タムロン“新SP”レンズの実力に迫る

2つのプレミアムレンズ、誕生の秘密とは?

赤城耕一 直撃インタビュー(実写インプレッションも)

左からSP 35mm F/1.8 Di VC USD(Model F012)、SP 45mm F/1.8 Di VC USD(Model F013)。メーカー希望小売価格はどちらも税別9万円。発売日はキヤノン用とニコン用は9月29日。ソニー用は未定。

9月2日、タムロンから2本の交換レンズが急遽発表された。「SP 35mm F/1.8 Di VC USD」と「SP 45mm F/1.8 Di VC USD」だ。ズームレンズを得意とするタムロンが、35mmフルサイズセンサー向けの単焦点レンズを投入したとあって、その日はSNSでも大いに話題を振りまいた。

先行するライバル製品に対し、どんなアドバンテージがあるのか。一新したデザインの理由は。そもそも、なぜ単焦点レンズなのか。

写真家・赤城耕一氏がタムロン本社へ向かい、開発者に疑問点をぶつけみてた。(編集部)

(左から)
映像事業本部 設計技術部 部長 鴨田征明氏
基礎開発本部 本部長代理 舘野登史邦氏
映像事業本部 設計技術部 技監 戸谷聰氏
光学開発本部 本部長 博士(理学) 安藤稔氏
映像事業本部 商品企画部 部長 佐藤浩司氏
光学開発本部 光学開発一部 部長 仲澤公昭氏

扱いやすいサイズ感と手ブレ補正の相乗効果

赤城耕一氏

−−新SPシリーズの製品開発はいつから始まったのですか? タムロンが単焦点レンズ、という驚きがあり、発表会にも気合いを感じました。その意欲を聞かせてください。

佐藤氏:単焦点レンズをやろうという話は、10年以上前から何度もありました。しかし、高倍率ズームレンズ、大口径ズームレンズ、マクロレンズを優先されることが多かったですね。

実際に企画が進み始めたのが2012年の春ぐらいだったので、意外と長くかかったなという印象です。今回SPシリーズ刷新の新基準を作るなど、仕様の見直しも進めていたため、3年ぐらいかかりました。

−−以前から企画があったのに実現しなかったというのは、マーケティング部署から「売れないだろう」といった声があったんですか?

佐藤氏:売れないだろうという声より、いよいよ市場の要求が出てきたという部分があります。2010年の「SP 70-300mm F/4-5.6 Di VC USD」あたりからカメラの高画素化が進むなど、光学設計の基準自体を見直さねばという気持ちがありました。

そして「SP 24-70mm F/2.8 Di VC USD」、「SP 70-200mm F/2.8 Di VC USD」、「SP 90mm F/2.8 Di MACRO 1:1 VC USD」といった新モデルを発売してきたことで、市場でも「最近のSPシリーズはいいよね」という評判が高まり、「次は単焦点を」という声が出てきたのかなと認識しています。特に、海外からリクエストが多かったです。

レンズの市場規模として単焦点レンズの構成比は高倍率ズームと同じぐらいあるので、当社としてもここに新製品を投入してシェアと売り上げを伸ばしたいと考えました。

−−カメラメーカーからも新しい35mmのレンズが出てきて「乗り遅れるわけにはいかない」という心情でしたか?

佐藤氏:スタートは2012年の春だったので、その少し前から検討をはじめたかな、というタイミングです。他社は単焦点レンズのラインナップが厚いため、ずっと気がかりでした。


佐藤浩司氏
戸谷聰氏
安藤稔氏
舘野登史邦氏
鴨田征明氏
仲澤公昭氏

−−これまでレンズメーカーといえば、カメラメーカーがやらないところの焦点域を狙っていたイメージですが、いきなり標準域を狙ってきた「勝負」の理由は?

佐藤氏:一番は35mmと標準域がほしいという市場の要望ですね。遅まきながら単焦点レンズをやるにあたり、「原点から始めます」と発表しました。弊社がレンズ専門メーカーとしてこれからブランドを作るにあたり、より趣味性の高い方々に提案していくには単焦点が不可欠だろうと考えました。

商品の売り上げももちろんですが、レンズ専門メーカーとしてのタムロンのアイデンティティ確立のためには「高倍率のような売れ筋だけでなく、SPシリーズを拡充していく」と会社の方針が打ち出され、新たに開発する単焦点もどうせやるなら他と違う標準レンズを出したかったのです。

今までにない特徴として、「寄れる」、「手ブレ補正」などの特徴を持たせたら、こういう新しいスタイルの標準系レンズになりました。市場からの要望は焦点域と手ブレ補正に対するものが多かったのですが、そこに「寄れる」も入れたかったのです。

SP 35mm F/1.8 Di VC USD/1/200秒/F5.6/ISO100
SP 45mm F/1.8 Di VC USD/1/160秒/F5.6/ISO100

35mmと45mmで撮り比べてみた。随分画角が違うことが分かる。(撮影:曽根原昇)

−−「F1.4にして!」という要望はありませんでしたか?

