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ベトナム



※4月~6月の最終木曜日は、「Web写真界隈」に代わって、内原恭彦氏による特別企画「アジア輪行写真」をお届けします。


 今、ベトナムのホーチミン市(旧サイゴン)に滞在して写真を撮っている。3月末に日本を発ってからそろそろ1カ月になる。3カ月ほどかけて、ベトナム、タイ、インドをまわるつもりでいる。

 「輪行」とは、鉄道や飛行機などの交通機関によって自転車を輸送することである。今回は外国に折りたたみ自転車を持ち込んだ。デジカメと自転車とノートPCを使った旅について、リアルタイムで書いてみようと思う。

 何度も書いていることだが、ぼくは外国旅行自体はあまり好きではない。チケットの手配をし、盗難に注意しながら重い荷物を背負って移動し、慣れない言葉で外国人とやり取りする、といった事柄がひたすらに億劫なのだ。もちろん、外国の見慣れない風物は単純に言って目に面白く、それを写真に撮りたいからわざわざ出かけているのだが、できれば移動するよりも1カ所に長期間滞在したいと思っている。ひとつの都市を撮るためには最低でも1カ月はかけたい。納得できるまでしつこく撮るとしたら3カ月、それどころか1年あっても足りないだろう。

 ほんとうは、せめて半年程度はブラブラしたかったのだが、今年の10月に展覧会と写真集の出版がひかえており、その準備のために7月には帰国しないといけない。どちらも、物理的にぼく自身が東京に居ないとできない作業だからだ。とはいえ、いずれはこうした作業もネットのみによって可能になれば、ぼく自身は世界中のどこにいてもいい、ということになるかもしれない。


ホーチミン市について

 ガイドブックやネットの情報によると、スリ、引ったくり、恐喝、置き引きが多発する「犯罪都市」のように呼ばれているが、ぼくの印象ではそこまで危険な気配は感じない。もちろん安全であると主張するつもりはなくて、大都市はどこでもそうだろうけど、いつどこで何がおきてもおかしくない。

 観光客の多い場所では、あきらかに彼らを獲物として狙っている連中の視線を感じるし、路地裏などでは地元の女の子もバッグをたすきがけにした上で胸元で押さえた持ち方をしている。バイクによるひったくりを警戒している証拠だ。100%安全な場所も危険な場所もありえない以上、何らかのトラブルに遭遇しても、とりあえず旅を続けられるように備えるしかないと思う。

 ホーチミン市の最初の印象は「バンコクに似ている」ということだった。中空のレンガを積み上げモルタルで仕上げた建築物、無数の屋台、市場で売られているもの、ゴミと果物と香辛料の匂い、多角形の電信柱、色彩の乱舞、ゴミ収集をはじめとしたインフラのシステム(というかシステムの未発達さ)などなど、民族も政治体制も異なった国であるにもかかわらず、同じインドシナ半島で700km離れたこのふたつの大都市はおどろくほど似通った相貌を見せる。率直に言うと、最初はバンコクとかわりばえしない風景にやや失望しなくもなかった。どうせなら見たことの無い光景に出会いたいという外国人の傲慢さだが。

 それでもホーチミン市にある程度滞在して毎日写真を撮っていると、気づいてくる差異もある。まず、コンビニが無い。スターバックスもマクドナルドも無い(ロッテリアとKFCはある)。衛星放送を受信するパラボラアンテナが見あたらないのは、政治的な理由なのだろうか? それともアンテナは目立たないように室内にでもしつらえているのだろうか? 市内のいたるところに見られる仏教寺院のデザインもタイとは異なる。

 もっとも大きな違いは、ホーチミン市の路上を文字通り埋めつくす原付バイク(あるいは120cc程度の小型排気量バイク)の群だろう。一説によると300万台と言われるバイクが、ノーヘル、3~4人乗り、逆走、信号無視あたり前のマナーで、お互いをすり抜けながら交差点を抜けていくさまは、魚か昆虫の群を思わせる。バンコクはすでに乗用車が一般にも普及しているので、ここまでバイクが道路を占有してはいない。ホーチミン市をひと言で表現するとしたら、ぼくだったら「バイク都市」とでも呼ぶだろう。


自転車を使った撮影について

 ホーチミン市を自転車で走ることは、とても快適とは言えない。道路はでこぼこだらけで荒れている上、路肩にはゴミや小石が散乱している。さっそくタイヤがパンクしたうえ、毎日のように空気を入れなければならない始末だ。このような“ダート”からの振動もものすごく、首や頭に負担がかかる。

