフローティングフォーカスを採用することで、近接撮影時の画質劣化を抑えています。
長尾:機構設計側のポイントとしては、フォーカスレンズの敏感度が高くなって少し動かしただけでもピント位置が大きく動くようになると、フォーカスレンズをこれまで以上に精度良く止めなければなりません。
しかも、(フォーカスレンズの)移動量が大きくなったので、カム筒に設置するカム溝の傾斜角を急角度にして、カム筒を一定角度回したときの繰り出し量を大きく取る必要があります。
しかし、カム溝の傾斜角を急角度にすると、フォーカスレンズを精度よく止めるのが難しくなる上に、カム筒を回すモーターの負荷も大きくなってしまいます。そのため、駆動負荷が大きくならないように、フォーカス群にボールベアリングを取り付けて、そのベアリングをカム筒のカム溝にはめる構造を採用しました。
ただ、その構造で、ベアリングとカム溝の遊びでガタツキが生じると、フォーカスレンズを精度良く停止できなくなるので、ベアリングをカム溝に押しつける機構も盛り込んでいます。フォーカス群にベアリングを取り付けたと言いましたが、その押しつける機構側にもベアリングを使い、ガタツキを抑えると同時にスムーズな動きを実現しています。
今回フォーカス群のガタ寄せ駆動機構だけで9個のベアリングを使用して、フォーカスレンズの移動量と精度を両立させています。
――う~ん、とても文字だけで説明できる自信がないですね(笑)。一般的なズームレンズだとピン(細い金属棒)を使っているのに対し、このレンズはボールベアリングを贅沢に使って、少ない力でも大きくスムーズに動かせ、しかも、ガタツキを抑えるため筒に押しつける機構を入れると抵抗が大きくなるので、押しつける機構にもベアリングを採用しているということですね。
長尾:大まかにはそのとおりです。
――ここまで凝った機構を採用したのは、このレンズが初めてですか?
長尾:いいえ、まったく同じ構造ではありませんが、ほかのLレンズで同様の機構を採用しているものもあります。
杉田:EF70-300mm F4-5.6L IS USMは、フォーカスレンズ群の移動量を増やす手法で最短撮影距離の短縮を図っていて、レンズのパワーは強めないようにしていましたが、今回のII型はレンズのパワーも強めているので、この構造によってガタツキを抑えられなければ、個体差が非常に大きく、フォーカス精度も安定しなくなってしまうため、(机上の光学設計では成立しても)製品化には至っていなかったと思います。
――鏡筒が繰り出されますが、前玉の重みによるたわみで像が劣化する心配はありませんか? 特に経年劣化によるガタの増大が気になります。
杉田:通常このタイプの光学系では第1群の倒れが光学性能に及ぼす影響は大きくなります。しかし、今回は第1群の倒れが光学性能に及ぼす影響ができるだけ小さくなるよう第1群と第2群のレンズ形状などを光学設計的な工夫を行っています。
長尾:機構設計としては、レンズを繰り出したときのガタツキをできるだけ抑え、長期間使用してもガタが増えないような工夫をしています。実際の製品を手にしていただけると分かりますが、鏡筒を触ってみるとほとんどガタがありません。
それは、第1群を保持させて駆動させる機構部には12個のカムフォロアーを使っており、それぞれがカム溝などにはまり込み、しっかりと鏡筒を保持しているからです。
通常、鏡筒を3点で支持するものが多いですが、カムフォロアーという部品の使用個数を増やし、より多点で鏡筒を支持することで、ガタツキを抑えると同時に、1カ所あたりにかかる負荷を減らし、耐久性を高めています。
しかも、こうした支持部材を増やすとズームリングの動きが重くなりがちですが、そうはならないように工夫して配置しています。こうした多点で支える構造は、EF70-300mm F4-5.6L IS USMでも採用されていますが、より焦点距離が長く、レンズの前玉が重くなったぶん、今回のII型ではカムフォロアーを増やして信頼性向上を図っています。
――一般的な70-300mmズームに比べると、EF70-300mm F4-5.6L IS USMは確かに高価ですが、縦位置で撮影したときでも画面の上下で画質劣化がほとんどないのが魅力です。今度のII型はさらにそれが発展、強化されているわけですね。
杉田:第1群と第2群のレンズ形状を工夫することで、鏡筒が繰り出されたときの画質劣化を防ぐという手法は弊社で特許を取得しています。
静止画撮影を優先して超音波モーターを搭載
――ミラーレス用レンズではフォーカスレンズ群をできるだけ軽く、移動量も小さくすることで、高速なライブビューAFを実現していると聞きますが、このレンズの場合、位相差AFで高速化するために何か工夫がありますか?
