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[2008/04/10]


2007年

2006年

=our face=──北野謙


our faceの肖像2004/日本に暮す様々な人々3,141人を重ねた肖像

 多重露光によって複数の人の肖像を重ね合わせた連作「our face」は、北野謙さんの代表作として広く知られている。灰色の靄(もや)のようなハーフトーンの中に人々の顔や身体が溶け込んでいくイメージには、思わず引き込まれそうな魅力がある。

 もちろん「our face」は、単に視覚的な面白さを求めた作品ではなくて、しっかりとしたコンセプトに基づいていることは、作品を見ただけでもはっきりと了解できる。ただ、それに加えて、北野さんのホームページの膨大な文章を読むと、北野さんの作品に対して、より一層理解が深まるように思った。数年分の日記に目を通すだけで1週間やそこらはかかってしまうのだが、制作の困難や自作への問いかけが何度も繰り返されながら、「プロジェクト」と呼ぶにふさわしい規模の作品群ができ上がっていくのを、作者の視点に近いところから目の当たりにする気がした。

北野謙「=our face=」
http://www.ourface.com/
1968年東京都生まれ
1991年日本大学生産工学部卒業
1993年個展「溶游する都市」(I.C.A.C.ウエストンギャラリー)
1997年グループ展「サンマリノインターナショナルフォトミーティング」(イタリア)
1998年メキシコ壁画運動の壁画作品、建築の撮影を始める
2000年ペルー アンデス地方の教会建築を撮影(文部省の調査プロジェクトに参加)
グループ展「HUMANSCAPE」展(清里フォトアートミュージアム)
1996年「ヤングポートフォリオ展」(清里フォトアートミュージアム)
1997年
1998年
2002年
2004年
2004年写真の会賞受賞
2006年個展「our face」(フォトギャラリーインターナショナル)
グループ展「写真の現在」展(東京国立近代美術館)
2007年日本写真協会新人賞受賞


=our face= 北野謙氏

──写真を始めたきっかけは?

 中学の時に初めてカメラを買いました。その後、たまたま行った近所の図書館で出会った本(細江英公さんや土門拳さん、森山大道さんはじめ海外の写真家も)から写真家の仕事に触れました。

 大学の時に「491」という写真のサークルに参加しました。VIVO(1959年ごろに活動を開始した当時の若い写真家たちの自主エージェンシー)の活動などで知られる批評家の福島辰夫先生もいらしていて、初心者から作家まで、さまざまな写真家がお互いに写真を見せ合うという合評会でした。

 「491」に参加したことによって、写真を単にレベルの高い低いで見るのではなく、人が写真によって何かを経験する。そのことの大きさを知った気がします。「491」は質の高い企画展をも開催していました。手弁当で参加した展示や図録作りの経験は、今思うと貴重な体験でした。

──「溶游する都市」というシリーズについて。

 これは大学のころに撮り始めたランドスケープのシリーズです。すぐ目の前のことほど見えにくいということって、ありますよね。当時、本当に何事にも実感が持てなくて、手探りで歩きながら日常の光景を確かめるように撮っていました。

  最初に撮ったのが通学時のラッシュアワー。人ごみですね。来る日も来る日も人ごみの中で三脚を立ててました。なぜか最初から長時間露光だったですね。誰も疑わないようなものごとを溶かして見たかったんだと思います。輪郭や「個性」を大事にしている人間も溶けて流れて、有機的な粒子みたいに見える。そして自分も粒子みたいな小さな存在だけど確かに今ここにある、みたいなリアリティーから世界を見られて、とっても自由になりました。この体験は僕にとっては大きくて、「写真がくれた奇跡」などと密かに呼んでいます。

 人ごみ以外にも高速道路の流れとか花火とか、また都市の中で月や太陽などの天体を撮ったりしました。やはり有機的な眼差しで見られる場所や光景ですね。


「東京ドーム」(シリーズ「溶游する都市」)

──「メキシコ壁画運動」というシリーズについて

 メキシコの壁画運動の写真は、相手があまにりも大きすぎて、シリーズとしては中断したままです。まだ展覧会や本にはまとまってません。

 メキシコの壁画はヨーロッパの宗教画などとは違って、ごく最近、20世紀に始まった壮大な美術運動です。前から興味があって行って見てみたら、本当に驚いて、感動しました。歴史や個人の中のいいことも悪いことも、パンドラの箱を開けてぶちまけるように描かれています。たとえば先住民の生け贄の習慣や、ヨーロッパ人による征服期の混血の発生(侵略者による強姦)といった、普通なら隠しておきたい要素も描かれています。いっぽうで未来の科学なんかも描かれているし、喜び、ねたみ、おごり、憎悪といった、あらゆる人間の感情や内面のありようがそこには描かれています。

