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インド



※4月~6月の最終木曜日は、「Web写真界隈」に代わって、内原恭彦氏による特別企画「アジア輪行写真」をお届けします。

 日本を旅立ってからおよそ3カ月が過ぎた。予定ではそろそろ帰国するはずなのだが、ベトナムとタイで余分に時間を食ってしまい、インドに到着したのがようやく10日前である。予定を1カ月延長し、7月いっぱいはインドに滞在し、コルカタ(植民地時代の英語名カルカッタを、現地のベンガル語の発音に忠実に変更した正式な名称)からヴァラナシ、デリーと移動してから帰国しようと思っている。

 長いような短いような今回の旅行も、そろそろ終盤と言えるだろう。かなりの期待とともに訪れた4年ぶりのインドだが、初日から風邪をひいてしまったうえに、現在雨季であるコルカタは毎日のようにスコール(にわか雨)に見舞われ、なかなか思うように写真が撮れない。

 さらに、コルカタの街を自転車に乗って走っていると、必要以上にインド人の注目を引いてしまう。1,500万人を超える人口過密の大都市コルカタの路上は人々にあふれ、屋台や建物の軒先などいたるところに何をするでもなくたむろしている連中が、折りたたみ自転車に乗ってデジタル一眼レフを下げた東洋人を目ざとく見つけては、指差し、大声で呼びかけ、大笑いする。注視されている状況では落ち着いて写真を撮ることができない。「自分を撮ってくれ!」「これを撮れ!」と言ってくるかと思えば、場合によっては強く撮影を拒まれることもある。

 偶然ある精肉工場に行き当たってカメラを向けた瞬間、横合いから男がダッシュで走ってきて、カメラのレンズを手でふさいで厳しい口調で「撮るな」と言った。たちまちまわりを取り囲まれたが、カメラのディスプレイを見せて撮ってないことを示してその場を立ち去った。ただ、人垣に取り囲まれたほんの1分ほどのあいだに、自転車のタイヤにピンとゴムチューブで作った手製の画鋲のようなものが突き立てられて完全にパンクさせられていた。

 こういうトラブルは、路上で写真を撮る以上世界中のどこでもあり得ることだが、インドではまだ「撮れる」、「撮れない」を見きわめる勘のようなものが体得できていない。結局のところ時間が解決する慣れの問題だと思うが、ぼくの場合外国で平常心を持って写真を撮るためには最低2週間ほどの期間が必要なようだ。



 「思うように写真が撮れない」ことには、もうひとつの理由があるような気がする。こちらのほうがむしろ本質的な問題かもしれないが、それはインドの風物が“面白すぎる”という点である。“面白すぎる”せいで写真が撮れないというのもヘンな話だが、こういうことだ。

 インドにおける色彩とフォルム(形)と質感、それに加えて光と空間までもが、他のどの場所よりも面白く感じられる。カラフルでエキゾチックな寺院や神像、植民地時代の巨大な建物、それが何であるかすらわからない見たことの無いモノを並べた露店、磨かれて鈍く光る分厚い鋳造の金具、何重にも塗り重ねられたペンキに亀裂や剥落が生じた壁、鮮やかで濃厚な色彩に染められた布地にラメやスパンコールをちりばめたまばゆいような衣服をまとった女性たち……。

 いちいち数え上げてもきりがないが、きわめて異質で目を引くインドの風物が大量にあふれかえるコルカタの街で、ぼくはマヒしたようになってしまった。視覚的な“面白さ”の洪水の前で、どこにカメラを向ければいいのかわからなくなってしまうのだ。コルカタの風物のごく一部を四角いフレームで切り取ってみたところで、カメラの前の現物のほうが圧倒的に面白いという実感は写真を撮る気を萎えさせてしまう。インドの風物は強烈すぎて、何を撮ってもすでに誰かが撮ったことのある写真に似てしまうような気がするのもいやだった。

 どうすればコルカタを自分なりの写真に撮ることができるだろうか? スティッチング(複数の画像をPhotoshopなどで1枚の画像につなぎあわせる手法)を前提とした分割撮影を試したり、オーソドックスなワンショットのスナップに賭けてみたり、モノクロで撮ってみたり、「撮ってやろう」という意志をひとまず後退させ受動的に淡々と撮ってみたり、いろいろあがいてみたものの、苛立ちや不快感は募るいっぽうである。

 結局のところ、「思うように撮れない」ということについて解決策はない。イライラしながらも、それでもなんだかんだで毎日数ギガの写真を撮っている。「撮れなくても、撮るんだ」というのは、ぼくが体得したスタイルかもしれない。気分よく楽しく撮るのも結構だが、常にそういうわけにもいかないだろう。撮れなくてあたり前だと思えばイライラすることもないかもしれない。いずれにしても、インドという場所が写真に対する手ごわい抵抗感でもって、ぼくにゆさぶりをかけてくれるのだと思っている。



1.ゴミ捨て場を漁るブタ
ムスリム(イスラム教徒)もヒンズー教徒もブタ肉は食べないはずだが、市場にはPiggeryと描かれたブタ肉専門の店舗がある。飼うのに手間や金のかからないブタは川沿いの空き地などで飼われているようだ。

2.露店の床屋
身だしなみに気を使うインド人はこまめに散髪したりヒゲを整えたりしているようで、屋外屋内を問わず床屋が数多くある。

3.ステッカーを貼ったぼくのノートPC
バンコクで買った「報徳善堂」(華僑系の仏教団体)のステッカーと、コルカタで買ったインコのステッカーを貼っている。インド人もステッカーは大好きらしい。1枚5ルピーだった。

