【フォトキナ】インタビュー:「EOS 6D」「EOS M」を加えるキヤノンの新ラインナップ戦略


 キヤノンの眞榮田雅也常務が一眼レフカメラ事業を担当するようになり、インタビューを始めてから3回目のフォトキナを迎える。その間、担当する事業領域は拡がっているが、“基本的な考え方”に関してまったくブレがない、というのが率直な感想だ。フォトキナ以外でも話を伺っているが、話の筋が変わったことはこれまで一度もない。

 たとえば、2年前のフォトキナでは、ミラーレス機投入の可能性に対して、EFマウントがあくまで基本と応え、またレンズ固定式のセンサーサイズが大きいコンパクトカメラを作る、映画など動画撮影に使えるレンズやボディを提供していく、といった話をしていた。


キヤノンの眞榮田雅也常務

 ブレがない、ということは、裏返すと“保守的”とも捉えることができる。一眼レフカメラメーカーとしてのキヤノンは巨人であり、EFシステムという巨大な資産を持つため、やはり保守的なイメージは近年、あるかもしれない。デジタルへの移行では、素早く自社製CMOSセンサーを技術的に確立し、独自性を追求し、勝ちパターンを身に付けているところも、カメラファンの目には、少々、小憎たらしく映ることもあるだろう。

 しかし、眞榮田氏の主張にある一貫した考えは、決して保守的なものではなく、また自社の製品や戦略をむやみに正当化するものでもない。

 たとえば眞榮田氏は、カメラの質感、操作感に関して上質感を出さねばと自社製品を触りながら話すことが多い。またレンズ交換式カメラは、レンズ描写を活かせる画質にこそ存在意義があるのだから、センサーフォーマットは小さくしない。キヤノンの資産はEFレンズのシステムなのだから、それをフルに活用する。

 これらの一貫した考え方は、今回のフォトキナでも変わらなかった。(聞き手:本田雅一)


EOS 6Dの投入で隙間が埋まった

--- EOS 6Dで価格、サイズ、重量といった面で、ライカ判フルサイズセンサー採用一眼レフが身近になりましたが、他社を見ても今回のフォトキナはフルサイズセンサーの話題がとても多い。このトレンドは予想していましたか?

「技術には流れがあります。我々は自分たちでイメージセンサーを開発していますから、フルサイズセンサー採用カメラが増えるだろうとは思っていましたが、ここまでとは予想はしていませんでした」

「我々の場合、今回のフォトキナには6Dを投入しましたが、これは5Dでは大きい、重い、持ち歩くのが大変といったユーザーの声に応えるために開発しています。フルサイズセンサーなのですが、軽快に使えます」


EOS 6D。12月上旬に発売。ボディのみの直販価格は19万8,000円

--- ブースで手に取ってみましたが、EOS 5Dよりも凝縮感があり、ボディ剛性も感覚的に解るぐらいに上がっている印象でした。レリーズ時の感触も、オーバーアクションなところがなく、カチッと節度感のある動きで、5D系のパタパタとした感じとはずいぶん違いました。6Dのボディのベース部分に5Dのメカは使っていないのでしょうか?

「6Dの動作感は“小気味いい”でしょう。6Dの開発において、5Dのプラットフォームは全く使っていません。剛性感やしっかりとした動作感を感じていただけるのは、ボディがコンパクトになり、相対的に剛性がアップしていることも寄与していると思います」

「デザイン、質感、フィーリングは、6D開発時に拘ったところです。レリーズした際の感触を改善するため、フォーカルプレーンシャッターそのものの剛性を高めるなど、6D専用設計を行っています。それ以外にも、“走る部分”(レリーズ時に動くもの)の剛性強化をさまざまなところで施し、トータルでフィーリングを向上させています」

--- 価格面ではEOS 5D Mark IIIの下に位置しますし、画素数も若干少なめです。一方で使用した感覚は下位モデルというよりも、性格付けの異なる別の製品という印象ですが、どのような棲み分けを考えていますか?