 最大の問題は、バイクの大群とホーチミン独自の交通マナーだ。ホーチミン市では自転車も車道を走るのが原則となっている。道路は右側通行で、一方通行が多い。車線は明記されておらず、信号機の数は少なく非常に見づらい。交差点の曲がり方も独特で、優先順位などはないようだ。七叉路もの交差点やロータリーも多く、そこを通り抜けることには恐怖を感じる。

 とは言っても交通ルールやマナーがまったく無いわけではなく、暗黙の了解やあうんの呼吸をつかんで流れに乗って通行しなければならない。道路を横断する場合は立ち止まったりためらったりするほうが危険である。「渡るのだ」という強い意志を持って進めば、その動きを読んでライダーたちはスピードを落とさずに前後によけてくれる(はずである)。それでも危険であることは間違いなく、眼前でバイクに3人乗りした高校生が転倒して路上に投げ出されるのを見た。

 それに加えて、バイクの群が撒き散らす路上の騒音もものすごい。これは体験しないとわからないだろうが、原付バイクのエンジン音やバスやトラックの警笛に1日中さらされた夜は、耳鳴りがして寝つけないくらいだ。こうした騒音対策として予想外に有効だったのは、ノイズキャンセリング・イヤフォンだった。音楽を聴くというよりも騒音を軽減してくれる道具として使っているのだが、これでずいぶん楽になった。

 そのほかにも、強い日ざしや排気ガスや粉塵といった過酷な環境もあるのだが、結局のところ慣れてしまえばなんとかなるものだ。ホーチミン市で1週間も写真を撮っていれば、さほどストレスを感じることもなくなり、むしろ自転車を使うメリットが感じられてきた。

 言うまでもなく、自転車は徒歩よりもはるかに移動距離が大きい。ひたすらホーチミン市内を走り回ることによって、1週間でだいたいの地理を把握し、2週間もたつと半径10km程度のエリアの土地鑑を得た。到着早々にガイドブックを無くしてしまったので、地図もないままに、まずは大通りを進み人家がまばらになってきたら引き返すことを繰り返し、だいたいの地理的な「骨格」をつかむ。その後じょじょに小さな通りに入り、街を“スキャン”するかのように走り回る。その過程で少しずつ点と点がつながり、頭の中に自分なりの地図が形作られていく。見知らぬ土地、心理的には「異界」とでも呼びたい場所が、だんだん見慣れた日常的な空間に変わっていく。

 多少なりとも都市に馴染んで、リラックスしてうろつきながら、ふと見慣れたと思っていた街角に強い異質さを感じるときなどに、シャッターを切りたくなるのだが、そういうプロセスにはぼくの場合自転車が役立つ。



インターネット事情

 ホーチミン市には非常にたくさんのネットカフェがある。ネットカフェというよりも、民家の一室にPCを並べ、靴を脱いで上がる様子は、“ネット屋”とでも呼んだほうがふさわしい感じだ。下町の小さな路地裏や、舗装もされていないような郊外の集落にも、どこにでもかならずといっていいほどネット屋はある。ほとんどは小中学生がゲームをやっている。あるいは高校生がメールやボイスチャットを利用したり、Wordを使って宿題をやっていたりもする。

 ぼく自身はそうした下町のネット屋を利用したことはないのだが(だいたい子どもたちに占領されていて、入る余地がない)、外国人観光客の多い安ホテル街であるデタム通りのネットカフェに、毎日PCを持ち込んでネットに接続している。1時間6,000VND(ベトナム・ドン。約42円)で、ADSLだが体感速度としてはISDNよりちょっと速い程度だ。あるいはロッテリアなどでは無料でワイヤレスLANによってネットに接続することができる。

 ネットをメールや旅行情報の検索に使っているのだが、なによりも毎日自分のホームページを更新するために利用している。当初は旅先でWebの更新までは手が回らないだろうと思っていたのだが、意外にも毎日写真を更新している。今までと同じフォーマットで写真を並べることで、見慣れぬ海外で撮った写真をある程度客観的に見ることができる。毎日写真をセレクトしたり検討することは、短い滞在期間でも集中して写真を撮るのに有効であると思った。

 さらには、こうした原稿を書く仕事も日本にいる時とさほど変わりなく行なうことができるわけで、ぼくの旅にはネット環境は欠かせない。逆に言うと、ネット環境が無い場所に滞在することは二の足を踏んでしまう。

