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Photographer's File

 #12:中井精也

取材・撮影・文  HARUKI

中井精也(なかいせいや)
プロフィール:1967年東京都杉並区生まれ。成蹊大学法学部卒業、東京写真専門学校(現・東京ビジュアルアーツ)を経て鉄道写真家の真島満秀氏に師事。1996年に独立後、2000年に山崎友也氏と有限 会社レイルマンフォトオフィスを設立、現在に至る。鉄道の車両だけにこだわらず、鉄道に関わるすべてのものを被写体として独自の視点で鉄道を撮影。「1日1鉄!」や「ゆる鉄」など新しい鉄道写真のジャンルを生み出した。

広告、雑誌などに作品を発表するほか、講演やテレビ出演など幅広く活動中。従来の鉄道写真にとらわれない作風で、鉄道愛好家以外にもファンが多い。エントリークラスのレンズキットからプロ機材まで、カメラの使いこなしにも定評がある。「世界一わかりやすいデジタル一眼レフカメラと写真の教科書」「世界一わかりやすいデジタル一眼レフカメラと写真の教科書 何をどう撮る? 活用編」など著書、写真集多数。

最新刊は「DREAM TRAIN」(インプレスジャパン)、「都電荒川線フォトさんぽ」(玄光社MOOK)。JPS(社団法人日本写真家協会)会員。JRPS(日本鉄道写真作家協会)副会長。甘党の鉄道写真家。



「ところでいまの体重は何sですか?」という単刀直入で失礼なボクの質問に即座に返ってきた答えは、

「乙女だから、そこの部分はトップシークレットなんですよー」

 そうだった、忘れていたけど“ゆる鉄“のポエトリーな写真を撮っている大きな写真家のココロは乙女なのだった。大変失礼いたしました!


「DREAM TRAIN」

「子供の頃から学校へ行くのが電車でしたから、阿佐ヶ谷駅、7時21分発の総武線で通っていたんですけど、前から3両目に乗ると四谷雙葉のかわいい女の子に会えるのが楽しみでした(笑)。そんな通勤通学や、旅行に行くのに利用したりとか、我々日本人は何らかのかたちで鉄道と関わって生きていると思うんです。車両そのもののフォルムもいいんですけど、電車や線路、それらを取り巻く環境や情景を写していきたいですね」



「DREAM TRAIN」より (c)中井精也 「DREAM TRAIN」より (c)中井精也
「DREAM TRAIN」より (c)中井精也 「DREAM TRAIN」より (c)中井精也
「DREAM TRAIN」より (c)中井精也 「DREAM TRAIN」より (c)中井精也
「DREAM TRAIN」より (c)中井精也 「DREAM TRAIN」より (c)中井精也
「DREAM TRAIN」より (c)中井精也 「DREAM TRAIN」より (c)中井精也
「DREAM TRAIN」より (c)中井精也 「DREAM TRAIN」より (c)中井精也
「DREAM TRAIN」より (c)中井精也 「DREAM TRAIN」より (c)中井精也

「三陸鉄道」より (c)中井精也 「三陸鉄道」より (c)中井精也
「三陸鉄道」より (c)中井精也 「三陸鉄道」より (c)中井精也
「三陸鉄道」より (c)中井精也 「三陸鉄道」より (c)中井精也
「三陸鉄道」より (c)中井精也 「三陸鉄道」より (c)中井精也

 最初の取材はまだ春というのには寒い3月の頭だった。“ゆる鉄”写真家の中井さんが出された「都電荒川線フォトさんぽ」(玄光社MOOK)というガイドブックの舞台でもある荒川線を一緒にまわってみた。


《葬式鉄》について教わる

「廃車にされてしまう列車の最後の走行をそう呼ぶ。その姿を残したくてアマチュアの人たちは思い出に撮影するがプロはあまり撮らない。何故なら、これからデビューする車両の写真は需要があるが、失われていく車両を撮っても何十年もして資料として必要な場合があるくらいであまり商品的価値がないからです」