 これらの壁画が特定の個人や階層でなく、「あらゆる人々」に向けて描かれていることにとても感動しました。最初のパブリックアートにして、そのひとつの頂点と言えると思います。政治的な文脈も大きいのですが、ヨーロッパのシュルレアリズムはじめ、いろんな文化に影響を与えました。

 撮り始めてから、このシリーズの難しさに次第に気がつきました。まず許可がおりない。役所の許可がおりても管理者や画家の遺族など、時には無関係な人まで、書類だ! 金だ! ってなる。やっとOKになっても、現場での制約もとても大きかった。毎回が格闘でした。

 美術作品を撮るには、さまざまなアプローチがあると思います。メキシコ壁画運動は近代文明の中における古代文明の再評価みたいな部分があるから、屋外の自然があるものは赤外フィルムで撮ろうとか、画集の図版みたいに複写に徹しようとか、近代建築に描かれた比較的新しいものは建築写真的に撮ろうとか。毎回課題を作って撮影に行きました。

 結果的に僕がたどり着いた手法は、壁画に描かれたまるで“雲海のような”肖像群を、ストリートスナップをするようにアップでランダムに撮りまくり、正方形にプリントし、自分なりに組み合わせて独自の壁面写真を再構成する、というものでした。といってもまだ完成には至ってません。著作権の問題があって、発表する上でも難しさがあります。

 メキシコ壁画運動を撮ることがそこまでたどり着いた時、それが、同時代を生きているさまざまな人々同士をつなぐ写真、あるいはシャッフルするような写真行為、すなわち「our faceプロジェクト」を始めるきっかけになりました。目の前の現実の方が大事だから、メキシコ壁画運動のほうは今は中断していますが、いつかは決着をつけたいと思っています。


「トラルックの泉」ディエゴ・リベラ(部分、メキシコシティ)

──「our face」は、職業や学校といった集団の複数の成員の肖像を多重露光したシリーズですが、撮影する集団を選択するきっかけは何ですか?

 撮影する集団のくくりは、なるべく小さいほうがいいと思ってます。民族や国家という大きな集団のイメージに対する興味は多くの人が持っていますが、それは時として、とても危険な方向に暴走する可能性をはらんでいると思います。その怖さを時々感じます。それよりも、「駅前の一軒の居酒屋に毎日飲みに来る客たち」程度のすぐにイメージがわく集団のくくりがいいです。

 常に「あらゆる人」へ向かいたいと思っています。離島の小学生に会いに行ったら、次は六本木の水商売のおねえさんに会おうとか、じゃその次は北国の漁師さんに行ってみようとか。伝統芸能にたずさわる人に会ったら、新しいムーブメントの人に、新旧、地域、世代などなど、なるべくたくさんの種類の振幅を持ちたいと思います。もっとも、振幅といっても1人の写真家のやることなので限界もありますが……。

 そうやって、多重露光によって得られた集団のイメージ同士を次々に連ねていかないと、ダメなんですね。2、3枚を並べただけだとどうしても比較や違い探しの目線になりますから。「our face」シリーズは、言葉も含めて見せ方に気をつけないと、人間の区別や差別に結びつきかねません。


 特別な集団を抽出するのではなく、普通の人たちの営みにお邪魔して撮影する、というスタンスでありたいと思います。

 これまで国内の3,000人を超える人々に会ってきましたが、このままではまだ大きな偏りが残ったままだと思っています。対馬の小学生に会うように、たとえばブラジルのバイーアの踊り子に会いたいし、六本木のキャバ嬢に会うようにチベットの巡礼の人に会いたい。沖縄のおばあのことを思い出しながらアフガンの人を訪ねたい。そんな風に世界の人々を連ねて行きたいと思ってます。

 ちなみにourfaceプロジェクトは、さまざまな集団像を横に連ねて行く、いわば水平の方向と、もうひとつ、どの集団も、残らず撮影した全てを重ねた1枚を絶えず更新していく、いわば垂直の方向があります。今はわかりにくいですが、この水平と垂直を同時にしていくことで、いずれ何かを越えられるんじゃないかと期待しています。

──多重露光の具体的な作業工程で、難しい点、気を使う点などについて教えてください。

 撮るのは1枚1枚35mmのフィルムで撮り、何十枚ものネガを、プリント作業で微小の露光を繰り返して、数十人を重ねます。1枚の作品を焼くのも膨大な作業ですから、暗室はとにかく慌てず、手順をまちがわないようにすることですね。テストも入れると100回以上の露光を終えて、最後に現像液に入れるまでうまくいっているかわかりません。2日も3日もかかけて焼いたプリントが失敗していたときはやけ酒です。

──より多くの、たとえば数万人とか数十万人を重ね合わせることは考えていますか?

