ドアスコープが原型の高性能魚眼コンバーター
ぼくは昆虫写真の可能性をいろいろと追求してきたが、その一環として2007年に、東京に棲息する昆虫を画角180度の円周魚眼で捉えた写真集「東京昆虫デジワイド」(アートン新社)を出版した。このとき使ったのが「魚露目8号」という名の魚眼コンバージョンレンズだ。長野県諏訪市の光学メーカーFIT社が開発した製品で、直販サイトで入手できる。
魚露目8号のユニークな点は、もともと「高性能ドアスコープ」として開発されたことだ。ドアスコープとは玄関のドアに取り付けて、室内から訪問者の姿を見るための防犯用レンズである。FIT社では従来品になく見えの良いドアスコープを開発したところ、デジカメにも使える性能である事がわかって、鏡筒を再設計しコンバージョンレンズとして発売することになったそうである。
元がドアスコープなだけに、魚露目8号は魚眼レンズとして非常に小さく直径15mm程しかない。まさにスーパーなどで売ってる魚の目玉くらいの大きさだ。
ぼくは魚露目8号の存在をネットショップで知り、これは自分が撮りたかった昆虫撮影に最適ではないか? と睨んだのである。そして当時使っていたコンパクトカメラ 「RICOH Caplio GX」に装着してみたところ、小さな昆虫を大きく写しながら、周囲の環境にまでピントが合った写真が撮影できたのである。
魚露目8号は汎用のコンバージョンレンズのため、装着カメラやレンズとの相性が問題になる。それと至近距離で180度の画角を包括するストロボ照明を工夫することが、より美しい写真を撮るポイントとなる。
そこで今回は発売されて間もないコンパクトデジカメ「OLYMPUS STYLUS TG-3 Tough」に魚露目8号を装着し、その組み合わせに最適なストロボデュフューザーの形状と、撮影設定について考えてみた。ついでにTG-3用オリンパス製魚眼コンバージョンレンズ「FCON-T01」との撮り比べもしてみた。
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純正の魚眼コンバージョンレンズFCON-T01を装着したTG-3。高性能な上に水中撮影も可能な優れものだ。しかしレンズ口径が大きめのため、小さな昆虫を大写しするにはちょっと不利だと言える そこで登場するのが魚露目8号(左)である。デジカメ用魚眼コンバージョンレンズとしては、レンズ径約15mmと非常にコンパクトなのが特徴だ。隣のFCON-T01と較べるとその差は歴然だ。魚露目8号のこの小ささが、昆虫撮影に非常に有利なのである。ところで、ぼくの魚露目8号は「進呈 糸崎公朗様 東京昆虫デジワイド 出版記念」とプリントされたスペシャルバージョンなのだが(笑)そのわけは…… ぼくはこの魚露目8号だけで街中の昆虫を撮影した写真集「東京昆虫デジワイド」を2007年に出版し、これを記念してメーカーであるFIT社さんが、魚露目8号スペシャルバージョンを、プレゼントしてくれたのだった ちなみに、これが東京昆虫デジワイドの撮影に使用したデジカメである。RICOH Caplio GX8のレンズ先端に魚露目8号を直付けし、使い切りカメラのストロボ発光部を改造した2灯式ストロボを装着。今見るとちょっと凝りすぎかも知れない(笑)。今回は最新のTG-3の形状に合わせ、全く異なるタイプのディフューザーを製作しよう 現在、魚露目8号にはデジカメのフィルターネジに取り付ける専用アダプターが用意されている(前中)。今回はTG-3専用コンバーターアダプター(前右)に合わせ、40.5mm径タイプをセレクトした。ちなみに左奥に置かれたのは魚露目8号専用レンズキャップで、同じネットショップで入手できる 魚露目8号をTG-3に装着したところ。レンズ径が小さいだけにコンパクトにまとまっている。しかしこのまま昆虫に近づいて撮影すると、手前が暗くなり背景が露出オーバーに写ってしまう。かと言って内蔵ストロボをONにしてマクロ撮影すると、レンズの影が写り込んでしまう そこでディフューザーが必要となるのだが、まず用意したのは100円ショップで買ったタッパーだ。