 都電荒川線は三ノ輪橋〜早稲田までの約12qのいわゆるチンチン電車だが、駅(停留所)の数もかなり多いので、1駅ごとに降りて撮影していたらとんでもない時間を要する。この日は三ノ輪橋から町屋駅前までの区間だけで、電車に乗ったり降りて歩いたりと、ゆっくりまわってみた。

 ココに写っているお店、たい焼き屋さん、自家製プリンの喫茶店、果物屋さん、などどこもガイドブックに登場している店舗だ。アレレ〜全部、食べ物屋さんじゃないか! なんででしょうか? 中井さん。喫茶店では印刷中の新刊、DREAM TRAIN(インプレスジャパンから既刊)のゲラを見せてもらった、素晴らしい!!

 何故だかお店のひとからカラフルな腕ゴムバンドをたくさんもらった。そして鉄道写真家は電車じゃなく、軽四キャンピングカーで帰って行ったのだ、おいおい(笑)



中井精也号の出発

「初めてカメラを触り始めたのは、小学生の頃ですね。税理士だった父親の趣味がカメラだったんですけど、趣味が高じて副業で“フォート中井”というカメラ屋を始めてしまいまして……(笑)」

「その父親が自分用に新しくキヤノンF-1を買ったので、お下がりでFTbを譲ってもらったのがきっかけでした。レンズは標準の50mm F1.8と、サンズームとかいう望遠レンズで、逆光にめっぽう弱くハレーションバリバリで使い物にならないという。いまならむしろファンタジーな表現に使いたいくらいのレンズですが(笑)」

「“201系”という昨年、東京で廃車になってファンの間で大騒ぎされた電車があったんですが、前面が黒いデザインでカッコいい、初の“省エネ型”といわれた電車でして。それが小学校6年生の時にデビューして中央線を走っていたんですが、それを撮ったのがきっかけでいろんな種類の車両を撮りはじめまして。当時、川崎の工業地帯にある鶴見線という所に国鉄の古くなった車両が集められていて、古い電車を撮っていたら、格好いい車両から叙情系へとねじ曲がって行き(笑)、中1で鉄道研究会とか入ったりしてって、なんとなく今の叙情系の路線の基礎みたいになっていったんです」

「中2の時に両親が親戚の葬式に出席するので2日間留守にしたんですが、その間にぼくは親に内緒で富山へ一人旅をしたんです。今ではニュートリノの発見でカミオカンデが有名になりましたが、当時、神岡線(現・廃線)という鉱山のローカル線に行きたくて向かったんですが、その時の富山行きの電車が今でも名前を覚えてますが、“越前51号”という銀河鉄道999に出てくるような茶色の古〜い客車の夜行列車だったんです。51号ということは鉄道用語で臨時列車ということなんです。ウォークマンを聴きながら窓を開けっ放しで、鉄道の旅を満喫しながら向かいました」

「朝4時くらいに富山に着き神岡線の始発に乗り換え、電車が走り始めて暫くすると真っ暗だった空が徐々に青く明るくなっていく中に浮かび上がった美しく紅葉した風景が車窓から流れて行くのが見えるんです。それが生まれて初めて風景を見て感動するというか旅情を感じた瞬間だったんだと思います、忘れもしない11月1日の早朝でした」


「ほのかたび」より (c)中井精也 「ほのかたび」より (c)中井精也
「ほのかたび」より (c)中井精也 「ほのかたび」より (c)中井精也
「ほのかたび」より (c)中井精也 「ほのかたび」より (c)中井精也

彼女にプレゼントした時に、引かれない鉄道写真

 その後、中井少年はどんな経験をしながら“ゆる鉄の道”を歩んで来られたんでしょうか?(笑)

「中学生の頃って、あだち充の『みゆき』というマンガを読んだ影響で男子校だったせいもあり、彼女というものがどうしても欲しいっ! と思うようになるんですね(笑)。で、女の子に自分の撮った写真を見せるんですけど、『あー、鉄道がスキなのね』で終わってしまうんですよ。ぼくが一生懸命撮ったこの鉄道写真の良さがどうしてわかってもらえないんだろう!? って必死になる」