長尾:限られたモーターの力で重たいフォーカスレンズ群を動かすには、ギアの減速比を大きくする(ローギアにする)必要があり、モーターの回転数の割にフォーカスレンズの動きは鈍くなります。
しかし、このレンズは、先ほどご説明したように、ベアリングを使って駆動負荷を下げているので、フォーカスレンズを動かす力が少なくて済み、モーターの減速比を小さくできるぶん、フォーカスレンズをより速く動かすことができます。
フォーカスレンズを速く動かせても、目的の位置に精度良く停止できなければ意味がありませんが、これもベアリングとガタ寄せ機構の相乗効果で、速く動かしても狙った位置でピタッと止められます。
また、ほかのUSM(超音波モーター)搭載レンズでも同様に言えることですが、USMは、ある程度の駆動負荷があっても、一気に加速し、目標の位置にピタッと減速して止めるという動作に適しており、これも高速な位相差AFの実現に貢献しています。
――動画撮影に対して何か考慮した設計になっているのでしょうか?
長尾:ハイブリッドCMOS AF系のEOSでの動画サーボAFの品位はSTM搭載レンズには及びませんが、先ほどご説明したフォーカスレンズのガタ寄せ機構により、小刻みなフォーカス動作にも有利になっていると思われます。
また、絞りに使っているアクチュエーターはSTM搭載レンズと同等のものを採用しておりますので、動画撮影で要求されるなめらかな絞り羽根の駆動が可能な構成になっています。
――光学設計で何か動画撮影に対する配慮はありますか?
杉田:特にありません。動画専用レンズの場合は、フォーカス移動に伴う像倍率変動にすごく気を遣いますが、EFレンズは静止画撮影がメインですので、静止画の性能が最大限に発揮されるズームタイプやフォーカスタイプを選んでいます。
――手ブレ補正機構(IS)の動作音が静かになっているような気がしますね。
長尾:このレンズに限った話ではありませんが、最近のレンズは補正光学系の保持方法が以前のレンズとは違っています。今までは補正光学系をガイド軸で摺動させてガイドする構造で、メカがすれる音が発生していました。
しかし、最近のレンズは、補正光学系をボールで転動させてガイドする構造になり、動作音が小さくなっています。また、手ブレ補正を制御するマイコンの性能も徐々に向上してきて、補正アルゴリズムの一連の動作が高速化し、補正群をよりなめらかに動かすことができるようになってきました。
それも動作音の低減に繋がっています。新しいレンズほど動画撮影にも配慮したチューニングが採り入れられています。
杉田:光学設計的にも、補正レンズをシフトさせたときの敏感度を、制御しやすいような特性にできるだけ近づけるように配慮しています。
「ISモード3」の使い道は?
――このレンズが初めてというわけではありませんが、ISモード3というモードが追加されていますよね? レリーズした瞬間だけ手ブレ補正を行うということですが、どういうケースに適しているモードなのでしょうか?
長尾:バスケットボールやサッカーなど、被写体が左右に頻繁に動きを変える撮影では、かなり急峻にフレーミングを変える必要があります。
手ブレ補正を効かせた状態でレンズを大きく振ると、レンズの激しい動きに補正レンズ群がついていけず、振り始めにファインダーでのぞいた像がちょっと遅れて動き始めたり、逆にレンズを静止させた際にファインダー像がすぐに止まらず、ちょっと行きすぎて戻るという“揺り戻し”という現象で違和感を感じる場合があります。
その場合はISモード3にしていただくと、シャッターが切れたときだけ手ブレ補正が動作し、シャッターボタン半押し中は補正レンズ群を中央に保持しているだけなので、レンズを大きく振ってもレスポンスの遅れがなく、違和感のないフレーミングが行えます。
――シャッターボタン半押し中は補正レンズ群を中央に保持しているということは、ISモード1、2に比べ、手ブレ補正の効きも良くなるのでしょうか?
長尾:撮影結果はそれほど変わらないと思います。基本的には、手ブレ補正によるフレーミングの違和感をなくすという目的で搭載したモードです。
――なるほど。手ブレ補正効果や画質を重視してモード3を選ぶ意味はないわけですね。むしろ、モード1、2でシャッターボタン半押し中に手ブレ補正が効いていた方が、ブレのない安定した像がAFセンサーにも届くわけですし……。
長尾:ちなみに、モード3は流し撮りにも対応していて、シャッターボタン半押し中は手ブレ補正は行いませんが、シャッターを切った際には、自動的にブレなのか、流し撮りなのかを判別して、それぞれ適切な制御を行います。
――流し撮りといえば、斜め方向の流し撮りにも対応していますか? 夜の飛行機の離陸シーンを撮影するときなど、斜め方向に流し撮りをすることも多いのですが……。
長尾:対応していません。水平、垂直方向の流し撮りのみの対応です。ただ、ISモード2で斜め方向の流し撮りをしても、手ブレ補正効果が期待できないというだけで、手ブレ補正オフ状態と比べて悪影響は出ないようにしています。
――斜め方向の手ブレ補正というのは難しいのでしょうか?