「ラインナップの中での位置付けとしては、5Dの下位モデルという認識で間違いありません。もっとも、下位モデルではありますが、単純に画素数や画質、連写性能を落とすといった作り方はしていません。フルサイズセンサー搭載で、どこまで小さく、軽くできるかを、今の技術を用いて専用に作り込んだ製品です」

--- こうして6Dが新規プラットフォームで作られていると、5D Mark IIIのボディにやや古さが感じられないでしょうか。もちろん、画質や高感度時のノイズ特性など、撮影領域を拡げ、最高の写真と動画を得る製品として、これまで着実に進歩してきましたが、6Dの後を受けて、眞榮田さんのよく仰っているモノとしての所有欲を満たすフルサイズ機として、プラットフォームを一新する時期という気もします。

「5Dのプラットフォーム一新に関しては、今の時点でハッキリしたことは言えません。しかし、必要性と求められているニーズについてはわかっています」

--- 6Dが加わったことで、EOSのラインナップ全体に変化は訪れるでしょうか? たとえばAPS-Cサイズセンサー機のラインナップですが、EOS Kiss Xのラインは毎年のように最新技術が投入され、今ではEOS Kiss X6iまで進化。操作性はともかく、連写性能なども上がっていますし、EOS 60Dの位置付けが曖昧になっているようにも感じられます。

「今回、6Dを投入したことで、これまで隙間が空いていたラインナップが完成したと考えています。6DがあってもEOS 60Dの価値は変わらないでしょう。レンズの良さをどう引き出すかというテーマに対して、フルサイズ機のラインを充実させることで消費者に期待に応えたのが今回の新製品です。今後はKissシリーズの上位モデルとミドルクラスの下の方(EOS 60D)の完成度を上げていきたいですね」


EOS Mは他のEOSと同等のクオリティをカバー

--- 昨年のインタビューで予告していたミラーレス機がEOS Mとして発表されていますが、最後発としてどのような意図で開発したものか、今一度、聞かせていただけますか?

「小型・軽量は、すべてのカメラに求められる基本的なニーズです。一方で、キヤノンが作るレンズ交換式カメラですから、EOSのシステムとEOSのクオリティ、この2つを引き継げる性能や機能性を備えていなければなりません。時期的に“満を持して登場”と言われることが多いのですが、実際にはこの条件をクリアしながら小型・軽量に仕上げるのに時間がかかり、このタイミングでのリリースとなりました」


EOS M。9月29日発売(レンズキットのみ10月中旬)。ボディのみの直販価格は6万9,800円

--- 改めて質問しますが、フランジバックの短縮による利点を活かそうとすると、いずれにしろ専用設計のレンズが必要になってきます。新たにマウントを定義するのであれば、センサーのフォーマットサイズを、小型・軽量というミラーレス機の特徴に合わせ、今のイメージセンサー性能に合わせたまったく新しいものにする、という可能性はなかったのでしょうか?

「たとえば、そこそこ大きな高性能イメージセンサーを搭載し、携帯性も高いカメラが欲しいということであれば、操作性が高くセンサーサイズも大きなPowerShot G1Xがあります。レンズ交換式であるからには、EFレンズの性能・描写力を活かせなければなりませんし、画質面でも他のEOSと同等のクオリティをカバーしなければなりませんから、より小型のセンサーを使うという選択肢はありませんでした」

「もちろん、技術の進歩によってセンサーの性能も向上していますが、やはり小さいと画質面では不利です。小型化のために、高感度時のノイズ特性やレンズのボケ味で妥協はしたくありません。もし、EOS Mをレンズ交換しながら使いこなしてくれる方がいないようだったら、もう一度考え直しますよ。しかし、そうはならないと思います。具体的なスペックは言えませんが、魅力的なレンズシステムを構築していきますから、これからに期待してください」

--- EOS Mはマウントアダプタを通じてEFレンズが利用できますが、専用のEF-MレンズはEFレンズに対して、補完的に揃えていくのでしょうか?それともEF-Mだけでフルシステムを構築していくのでしょうか?

「フルラインでレンズを揃えるか、あるいは補完的かというと、そこはあまり意識していません。最大のテーマは小型・軽量ですから、その特徴を活かせるレンズを開発し、使い方との提案をしていきます。結果的に、それがフルラインを揃えることになるのか、補完的なスペックのレンズを填めていくことになるかはわかりませんが、まずは顧客の得られる価値が優先です。また、動画に対する適応性が求めれますから、そういった面でも動画撮影に向いたレンズを出すなどして、ニーズに応えられるよう開発計画を調整していきたいと思います」

---- キヤノンの作るレンズ交換式カメラの中で、EOS MとEOSの比率はどのように推移していくと予想していますか?