「ところがですね、風景の中を列車が走ってる写真とかには反応が良くって、結構喜んでもらえるんです。で、コッチなのかなあ〜? って。その辺からですね、彼女にプレゼントした時に引かれない鉄道写真を撮ろうっていう、しっかりしたコンセプト(?)を固めたのは(笑)」

「“ゆる鉄“のコンセプトの一つとしては、万人に受ける鉄道写真を目指すことですね。ただ車両写真を集めて自分で満足するというよりは、人に見てもらいたいという気持ちが大きかったので、その意味でも今の方向へ傾いてきてたんでしょうねえー」

「最初は、高校の時に”鉄道ジャーナル“っていう雑誌に写真を送ったんですが、そこで一等賞の金賞をもらったんです。で図に乗っちゃって(笑)」

 そう! 誰でも図に乗りますよね、ボクもそうでした。それがキッカケなのは大切だと思う(笑)

「それから“レイルマガジン”とかにも投稿したら。『いいね!』っていわれてさらに図に乗っちゃって、学生時代はそのままずるずると雑誌やコンテストに投稿を続けていきましたね。大学は成蹊大学の法学部というところを卒業して、その後に写真の勉強を真剣にしようと専門学校へ行ったんですが思ってた環境とあまりにも違っていたんで1年で辞めてしまいました」

「独学で写真を撮ってたもんですから、自己流の手法がどんどん極端になっていき、その頃には20mmと600mmだけ使ってる時期がありましたね(笑)。それから鉄道写真家の真島満秀さんのところの門を叩いたんです。そしたら運良く、行った翌日からちょうど大阪で撮影の仕事が入っていて人手が必要で、『じゃあ明日から来い』ってことになり、クルマの運転が得意だったんで、先生やスタッフを乗せて大阪まで運転していきましたが、『露出を計れ』って現場で生まれて始めて露出計を渡された時は焦りました。だけどその時のマイルドな運転を気に入ってもらって、めでたくそのまま入社になりました(笑)」

 鉄道写真家も様々なタイプの方がいらっしゃると思うんですけど、その中で師匠になる真島さんの所を選んだ理由ってなんですか?

「桐原書店から出てた『ローカル線を行く』というシリーズがずらっとありまして、その中の北海道編を担当されてたのが真島さんだったんですが、当時として珍しく超望遠レンズを使ったり逆光線でドラマチックな手法とか、人物を画面に入れたり叙情的な表現をされてるのを見て感銘を受けて、この人から写真を学びたいって思ったんです」

「今では当たり前みたいに思われるかもしれないですが、当時は、“順光バリバリで7:3”(列車を斜めから捉えて、車両の横を7、頭の部分を3で撮るという意味らしい)というセオリーみたいなのが多かったんですが、それを破ってストーリーを感じるドラマティックな写真を撮られてたのに強く惹かれましたねえ」

「助手から見ても良い光線で、早くアッチへ移動して撮ればいいのにっていう場面でも、おばちゃんと話してて撮らないんですよ。だけど、別の角度の写真をちゃんと捉えてて、今思うとやっぱりすごい良い場面を撮ってたんだなーって(笑)」

 広告写真やスタジオでの撮影の場合は想像がつくんですけど、そもそも鉄道写真撮影において助手さんって何をするのですか?

