日本写真芸術専門学校、セバスチャン・サルガドを招いた「若者たちとのディスカッション」を開催
会場の様子 |
日本写真芸術専門学校は16日、同校の名誉顧問でもある写真家のセバスチャン・サルガド氏を招いたイベント「若者たちとのディスカッション」を都内で開催した。
10代後半から20代の若者を対象としたディスカッションイベントで、24日から東京都写真美術館で開催する同氏の写真展「アフリカ ~生きとし生けるものの未来へ~」に先駆けて実施したもの。会場には日本写真芸術専門学校の学生に一般聴講者をあわせた、215名が来場した。
■ディスカッションテーマは「環境問題」
サルガド氏はフォトジャーナリストとしての活動や作品発表のみならず、生まれ故郷のブラジルで植林プロジェクトを行なうなど、自然環境や社会問題への造詣が深いことでも有名。ディスカッションの開始にあたっては、2004年から着手しているプロジェクト「GENESIS」(ジェネシス/起源)シリーズについて触れ、地球の46%が手つかずの自然であることや、そのような未開拓の自然をなんとしても守らなければならないという決意を語った。
ディスカッションは「環境問題」をテーマとして、サルガド氏が参加者からの質問に回答していくという形で進行していった。
「環境と文明の関わり方」についての質問には、「私たちはこの地球の一部であり、動物という種の一つ。それを意識した生活をしてほしい」と回答。サルガド氏によれば、人類は自己のために動物、植物、鉱物といった他の生物や環境を搾取しており、そのような生活を続けていけば、いずれ人類は地球の環境から淘汰されてしまうのではないかと危惧しているという。
「私は30年以上にわたるアフリカ取材の中で、『自然環境と経済は密接に関係している』ということに気付きました。都市で生活している人々は、人間と自然環境はかけ離れた存在だと認識し、人間が動物であることを忘れてしまっているように思います。しかしそうではなく、文明と自然は共存するものであるべきなのです。私は環境に関する教育を行なうことで、そのような文明の実現は可能だと考えています」
またサルガド氏は、自然環境を「人類が存続するために必要な資本」と位置付けたうえで、環境問題について「文明を豊かにしようとするあまり、顕在化している問題をないがしろにしてしまっているのではないか」と指摘。文明と自然を切り離して考えることをやめ、現在の生活モデルや生活パターンを考え直す必要性を訴えた。
■先進国の経済成長モデルは「均衡がとれていない」
サルガド氏に質問する聴講者 |
「発展途上の国々について、今後、その発展はどうあるべきか」との質問に対しては、まず「先進国」の発展の仕方について言及した。「先進国」と言われる国々は、高度経済成長の中で自然を破壊しながら発展し、消費大国として地球を汚染し、捨てなければならないものを生み出してきたのだという。
「豊かな国の多くは北半球にあります。たとえばフランスは美しい国と言われていますが、それは自然と引き換えに造った庭園や街並みが美しいという意味であって、エコロジーという観点で言えば、全く均衡の取れていない国と言えます。それはドイツも日本も同じで、それが我々の言う先進国の姿なのです」
現在、かつて発展途上だった国々は、先進国のモデルを目指して、自然を破壊し、マーケットを作りだすことで、発展をはじめているという。サルガド氏は人類の置かれている状況を「一種の袋小路にいる」と表現。このまま旧来の考えで発展していけば、今後一層、将来の状況は危機的なものになるとの懸念を表明した。
その一方でサルガド氏は、希望を見出すことのできる要素もあると話した。
「今回のようなディスカッションもそうですが、教育機関や報道機関をはじめ、私たち自身が考えを改め、新しい考え方を発信していけば、旧来の考え方はあっという間に変わっていくと思います。ここで大事なのは、政治家たちのようなリーダーが動くのを待っているのではなく、まず自分たちが変わっていくということ。むしろリーダーたちにプレッシャーを与えていくことで、世論が政治を動かし、社会制度が変わっていくのだと考えています」
■地球の起源を残す「GENESIS」
ディスカッションでは環境問題を中心に話したサルガド氏。自身が「最後の大プロジェクト」と語る「GENESIS」シリーズについても言及した。
「GENESIS」のテーマは、地球上に起源時と同じような状態で残っている46%の地域を写真に収めること。大きく「自然」、「動物」、「人間」、「社会」の4つのチャプターからなり、その活動は作品発表だけでなく、教育や植林などを通して、地球の恵みと人類の歴史を見直そうとする壮大なプロジェクトだという。
「GENESIS」は2011年の終わりに8年をかけて完結し、2012年から写真の展示を行なう予定。「安価で広く行き届くような本を出したい」とサルガド氏は語る。展覧会も、公園のような場所で大きなフォーマットのプリントを多数展示したいという。
また現在、「GENESIS」というプロジェクトに対して、ミュージシャンのジョナサン・イライアスが曲を提供している。これにより、例えばサッカーの試合前にスタジアムを真っ暗にし、彼の音楽とともに写真を映し出すようなことも可能だとサルガド氏は考えている。そうして地球を再発見する手助けができるのではないかと考えているそうだ。
■人間も世界遺産の一部
サルガド氏はここで「ここにいる方々の多くがフォトグラファーだと思うけれど」と前置き、GENESISが見る人にもたらす影響への希望を語る。
「写真が誕生した1世紀前の頃の写真家たちは、例えばアフリカに赴いて写真を撮り『アフリカ』という地球の一部を写真によって提示しました。すると、まだアフリカを見たことのない人々はその写真を驚きとして受け取りました。それは氷原の南極大陸や極東の日本についても同様でした。1世紀前に比べれば探検も容易になりましたが、いま『自然は完璧に破壊された』と悲観する人々に対して『GENESIS』を示すことは、1世紀前の驚きを再びもたらすことができるのではないかと思っています」
サルガド氏はまた、「自然は私たちにとっての資本であり、守るべき世界遺産。人間も自然という大きな世界遺産の一部であると自覚することが、将来にとって必ずプラスになると思います。この『GENESIS』という企画を通じて、そうした意識を人々に芽生えさせることができれば、ひとつの貢献になるかもしれません」とも語った。
■“アフリカ”への希望
サルガド氏は30年以上に渡ってアフリカを撮影し、40ほどのルポルタージュを行なってきた。24日から開催する写真展「アフリカ」で展示するのはアフリカ各地の「表情」の集大成という。約100点の展示の中には、GENESISの最新作も含まれる。
サルガド氏によれば、アフリカ大陸は欧米のモデルに向かってはいるものの、欧米とは違ったモデルに歩むことも可能で、非常に希望を持てる大陸だという。最後にサルガド氏は「もし私たちがアフリカ大陸の将来を手助けすることができたら、自然との均衡をよい形で保っていけるのではないでしょうか」と締めくくった。
2009/10/22 00:00