写真展

Wonzu Au写真展「透明な花」

(ニコンサロン)

微笑んだ

微笑んだ。

愛しています。  (Wonzu Au)

彼と一緒に道を歩いていると、ふと、一人になってることがある。

来た道を戻ると、体を傾けファインダー越しに何かを見つめている彼がいる。

最初は少し慌てたが、誰と何処を歩いていても、どんな状況でも前兆なく彼は立ち留まり、そうやって写真を撮るって事が分かって来た。

その行動には自尊や自意識の影がなく、流れていた水が石をすこし回っていくような淡々とした自然さがあって、大体の人は納得してしまう。

好奇心で立ち留まった彼の向こうをかいま見る。長く彼を知り、自分も写真を撮ってきたつもりだが、彼の写真を予見する事はできない。彼が特別な作業方式を取っているわけではないのに。

多分、何かが彼に触る。

それが何であるかはあまり大事なことではない。私が盗み見してた場面と彼が作り出す写真との乖離を何回も経験して、彼が見つめているのは触られた自分であることをやがて私は知るようになる。

触られた自分の欠片をかき集め、何とかシャッターを切り、傾けてた体を引き上げて、ふと気が付いたように辺りを見まわし、彼はまた歩いて来るのだ。

その写真たちは、一枚一枚が言葉になり難い。

光とも影とも言えない、明るさと暗さの中のどこかに置かれた、影が鳴くような場面たち。

そんな影の音標のような写真を、彼は20年間撮り続けて来た。

私もあまり配慮のある人間ではなく、夜遅く、予告もなく彼のアトリエにコーヒーかビールを飲むために寄る事がある。

たまに、その重い唸りを精製したような、無数の写真を見つめて見つめる事を続けて、辛うじて一枚を選び出してる最中に、予告もなく押しかけて来た私を、疲れた微笑みで迎える彼に出会う事がある。その微笑みを縁どる影は、彼の撮った写真が滲んだ物のようだった。

一つの展示を準備する期間は短くて数か月、長いと数年の場合もある。

今回は3年を要した。

その間、彼の深い所に凍り付いていた物を、彼は少しずつ、少しずつ、舌で山を削るように剥がし、数え切れない写真の中でぴったりの影を探して、一人の夜を過ごしたのだろう。

彼の写真には楽しくて美しい物が写っているわけではない。それでも今回の作品は、見てる間も見終わってからも、私の中に抑えがたい余韻を長く響かせた。見る者にそう感じさせる写真を作り出す作業がその一人の夜にどのように行われたのか、私には見当も付かない。

彼はそんなに強い者ではない。強かったのであれば、多分写真なんかやらなかっただろう。

そうするしかない何かがある。だから、あのように一人で写真を選び続ける事に耐えてきた。

暗い光と、光る闇の中を浮き流れる3年の選びの果てに、彼は言葉になり難い三つの文章をやっと重ねた。この展示が終われば、彼はまた前兆なく道端に立ち留まって写真を撮り、薄暗いアトリエで、一人で写真を選ぶのだ。

そして相変わらず彼は、彼がシャッターを切り終えるまで待ってくれている誰かの所に歩いて行く、そして、一人の夜明けに彼を訪れる誰かのために微笑むことを忘れないだろう。 (許 永旭)

モノクロ79点

銀座ニコンサロン 2016年8月 - 写真展 - ニコンサロン

会場・スケジュールなど

  • ・会場:銀座ニコンサロン
  • ・住所:東京都中央区銀座7-10-1STRATA GINZA(ストラータ ギンザ)1・2階
  • ・会期:2016年8月3日(水)~8月16日(火)
  • ・時間:10時30分~18時30分(最終日は15時まで)
  • ・休館:会期中無休
  • ・入場:無料

作者プロフィール

1977年釜山(韓国)生まれ。職場を辞め、Kyungsung大学芸術大学写真学科に入学、芸術写真と哲学を専攻。アトリエDummyFactoryを設立し、写真に関する交流の場所として運営し現在に至る。