「普通にカメラ機材を運んだりセッティングとかもあるんですが、ウチ(真島事務所)の場合はアシスタントといってもバラバラに違う角度から撮影を任されたりするんですよ。例えばAさんは縦位置、Bさんは横位置とかで場所を変えたりとか」

「それ以外には、現場で熱く興奮するタイプの師匠だったので4×5の引き蓋を開けないでもシャッター切ったりとかあるんです。そういう時には、まさか師匠がやったっていえないので、クライアントの前では自分たちが失敗しちゃったことにして謝ったりとかも仕事のうちでしたし、いろいろ経験させてもらいましたね(笑)」

「アシスタントやって学んだ事には、技術的なこと以外に師匠といたお陰でぼくらだけでは付き合えない人たちと混じって、クライアントやスタッフの中でのカメラマンとしての立ち位置や、やり方も学びました。本当に厳しい人だったので師匠の車の洗車も助手の仕事でしたし、何も悪いことしてないのに先生にいきなり怒られたりとか理不尽な思いをしたことも含めての経験でしたねえ(笑)」

 1996年に独立。同時に結婚して、最初は奥さんに手伝ってもらいながらスタートしたのがフォト・ライブラリーの事務所。2000年、長男が生まれた年に、友人の鉄道写真家・山崎友也氏と現在の事務所を興し、事務をこなす社員と若いカメラマンが入り、その後は4人体制で業務を行なっている。

 3月下旬、1泊2日で中井さんの仕事現場へ再び同行させてもらった。

今回の取材は静岡県にある大井川鉄道を走る蒸気機関車(SL)の撮影がメインだが、それだけじゃない。カタログなどに使う作例写真も押さえるので、いろんなタイプのカットを撮るというわけで、まず最初に訪れたのは富士市にある新幹線の撮影ポイント。快晴で富士山もクッキリの撮影日和で、アマチュア写真家の人もたくさん来ていて、中井さんを見つけるとみんな話しかけてきたりサインを求めていた。撮影現場でボクなら無理だが、さすが中井さんはいつものニコニコ顔で丁寧に応じていた。その次は岳南鉄道の江尾駅。ここはいかにも「ゆる鉄」撮影向けののんびりしたムードの沿線と駅。のほほーんだね。

駅周辺へと移動して富士山と一緒に撮るポイントをみつけては、電車の来る時間をチェックして早速撮影開始。コチラもばっちりだった。

いよいよ大井川鉄道のSLが見える川沿いの場所へ来た。実は取材にかこつけてボク自身もとても楽しみにして来ている、そして今日と明日は自分でも“偽鉄”として(笑)、列車を撮影してその写真を中井先生に見てもらうのだ。クルマの運転も素早いのだが、現場へ到着してすぐに撮影ポイントを探す素早い行動には感動した。中井さんは太っているわけじゃなくって、身体がすごく大きいだけなんだ(笑)

SL撮影の後には、別の場所で再び新幹線の撮影へと向かった。高台から見える夕陽に照らされた逆光の新幹線が、きっとカッコ良く撮られたことだろう。ボクの撮った新幹線流し撮りはなぜか上下グニャグニャにしかならない……(笑)

《撮影ポイント》について教わる

「沿線で鉄道写真で良いポイントを探すには、初心者の方ならまず鉄ッチャンカメラマンがたくさん集まっている場所を見つけるのが一番です(笑)。良い撮影ポイントには人が集まっています。当たり前ですが、先にきてる人の邪魔をしないことや危険な場所に立たないなどの常識をもって撮影しましょう!」

 あー、なるほど。カブトムシを捕まえるには樹液に集まるカナブンやスズメバチが多く集まる樹木を見つけたり、魚群を探すにはまず海鳥を見つけるのと同じで、“人の褌”方式でわかりやすいですね(笑)


2日目も朝から快晴でスタート。中井さんの運転するラ・クーンII号は今日もバリバリで、元気よく山道を進んでいく。途中で見つけた停車場にカラフルでレトロな車両を発見。思わぬ収穫! Get。

《追っかけ》について教わる

 今、ちょいと車でスピード出して走ってるわけですが、コレは何をしてるのでしょうか?

