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2007年

2006年

MILD NATURE──松井一泰



撮影:内原恭彦
松井一泰
1973年生まれ
東京綜合写真専門学校及び同研究科卒業
2007年コニカミノルタ・プラザにて個展「MILD NATURE」を開催
http://konicaminolta.jp/about/plaza/schedule/2007january/gallery_a_070126.html
個展開催期間は2007年1月26日(金)から2月5日(月)まで


※文中の写真はすべて松井一泰さんの作品です。

 昨年に写真家・松井一泰さんのWebサイト「MATUI PHOTO」( http://matmatmat.accela.jp/ )を知った。松井さんのWebサイトの作りはきわめてシンプルで、その日に撮った写真がほぼ毎日のように更新されている。それらの写真は、松井さんの生活圏内のさまざまな事物や風景が、バッチリきまった構図と濃厚な色彩でスナップ撮影されたもので、ぼくはひと目で惹きつけられた。さっそくブックマークして、以来ずっと「MATUI PHOTO」を見続けている。

 松井さんは愛知県に住んでいるので、ブログのコメント欄やメールでのやり取り以外での面識はなかった。現在、松井さんは新宿のコニカミノルタプラザで「MILD NATURE」という個展を行なっている。個展会場で初めてお会いして、いろいろ話をうかがった。メールでのやり取りもふくめて、ここでご紹介したい。



 「ぼくはそんなに面白いこと言えないですよ」と松井さんに最初に釘をさされた。たしかに写真に関する小難しい話や、自分の作品について滔々としゃべる人ではないが、言葉はきわめてストレートだ。夜の山に入ってひとりで酒を飲む話や、某空手団体の館長が写真学校の先輩だった話など、むしろ写真以外の雑談が楽しかった。雑談と言っても松井さんの写真はそうした日々の暮らしと切り離せないものであるようにも思う。そうした松井さんの生活についてはブログ( http://d.hatena.ne.jp/MATTU/ )に書かれているので、それもご覧いただきたい。

 松井さんは、横浜の日吉にある東京綜合写真専門学校・研究科を卒業している。学校では「とにかく大量に撮影すると言う事は学びました」。日吉の学生時代には、カリキュラムとして教えられる撮影方法には反発して自分が撮りたいように撮っていたが、そういう自分流の写真を講師だった鈴木清さんが評価してくれたのはうれしかった。

 研究科というのは週2回、さまざまな講師を呼んで行なう合評会が主だが、それはいろいろな人に会えるので面白かった。ただ、1年時はバイク事故で3カ月入院していたので、ほとんど行っていない。数年前に父親が亡くなり、家業を継ぐために実家にもどってから2、3年間はまったく写真を撮らなかった。2004年ごろからデジタルカメラを使って再び写真を撮り始めたが、最初は何を撮ったらいいのかもわからない「リハビリ状態」だった。



 デジタルカメラの使用歴は、2004年のミノルタ DiMAGE A2から始まって、富士フイルムのFinePix F10、キヤノンのEOS Kiss Digital N、リコーのGR DIGITAL、富士フイルムのFinePix F30と使ってきて、現在ではF30とGR DIGITALを主に使っている。

 「EOS Kiss Digital Nは、コンパクトデジタルカメと比較するとかなり画像はきれいでしたね。ただ一番小さいモデルであっても大きいし、人間を撮る時には相手に威圧感を与えてしまいめんどくさい。ぼくは銀塩時代もずっとレンジファインダーを使っていて、ノーファインダーで撮影する事も多く、コンパクトデジカメだと画像を見ながら、しかもノーファインダーのように撮影できるのが魅力的で結局デジタル一眼レフは使わなくなってしまいました」。

 なぜFinePixシリーズを選んだかというと「ネット上のサンプル画像を見てFinePixが一番画質が良かったから。GR DIGITALはレンズは良いと思う。EOS Kiss Digitalのセンサーがコンパクトデジカメくらいのサイズに入ればいいと思うけど、無理でしょうかね」。

 「今回の個展はFinePix F30とGR DIGITALで撮影した写真を、A1サイズにまで引き伸ばしてプリントしているが、思った以上に鑑賞に耐える。細部も写っているし、暗部の階調も残っている」。




 現在は、週日は家業の牛乳配達をしているので、その合間に撮影しても1日100枚程度がせいぜいである。休日は車であちこちに出向いて600枚程度。そういう遠征時には携帯型ストレージも使う。