安藤氏:技術的には可能ですが、手ブレ補正を入れると大きくなります。手軽にスナップなどで使ってほしく、F1.4はないよね、となりました。

佐藤氏:かなり早い段階でF1.4はないということになりましたね。価格よりサイズの問題でした。

−−F1.8にしても、そう小さくはないと言われそうですが。

戸谷氏:この理由は防振(手ブレ補正)を入れたことに尽きますね。防振なしの単焦点レンズであればもっとコンパクトで当たり前ですが、コンセプトとして「防振」と「寄れる」を大切にしました。

安藤氏:「寄れる」を実現するため、フローティング機構を採用しました。フォーカスで防振群を前後に動かしているのも理由の一つですね。

−−では、それらをなくせばさらに小さなレンズができるのですか?

安藤氏:できます。光学的な制約ができると、どうしてもバランスを工夫していくことになりますから。しかし、ブレによる画質低下を考えると、防振はあったほうがいいですね。三脚使用が不可能な場所など、様々なシーンで使ってほしいので。

−−ブレによる画質低下の影響は大きいですよね。実際に使ってみると、手ブレ補正もありますし、大柄なF1.4より使いやすさが感じられます。ビギナーでも使いやすい。

安藤氏:お散歩レンズとして使ってほしいなあ、という気持ちはありますね。

手ブレ補正機構のVCユニット。大口径単焦点レンズと手ブレ補正機構の組み合わせは珍しい。

SP 45mm F/1.8 Di VC USD/1/4秒/F8/ISO100

暮景を手持ちで撮影した。ISO100でF8まで絞り込んだためシャッター速度は1/4秒と遅かったが、手ブレ補正機構(VC)の効果で手ブレを起こさず撮影できた。(撮影・コメント:曽根原昇)

−−F2にする案はなかったのですか?

安藤氏:やっぱりF2を切りたかったです。タムロンでは一番明るいのがAPS-C用の「SP AF 60mm F/2 Di II MACRO」のF2で、それ以上に明るいレンズはありませんでした。F1.4では大柄になるので、実用的なバランスを取ってF1.8に落ち着きました。防振付F1.8のシリーズ化も考えていきたいですね。

手ブレ補正機構を搭載すると「画質はどうなの?」という疑問が必ず出てきますが、それより「ブレたらそれ以前の問題」と判断しました。防振でも極力性能の劣化がないようシミュレーションを繰り返しました。

35mmでシャッタースピード3段分、45mmで3.5段というと、効果が意外と少ないように見えるかもしれませんが、そこに抑えたのは光学性能を優先したからです。

「寄れる」レンズを目指して

−−最短撮影距離を縮めるのは画質劣化との戦いになりますが、そこに対する工夫はありますか?

安藤氏:フローティングである程度解決しますが、メカにまとめることに苦労しました。

戸谷氏:これは外から見るとわかりませんが、フローティング機構の採用で性能を出すとなると、ほとんどのレンズ群を動かさねばならず、鏡筒のメカ設計はズームレンズのような複雑さになります。しかも防振機構を背負って動かす、というのが一番難しいところでしたね。レンズ本体のサイズを左右するくらい、重要な課題となりました。

AFアクチュエーターにはUSD(超音波モーター)を搭載していますが、モーターのパワーに対してレンズ群をよりスムーズに繰り出すための工夫が求められました。

佐藤氏:目標のサイズはもっと小さかったのですが、画質と機能を優先して大きくなった部分があります。光学設計者は「1cmは“血の1cm”」と言ってましたね。レンズを実際に見ていただくとわかりますが、近距離になってくると、特に20cmから25cmの間の繰り出し量が大きいです。

戸谷氏:メカ設計の段階では、目標性を満足するために、これまでになく重量級なレンズ群を繰出す必要に迫られ、当初はだまされた感もありました(笑)。それでも光学設計・メカ設計との間で、折衝を繰り返すことで、何とか落ち着くことができました。

−−最短撮影距離の目標はあったんですか?

佐藤氏:35mmは20cmと決め打ちでした。45mmは29cmになりましたが、“マクロ的”にストレスなく使えるよう意識しました。

−−昔は近距離側の部分「MACRO」と書いてさえいれば中心以外の画質は不問だったのに、真面目すぎるぐらいですね。

佐藤氏:特に昔の高倍率ズームレンズは、そういった中心解像度を重視した設計のものもありました。しかし単焦点は周辺の画質までこだわり、特にこの2本は平坦性を追求して設計しました。

SP 35mm F/1.8 Di VC USD/1/25秒/F1.8/ISO100
SP 35mm F/1.8 Di VC USD/0.6秒/F8/ISO100

SP 35mm F/1.8 Di VC USDの最短撮影距離は0.2m、最大撮影倍率は0.4倍。クラス最高の近接撮影能力を誇り、最短・絞り開放で撮っても持ち前の高画質はそのままである。開放時のボケは非常に大きくなる。(撮影・コメント:曽根原昇)