 ネットカフェは欧米人旅行者が多く利用しているが、彼らはデジカメで撮った写真をネットカフェからFlickrやオンラインストレージやフォトブログにアップして、不要な写真は削除してメモリーカード1枚を使いまわしているようだ。コンパクトデジタルカメラで撮ったファイルサイズの小さな写真ならではの利用法だと思った。

 ぼくが夢想しているのは、海外で撮った写真をネットを使って日本(にかぎらず場所はどこでもいいが)などの遠隔地のファイルサーバーに保存するという方法だ。現時点では1日数GBの写真をネット越しに転送するのは無理だが、たとえばインターネットの転送速度がさらに上がり、自宅にTB単位のディスクスペースを持つファイルサーバーを立てれば、そうした方法も不可能ではない。そうなれば、HDDなどの荷物も減らせるし、事故や盗難に気を使うこともない。さらには、カメラからワイヤレスで直接ネットにつながって写真を保存できるようになればいいのだが。いつかはそうなるかもしれない。


ホーチミン市界隈


1.動物事情
 バンコクと違い、イヌやネコの存在感が少ない一方、(食用の)ヤギが飼われているのは見かける。街中でもニワトリを放し飼いにしているところがある。観賞用と思われる美しいニワトリだ。飼い主は羽を布で磨き上げ、他人に見せて自慢したりしている。

2.鉄工所
 船舶用のエンジンくらいまでは街中の鉄工所で修理されている。足りない部品を鋼材から削り出して作っているようで、潜在的な技術力を感じる。

3.水上生活者
 ホーチミン市はもとはサイゴン川に隣接した湿地のようで、多くの沼や運河に囲まれている。もっとも市街地の運河は、ほとんど埋め立てられている。運河には木製の貨物船のようなものが多数繋留されていて、その中に住んでいる人もいる。地方からココナッツやバナナといった果物を満載してホーチミン市に運び、生活用品を積んで地方に運ぶという輸送を行なっているようだ。貨物船であると同時に倉庫でもあって、荷がさばけるまでバナナを積んだまま運河に浮かんでいる。小売もしている。バンコクでは完全に失われた風景だ。

4.仏教寺院
 非常にカラフルでキッチュな寺院があちこちに見られる。仏教といってもおそらく中国経由のもので、道教なんかとまじりあっているような気がする。鉄筋コンクリートとレンガで大まかな形を作りその上にセメントや漆喰などで細かな造形を行いペンキで仕上げている。街中に建てられているものは撮影時に電線や他の建物が邪魔になって撮りにくい。

5.アパート
 東京で言ったら同潤会アパートや大阪の軍艦アパートのような、時代を経た共同住宅もところどころに目につく。

6.運河沿いのスラム
 運河沿いにスラムが発達しているのは、バンコクと同様だ。おそらく地方からの移住者が、川岸のせまい土地に住み着いたものだと思う。世界の他の地域と同様に、こうしたスラムは取り壊されて再開発される流れにあるようだ。

7.ナイトパーク
 回転木馬やゴーカートやトイトレインのようなちょっとした遊具が広場や街角に設置されていて、日が沈むと親子連れがやってきて遊んでいる。昼間はまったく営業していない。

8.スラム
 ビン・タン区(平盛郡)の、ディエン・ビエン・フー通りを進み沼地と交わるあたりのスラム。

9.チョロン(中華街)の紙飾り屋
 こうした中国風の装飾は日本でも見かけたことはあるが、量、バリエーションともに充実していて目を引く。

10.チョロンの工具・部品街
 秋葉原のような電気街は無いが、バイクのパーツや、工具や部品ばかりをあつかう小売店が並んだ通りはある。ほとんどはリサイクルした部品のようだ。


11.ヒンズー寺院
 市の中心部にあるヒンズー寺院。バンコクのものは最近は写真撮影禁止だし、インドでは信者でないものは寺院内には立ち入ることができない。ホーチミン市のヒンズー寺院は、一応中に入ることもできる。塀の内側には3つの堂があり、その周りは彫刻で飾られた回廊となっている。眼光のするどい堂守がいて、手まねで写真を撮っていいかと問うと、周りはいいが堂はダメだと示された。参拝しているのは、インド系とも思えない普通のベトナム人たちである。インドシナ半島の中ではインドの影響の少ないと言われるベトナムだが、どういう人たちが信仰しているのだか興味を感じた。