「さっき走り去った電車が行く場所へ向かっています。このように同じ列車を移動先まで追っかけてって、また撮ることを追っかけっていいます。長時間停車してる車両を抜かしていって撮ったりもするんですけど、その長時間停車のことを“バカ停“と呼びます。こんな使い方します→「バカ停の間を追っかけして、橋の上で撮ったよ」(笑)


師匠からのワンポイントアドバイス。「蒸気機関車(写真)の命はズバリ、煙(蒸気)です! 一般の方は勘違いしてるひと多いんですが、蒸気機関車の場合、煙が出る場面はクルマでいうとアクセルを踏み込んでる状態、つまり駅で停車から発車の動き出す時と、上り坂を走行する時だけなんですよ。黒煙がたくさん出てると爆煙、すくないとスカスカって呼びます。いっぱい出てることを爆煙といいます。白煙もあります」

朝からアイスを食べるのは甘党写真家としての常識らしいので、血糖値が高いボクもつられてついつい……。その後のSL撮影は川を越えてくる場所や、鄙びた駅周辺でお茶畑の中を走る勇姿があったり。そして大井川鉄道のローカル線の旅は終わりへと向かう。楽しい2日間だった。

《走るオフィス、楽ちんラ・クーンII》

「いま乗ってるのは“ラ・クーンU”という名称の軽自動車のパートタイム四駆のキャンピングカー仕様車です。雪道や悪路も走行するので四駆じゃないとダメなんです。ベースになってるボディーはマツダとスズキがOEMで作ってる660cc、32馬力の軽トラです。ホテルなどを探して市中へ行き、機材を部屋へ全部積み降したりも大変な労力ですし、朝早い撮影などが多いのでクルマで寝泊まりするほうが便利なんです。大きな身体でも充分な寝心地いいベッドがあって(笑)、撮影機材の他に、PCからインクジェットプリンターまで積んでテーブルで使えるように備え付けていますので、その日撮影したデータ作業をしてすぐにアップすることも出来ますし、まさに走るオフィスですね。前は大きなランドローバーに乗っていたんですけど、細い路地に入っていったり小回りがきくので便利です。運転席の上部が簡易ベッドみたいになり小さい子供たちなら寝られるので、家族みんなで一緒に北海道まで行ったりもしますし、快適ですよー、気に入ってます」

《カメラ機材など》

VANGUARD製のカメラバッグに収納されている機材。カメラはいろいろだが、今の一番メインはニコン。新製品のD4、D800をはじめ、D3SやD3X、D7000、D5100。ミラーレスのNikon 1なども活用。

もうひとつのメイン機がペンタックス。こちらも各種それぞれ使い分けている。右下写真に合体して見える機材は、倍率の違うテレコンバーターを2種類キャップの部分をテープで繋げて、どちらからでも外して使えるように自作したもの。これは今度真似させて頂きます。

そして《三脚》について

 望遠レンズを使っての撮影では三脚を使うシーンが多いと思いますが、例えばパンがしやすいタイプが良いとか、中井さんのオススメ三脚ってありますか?

「鉄道写真の場合はついつい興奮してブレてしまったりします。構図をちゃんと狙いどおりに定めてシャッターを切りやすくするためにも、手持ち撮影じゃなく、ちゃんとした三脚を使うことをおすすめします」

「いまクイックシューが流行ってるみたいなんですが、ぼくの場合は苦手なので使いません。レンズ交換することも多いのでクイックシューを使ってるとロックを忘れただけでカメラを落下させる原因にもなりますし、トラブルの元になりますので」

「今回はハスキーを2本ともう1本国産の。ハスキーは丈夫ですし、何年経っても修理が効くのでずっと長い間使っています。ただし持ち運びには重いので、最近ではクルマ移動の時だけですね(笑)」