長尾:技術的に不可能ではないでしょうね。今後の課題にしたいと思います
――レンズを斜めに傾けて水平に流し撮りした場合はどうですか?
長尾:これも対応していません。レンズの指標に対して水平、垂直の流し撮りにのみ対応しています。
――三脚撮影時は手ブレ補正をオフにする必要がありますか?
長尾:オフにする必要はありません。手ブレ補正はオンにしたままでも基本的には大丈夫です。三脚の種類や使用するカメラなどの条件によりますが、オンにした方が小刻みな振動に対する補正を利かせる効果が期待できます。
――夜景のように長秒撮影時でも手ブレ補正をオフにする必要はありませんか?
長尾:三脚使用時の長秒撮影ではオンとオフの差はほとんどなくなります。オンのまま長時間露光したことでぶれるということはないと思います。ただ、バッテリーの消耗は大きくなるデメリットはありますね。
――そうなんですね。ただ、古いレンズだと三脚撮影で手ブレ補正が逆効果になるものもあるので、どのレンズが三脚撮影に対応しているのか、いないのか、カタログ等に明記してほしいと思います。
ところで、三脚座がリングではなく、座の部分だけ着脱できるような構造になりましたが、なぜこのような三脚座を採用したのでしょうか?
長尾:II型の三脚座で重視したのは、まずレボルビング性能の向上です。リングごと着脱するタイプの三脚座は構造的に多少引っ掛かりを感じる場合があります。そこでII型では、三脚座のリングはレンズ側に常に装着された状態にし、レンズがスムーズに回転できるように配慮しました。
また、三脚を使わず、手持ち撮影する場合に、少しでも重量を軽くするため、三脚座のフット部分を取り外しできる構造にしています。
―― フット部分の底面が小さいので、雲台との接地面も少なく、少々頼りなく感じますが、その点はどうですか?
長尾:持ち歩く際の負担を減らしたりカメラバッグの収納性を高めたりするため、実用上問題が出ない範囲で、小型軽量化を図りました。実際に三脚にレンズを付けて撮影する実用試験も数多く行っていますが、そこでも良好な成績が得られています。
――三脚座のフットを着脱するネジがしだいに緩んでくる恐れはありませんか?
長尾:この構造で一番恐いのが、知らない間にネジが緩んでレンズが落下してしまうことです。そこで、ネジの逆転を防止するラチェット構造を採用しています。ネジを締める際にカチカチカチという音がしますが、これがラチェット構造によるものです。
空気球で屈折率を低減する新コーティング
――II型には「ASC」という新しいコーティングが採用されていますが、これはどういったコーティングなのでしょうか?
杉田:空気からの屈折率の変化で反射が生じますので、できるだけ屈折率が低い材料を用いたいのですが、通常の蒸着コーティングで使える膜剤は屈折率が限られているので、多層コーティングを施しても、ある程度の反射は避けられません。そこで、擬似的に屈折率を低くする膜を空気との界面に施したのが“ASC(Air Sphere Coating)”と呼んでいる技術です。
Air Sphereとは空気の球のことで、ASCは、数十ナノミクロンの空気の球が規則的に配列している超低屈折率層を、通常の蒸着膜層の上に形成させています。空気の球は光の波長よりも小さいので、光からすると、空気と膜剤が混ざった感じで、あたかも屈折率が小さい材質に見えるので、空気との界面での反射を抑えることができるというわけです。
――コーティングに空気の球を含ませたらソフトフィルターのように光が乱反射するんじゃないかと思ったのですが、光の波長よりも空気の球が小さいというところがポイントなんですね。「SWC」とどんな違いがありますか?
杉田:SWC(Subwavelength Structure Coating)は、レンズの表面に光の波長よりも小さいナノサイズのくさび状の構造物を無数に並べることで、空気とガラスの間の屈折率を連続的に変化させることで反射を抑える技術です。
光からすると徐々に屈折率が上がっていくので、空気との界面がなく、反射せずにガラスの中に入っていける、というわけです。ASCは、通常の蒸着コーティングの最上層に空気の球を含んだ超屈折率層を施したものですが、SWCは蒸着コーティングは併用せず、SWCのみの構成です。
また、ASCはレンズ面に対して垂直に近い角度で入射する光に強く、SWCと同等の反射防止効果があります。SWCは、それに加えて斜めから入射する光にも強いという特徴があります。
――SWCの方が反射防止効果は高いわけですね。でも、SWCの方がコストがかかりますか?