カメラとレンズの形状に合わせ、丸くて平たいタイプをセレクトした タッパーのふたを外し、底面の端に魚露目8号をはめ込むための丸穴を開ける。またタッパーの周囲はアダプターとボディとの干渉を避けるための切り欠きを入れる ディフューザー内部の反射板として、ケント紙をカットしたご覧のようなパーツを製作 さらに光の拡散素材として、半透明のコンビニ袋をクチャクチャにして詰める。このディフューザーは薄型なので、トレペを内側から貼っただけでは拡散効果が弱いのだ 魚露目8号を外したアダプターに、拡散板を両面テープで接着する ディフューザーに拡散板をはめ込み、アダプターに魚露目8号をねじ込むと、「魚露目8号ディフューザーユニット」が完成する 完成した魚露目8号ディフューザーユニットは、TG-3のバヨネットマウントに、ワンタッチで着脱できる 後ろから見るとこんな感じ。内蔵ストロボの光をディフューザー内部に導くため、ガイドが設けてあるのがミソだ ストロボを発光させると、光がこのように回る。ディフューザーをレンズのセンターからずらして装着したのは、地面にいる昆虫を撮影するためなのである 試しにストロボを発光させながら、千円札の野口英世を至近距離で撮ってみた。広い画角にしては光が均質に回っているのが確認できる テスト撮影(広角マクロ)
近所の公園のケヤキにアブラゼミが止まっていたので、テスト撮影を行ってみた。
魚露目8号をTG-3に装着すると、広角端では画面中心に小さな丸しか写らない。しかしズームを望遠にシフトしながら調整すると、画角180度の円周魚眼写真が撮れる。さらにズームを最望遠にすると、少し周囲がけられるが対角線魚眼レンズとして使える。
撮影モードだが、TG-3はマニュアルモードを搭載しておらず、絞り優先モードで絞りを変えながら撮影した。TG-3は数値上は3段階に絞りを変えることができる。しかし実質上は絞りは2段階しか変わらず、最小絞りはNDフィルターを併用した擬似的なものだ。
ピントもマニュアルは搭載されていないが、魚露目8号を装着しながらAFでサクサクピントを合わせることができる。内蔵ストロボもオート調光のみで補正も効かないが、デュフューザーを装着しながらもおおむね適正に調光してくれる。
さらに純正の魚眼コンバージョンレンズFCON-T01と、コンバージョンレンズ無しの状態、また各種撮影モードでの比較も行ってみた。
魚露目8号をTG-3に装着し、ズームを円周魚眼の画角にセット。アブラゼミに最大接近(レンズ前数mm)してみた。絞りは開放(F3.5)。ディフューザー付き内蔵ストロボを強制発光させている。手前のセミと遠くの公園遊具の両方にピントが合っているが、背景が露出オーバーで魚露目8号の持ち味が活かされていない 同じシチュエーションで絞りを1段絞って(F5)撮影。被写界深度が少し深くなり、画質も向上している。しかしまだ背景が露出オーバーだ 絞りを最小(F14)にして撮影したところ、背景が適正露出になり、青空も描写され良い感じになった。しかし被写界深度はF5.6と変わらない。実は、TG-3の最小絞りはNDフィルターを挿入する疑似絞りなのである。メーカーとしては回折現象による画質低下を避けたのだろう 比較のため、TG-3のシーンモードに搭載されたHDRを試してみた。露出の違う複数枚の写真を合成するモードだが、それに伴いストロボが強制的にオフになる。その結果、手前のセミと背景の露出差が極端になりすぎて、HDRでカバーできる範囲を超えてしまったのだ。やはり魚露目8号でのマクロ撮影には、ストロボの併用は威力がある ズームを最望遠にして、対角線魚眼レンズとして撮影してみた。画面隅がちょっとケラれるが、デジタルズームやソフトの後処理で対処できる。実際に、この画角で魚露目8号を使う人も多い 次に、TG-3に専用ワイコンFCON-T01を装着し、1段絞ったF2.8で撮影してみた。被写体にギリギリまで接近しているが、これ以上の倍率で撮影することができない。実は広角マクロ撮影においては、口径の小さなレンズの方がより高倍率の撮影ができるのだ。またFCON-T01を装着したTG-3は内蔵ストロボがケラれて使えないため、背景が露出オーバーになってしまった。