中井精也のゆる鉄道場

 無謀にも、中井精也さんの“ゆる鉄”に対抗して、ボクも“偽鉄”を撮るというチャレンジをして、取材中に撮った写真に指南のコメントをしていただきました。

・バッドジョブ

「これははじめての新幹線撮影ということもあり、列車が画面の真ん中に来てしまっている『日の丸構図』になっています。あと富士山と列車の先頭部が同じ位置にあるので、バランスもいまいちです」 「さすが僕の作品を盗みみただけあって、2回目の撮影では、きっちり富士山と新幹線のバランスを修正してきました。ただ新幹線の下の空間が広すぎたため、下の青いネットが邪魔です。鉄道写真は画面下ギリギリに線路を置くのが基本です。鉄ちゃんは奥が深いのだよ。ふふふふ」
「僕の助言を聞かず欲張ったため、シャッタータイミングがありえないことになっています(笑)蒸気機関車は煙が命。できるだけ煙を意識した構図をつくりましょう。そんなわけで、SLの写真には縦位置が多いのです」 「かなり思い切って露出アンダーにしたことで、新幹線のボディーがかなりエロティックに輝いています。ただし日の丸構図。新幹線のような速い被写体の場合は、画面の写したい位置で列車を見ながら撮影するのがコツです」
「はげしく左に傾いています。性根が曲がっている可能性があります。心を入れ替えましょう!」

・グッドジョブ
「前ボケを上手く使って、ゆるく仕上げています。背景の青と、手前のピンクのコントラストが美しいです。僕が撮影した位置では、煙が出なかったので、みごとにチャンスをいかしています。完敗です」 「さきほどの手前のカットですが、これもいいですね。真四角にトリミングして、少し明るくすれば『ゆる鉄』作品の完成です。悔しい」
※中井先生に修正して仕上げていただいた完成例

「大井川のしっとりとした自然と列車をうまくまとめた構図です。控えめの露出が効果的でした」 「270kmで走り去る新幹線を望遠レンズで見事捉えて流し撮り。さすがです。一刻も早く心を入れ替え、被写体を女性から鉄道に切り替えることをオススメします」

 中井先生、ありがとうございました!!

 これを機に“偽鉄”としてもっと良い鉄道写真が撮れるように努力していきますので、今後ともご指導ご鞭撻の程をよろしくお願いいたします。

 そして、この下に掲載されてる10点の作品が、同じ日時に同じ場所で中井師匠が撮影された写真です。流れる石と書いて、流石と読みます。自分の写真は恥ずかしい限りです……。

(c)中井精也 (c)中井精也
(c)中井精也 (c)中井精也
(c)中井精也 (c)中井精也
(c)中井精也 (c)中井精也
(c)中井精也 (c)中井精也

「DREAM TRAIN」の展覧会用に大型インクジェットプリント作品を西新宿にあるエプソンEPSITEのプライベートラボにて制作中の中井氏。制作途中でフレームマンの方も見えて展示の打合せも。出力はほぼ思った感じに仕上がったようで満足そうだ。


印象に残ってる撮影場所を紹介してください

「このあいだ撮影旅行に行った台湾の平渓線にある十分(じゅうふん/ Shihfen)という駅があるんですが、線路を挟んだ両側に商店があって、紙製の風船みたいなものに願い事を書いて火を付けてから飛ばすんですが、上空へ上がったら爆竹が爆発するんですよ。回転灯みたいなのがあって列車が来ると光るんです。列車が走る間の時間をぬってみんながやってるんで、線路に紙くずが落ちてきたりちょっと危険そうなんですが楽しそうで(笑)」

「6月に行く予定なんですが、かつて東急田園都市線やJR京葉線とかで通勤電車として走ってた車両が廃車になり、インドネシアに寄贈されて走っているんです。向こうでも第二の人生を送っているんですが、原色にペイントしなおされて、窓枠には投石防止の金網が取り付けられて、トラック野郎のデコトラみたいな派手に生まれ変わった車両が町中を走ってるんですが、行き先表示のプレートには“水天宮前行き”とか“長津田行き”って昔のままが残ってるんで、是非撮ってみたいと思って楽しみにしています」

「それと、国内でちょっとお気に入りなのが、熊本市の熊本電鉄のたった9分くらいの短い路線です。渋谷のハチ公前広場に停まってる緑の電車がありますよね? アレは東急の5000系という古い名車なんですけど、あれと同じのが現役で走っているんです。吊革の広告も”東横のれん街“とか”東急109”とかのままです。我々より上の世代で東横線を利用してた人たちが見たら、きっと懐かしさで涙すると思うんですよね。最後は大井町線や今は無き目蒲線などを走っていた昭和の思い出がいっぱい詰まってる車両です」

「古い車両といえば、大阪の阪堺電車には昭和一桁代の時代の電車が走っています。日本では、おそらくこれが現役で走ってる最古車両ですね」



お気に入りの鉄道はズバリどこでしょう?