SP 45mm F/1.8 Di VC USD/1/13秒/F1.8/ISO100
SP 45mm F/1.8 Di VC USD/1.6秒/F8/ISO100

SP 45mm F/1.8 Di VC USDの最短撮影距離は0.29m、最大撮影倍率は0.29倍。SP 35mm F/1.8 Di VC USD程ではないものの、標準レンズとして、クラス最高の近接撮影能力であることに変わりはない。これまで50mmマクロの独壇場だった標準レンズでの近接撮影が、F1.8の明るさで可能となった意味は大きい。(撮影・コメント:曽根原昇)

−−真面目だなあ。描写は、抜けの良さに驚きました。35mmはシャープだけど味わいのある感じですね。

佐藤氏:2本では性格が違いますね。35mmはバランス型、45mmは解像やコントラストに関してすこし尖った設計になってます。

SP 35mm F/1.8 Di VC USD/1/400秒/F5.6/ISO100

SP 35mm F/1.8 Di VC USDの解像性能を見る。周辺部でも草葉の細部までよく解像しており、高画素なデジタルカメラでも安心して使える。(撮影・コメント:曽根原昇)

SP 45mm F/1.8 Di VC USD/1/320秒/F5.6/ISO100

こちらはSP 45mm F/1.8 Di VC USD。SP 35mm F/1.8に比べてわずかに硬調でカリッと写る印象。それぞれのレンズに個性があるところも面白い。(撮影・コメント:曽根原昇)

−−AFの性能やスピードはどうですか?

舘野氏:フローティングのためにメカの負荷が高く、限られたモーターの推力で動かすとなると、めいっぱい背伸びをした状態です。速く動かし過ぎるとAFの品位や信頼性を落とす要因になります。そうしたバランスをとって動かしているので、「激速」ではありませんがスムーズなピント合わせを実現しています。

−−速いって言えばいいのに、真面目だなあ(笑)。フローティングだからといってAFが遅いわけではない、ということですね。

舘野氏:そうです。

AF駆動用のUSD(超音波モーター)
SP 45mm F/1.8 Di VC USD/1/1,250秒/F4/ISO100

壁と車の隙間に猫がいた。レンズを向けると直ぐに逃げてしまったが、一瞬でピントが合ったので何とか撮ることができた。超音波モーター(USD)によるAFは速く正確で、撮影中にストレスを感じることはなかった。(撮影・コメント:曽根原昇)

新SPラインはまだ続く

−−デザインが刷新されたのも大きいと思いますが、モノとしての面白さも追求していくコンセプトですか?

佐藤氏:タムロンは堅く生真面目なイメージがあると思うのですが、「真面目で堅実な道具」から「洗練された楽しいパートナー」を目指しました。手にした感触や、MF時のトルク感にもこだわりました。私自身も近接ではMFで撮ってしまう場合が多いので、フォーカスリングの回転角も大きく取っていたりします。

−−レンズ根元のリングが、カメラに取り付けるとよく見えませんが、置くとよく見えます。今までの金のリングとは違いますね。

レンズのマウント部付近に配置されるリング。10年間タムロンレンズで使用された金のリングを受け継ぐもので、ルミナスゴールドと呼ぶ色を採用する。今後もSPシリーズで使用するとのことだ。

佐藤氏:「アイデンティティを持ちながら、そんなに目立たない」を意識してます。

戸谷氏:新しいデザイナーと取り組んでいて、レンズに込められたデザインコンセプトが今までとは全然違います。

−−カメラボディによって合う・合わないは検討しましたか?

戸谷氏:要素を削ぎ落とす方向でなるべくシンプルにしました。そうすると合う・合わないが少なくなるんです。

−−初期デザインの製品への反映度はどれぐらいですか?

戸谷氏:違うのは切り替えスイッチぐらいですね。

モックアップで見るスイッチの位置の変化。左から順に新しくなるにつれ、前後に変化している。

鴨田氏:リングの「ルミナスゴールド」は、色決めのためにデザイナーから見本が来るのですが、それを再現するために工場試作を何度も試しました。性能だけではなく、工業製品としていいものができることを考えてものづくりをしています。

−−ご自身の満足度はどうですか?

鴨田氏:自分でもお金を出して買いたいところです。私が持っているのはズームレンズばかりですが、久々にフィルム時代を思い出して、スナップを撮りながら散歩をしたいと思うようなレンズです。

−−TAMRONのブランドの文字が変わったところにも気合いを感じますね。今後こちらに変わっていくんですか?

佐藤氏:新しいSPシリーズには「プロダクトロゴ」として入っています。今のロゴは「TAmROn」とMとNが小文字になっていて、海外では全部大文字のほうが読みやすいそうです。一番の理由は読みやすさです。

−−これからの商品展開として、ミラーレスカメラ用もSPシリーズになりますか?

佐藤氏:要望をお聞きしている段階ですね。将来的にはSPをミラーレスに展開することももちろんあると考えています。

−−2本では終わらないということですね。

佐藤氏:はい、2本では終わりません。ぜひご期待ください。

(本誌:折本幸治)