杉田:そうですね。ですから適材適所でコーティングを使い分けています。
――ASCが採用されているのは一面しかありませんが、なぜこの面にASCを施したのでしょうか?
杉田:光学設計の段階で、なるべく像面に反射が返らないような工夫をします。しかし、それを徹底しすぎると、結像性能が犠牲になってしまうことがあります。そこで、なるべく像面への反射を避けつつ、結像性能を左右する部分は反射を許容した設計にします。その反射が残った部分に優れたコーティングを施し、反射の低減を図っています。
――ASCやSWCをもっとたくさんの面に施せば、ゴーストやフレアはもっと少なくなるけど、当然、コストも大きく跳ね上がるわけで、最も効果が高いところを狙ってピンポイントに優れたコーティングを施すわけですね?
ただ、イメージとしては、光がまともに当たる前玉などに、ASCやSWCといった優れたコーティングを施すのが効果がありそうに見えるので、かなり後玉に近い小さなレンズにASCが採用されているのは意外に感じました。
杉田:よくそう言われます(笑)。前玉は反射がよく見えるからそう思われるのかもしれませんが、重要なのは撮像面に入る嫌な反射をいかに抑えるかなのです。
――フードにPLフィルター回転窓が設けられましたが、よりPLフィルターを使用するケースが多い既発売の標準ズーム、広角ズーム用のPLフィルター操作窓付きフードをオプションで発売、もしくは主要フードに回転窓を標準装備化する予定はありますか?
山口:公式にアナウンスされていない事項については何も明言できませんが、今後の製品および現行製品に対してはお客さまの使用用途等を考えながら検討させていただきたいと思います。
――少なくとも、カチッとロックがかかる新しいタイプのフードを標準装備している主要レンズに関しては、ランニングチェンジで操作窓付きフードに切り換え、既存のユーザーに対してはオプションでも入手できるようにしてほしいと思います。
蛍石は色乗りが良い?
最後にちょっとお聞きしたいのですが、“蛍石を使ったレンズは色乗りが良い”というような話をインターネットの掲示板等で見かけることがありますが、実際にそういう効果があるのでしょうか?
杉田:うーん、色乗り……。色収差補正効果が高く、短波長のフレアを抑える効果があるのは確かですけど、それが色乗りと呼ばれているものに対して効果があるのか、ちょっとわかりませんね。
――特定の波長の透過率が高いということもないですよね?
杉田:ありませんね。
――要は、蛍石を採用するくらい性能にこだわったレンズは、コントラストが高くフレアが少ないので、暗い色がしっかり再現されるということなのかもしれないですね。
◇ ◇
―取材を終えて― 繰り出し時のわたみを軽減する緻密な鏡筒設計に驚く
ズームで全長が変化するズームレンズは、画質性能を維持するのが難しい。前玉の重みで鏡筒にたわみが生じると、レンズ光学系の一部が倒れ、上下方向の解像に悪影響が出てしまうからだ。特に、縦位置の撮影では、長辺が上下方向になるため、横位置撮影よりも画質の劣化が目立ちやすくなる。ちなみに、多くのズームレンズは、3点で鏡筒を支えている関係で、グリップを上側に構えた場合と下側に構えた場合とでは鏡筒のたわみ方が異なり、同じ縦位置撮影でも構え方によって画質劣化の程度も違う。
こうした現象は、超望遠ズームだけでなく、高倍率ズームや標準ズーム、超広角ズームでも起こりうるが、鏡筒の繰り出し量が多い超望遠ズームや高倍率ズームでは、鏡筒がたわみやすく、縦位置撮影で画面の上下の解像が劣化しやすいのだ。
フルサイズのデジタル一眼レフが普及し始めた頃から、鏡筒が繰り出されるズームレンズの問題が気になっていたのだが、実写サンプルを添えてメーカーに調整を依頼しても“調査しましたが当社の基準範囲です”と、そのまま送り返されてくる。
いろいろ話を聞いてみると、鏡筒のガタを完全になくしてしまうと、ズームリングが重くなり、操作性を損なってしまうばかりか、機構部の摩擦が大きくなり経年劣化の影響を受けやすくなるので、ある程度、鏡筒に遊びが必要だという。
そんなわけで、鏡筒が繰り出されるズームレンズは、縦位置撮影で多少画質が劣化するのは仕方がないことと半ば諦めていたのだが、今回の取材で、“EF70-300mm F4.5-5.6L IS USM”や“EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM”には、こうした問題をクリアするために、さまざまな機構的、光学的な工夫が凝らされていることを知ることができた。特に、鏡筒がわずかにたわんでも画質に影響しにくい光学設計、というアプローチは驚きだった。