「関東でしたら、小湊鐵道といすみ鉄道です。この2つがセットなんですが、千葉にあるんですが、日本中探しても、いや世界中探しても無いくらいにボロさと旅情をキープしているんですね(笑)。それに今回の大井川鐵道を足したこの3線はずば抜けてボロいんです。このボロさは国宝です! ダイヤモンドです(笑)

「あとは北海道の網走と釧路を結ぶ釧網本線にある、止別(やんべつ)駅と知床斜里(しれとこしゃり)駅の間がずーっと直線の線路なんです。左側が流氷のオホーツク海、バックが雪をたたえた知床の山々の風景という素晴らしいシチュエーションで、行くなら冬ですね。ダイナミックでロマンチックで、撮影地の中では一番好きですねえ。真冬にカンジキみたいなのを履いて雪の中を歩くのでハードなんですが、この風景は漏らしそうなくらい素晴らしいです(笑)」

「1日1鉄」シリーズより (c)中井精也 「1日1鉄」シリーズより (c)中井精也
「1日1鉄」シリーズより (c)中井精也 「1日1鉄」シリーズより (c)中井精也
「1日1鉄」シリーズより (c)中井精也 「1日1鉄」シリーズより (c)中井精也
「1日1鉄」シリーズより (c)中井精也 「1日1鉄」シリーズより (c)中井精也
「1日1鉄」シリーズより (c)中井精也 「1日1鉄」シリーズより (c)中井精也
「1日1鉄」シリーズより (c)中井精也 「1日1鉄」シリーズより (c)中井精也

「鉄道写真にはじっくり狙って撮る“風景写真”と瞬間を切り取る“スポーツ写真”の魅力や要素が合わさっているので、2倍楽しめます」


 鉄道。人体に例えると毛細血管のように、国の端から端まで隅々まで網羅されているといっても過言じゃないくらい全国の何処でも線路が張り巡らされている。残念ながら自動車利用の増加や乗客の減少などによって、特に地方のローカル線などは経営難から消えていく路線も多い。鉄道写真家である中井さんはどう思ってるのだろう?

「そうですね、血液を列車だとしたら、列車の本数が減っていくことは血の巡りが悪くなってきてる部分ともいえますよね。日本の社会全体をもても大丈夫だろうかという心配はあります。第一には、固定経費を減らしていくしかないでしょうね。例えば国道のように、線路のメンテナンスにかかる部分は国が負担して、運行と車両の整備は鉄道会社が受け持つとかにすれば、もう少し商売としてもまわっていくんじゃないでしょうか」

「今後は鉄道人口は減る一方で乗客数を増やすというのは無理だと思うので、鉄道の存在を文化遺産のように保護していく、鉄道のある風景というものを保存していくというような事で街を活性化する。人を運ぶ足としてだけじゃなく、みんなが良いなあーって思える、鉄道のカタチを敢えて残していくような努力をすることが大事なんじゃないかと思いますね。設備を新しくすると経費が嵩みますし、ノスタルジックだけじゃないですけど、昔のままの懐かしい風景を財産だと思って活かして残していく方が、人を呼んでいけるかも知れないですね。そのような事を、ぼくの写真を見てくれた人が少しでも感じてくれたら幸せですね」


 いま現在カメラマンという職業に就いてる人たちやアマチュア写真愛好家の中には、多かれ少なかれ一度は鉄道写真を撮った経験があるんじゃないだろうか。ボク自身もそのひとりで、これまでひた隠しにしてきたけど、実は写真を始めた中学生の頃には飛行機や鉄道を見ると撮っていたものだ。