しかし画質は申し分なくシチュエーションを選べば素晴らしい写真が撮れるはずだ ワイコン無しでも撮影してみたが、画角24mm相当でまずまずの広角マクロ撮影ができる。絞りF8(被写界深度的には実質F2.8)で内蔵ストロボをオンにしている。背景がちょっと露出オーバーだが、ストロボ光のケラれもなく上手く調光できている デジカメとして初めてTG-3に搭載された「深度合成モード」も試してみた。マクロ撮影時において、ピントの異なる写真を複数枚撮影し、ピントが合った部分のみ自動合成する驚きの機能だ。このモードでは画角が少し狭くなるが、広角マクロにも十分使えることがわかる。しかし残念ながらこのモードでは、魚露目8号およびFCON-T01装着時にはピントが合わない テスト撮影(遠景描写)
参考のために遠景撮影の比較も行ってみた。もともと魚眼コンバージョンレンズはマクロ用ではなく、広い景色を写すのが本来の用途だと言える。
被写体はアブラゼミが止まっていた公園のケヤキで、4mほど離れて撮影しているが、被写界深度は無限遠まで収まっているはずだ。カメラは三脚に固定してレンズを変更している。絞りはすべて1段階絞っているが、ズームの焦点距離によってF値は変動している。
魚露目8号による円周魚眼写真。画角180度のため三脚の足が映り込んでいる。画面中心はまずまずシャープだが、周辺がぼけている。これは球面収差で、画面の中心と周辺とでピント位置がずれているのだ。しかしそのおかげで、画面中心で至近距離の虫にピントを合わせると、同時に周辺部の遠景にピントが合うのだ。これは魚露目8号ならではの利点の1つだ TG-3を最望遠にズームして、対角線魚眼レンズとして撮影。アダプターとTG-3の光軸がずれているようで、画面右上がケラれてしまっている。魚露目8号はあくまで汎用のコンバージョンレンズなので、装着カメラやその設定によって相性の違いがあり、その見極めが使いこなしのコツでもあるのだ TG-3にフィッシュアイコンバーターFCON-T01を装着して撮影。18.5mm相当のセミフィッシュアイレンズとなる。画質は周辺部でちょっと甘くなるが、実用的には十分な性能だろう ワイコン無しの、TG-3の最広角25mm相当での撮影。画角は当然狭くなるが、画質の傾向はFCON-T01装着時とさほど変わらないように思える カメラの使い勝手と実写作品
夏真っ盛りの街中で、昆虫を探して撮ってみた。撮影場所は新宿3丁目界隈と、自宅付近の藤沢市の2カ所だ。
実際に撮影してみると、TG-3と魚露目8号という組み合わせは、なかなかに相性が良い。AFでも素早くピントが合うし、ストロボもディフューザーを装着しながらおおむね適切に調光してくれる。撮影設定は、基本的には絞り優先モードの最小絞り、ISO100に設定し、被写体の条件によって調整した。
TG-3は水中撮影や深度合成などユニークな機能満載のカメラだけに、基本的なマニュアル撮影機能が省略されている点がちょっと残念だ。しかしオートによる調整機能が優秀なので、設定を上手く使いこなせば快適な撮影を楽しむことができる。
ぼくは魚露目8号の使用にあたって、あくまで“丸い画面”の円周魚眼にこだわって撮影してきた。もちろん“四角い画面”の対角線魚眼としても高画質で、実際に多くの昆虫写真家がそのような使い方をしている。
中でも海野和男先生による魚露目8号とTG-3の組み合わせによる作品は素晴らしく、その画質の高さは小諸高原美術館で開催中の海野和男写真展「昆虫の肖像」に出品された大判プリントでも確認できる。実はこの写真展に、ぼくと海野先生とのコラボレーション立体作品「昆虫フォトモ」も展示されているので、夏の避暑も兼ねてぜひご覧頂ければと思う(笑)。
