タカハシカオリ展「ホネ サピエンス」
うまくジャストミートしていますよね。これが実際のフィギュアでは、ボールがバットに接着されているように見えるから不思議 |
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会場にはさまざまなキャラクターに扮したフィギュアと、それらを被写体にした写真が並ぶ。展示のメインはフィギュアなのだが、街中に持ち出され、撮影された彼らはとっても味わい深い。
下校途中であろう2人のホネ少年は、道を歩きながら本を読み、ゲームに興じる。その隣りでは、ホネセーネンが満開の桜をバックに熱唱している。写真の中の彼らは、まるで生きて活動しているかに見え、なんともチャーミングなのだ。
展示された写真の下に、息をこらして控えている本人と見比べると、一層、この面白さは広がる。会場に足を運べば、フィギュアに目を往復させながら、しばしホネ サピエンスの世界にからめとられることだろう。
タカハシカオリさん。後ろには1体ずつ手作りのホネ携帯ストラップ(2,000円)を展示販売中 | ちなみに前回の展示では、「次回作は人間と関係ないものを作る」と言っていたとか。さて、今後のタカハシワールドの行方や如何に! |
タカハシカオリ展「ホネ サピエンス」はROCKETで開催。会期は2009年7月17日(金)~28日(火)。会期中無休。入場無料。開館時間は12時~19時半。所在地は東京都渋谷区神宮前6-9-6。問合せは03(3499)1003。
■工具箱にフィギュアを入れ撮影へ
タカハシカオリさんは、粘土で人形を作るフィギュア作家だ。制作したフィギュアは日常の空間に配置され、撮影される。2007年から2008年にかけて制作された「コウエンジ アニマル ストリート」は、就職浪人中のタカハシケン(23歳・男)を主人公にしたドラマを作り上げ、61匹のアニマルが登場するポートレート集『ボクノトモダチ KOENJI ANIMAL STREET』も出版している。
そして、今回の「ホネ サピエンス」のテーマは、さらにスケールアップして人類! 人間、生きているうちは肌の色、美醜、生まれ育ちなどいろいろあるが、「最終的にはただのホネでしかない」が作者の制作の動機にある。
サラリーマンや高校生など、一つのグループごとに5~6体のホネ人間を制作する。粘土で形を作り上げるのに約1週間、色塗りに2日ほどかかる。その後、完成した何体かのホネ人間たちを連れて、撮影に出かける。
「行き先はその時の気の向くまま、電車で出かけたり、自転車や歩きで近所を散策することもあります」
このロケーションは、吉祥寺を自転車で散策していた時、偶然、見つけたそうだ。その説明の後、間髪入れずに「私が使った場所とかいうんじゃないんです」と強調していた。改めて自作品から、想像力がインスパイアされたのだろう |
作者の中にフィギュアに応じた撮影イメージがないわけではないが、ロケハンで感じる感覚が大事だという。
「その場所を見た時、何かピピッとくる。それがないと撮れない」とタカハシさん。
何度か同じ場所を往復することもある。フィギュアは工具箱に入れて持ち歩くため、一度だけだが警察官の職質を受けた。
「撮影地を決め、工具箱を開け、フィギュアを道路に置くまでは周囲の目が気になり、すごくドキドキします」
それがフィギュアを置いた途端、スイッチが入るそうだ。1枚目のシャッターを押し、撮影画像を液晶モニターで確認したら、もう回りは気にならなくなる。
■背景と影の表現が重要
撮影は、被写界深度を深くとり、背景を写しこむことが多い。頬に手を当てて叫び声を上げるホネ・むんく氏は、浅草の橋の上で撮影され、貝から生まれたビーナスは海岸でポーズをとっている。
ある日の撮影では、刀を抜こうとしている侍と、馬上で出陣間際のナポレオンが工具箱に入っていた。銀座で友人の個展を見た後、晴海通りをずんずんと歩いていくと、侍は歌舞伎座の前でピピッときて、ナポレオンは空き地と高層ビルが広がる勝どきでポーズを構えた。
「侍は背景のない浮世絵をお手本に制作したので、これといったイメージは持っていませんでした。盆栽をバックに撮ろうかぐらいだったのです」
銭形平次の大捕り物か、忠臣蔵か |
撮影に出かけることで、予想外の風景との出会いを生み、それがフィギュアが持つ世界を広げることにもなっているようだ。
「カンフーのフィギュアは、中華料理店の前を考えていましたが、タイミングが合わず、東高円寺にある蚕糸(さんし)の森公園の木の上で撮影しましたし、忍者は皇居か広い畳のある場所でと思っていたところ、代々木公園の木の上になりました」
撮影で気をつけているのは、アングルと背景の写り方だ。
「少ない時でワンシーン10枚程度ですが、カット数は撮るほうだと思います。特に影の出方で、フィギュアたちの表情と動きがまったく違ってきますね」
そのディティールはパソコン画面で大きく表示しないと納得できず、半分以上があまり動きが感られないボツカットになるという。気に入ったカットがなく、撮り直しに行ったことも何度かあるそうだ。
■大学4年まで写真とは無縁に
タカハシさんはフィギュア制作を始める大学4年まで、写真とはほぼ無縁だった。グラフィックデザイナーを目指し、武蔵野美術大学造形学部デザイン情報学科に入学。卒業制作で最初に取り組んだイラストは担当教授より評価されず、何点か作っていた粘土フィギュアが面白がられた。
「フィギュアも、写真も偶然始めたものでした。写真は撮り方によって、フィギュアが大きく見えることが面白かったんですね」
最初コンパクトデジタルカメラを使っていたが、飽き足らなくなり、アルバイトで貯めたお金を使ってデジタル一眼レフを買った。
「写真はまったくの独学で、使いながら覚えました。卒業後、大学の通信教育部の手伝いで、偶然、写真の授業に出ることになり、そこで被写界深度というものがあることを初めて知りました」
ちなみに写真作品のプリント方法を聞くと、「コイデカメラ(本社:杉並区阿佐ヶ谷)です」と即答。杉並区生まれの作者は、地元を愛するクリエーターでもあるのだ。
フィギュアと写真を武器に、無邪気に想像力を広げ、時には夢想の暴徒と化すタカハシカオリの世界は、写真ファンにとって実に刺激的だ。ぜひ、時間を作って足を運ぶことをオススメする。
ロケ地は銀座・三越前の交差点。銀座四丁目交番は目と鼻の先だが、「この交差点に交番はなかった」とタカハシさん。撮影の瞬間は、村上春樹の「1Q84」ならぬ、II008年の銀座にいたのかもしれない |
2009/7/22 00:00