 今でも覚えてるのは、中1の冬休みに親戚の叔父に連れられて、雪の降る中、山陰本線でSL列車を撮った記憶がある。今のように携帯やPCのような情報機器もなく携帯暖房機やホッカイロだって無い時代に、冷たい頬や手に息を吹きかけて暖をとりながら列車がやってくるのを何十分も待ち、列車がやってきた時には興奮する気持ちとは裏腹に凍えきった手でカメラを握りしめ、1枚1枚シャッターを切っていった時の一眼レフカメラの金属の冷たさをハッキリと覚えている。

 以来40年間、自分の中で鉄道写真というものを自分からは一切見ないようにもしてきたし、興味さえ持たなかった。そうするうちに忘れてもいたジャンルでもあった。それなのに数年前ふとした事で目にした鉄道写真は、それまで駅や鉄道関係の媒体で目にしてきたモノとは違う、隠してきた自分の心の奥のほうにあるくすぐったいような遠い記憶を呼び覚ますような感覚を秘めた写真だった。それが中井精也の撮る鉄道写真だった。ユーモラスだったり、のほほんとしてたり、それでいて郷愁をそそられる鉄道写真。いや、“鉄道に関わる写真”なのかなあ? 気がついたらあっと言う間に、素晴らしい写真群に完全に魅せられてしまったわけだ。その後、別の鉄道写真家の個展をたまたま見て感動してしまった。後で知ったのだが、それが中井氏が師事してきた今は亡き真島満秀さんの作品だった。

 中学時代、山陰本線でSLを撮った時のボクのカメラは、時代は違うが中井さんが使っていたのと同じくキヤノンFT-bだった。2年前には東北へ独り旅に出て、そこでたまたま出会って撮った電車の写真を年賀状に使ったりもした。不思議なもので、時間と場所を越えて様々な“鉄な事”がシンクロしていて、この数年でボクの中の鉄分が増してきているようだ。これを機に、今後は堂々と「鉄道写真好きです」といえるような気がしてきた。それもこれも忘れかけていた何かを思い起こさせてくれた中井さんの写真のお陰だ。ありがとう。

 こんな不束な“偽鉄”ですが、これからは中井精也先生を鉄のお師匠さんと呼ばせていただきますが、血糖値は控えめでよろしくお願いいたします。また機会がありましたら、鉄分補給のお伴に連れていってくださいね♪



  • 中井精也写真展「DREAM TRAIN」
  • 会期:2012年4月23日〜2012年4月29日
  • 会場:ヨドバシフォトギャラリーINSTANCE

※4月28日はトークショーを開催

取材協力:サンディスクエプサイトレイルマンフォトオフィス

今回の取材撮影使用機材

  • ペンタックス645D、FA 645 55mm F2.8、SMC Pentax 67 75mm F2.8 AL、SMC Pentax 67 90mm F2.8
  • ニコンD7000、AF-S NIKKOR 50mm F1.4 G 、AF-S NIKKOR 16-35mm F4 G ED VR、AF-S NIKKOR 70-200mm F2.8G ED VR U、AF-S DX NIKKOR 18-200mm F3.5-5.6 G ED VR、シグマ8-16mm F4.5-5.6 DC HSM
  • サンディスクExtreme Pro SDHC、Extreme Pro CF


(はるき)写真家、ビジュアルディレクター。1959年広島市生まれ。九州産業大学芸術学部写 真学科卒業。広告、雑誌、音楽などの媒体でポートレートを中心に活動。1987年朝日広告賞グループ 入選、写真表現技術賞(個人)受賞。1991年PARCO期待される若手写真家展選出。2005年個展「Tokyo Girls♀彼女たちの居場所。」、個展「普通の人びと」キヤノンギャラリー他、個展グループ展多数。プリント作品はニューヨーク近代美術館、神戸ファッ ション美術館に永久収蔵。
http://www.facebook.com/HARUKIphoto
http://twitter.com/HARUKIxxxPhoto

2012/4/27 00:00