 現在はフィルムは使っていないが、8×10のような大型カメラにもとても興味がある。大型カメラを使って完璧な作品を作っている柴田敏雄さんや伊奈英次さんの写真も好きである。ただ、現状では大型カメラを持ち歩いてスナップ撮影することはできないので、使っていない。自分が撮っている写真は、あくまでもスナップ写真であると思っている。スナップという意味では原美樹子さんの写真も好きである。

 松井さんが現在住んでいるのは、愛知県豊田市の中心部から20kmほど離れた地域で、かなり山よりの郊外と言えるだろう。そのような生活圏と職域を車で移動しながら仕事の合間にスナップすることもあるし、都市部の街頭スナップもするし、海岸に出かけることもあるし、さらに山奥に入っていくこともある。どのような場所であれスナップ写真という意識で撮っている。



 松井さんのWebサイトに掲載された写真を通して見てみると、数量の上では山村や郊外の畑といった被写体が多いかもしれないが、それを主題にしているわけではない。車で山奥に入って、絶景と言われるような場所を写真に撮っても、ありきたりの風景写真にはしたくないし、そうはならない。

 昆虫や爬虫類といった生き物もよく撮っているがいわゆるネイチャー写真のつもりではない。昆虫にせよ植物にせよ、生物のフォルム(形)や色彩に興味をひきつけられて撮っているだけである。生物のフォルムには「機能美」を感じる。蝶の羽は美しいが、飛翔するためのギリギリのデザインとしての美しさもあって、それは生物以外の飛行機や車のデザインにも通じるものがある。生物以外でも、バイクやカヌーや兵器といった人工物には機能美を感じて好きだ。



 学生時代には人間を撮ることにこだわりがあった。たとえば、24mmのレンズで見知らぬ人の顔の前十数cmまで近づけてスナップするような……。現在では、被写体として人間だけに特別なこだわりがあるわけではないが、常に人も撮りたいと思っている。基本的には、屋外で出会うまったく見知らぬ人を、声をかけずに撮っている。ただ、さすがに人口密度の薄い田舎でカメラを手に近づいていくと警戒されることが多いので、そういう時は「撮っていいですか」という風に声をかけている。

 ちょっとした世間話で警戒心をほぐすというようなことは普通にやっているが、だからといって他人とかかわりたいと思っているわけではない。他人の生活に立ち入ったり、関係性を求めて写真を撮る気はまったくない。その場にいる普通の人に興味を持つ。ごく自然に「人は人に目が行く」というような意味での関心である。それはあくまでも人の外見、フォルムに対する視覚的な興味だと思う。たとえば、フリークスやホームレスといった非日常を生きる人を撮りたいとは思わない。



 好きな光は、晴天の順光(被写体に真正面から光が当たっている状態)である。ただ、写真家の前田一さんに個展会場で指摘されてはじめて気づいたのだけど、展示に使用した写真は完全な順光というよりは、やや斜めから光が当たっているものが多いかもしれない。逆光はあまり好きではないが、そのような場合は日中でもためらわずにストロボを使う。「ストロボはあまり使わないほうがいい」というような暗黙のルールは無意味だと思う。曇りの日はよっぽど面白いものでもない限り、さっさとあきらめてしまう。

 松井さんの写真には郊外ならではのキッチュな風物や奇妙なオブジェが写っているものも多く、ユーモアを感じる。いわゆる「珍景」だが、それは実はどこにでも転がっているのだと言う。松井さん自身は、そういう珍景が自然に目に入ってくるので、それをカメラでスナップしているつもりなのだけど、そういうものを見つけ出す“クセ”のようなものを持っているのかもしれないと言う。「ぼくは歩くのすごく遅いですから。けっこう周囲に目をやっているのかもしれません。探検隊のように」。

 とはいえ「収穫の無い日」や調子の出ない日があるのは当然だが、そういう日でもできるだけ撮るようにしている。「打率で劣っていても多くの打席に立てば、トータルで打数は勝るじゃないですか。ぼくはだいたい野球の比喩を使うんですけど……」。ぼくは野球のことはわからないのだけど、大量に撮ることで面白いものが得られるということは同感だ。



──Webサイトを作ってそこに写真を掲載しようと思ったきっかけは?