4.トラム(路面電車)
思いがけないほど狭い路地のようなところにもトラムが走っている。交通渋滞が問題となっているコルカタでトラムは廃止される方向にあるらしい。気のせいか4年前よりも運行本数が減っている気がする。

5.路上の歯医者?
フーグリー川(コルカタを流れるガンジス水系の支流)沿いの堤防で見かけた。ほんとうは何であるかは不明。

6.ガートに捨てられた花
ガートとは川岸に作られた沐浴場で、ヒンズー教徒にとっては沐浴は宗教的な意味のある慣わしであるらしい。インド人は沐浴のことを「taking a bath」と言っていた。

7.ヒンズー教の神像
こうした神像を街の至るところで見かける。お祭のために用意され、その後は朽ちるがままに放置されているようだ。木組みにわらをまきつけその上に粘土で造形し色を塗っている。頭髪には人毛を使っているのが不気味だ。

8.コメディアン
銀行か何かの広告に使われていたおそらくコメディアンであろうかと思われる人物の写真。妙に心をひかれたので写真に撮った。国が違っても笑いのセンスというのは共通する何かがあるような気がする。

9.滞在しているホテル
かなりの安ホテルに滞在しているのだが、たとえホテルのグレードを上げてもそれに見合った快適さが得られないので、思い切って節約することにした。自分が寝泊りしないのであれば廃墟のような室内や外観は楽しめることだろう。

10.回収された端布(はぎれ)
インドのテキスタイル(織物)は世界的に認知されているが、特に女性のサリーに使われている布地の鮮やかさやデザインの面白さは際立っている。こういう色彩を日常的に身にまとって生活している人たちというのはわれわれの想像を超えている気がする。


11.中古レコード屋
安ホテル街であるサダル・ストリート界隈で見かけた。クラフトワークのアナログ盤に目を引かれた。いったい誰がインドにこのレコードを持ち込んだのだろう。現在のインドはもちろんCDやDVDが主流である。

12.カラフルなモスク
コルカタの街中に大小のモスクはたくさんあるが、このモスクはとりわけあざやかに装飾されていた。いかにもインドらしい。

13.自転車修理屋の少年
自転車のパンクを修理してくれた店の少年。非常に物静かでシャイだった。

14.野良ウシ
インドでは大都市の路上でも野良ウシが徘徊していることはよく知られている。夜間にゴミ捨て場で寝ているところを撮った。

15.夜の町工場
4畳半から6畳くらいのスペースに機械を入れて、家具や金属部品を作っている町工場がたくさんある。

16.街角の鳥かご
ちょっとした広場には大きな鳥かごが置かれてインコなどが飼われていることがある。

17.花市場
フーグリー川沿いの花市場。主にお供え用の花輪や行け花が売られている。午前中は人が多すぎて撮影は困難である。

18.マリーゴールドの花輪
インドでもっとも撮りたかったもののひとつ。この濃いオレンジ色はとてもインドらしいと思う。

19.インド博物館
胎児の標本に見入るインドの人々。コルカタにあるインド博物館は古代の彫刻から動物や鉱物の標本、古銭や工芸品までとても充実している。今回の撮影の目当てのひとつだったが、細長い展示室は“引き”がなく撮影は困難だった。

20.インド博物館
ガラスケースが鏡のようになって映りこんでしまう。ケースに入っていないむき出しの骨格標本は無数の落書きでおおいつくされていた。


21.インド博物館
来館者が多いので、人波が途切れるのを待つ必要があった。インド博物館はカメラと三脚の持込に100ルピーの特別料金がかかる上、館内ではしばしば職員から許可証の提示を求められる。テロ対策のせいかバッグは入り口で預けさせられる。

22.サダルストリートのヤギの群
朝夕によくヤギの群を見かける。コルカタの中心部にはモイダンという非常に広大な公園があり、日中はそこでヤギが放牧されている。朝になると下町のあちこちで飼われているヤギがヤギ飼いによって集められて数人がかりでモイダンまで連れて行かれ、夕方にはまた帰ってくるらしい。道路をヤギが横断する時は車も徐行している。ヤギは移動しながら糞尿を垂れ流していく。ヤギが通りすぎたあとはケモノの匂いが路上に漂う。

23.路上に貼られたポスター
前回、インドに来たときにもっとも魅了されたのが路上に貼られたポスターだった。壁だけでなく電話交換機や変圧器などの立体物にも無造作に貼られ、それがはがされたり重ね貼りされたものが印象的だった。今回は、あまりにも期待が大きすぎたのか、以前ほどはそそられない。

24.ガートのそばの宿泊所?
よくわからないが、いわゆる巡礼宿(ダラムシャーラー)なのだろうか? 撮影していいかたずねると、中央のおじさんがはっきりと「YES」と答えてくれた。あっさりとした態度や物分りのよさが印象的だった。

25.乗馬
観光客向けなのだろうがコルカタでは時おり馬車を見かけるし、馬に乗っている人も見かける。ポニーやラバではなくきれいに世話された乗馬である。少しブレてしまったがそれも含めて気に入った写真である。


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内原 恭彦
(うちはら やすひこ)1965年生。東京造形大学デザイン科中退。絵画やCGの制作を経て、1999年から写真を撮り始める。
2002年エプソンカラーイメージングコンテストグランプリ受賞、2003年個展「BitPhoto1999-2002」開催、2003年写真新世紀展年間グランプリ受賞、2004年個展「うて、うて、考えるな」開催
http://uchihara.info/

2007/06/28 00:31
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