12.「セントラルパーク」のナイトパーク
 ファングラーオ通り沿いの公園。名称は不明だが勝手にセントラルパークと呼んでいる。この公園は日が暮れた後は市民の憩いの場所となっている。ナイトパーク、セパタクローのような足でやるバドミントンみたいな遊びやフットサルに興じる人々、ウクレレを弾く老人、太極拳みたいな謎の健康体操をするお年寄りなどがたむろしている。

13.ネットカフェのポスター
 オンラインゲームのポスターをよく見かける。子どもたちの娯楽として完全に定着しているようで、どのネットカフェも満員だ。日本で人気の携帯型ゲーム機をほとんど見かけないのは、価格的な問題だろうか。

14.路上の床屋
 路上に鏡をすえて、あとは体ひとつ道具ひとつで営業する床屋も多く見かける。耳掃除などもしてくれるようだ。理髪師の目つきは非常に真剣で、プロフェッショナルな感じがするが、あまりにもくっきりとした刈り上げに仕上げられてしまいそうで、利用する気にはならない。

15.街中の寺院
 寺院というよりも廟といった感じの小さな建物がたくさんある。色合いは決まっていて、黄色と赤の組み合わせである。各家庭や商店にもかならず小さな仏壇があって、LEDがちかちか点滅する装飾がほどこされている。こうした光景はバンコクとも共通している。

16.風船の行商
 夜になるとどこからともなく現われる。自転車に無数の風船や、空気入りのおもちゃを取り付けた行商。自転車を使った行商はいろいろあるが、目立つものは、kem(アイスクリーム)屋の行商。ヒット曲の印象的なワンフレーズを単音シンセで演奏したものを流しながら、ホーチミン市内中を回っている。これはバンコクとまったく同じで、なんとも哀れっぽい耳に残るフレーズが印象的だ。kem屋は子ども相手の商売だからか、純朴で人が良さそうな青年がやっていることが多いような気がする。もうひとつは、ネズミ捕りの行商で、テープによる大音量で商品の口上を流しながらやってくる。こちらは女性が多い。

17.ホーチミンのサル
 ペットとしてあるいは客寄せとして商店の入り口などにサルが鎖でつながれて飼われていることがある。ホーチミン市の喧騒ですっかりストレスにやられてしまっているようなかわいそうなサルもいる。

18.運河沿いのナイトパーク
 ここの手作りのひなびた遊具がもっともお気に入りである。


19.市中心部の骨董通り
 クラシックカメラや古銭をはじめ、古写真も多く売られている。ぼくは骨董のことはわからないが、けっこういい感じのガラクタが目についた。

20.ダム・セン・パーク
 浅草花やしきとサンリオ・ピューロランドを合わせたようなテーマパーク。遊具やアトラクションは素朴だが、とにかく装飾がキッチュで念が入っている。木陰も多くのんびりできる。

21.街路樹のある路地
 ホーチミン市は、フランス統治時代の影響なのか街路樹が多く見られる。なんという樹かわからないが、ビルの10階くらいの樹高がある。

22.黄色い菊
 寺院や廟にはかならず黄色の菊が供えられる。黄色に宗教的な意味があるのだろうか。トラックや船のへさきにも、黄色の菊が供えられているのを見かける。市場で売られている花も黄色い菊が多い。とても繊細な花である。

23.ハツカネズミの行商
 バイクにかごを取り付けて、ハツカネズミやモルモット、ヤドカリやコオロギなどを行商している。夕方になると公園などに現われるが、あまりにも素朴すぎて売れそうにもないのだが……。サルや鳥やヘビといった、ちょっとワシントン条約に抵触しそうなペットを行商する人たちもいるが、彼らは写真を撮られるのを嫌がる。

24.夜のフォー屋
 4区の下町のフォー(麺料理)屋。とにかくいたるところにフォー屋はあって、店頭のショウケースに麺と具の見本が並んでいるので、それを指し示して席に座れば出てくる。店によってかなり味付けにバリエーションがある。

25.運河の夜景
 運河に繋留している船を写真に撮りたいのだが、波に揺られている船は長時間露光で撮影するとブレてしまう。運河には潮の満ち干があって水位が変化しているので、干潮時に合わせて撮る必要があるので難しい。




内原 恭彦
(うちはら やすひこ)1965年生。東京造形大学デザイン科中退。絵画やCGの制作を経て、1999年から写真を撮り始める。
2002年エプソンカラーイメージングコンテストグランプリ受賞、2003年個展「BitPhoto1999-2002」開催、2003年写真新世紀展年間グランプリ受賞、2004年個展「うて、うて、考えるな」開催
http://uchihara.info/

2007/04/26 01:43
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