 どこまでできるかわかりませんが、世界のあまたの人々に会ってイメージを重ね、連ねていきたい。その全てを重ね合わせることで、何万人かが重なった1枚の肖像が得られるかもしれません。おおざっぱにでも「世界の人々」的なイメージの連鎖と集積にたどり着いたならば、その次はさまざまな動物や植物や生命体を撮って、重ねてそれに連ねたい。そこまでいくのはまあ無理でしょうけど。もし地球上の生命体を大方重ねたなら、見える限りの天体を撮って重ねたい……。というようなほとんど無限のスパイラルへ向かうプロジェクトですね、コンセプトとしては。

 AとBの比較や勝ち負けではなく、何億分の1として存在しているAやBの確かさみたいなものから世界を見たい、そんなことを僕はどこかで考えます。


新潟アルビレックスチアリーダーズのチアリーダー17人を重ねた肖像

──北野さんご自身の手で撮影された写真以外、たとえば助手を使ってより多くの人を撮影して合成するということを考えますか?

 本当のところ、このシリーズの中で僕は“装置”になりたいと思っています。地球上の対立する人同士を、穏やかに取り込んで連ねて行く装置みたいなものに。だから途中で誰か継いでくれたらいいのに、と本気で思っています。アウグスト・ザンダー(1876~1964。ドイツのあらゆる階層や職業の人々の肖像写真を撮影した「20世紀の人間」プロジェクトで知られる)は、生前作ろうとしていた写真集シリーズを実現できずに他界しましたが、数年前に息子さんが遺志を継いで、ほぼ完全な形でそれを7冊の本にまとめました。壮大な叙事詩のような写真集でした。

──Photoshopなどを使ってデジタルに合成することは考えていますか? フィルムの多重露光とPhotoshopのレイヤーにやる合成では質感が異なりますか?

 このシリーズを始めた頃はそれほどデジカメが普及してなかったですし、僕は大学は理系ですが根っからのデジ音痴なので、アナログのまま来てしまいました。違いというのはわからないのですが、見る人からは「アナログの持つ『重なり感』みたいなことから感じるものがある」と、よく言われます。

 写真原稿や大型プリントのためのデータはいっぺんに全員を重ねないで、10人程度ずつ重ねたプリントを数枚に分けて作ってデータ化し、微調整しながらレイヤーで重ねて作っています。また週刊誌と一緒に実験的に作ったカラー作品は、フィルムスキャナーでスキャンしてPhotoshopのレイヤーを使ってデータを作っています。

 昨年のPGIでの個展ではフルアナログのバライタプリントと、ラムダ出力の大きめのプリントと両方展示しましたが、アナログのほうが評判はよかったですみたいです。たぶんコンセプトにも合っているんだと思います。


「資本家の肖像」ダビット・アルファロ・シケイロス(部分、メキシコシティ)

──北野さんのホームページ開設の経緯は?

 「our faceプロジェクト」に登場してくれる人たちを募集する告知のために、ホームページを作りました。さまざまな人にまず知ってもらって、この肖像の連鎖に入ってもらいたかったのです。サイト自体はまったく更新していなくてダメなんですけど。

 サイト開設→雑誌(SPA!)での不定期連載→写真集→個展→グループ展といった順番で「our faceプロジェクト」は進行していったので、Webにおける一般的な写真発表の形とは逆のコースかもしれませんね。

──北野さんは、ご自身の作品について膨大な量の文章を書かれています。言葉と写真の関係について、作家みずから自作について解説することのメリット、デメリットについてどのように考えられますか?

