<b class="">グラフィックジェット35(1961年)</b><br class="">興和はニコンに次いでアメリカに販売会社を設立するなど、早い時期から輸出に力を注いでいた。その一方でアメリカのグラフレックス社にカメラをOEM。センチュリーブランドでカメラを供給していた。なかでもジェット35はグラフィック社だけに供給されたオリジナルモデルで、ソーダサイホン用ガスボンベのガス圧を利用してフィルムを巻き上げる。またマミヤシックスのようにフィルム面を前後させてピント調節を行うなど、何から何までユニークなカメラだった。このほか国内未発売の輸出専用モデルには、4×4判一眼レフのコマフレックスS(1960年)がある。

グラフィックジェット35(1961年)
興和はニコンに次いでアメリカに販売会社を設立するなど、早い時期から輸出に力を注いでいた。その一方でアメリカのグラフレックス社にカメラをOEM。センチュリーブランドでカメラを供給していた。なかでもジェット35はグラフィック社だけに供給されたオリジナルモデルで、ソーダサイホン用ガスボンベのガス圧を利用してフィルムを巻き上げる。またマミヤシックスのようにフィルム面を前後させてピント調節を行うなど、何から何までユニークなカメラだった。このほか国内未発売の輸出専用モデルには、4×4判一眼レフのコマフレックスS(1960年)がある。