「EOS Mが今後、どのような製品になっていくかはマーケットが決めてくれると思っています。僕らはEOSの性能、画質をそのままに、小さくしたシステムだと思っていますが、EOS Mの評価を依頼したハイアマチュアのひとたちやプロには、別の面でも高い評価を得ています。メインのEOSに対して、サブカメラとしてカメラバッグに入れておきたいといった声も聞きました。何かのトラブルで撮影ができなくなったときなどに、バックアップとして取り出して、マウントアダプタ経由でEFレンズを使って撮影をする、あるいはミラーレス機でなければ撮影できないような場面で使う、といったものです」

「ユーザーは、色々工夫してEOS Mならではの使い方を考えてくれると思いますから、それによって今後のEOS Mの位置付けや進化の方向が見えてくるでしょう。出荷比率に関して考えるのは、それからですね」


新しいコンセプトも。来年のCP+に期待

--- スマートフォン連携に関しては、まだこなれていない印象もあります

「もう少し突っ込まないと、本当の意味でのスマートフォン連携とは言えないとは思っています。単に写真を転送するだけでなく、スマートフォンを活用する方法は色々あるでしょう。たとえば、Cinema EOSではスマートフォンをファインダーとして使う機能があります。これにより、シネマトグラファーが撮影している映像を手元のスマートフォンで確認できます。他にも様々なアイディアがありますから、それを静止画のEOSやPowerShotなど他のシリーズに拡げていけるでしょう」

--- 無線LANはまだ一部の機種にしか搭載されていませんが、今後はどうでしょう?

「バッテリーの問題などもありますが、可能な限り無線LANは標準で載せていきたいですね。また、LTEなど第四世代携帯電話網になれば、カメラから直接画像をアップロードすることも検討したいと思います」

--- それはスマートフォンの機能を持つカメラを作るという意味でしょうか?

「Androidを使うかどうかはともかく、スマートフォンのようにネットワークと親和性の高いカメラは検討しています」

---- 富士フイルムのXシリーズやソニーのサイバーショットDSC-RX1など、趣味性を追求したカメラの人気が高まってきていますが、キヤノンも長い歴史を持つカメラメーカーとして、趣味性の高い製品を作る考えはありませんか?

「新しいコンセプトを持つカメラに関しては、いろいろと用意していますよ。これについては、楽しみにしておいてください。来年のCP+は、きっと面白い提案ができると思います」

「また、一般論からすれば、撮像領域をきちんと広げていくことが基本です。それは高感度であり、小型軽量であり、また速写性や連写性能だったりと、カメラとしての基本性能を磨き上げることですね。一眼レフカメラの高級機は、真っ暗に見える場所でも明るくキレイな写真を写せる実力を備えるに至っていますが、あの性能、撮影領域の広さを、少しづつ下の方の製品にも落とし込んでいきたいですね」

「光学50倍ズームレンズを搭載したPowerShot SX50 HSは、優秀な手ぶれ補正と高感度性能で、土星の輪を手持ちで撮ることができます。このように、レンズ交換式以外でも、撮影領域の拡大は取り組める要素はまだまだあります」


PowerShot SX50 HS。世界初の光学50倍ズームレンズを搭載する。発売は9月27日。直販価格は5万9,980円

---- 趣味性の高いカメラの増加の背景には、カジュアル層のスマートフォンへのシフトもあるのでしょうか?

「まずは、カメラでしかできないこと、撮影できない使い方などについて磨き込むこと。また、スマートフォンと仲良くすること。この2つです。ネットとの接続性が上がっていけば、レリーズした後の使い方の幅が拡がっていきます。無線LAN内蔵のIXYや、新製品のPowerShot S110などが、その回答のひとつになっています」


PowerShot S110。10月中旬発売。直販価格は4万9,980円

「趣味性の高さに関しては、道具としての質感、すばらしさといったところですね。これは常々、少しでも改善したいと考えてきました。形状としてのデザインだけでなく、ダイヤルやリングを回した時、レリーズボタンを押したとき、撮影者が感じるフィーリングを常に気にしています」

「たとえば、今度リニューアルするEF 24-70mm F2.8 L II USMを触ってみてください。製品としての質感、リングを動かす際のフィーリングなど、従来とは大きく異なるコダワリで作られていることを実感してもらえるはずです。ひとつひとつ、使っている部品を“操作感”や“質感”といった要素も含めて吟味して設計し直しています。こうしたこだわりは、これからのコンパクトカメラなどにも適用していきたいですね」



(本田雅一)

2012/9/24 00:00