 写真と言葉の関係は、この仕事の中で絶えず考えさせられてきました。まず、このややこしい写真プロジェクトを普通の人々に説明しないといけません。代表者に事前に手紙や企画書を送ったり、プレゼンに行くこともありますが、現場でもそれぞれの人に説明する必要があります。目の前の幼稚園児になんて言ったら伝わるか? キャバ嬢にはどう言えばいいか? 相手が興味を失ったり不快に思ったらそれまでですから、それぞれの人が持っている言葉の世界に届くように、言葉を持たざるを得ませんでした。通常の記念写真や取材の写真ではないので、「なんで撮るのか?」という問われて「きれいだから」とか「仕事だから」というふうにはいかないですよね。本質的な問いをいつも向けられていました。

 この仕事に最初に興味を持ってくれた媒体はSPA!もそうですが、アサヒ芸能や週刊文春やテレビのワイドショーのような、どちらかというとアートとは無縁のとても大衆的なメディアでした。そのことはとてもよかったと思っていますが、一方で最初のころは特に「平均顔」写真というレッテルを貼られがちでした(どう見られてもよかったのですが)。そんなこともあって、この写真のコンセプトについては明確に説明しておきたいと思うようになりました。今では、作品自体が一人歩きしてくれているので、いちいち説明する必要はなくなってきていると思います。

──写真集「our face」においては、ほぼ半分のページが、撮影された集団のルポルタージュ的な文章となっています。率直に言うと、あの文章は必ずしも必要なかったのではないか、とも思います。それについてはどう思われますか?

 「写真集にテキスト添えるか問題」の賛否は半々です。おっしゃるように、作者が写真に言葉を添えることのリスクやデメリットはあると思います。でも、あの写真集に関しては、ああいう形でそれぞれの人の背景を添えたかったんですね。

 実際に撮影に行って会うと、当たり前ですが、どんな人々にもとても大きな現実があり、それに体重をかけて向き合っています。そこで触れた、それぞれの現実の一端を、おこがましいのですが、知ってもらいたいと思うようになりました。ただ本のレイアウトやデザインに関しては他の方法もあったかもしれません。また、プロジェクトの初期には文章による取材を特にしていなかったので、本にまとめるのは大変でした。


──作品発表の方法について。

 「our faceプロジェクト」は、雑誌媒体での連載や展覧会やWebといったさまざまな場所で発表してきており、あの写真集もやってみたかった形のひとつでした。見せ方に関しては他にもやってみたい方法はいろいろあります。

 たとえば昨年の「写真の現在3」(東京国立近代美術館)の展示では、作品のみでキャプションもつけていません。作品の下に番号だけ貼ってあって、興味がある人は会場に置いてあるガイドを参照してもらうようにしていました。

 6月にNazraeli Press(ナヅラエリプレス)から出た森山大道さん編集の「Witness2」という写真集にourfaceの作品が載っていますが、写真に英文の小さなキャプション1行の構成です。とっても落ちついたレイアウトです。

 現場で撮って来た音を、写真とともに聞かせるサイトや展示もしてみたいとも考えているのですが、実現できていません。いずれやりたいのは、鏡に向き合うような等身大の肖像が、回廊のように延々続くような展示ですね。タブロイドくらいの大判の写真集なんかもつくってみたいです。


──ブログ(日記)の分量がたいへん多いのが印象的です。いわゆる写真家で、ここまで大量に日記を書かれている人は他にいないとおもいます。ブログについて、思うところを教えてください。

 あれは誰かに読んでもらうためよりも、自分のためのメモです。何を見たかとか、読んで思ったこととかを忘れないように。それと、仕事の関係者などスケジュールをあれで見ている人もいるので、近況です。最初の頃は、ourface撮影日記みたいなものにしてました。

 正直ブログの概念がわかったのも最近で、ずっとトラックバックの意味がわからなかった。だから作ってもらった友人に、トラックバックを外してもらってました。今はあってもよかったと思ってます。

──現在、撮られているシリーズや、今後の展開について教えてください。

 ourfaceは、時間をかけて海外で展開したいです。そのためには海外で写真を見てもらう機会を作っていく必要もありますね。長いスパンで考えています。というか、どうやって展開して行ったらいいか思案してます。誰かスポンサーについてくれればいいのですが。

 ただourfaceばっかりだと他に何もできないので、いまランドスケープの写真を撮り始めています。いくつかのアプローチを模索していますが、非常に時間がかかる取り組みになりそうで、まだ作品になるかわかりません。基本は大型カメラでカラーです。こっちの写真が僕の中で徐々に盛り上がって来ています。



URL
  バックナンバー
  http://dc.watch.impress.co.jp/cda/webphoto_backnumber/

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【写真展リアルタイムレポート】
東京国立近代美術館「写真の現在3」(2006/12/06)




内原 恭彦
(うちはら やすひこ)1965年生。東京造形大学デザイン科中退。絵画やCGの制作を経て、1999年から写真を撮り始める。
2002年エプソンカラーイメージングコンテストグランプリ受賞、2003年個展「BitPhoto1999-2002」開催、2003年写真新世紀展年間グランプリ受賞、2004年個展「うて、うて、考えるな」開催
http://uchihara.info/

2007/09/13 00:04
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