 「ずっとフィルムで撮影してたんですが、賃貸ギャラリーを借りて発表するのが好きじゃなくて、いろいろな公募にも出したのですがまったく採用されなくて、ただ作品が蓄積されて行く事がむなしかったんです。で、ぼくが始めた2005年ごろはすでにWEBで発表してる人が山ほどいてこれはいいかも、と思い始めました」。


──ほぼ毎日写真を更新しているのは?

 「好きだから、大量生産したいから、とにかくただ毎日撮影しているだけではいずれ行き詰まる気がするんですが、毎日発表するっていうのはけっこう張り合いがあります」。



 Webサイトを始めた当初は、「World Wide Web」というくらいだから、世界に向けて開いているメディアなのかと思っていたけど、実際にはそんなに多くの人がアクセスするわけでもないことに気づいた。Webを介して未知の人とコミュニケーションするということも、さほどあるわけではない。だとしても、何人かの人は毎日見てくれているわけだし、原理的に誰でも見ることができるのがWebである。他人が見ていることを前提に、その日に撮った写真からおもしろいものをセレクトするというのは、すでにある種の緊張感をはらんでいる。ただ撮りっ放しではなくて、そういうWebを経由することで作品として客観的に見ることができるという気もする。

 基本的にはJPEGで撮影して、Photoshopで多少彩度を上げている。コンパクトデジタルカメラの彩度の高い色あいはもともと好きなのだけど、それをWebサイトに載せると色あいが異なってしまうので、それを補うために彩度を上げている。

 今回の個展で展示したプリントは、そのような色の調整はしていない画像データを専門のプリンターの人に渡して、プリントしてもらっている。普段は、自分ではほとんどプリントはしない。展示の前に、検討のためにA4でプリントするくらいである。同時に多数のプリントを並べて見ることは、PCのディスプレイではできないことだから。



 コニカミノルタ・フォト・プレミオ(コニカミノルタが主催するコンテスト。入選すると個展を開催することができる)には百数十枚のプリントで応募した。松井さんが最初に考えていた展示プランは、それらの写真をサムネイルのようにずらりとならべて1枚の用紙にプリントするアイデアだったが、ギャラリー側のアドバイスなども検討した結果、パネル装による大判プリントといった比較的オーソドックスな展示スタイルになった。

 応募作中の昆虫や爬虫類の写真も、観客に不快感を抱かせるおそれがあるということでギャラリーから却下された。松井さんのWebサイトを通して見ると、昆虫の写真は枚数も多く印象的なのだけど、展示にはそれがいっさいなかったのでやや不思議な気がした。



 松井さんの写真は、テーマやジャンルによって制限されておらず、ただ自分が良いと思うものをスナップするというものなので、被写体は多種多様でバリエーションに富んでいる。それらの写真は松井さんが暮らしている場所を「総合的」に捉えたもののように感じられる。ぼくはそこにリアリティや魅力を感じるのだけど、展示されていた写真はWebサイトより枚数が少ないこともあって、統一感はあるけれどやや小さくまとまっているように感じた。もちろん、展示になんらかの制約があるのは当然のことだし、WebにはWebの制約や限界はある。その辺のことをお聞きした。

 「展示もWebも途中という気がします。写真はいつも途中だし、それでいいんじゃないですか。一生途中だと思う」。

 松井さんと話してみてほとんどすべての言葉に共感したのだが、この言葉は特に印象深かった。ぼく自身も、たとえば写真集や展覧会という形で作品を「まとめる」ということには抵抗感があって、つねに未完成で途中段階でありたいという気持がある。と同時に作品として発表するためには、できるだけ完成度を高めて「まとめる」作業が必要であることも事実で、個人的には未完成と完成というジレンマを持っている。そうした迷いやジレンマに満ちたぼくには、そうした松井さんの言葉は爽快だった。それはほんとうに思っていることをストレートに口にすることの強さだと思った。




URL
  バックナンバー
  http://dc.watch.impress.co.jp/cda/webphoto_backnumber/



内原 恭彦
(うちはら やすひこ)1965年生。東京造形大学デザイン科中退。絵画やCGの制作を経て、1999年から写真を撮り始める。
2002年エプソンカラーイメージングコンテストグランプリ受賞、2003年個展「BitPhoto1999-2002」開催、2003年写真新世紀展年間グランプリ受賞、2004年個展「うて、うて、考えるな」開催
http://uchihara.info/

2007/02/01 01:20
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