東京の都会のど真ん中、新宿3丁目界隈で虫探しをしてみたのだが、シロテンハナムグリが見つかって驚いた。カシの樹液を吸っているが、普通は雑木林で見られる虫だけに、マンションとの対比が面白い。新宿御苑などから飛んできた可能性もある ガマズミの葉にサンゴジュハムシがたくさん止まっていた。増えすぎたようで、葉っぱを食い尽くして穴だらけになっている。いっぽう人間も増えすぎて、壁が穴だらけのビルを建設し、その中に住んでいる アオドウガネというコガネムシの一種が、アジサイの葉に止まっていた。濡れているのは近所の人が植え込みに水やりをしたから。東京の街はいたるところに植え込みがり、よく見るといろいろな昆虫が棲息している。金属的な緑色が工芸品的に美しい虫だが、このような自然の造形物を人間はコピーしていると言える コガネムシが新宿の路上でひっくり返って死んでいた。都会の暑さは昆虫たちにとっても過酷のようだ。“生”があれば“死”があって当然だが、現代社会において後者は表面から隠されている ミカンの葉にイモムシが2匹止まっている。模様は違うが両方ともアゲハチョウの幼虫だ。右の「四齢幼虫」は鳥のフンに擬態しており、脱皮すると左のような緑色の「終齢幼虫」になる。昆虫の擬態は捕食者である鳥の目を欺くためのものだが、これを写実絵画の起源だと見ることもできる クスノキの葉に止まっていた、アオスジアゲハの幼虫。アゲハと並んで都会を代表するチョウだ。緑色の体にニセの目玉模様があり、ポケモンのキャラクターのようでなかなかカワイイ(笑)ニセの目玉模様を持つ昆虫は多く、鳥に対して効果があると言われる。この幼虫の本当の眼は「眼点」と言われる光センサーみたいなものだ こちらは自宅近所の藤沢市での撮影。モンシロチョウが、そろそろ眠りに就くであろう夕方に、木の葉に止まっていた。完全な逆光で太陽が画面内に入っているが、目障りなゴーストやフレアは良く抑えられていると言えるだろう 夜の自宅近所の公園にて。遊具に捉まりながら羽化するアブラゼミ。ストロボは明るすぎるのでオフにして撮影。しかしそのままでは暗すぎてAFも利かない条件だったため、iPhoneのLEDライトを照明に利用してみた。ある程度距離をとって照明したため、自然な感じに撮影することができた。ISO800でシャッター速度1秒だが、三脚は使用せず、カメラを遊具に押し当てながら手持ちで撮影した。その際手ブレ補正機能はOFFにした方が、かえってブレのない写真が撮れる 都会で虫を撮る面白さ
さて作品解説だが、今回は東京昆虫デジワイドの新作としてご覧頂ければと思う。
日本は独自の風土のため、一見殺伐とした都会にも多彩な昆虫が棲息している。都会で生まれた昆虫にとって、都会が自分たちにとっての“環境”であり、みな何とかそれに適応ながら生き抜いている。しかし考えてみれば、われわれ人間とて事情は同じだと言える。
都会に住む人は誰でも、自分が生まれる以前から存在する都会という環境に、必死になって適応している。さらにパソコン、デジカメ、スマホなどのニューテクノロジーが次々に登場することで環境は遷移し、適応できないと職を失い淘汰されることもある。過酷な環境の中、淘汰圧に耐えて生き抜くという点において、人も虫もあまり変わらないのかも知れない。
ぼくが魚露目8号の遠景画面にこだわったのは、通常の写真のような四角いフレームから自由な“構図の無い写真”を目指したかったからだ。ぼくは写真家でありながら、どういう訳か“構図”というものが苦手で、なおかつ写真界においては“四角いフレーム”や“構図”と言った概念が自明化され、それに対する疑問や反発があったのだ。
その後ぼくは、この連載を通じて示したように四角いフレームを受け入れるようになったが、その視点で東京昆虫デジワイドの丸い写真を振り返って見ると、それは文明以前のプリミティブな表現に通じることにあらためて気付くのだ。
写真の起源は“写実絵画”にあるが、さらに遡るとそれは昆虫など生物の“擬態模様”にたどり着く。今回の写真にも示したが、鳥のフンそっくりのアゲハ幼虫の擬態模様は、写実絵画であり写真なのである。おまけに体表全体に描かれていて構図が無い。人間の原始美術も、例えばラスコーの洞窟壁画は非常に写実的で、なおかつ構図が無いのである。
現在に至る“四角いフレーム”の概念は、ギリシアやエジプトなどの古代文明の成立と共に発生した。それは直線と直角で構成された建築の登場に付随している。これらは明確に“反自然”の思想なのだが、反自然を基盤として自然を記述するのが自然科学であり、デジカメによるネイチャーフォトもまた然りなのである。
ともかく人間は、何かに没頭しているとそのうち自分が何をやっているのか分からなくなってくる(笑)。だから歴史を参照し反省的に振り返る必要があるのだ。